軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110:肉の日

空がホッとした気持ちで味噌汁を貰い、お昼のおにぎりを食べている頃。

狩り場ではまだまだ賑やかに狩りが続いていた。

用意された氷の上には既に大量の獲物が横たわり、周囲には血の匂いが広がって、小さな子供などには大分刺激が強い景色が広がっている。

狩りの獲物は猪や鹿、野ウサギやイタチなどがほとんどだ。たまにそれらを追って来た大蛇や巨大なトカゲ、カマキリなどの虫も現れるが、やって来た端から同じように狩られていった。

大物は大人たちが狩り、子供たちは友達や犬たちと協力して、足下を抜けてきた野ウサギを追いかけて行く。

若い犬たちもさすがに狩りが始まれば無駄吠えもせず、素早く連携して獲物を追い立てた。

時折大根や白菜まで辿り着く個体もいたが、食べられる前に大根は走って逃げ、白菜はロケットの様に高く打ち上がって難を逃れる。冬菜は食いつかれる前に葉っぱが動いて無遠慮な捕食者の横っ面を強かに叩く。哀れな捕食者は怯んだ隙に子供たちに狩られていった。

雪乃は幸生が狩った三頭の大猪と立派な牡鹿を氷漬けにして、うーん、と考え込んだ。

目の前の猪はどれもかなりの大物で、多くの肉が取れるのは間違いが無い。

「うーん、モモ肉を吊してハムにしたいんだけど……ちょっと大きすぎるかしら」

猪は車で言えば軽トラックくらいはありそうだ。そのモモと言えば、皮を剥いだ上でも立派すぎる大きさなのは間違いない。ただ、大きすぎて少々扱いに困るというのが雪乃の悩みだった。脂身と肉をバランス良く配置したハムにするにはもう少し小さい猪の方が美味しい。

「これの肉は村に提供して適当なのと交換してもらおうかしら……」

などと一度は考えたのだが。

「いえ、自分で狩った方が早いわね!」

雪乃はあっさりとそう結論づけると、スタスタと歩いて最前線に向かった。

足に噛みついている犬と連携して、小さな鎌一つで鹿の角を切り飛ばしている村人の脇を通り抜け、邪魔にならない程度の場所で足を止める。それから雪乃はふわりと魔力を放ち、林の中に残る魔獣の気配を探った。林の奥には様子見をしたり、村人に怯えて引き返そうかと迷っている魔獣がまだかなりの数隠れている。

その中からほどよい大きさの何頭かの猪に目星をつける。

まず見失わないように、隠蔽した魔力で撫でるように印をつけ、それからそれらの尻をパシンと魔法でひっぱたいた。

驚いた猪が慌てて走り出す。うっかり違う方向に行かないように、ちゃんと自分の前まで走ってくるように、と雪乃はそれとなく魔法で誘導する。

ザザザッと落ち葉を蹴散らしながら、五頭の猪が真っ直ぐ雪乃目がけて駆けてきた。雪乃はどれも求めた大きさである事を目で確かめてうんと頷くと、両手を大きく広げた。

「凍りなさい」

呟くのは、ほんの一言。

たったそれだけで、すぐ目の前まで来ていた猪が即座に動きを止める。

ドザザッと走ってきた勢いそのままに、猪たちは次々その場に滑るように転がって動きを止めた。

全ての猪の瞳が真っ白に濁り、毛皮にはうっすらと霜が煌めく。内臓から凍り付かされた猪は自分たちに何が起こったのかも理解しないまま、一瞬で生命活動を停止した。

雪乃はその五頭の猪を魔法でふわりと浮かせて、塀の傍で解体や血抜きの指示を出している秀明のところに持って行った。

「秀明さん、これも血抜きして中を綺麗にしてもらえる?」

「お、食べ頃の若いのだな。凍らせたのかい?」

「半分ね。内臓だけ凍らせて、後は冷やしてるだけだからカチコチじゃないわ」

雪乃が氷の上に猪を下ろすと、秀明はそれに少しだけ手で触れて猪の体内の水分を探った。

「さすがだな、これなら血抜きもちゃんとできる。どれ、こっちに頼む」

秀明が置く場所を指示し、雪乃がそこに猪たちを横たえた。

洗浄も血抜きも魔法を使えばあっという間に済んでしまう。内臓は別に取り分け、後で犬たちの冬場の餌として加工されるから無駄はない。

綺麗になった猪の腹に氷を詰め込み、雪乃は満足そうに頷いた。

「これで良し……今年は生ハムっていうのにも挑戦したいのよね。もう少し取ってこようかしら」

「今年も獲物は豊富だが……まあ、ほどほどにな」

孫の存在に常になく暴走気味の雪乃を止めるべきか、秀明は一瞬悩んだ。しかし山に獲物はまだまだ豊富にいる。

ここ何年も米田夫妻は自分たちではあまり食べずに人に譲ってばかりいたのだ。孫の為に多少張り切っても大目に見るべきだろうと結論づけ、また山の方に歩いて行く雪乃を見送ったのだった。

「おにく!」

空は目の前にドンとおかれたどんぶりに、箸を握りしめて大興奮した。

山盛りの白いご飯の上には、囲炉裏に熾した炭火で焼いた鹿肉と猪肉が何枚も重なり合って盛られている。

「新しいお肉がたっぷり獲れたから、古いのは早く食べきってしまわないとね」

そう言うわけで、今日の夕飯は焼肉になったのだ。空はぜひにと希望して大盛りの焼肉丼にしてもらった。

「いただきまっす!」

パチンと手を合わせると、空はさっそくどんぶりを傾け、肉とご飯を掬って掻き込むように口に運んだ。

掬った部分に乗っていたのは脂身の少ない鹿の肉だった。まだご飯も少し熱いので、ほふほふと息を吐きながらそれをぎゅっと噛みしめる。

「……おいひい!」

鹿の肉は空が思うよりもずっとやわらかく、そして赤身の旨味があった。脂は少ないが肉自体の味が濃く、醤油ダレと良く合う。

もぐもぐとよく噛んでいるとあっという間に口の中から消えてしまったので、空は次にまた違う色合いの肉を掬って口に入れた。

「んむ……これもおいしい……」

この肉は猪のものだったらしい。脂が甘くてとろけるようだが、炭火で焼いたので余分な脂が落ちているし、薄めに切ってあるのでしつこくはない。ほどよく残ったその脂と醤油ダレが混ざったご飯がまた最高で、それだけでご飯のお代わりが出来そうだ。

「良かったわ。まだお肉は沢山あるからどんどん食べてね」

「うん!」

微笑む雪乃に何度も頷いて、空は勢い良くご飯を食べた。

幸生も、空がよく食べる姿を眺めて心なしか嬉しそうに見える。

「ね、じぃじ、ばぁば。きょう、いっぱいおにくかったの?」

お代わりを作ってもらいながら空が聞くと、幸生も雪乃も満足そうに頷いた。

「沢山狩ったわよ。じぃじは大きいのを多めに狩りすぎて怒られて、何頭分かは村に配ることになったけど……ばぁばもほど良い大きさのを沢山狩っておいたから、猪はハムやベーコンにしましょうね!」

「はむ! べーこん!」

雪乃が作るそれはどちらもとても美味しく、空は大好きだ。

「しかはなんになるの?」

「鹿は冷凍して今日みたいな焼肉とかステーキが多いかしら? あとは、味を付けて干して燻製にした物がじぃじの好物だから、それも沢山作るわ」

「……あれは酒に合う」

「ぼくもたべてみたい!」

空はジャーキーのような物を想像して、ぜひ味わってみたいと主張した。孫の食への探究心に雪乃は笑って頷いた。

「最近は都会や外つ国から色んな料理の作り方の本がここまで来るようになったのよ。空に色々作ってあげられて良かったわ」

料理が得意な雪乃は、外の料理の本を好んで集めている。ハムやベーコンの作り方は、そういう本を見て憶えたらしい。

「ただ、ちょっと多く狩っちゃったから、香辛料が足りなさそうなのよね……紗雪に頼んで取り寄せてもらおうかしら」

胡椒などを始めとした様々な香辛料も、近年田舎まで届くようになった品物だ。外国からの輸入品がほとんどなので田舎に来る頃にはかなりの高額になっているのだが、雪乃はその値段を気にしたことはない。

しかし値段は気にならないが、田舎故に入ってくる量が少ないという悩みはあった。

「……紗雪に頼むなら、先に何か向こうで売れる物を送ってやれ」

「それもそうね。じゃあ明日何か見繕って送って、お願いすることにするわ。はい、空、お代わり出来たわよ」

「ありがとう!」

空は三杯目の焼肉丼を作ってもらって、大喜びでまたスプーンを突っ込んだ。

さすがに三杯目になるとお腹も大分落ち着き、ゆっくりと味わうことが出来る。一杯目も二杯目も美味しかったが、三杯目もやはり変わらず美味しかった。

(僕もいつか絶対、自分で狩ろう……)

そしていつかは自分でも美味しい物を作ってみたいと空は思った。

自分で狩った肉で美味しい料理を作り、大好きな人皆に振る舞うのはきっと楽しいだろう。

(その時は、陸とか、東京の家族にも食べてもらいたいなぁ)

美味しい物を食べる時、空は東京の家族の顔をいつも思い出すのだった。