作品タイトル不明
103:味噌は生き物
「じゃあまずは潰すのよ。魔法でやると簡単なんだけど……空も少しやってみる?」
「うん!」
雪乃はまずテーブルの前に用意してきた踏み台を置いて空をそこに乗せた。今日のために雪乃が縫った割烹着タイプのエプロンと三角巾を身に着けた空は、うきうきと腕をまくって準備万端だ。
「小さい樽を一つ持ってきたから、空が作った分はそこに入れようかしらね」
「えっ! じゃあ、それぼくのみそ!?」
「ええ。出来たら樽に、空って書いておきましょうね」
「うん!」
空は嬉しそうに頷いた。
「よかったらこのタライ使って。余ってるから」
嬉しそうな空を見て、同じテーブルを囲んでいた美枝が予備の小さめの木のタライを貸してくれた。
「ありがとう!」
「助かるわ。じゃあえーと、五キロくらいでいいかしらね」
貸してもらったタライに雪乃が豆を取り分ける。そして空にも持てそうな大きさのすりこぎ棒を渡してくれた。
「これでぎゅっぎゅってして、満遍なく潰してね。疲れたらばぁばに言ってちょうだい」
「わかった!」
空は元気よく頷いてすりこぎをしっかり握って豆にぎゅっと押しつけた。
やわらかくなるまでしっかり煮られた豆は、その動きに合わせて砕けるように潰れてゆく。
「んしょ、んしょ……」
勢い良く潰そうとすりこぎを動かすと、豆がすべって逃げてしまう。空はタライの隅っこを使うようにしながら懸命に豆を潰した。
その脇では雪乃が残った大量の豆を担当し、ミキサーにかけるように風魔法で回して粉々にしている。あらかた砕けたら今度は少し練るように潰せば、あっという間にこの工程は完了だ。
「相変わらず鮮やかねぇ、雪乃ちゃん」
向かい側で作業をしていた美枝がにこにこと褒める。
美枝は片手で持てる小さな杵のような道具で豆を潰していた。
他の女性たちも色々だ。面倒だからと手で捏ねるようにしてあっという間に潰す人もいれば、雪乃のように魔法を使う人もいる。雪乃に加減が苦手だから潰してくれと頼みに来る人もいた。
こんなに大量の豆を潰すなら便利な機械が一つくらいあっても良さそうなものだが、そういう物は特に用意されていない。村の人は自分たちの腕力や魔法で大体のことが片付くので、便利な機械にはあまり興味がないのだ。
「空ちゃんが味噌造りに興味持ってくれるなんて、雪乃ちゃん良かったわね」
「ええ。空は畑仕事とか料理とか、そういうのを私達と一緒にやるのが好きみたい。色々させてあげたいのよね」
「いいわねぇ。うちの明良なんて、一緒に行く? って聞いたら保育園の方が良いって言うのよ。一緒にお料理してくれる孫、私もほしいわぁ」
美枝の言葉に皆が笑い、くちぐちにうちもほしいだの、うちはもう十分だのとふざけて言い合う。
空はその間、女性たちのそのやり取りが全く耳に入らないほど、真剣に豆を潰していた。
「できた! ばぁば、どう?」
空はようやく満足行くまで豆を潰すことが出来て、パッと顔を上げた。
するとすっかりおしゃべりに夢中になっていた女性たちが、ハッと気付いて空を見る。
「……だめだった?」
突然注目されて空はキョロキョロと居心地悪そうに周囲を見回した。すると雪乃が慌てて首を横に振る。
「ふふっ、ダメじゃないわよ! よく潰せてるわ、頑張ったわね、空」
「うん!」
空はホッとして頷いた。空の豆はちゃんと均質に潰れていた。すりこぎで少しずつ丁寧に作業を繰り返した成果だ。
雪乃はしゃもじで全体をかき混ぜて確かめながら、その丁寧な仕事ぶりを褒めた。
「とっても良く出来てるわ。空はこういう物作りとか、向いているのかも知れないわねぇ」
「ぼくの、おいしいみそになる?」
「ええ、きっとね」
その言葉に空は喜び、味噌が出来たら何を作ってもらおうかと今から考え始めた。
その間に雪乃が米田家の分として分けられた米麹と塩を混ぜ合わせ、そこからさらに空の豆の分を取り分ける。
「空、次はこれを潰した豆によく混ぜてね」
「うん!」
タライの中にざっと塩と麹が入れられる。空はそこに小さな両手を突っ込むと、一生懸命混ぜ始めた。
「えい、んしょ、うにゅ」
潰した豆はもろもろと崩れる固めの粘土のような感触だ。手で揉むとほんのりと温かい。
空の小さな手では少々混ぜにくいのだが、自分の腕の力が強くなりますようにと念じていると、少しずつ楽に混ぜられるようになってきた。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ……おみそしるに、やきおにぎり……きゅうりにつけたのもすき……おいしくなーれ」
ぶつぶつと願いの中に欲望を混ぜながら一生懸命混ぜる。途中で雪乃が豆の煮汁を少し入れてくれると、滑らかになって混ぜやすくなった。
やがて薄茶の豆の中にポツポツと白い粒が均等に混ざった状態になる。
空はそれを雪乃にチェックしてもらって、これなら大丈夫と合格をもらった。
「ばぁば、つぎは?」
「次はこれをこねこねしてお団子にするのよ。なるべく空気が入らないように握ってね」
雪乃が見本として団子状に丸めたものをつくって見せてくれたので、空はさっそく混ぜ終わった味噌を手に取ってペタペタと握る。空の小さな手では小さな団子しか作れないが、なるべくぎゅっと空気を抜くように丁寧に作る。
「むう……むずかしい」
「ゆっくりでいいわよ」
小さな団子を一つ作ってみたが、あまりきれいに出来たとはいいがたい。空はもう一つ、二つと挑戦し、出来たものはタライの端っこにちょこんと並べた。三つ目に作った物はそれなりに綺麗に丸く仕上がっていて、数をこなせば上手になりそうだと希望が持てる気がした。
さて、ではまた次の団子を、と次の味噌を取ろうとしたところで空はふと手を止めた。
手を伸ばした先の固まりがもにょんと揺れた気がしたのだ。
「……?」
パチパチと瞬きをして良く見つめたが、味噌は動いていない。気のせいかと思ってまた手を伸ばすと、その手の先で味噌にすすすとくぼみが出来て指が空振りした。
「……!?」
空は自分の手を見つめ、出来たくぼみをもう一度見た。すると、その視線の先で味噌がもにょんと揺れてくぼみが埋まる。
「ば、ばぁば! みそがうごいた!?」
空が慌ててそう訴えると、無数の味噌団子を魔法で宙に浮かせて大きな木桶の中に機関銃のように投入していた雪乃が振り返る。そしてパッと笑顔を見せた。
「動いたの? 活きが良い味噌ね」
「いき……!?」
空は雪乃の言葉に驚いて、その笑顔と手元のタライとを交互に見る。そしてまた恐る恐る味噌に手を伸ばし、指でちょんとつつ……こうとしてやはり逃げられた。
「さっき麹を入れたでしょう? あれの元気が良いと、混ざった味噌も元気が良くて美味しくなるのよ。空が一生懸命混ぜたから、ますます元気になったのかもね」
「こうじ……げんき……」
確かに麹は菌なので、生きていて元気じゃないと美味しい味噌は出来ないだろう。理屈はわかる。
だが味噌が動いて伸ばした手を避けられたという事実が、空にはまだ理解できない。
しかしそれを頭の中でぐるぐると回していたら、空は段々腹が立ってきた。
(逃げられたら……お団子に出来なかったら、樽に入れられない! 味噌が出来ない!)
空はキッと眉を上げてタライの中の味噌を睨む。
そしてさっきよりも素早く手を伸ばし、味噌に避けられる前にさっと一塊掬い取った。