軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102:味噌造り体験

目の前で、かまどに掛けられた大きな鍋がコトコトと音を立てている。

どうみても空がすっぽり隠れられそうな業務用サイズの大鍋だ。しかもそれが三つも並んで、全てが同じようにコトコトと煮えている。

業務用の鍋が載っているのはレンガと土で作られた大きくて立派なかまどだ。村で使う共用の物なので、横に広く幾つも口が並んでいる。その上にはしっかりした屋根も掛けられていた。

空はその屋根の下で並んだ鍋が立てる音にうっとりと耳を澄ませ、辺りを漂う不思議な匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。甘いような、そうでもないような、空が今まで嗅いだことのなかった匂いだ。

「ばぁば、まーだ?」

「そうね、そろそろ良いかしらね」

隣にいた雪乃は待ちきれない様子の空に微笑みながら、大鍋の蓋を開けて中を覗き込んだ。

鍋の蓋を持っている手とは逆の手にふっと息を吹きかけ、クツクツと煮えている鍋に直接手を突っ込んでその中身をちょいと指で摘まむ。

空は毎回それを見る度にちょっとぎょっとしてしまうのだが、雪乃は全く熱さを感じていないらしく、平気な顔で摘まんだ物を空に見せた。

細い指に摘ままれたのは煮上がって丸々と膨らんだ大豆だった。

雪乃はその大豆をぎゅっと指で潰して、煮え具合を確かめる。豆は力を入れなくてもその指先でやわらかく潰れてしまった。

「うん、良いみたいね」

雪乃はそう呟いて頷くと、空の方を向いた。

「空、中にいる美枝ちゃんたちに、お豆が煮えたって声を掛けてきてくれる?」

「うん!」

空は元気よく頷くと、パタパタと走ってすぐ傍にあった平屋の建物の入り口を目指した。

二人が今いるここは、村の東地区の集会所だ。ここではよく地区の女性たちが集まって漬物を仕込んだり皆で何か作業をしたりしている。

空は今日、雪乃にくっついて味噌の仕込みというイベントを見学に来たのだった。

「みえおばちゃん、おまめにえたって!」

「あら。ありがとう、空ちゃん! じゃあ準備しなきゃね!」

集会所の中には十人くらいの女性たちがお喋りしながらせっせと働いていた。

今日皆で食べたり分けたりする料理を作る人や、大きなテーブルに綺麗な布を敷いたりタライや樽を消毒したりといった下準備をする人、麹や塩の分量を量っている人など、作業は色々だ。

魔法が得意な雪乃は、外に設えられた大きなかまどで豆を煮る係をしていたのだ。雪乃なら薪窯でも魔法で調整するので火加減が上手いのだという。

「空ちゃん、ちょっとそっちのお庭に面した窓を大きく開けてくれる? 雪乃ちゃんが鍋を持ってきてくれるから」

「はーい!」

空は言われたとおりに玄関を出て庭に面した窓の方に向かった。大きな掃き出し窓は手を掛ければカラカラと簡単に開く。空はそれを真ん中から開いて両方に押して、窓を目一杯開ける。

するとかまどの火を始末していた雪乃が声を掛けた。

「空、熱いお鍋を持って行くから、ちょっと避けててね」

「うん!」

空が避けると部屋の中から女性が駆け寄り、窓辺に大きな鍋敷きを持ってきてトントンと並べた。

雪乃は大鍋を三つ一度に魔法でふわりと持ち上げるとそれを横に浮かせたまま歩いてきて、その鍋敷きの上に慎重に鍋を下ろす。

「さ、冷まして潰すから、タライをお願い」

「雪乃さん、潰すのは皆でやるからとりあえず冷まして分けてくれればいいわ」

女性たちが手に手に大きなボウルやタライを持ってやってくる。

「そう? じゃあちょっと待ってね、先に冷ますわ」

もうもうと湯気が立ちこめる鍋に雪乃が細い手をかざすと、白い湯気がさぁっと薄れてあっという間に消え失せる。

「よいしょ、と」

その手をひらりと上げると、今度は中身の豆がザァッと水音を立てて、一塊になって鍋から持ち上がった。その段階で雪乃はざっと水気も抜いてしまう。

それから豆は宙に浮いたまま、女性たちが持つ器の数に合わせて同じ量ずつパカリと割ったように分かれ、それぞれの器の中へと吸い込まれていった。

「わぁ、ばぁばすごい!」

「ふふ、ありがとう」

外から見ていた空はいつ見ても器用な雪乃の魔法に感嘆の声を上げた。

「雪乃ちゃんちのはこれとこれね。さ、中に入って続きしましょ!」

豆を入れたタライを二つ、美枝が作業用の大きなテーブルにどんと置いて二人を手招きしてくれる。

「ええ、ありがとう。空、中に行こうね」

「うん!」

空は大きく開いたままだった窓を雪乃と一緒に閉め、それから玄関の方に向かった。

靴を脱いで中に入ると、集会所の部屋の中は茹で上がった豆の匂いでいっぱいだった。空は流しに連れて行ってもらって手を綺麗に洗い、それから米田家の分として取り分けられたタライの前に急ぐ。

「わぁ……まめ、おっきくなった!」

たっぷりと水を吸って、やわらかくなるまで長時間煮られた豆はぷっくりと膨らんでいる。何だかそれだけでもう美味しそうだ。空はその豆に顔を近づけ、くんくんと匂いを深く吸い込み楽しんだ。

「おまめって、ふしぎなにおい……おいしそう」

「ふふ、今から食べたらお味噌にする分がなくなっちゃうわ」

「ぼく、がまんする!」

自分の食欲の歯止めのなさを考え、空は茹でたての豆を味見する事は素直に諦めた。

今日の味噌の仕込みは、雪乃に誘われてからずっと空が楽しみにしていたイベントなのだ。その材料を自分で減らしてしまう事は出来ない。

(自分で味噌を仕込むって、なんかすっごくスローライフだよね!)