軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 おじさんと、スタンピード・ダンジョン

再度ポップした、視界を埋め尽くす魔物の群れ。

襲い来る爪を鉄パイプで薙ぎ払い、俺はナビ子へ問いかけた。

「 核の魔物(ロード) はいつポップするか分かるか?」

『スタンピードはシステム制御を上回ることで発生するカオス現象です。通常のシステム領域外の出来事であるため、正確な感知は不可能です』

ナビ子のつれない返答に、舌打ちが漏れる。

「なんだそりゃ。頼むぜ相棒」

『――普通のダンジョンシステムであれば、ですが。私は 自律進化(スタンドアロン) サポートユニットですからね。エネルギー濃度の変動率から逆算するに、あと13分後といったところでしょうか』

もったいぶった言い回しだが、確信に満ちた予測だ。

13分。

長いようで、あまりにも短い。

周囲を見渡す。

俺とエレオノーラの介入によって戦況は持ち直しているが、探索者の疲労は限界に近い。この状態でロードが現れれば、一瞬で崩壊するだろう。

「おい、聞いてくれ!」

声を張り上げる。

「あと10分ほどでロードが出てくるはずだ! アンタらじゃ対応できない! 外縁部の雑魚狩りにシフトしてくれ! 中心部は俺の連れが引き受ける!」

「えっ、連れって……あの魔法使いのお嬢様ですか!?」

「あぁ! 彼女なら一人でもなんとかなる!」

探索者たちがどよめく。

だが、エレオノーラが放つ魔法の威力と、的確な支援バフを目の当たりにしている彼らの、絶望に染まっていた瞳に理性の光が戻る。次々と頷き、後退を開始する。

「被害を出さないようにしてくれ。エレン、頼んだぞ」

「えぇ、任せて頂戴。……ミナトは?」

「俺は中に行く。逃げ遅れた人がいるかもしれない」

短く告げると、エレオノーラの唇が不敵に歪む。

「行ってらっしゃい。貴方が戻ってくるまで、ここは一歩も通させないわ」

頼もしい背中を見送り、樹海の奥――ダンジョンの入り口へと身を投じる。

ダンジョン内部は、地獄絵図と化していた。

壁や床が脈打つように蠢き、濃密な魔素の霧が充満している。

視界は最悪。呼吸をするだけで肺が焼けるようだ。

「……ッ!」

死角から、影が躍り出る。

反応より早く、体が動いた。

鉄パイプを叩き込む。

硬い手応えと共に、鈍い金属音が響いた。

(硬えな……!)

弾かれた腕が痺れる。

眼前の敵は、 黄金級(ゴールド) 相当の『 鎧蜥蜴(アーマード・リザード) 』の上位個体。

普段なら中層以降にしか現れない魔物だ。

愛用の黒鉄やダンジョン鋼製のバールなら一撃で粉砕できていたが、今の手持ちはスライム狩り用のただの鉄パイプ。魔力を通して強化しているとはいえ、強度が足りない。

『マスター、右から2体。左上から1体接近中』

「分かってる!」

さらに魔力を流し込み、鉄パイプを無理やり強化する。

過剰な魔力負荷に耐えきれず、鉄パイプが悲鳴を上げ、赤熱していく。

構うものか。

一撃で倒せないなら、十発殴ればいい。十発で足りないなら、百発だ。

ドゴォッ! バギィッ!

リザードの頭部を叩き潰し、続けて現れた大蛇の胴体をへし折る。

息をつく暇もない。

逃げ遅れた探索者を数名見つけては、「外へ走れ!」と怒鳴りつけ、露払いをして進む。

(……おかしいな)

違和感があった。

今回のスタンピードは『G3』と発表されていた。

G3なら、内部で溢れかえるのは基本的に『白銀級』以下の魔物のはずだ。『黄金級』が混ざることはあっても、ここまで頻繁に遭遇するのは異常だ。

そんな疑問に答えるようにナビ子が告げる。

『マスター、今回のスタンピードはG3ではなく、G4規模のエネルギーを内包しています』

「は!? G4!?」

東日本大スタンピード級だってのか?

脳裏に、あの日の絶望が蘇る。

鳴り止まないサイレン。瓦礫の山と化した街。鼻をつく硝煙と血の匂い。

当時、ただ逃げ惑うことしかできなかった恐怖が、古傷のように疼く。

胃の腑が鉛のように重くなり、思わず足が止まる。

『正確には、魔物の総数や範囲はG3クラスですが、核となる個体に供給されているエネルギー量が異常です。いわば、G3.5……変異型のスタンピードかと』

「ってことは?」

『ロードの強さは、 赫金級(オリハルコン) に達している可能性が高いです』

指先から、急速に熱が奪われていく。

赫金級(オリハルコン) 。国家戦力級の化け物だ。

エレオノーラは強い。かつての世界でもトップクラスの実力者だ。

しかし、それでも同格となると何が起きるか分からない。

「エレオノーラは大丈夫か?」

『マスター、彼女を舐めてはいけません。彼女は古来よりダンジョンが存在する世界で、生き抜いてきた魔女です。同格のモンスター相手なら遅れを取ることはないでしょう。周囲への被害を最小限に抑えつつ、マスターの帰還まで持ちこたえるくらいは造作もないはずです』

「……そうだな。あいつならやってくれる」

今は信じるしかない。

思考を切り替え、さらに奥へと進む。

『マスター、急いでください! 地下3階層付近に微弱な生体反応を検知!』

「誰だ!?」

『生体パターン照合……舟木葵です!』

「ッ!!」

地面を爆ぜさせるように踏み込む。

神速の理(アクセラレーション) を発動し、視界が流れるほどの速度で回廊を駆け抜ける。

邪魔な魔物は全て無視し、最短ルートを突き進む。

(死ぬなよ、舟木さん!)

彼女は俺にとって、数少ない「日常」を共有できる相手だ。

あんな真面目でいい人が、こんな場所で終わっていいはずがない。

『反応地点、前方30メートル! 戦闘中ですが、生命反応が低下しています!』

角を曲がると、視界が開けた。

広大な空洞の中央。

崩れ落ちた黒い戦闘服――舟木さんがいる。

その頭上へ、巨大な刃が振り上げられていた。

白金級(プラチナ) の『 処刑鎌の捕食者(エクスキューショナー・マンティス) 』だ。

「させねぇよッ!!」

咆哮と共に、赤熱した鉄パイプを投擲する。

空気を切り裂く轟音。

鉄パイプは魔物の鎌を弾き飛ばし、その勢いのまま頭部に突き刺さった。

「ギシャアアアアッ!?」

魔物が悲鳴を上げてのけぞる。

その隙に、舟木さんの元へと滑り込む。

「舟木さん! 大丈夫ですか!? 湊です!」

抱き起こす。

軽い。

そして、熱い。

彼女の腹部は紅く染まり、衣服はずたずたに切り裂かれていた。出血量が多すぎる。

「……ぅ……」

舟木さんが薄く目を開けた。

焦点が合っていない。

虚ろな瞳が、俺の顔をぼんやりと映す。

「み、なと……さん……?」

「はい、湊です! 迎えに来ました! しっかりしてください!」

「迎えに……ふふ、やっぱり……夢、ですか……」

彼女が力なく微笑む。

それは、死を受け入れた人間の顔だった。

「私のせいで……湊さんまで……ごめんなさい……」

「違います! 生きてます! 俺も、貴女も生きてるんです!」

叫びながら、 収納機能(インベントリ) から上級ポーションを取り出した。

キャップをねじ切り、傷口に振りかける。

だが、傷は塞がらない。

深すぎるのだ。内臓まで達した傷と、魔物が持つ「呪い」のような阻害効果が、回復を拒絶している。

「くそっ、なんで治らないんだ……!」

「はは……最期に見る夢が……」

俺の頬へ伸びた指先が、空中で力なく軌道を失う。

呼吸が浅い。

命の灯火が、今にも消えそうだ。

「どうにかならないのか!? そうだ、あの《久遠の琥珀》を使えば」

かつて、一度は死んだはずのポポを蘇らせた 神話級(ミシカル) のアイテム。

時間を凍結し、対象をオブジェクトとして保存する至高の封印具だ。

あれがあれば、彼女の時間を止めて、治療法が見つかるまで――!

『不可能です。 以前もお伝えしたように探索者はオブジェクト扱いにならず、収納できません! それに、彼女はまだ生きています。あの──』

「なら、超級ポーションだ! これを落とす魔物はいないのか!?」

『この傷を癒せるクラスとなると、少なくとも深層に行かなければドロップしません。向かっている間に彼女の命が尽きます』

ナビ子の冷静な声が響く。

思考が空転する。

いや、諦めるな。何かあるはずだ。

俺のスキル、俺の知識、俺の道具……何か、彼女を救えるものは。

『……あの、マスター。話を聞いてもらっていいですか?』

不意に、ナビ子が静かな、けれど怒気を含んだような声で言った。

『さっきから聞いていれば、オロオロと……』

「……え?」

『とりあえず、早くここから出ましょう。内部の生存者はもういません。転移で外に出てください』

「な、ナビ子、どうすれば――」

『話はあとです!早く転移で外に出る!』

有無を言わせないナビ子の言葉に転移を発動する。

視界が白く反転し、ダンジョンを後にした。