軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第62話 最強の村、誕生

「えぇ、もちろん。今すぐやって頂戴」

迷いのない声が、鼓膜を打つ。

エレオノーラは、待ち望んでいた福音をようやく耳にしたかのように微笑んでいた。

ふわり、と。

目の前で、浮遊していた豪奢なドレスの裾が揺れた。

重力を無視していた彼女の身体が、音もなく高度を下げていく。

常に数センチほど地面から浮き、汚らわしい世界に触れることすら拒んできた高潔な女帝。

彼女はドレスの端を指先で摘み上げると、露わになった白磁の膝を、荒く削られた木の床へ口づけするように落とした。

生まれて初めての、屈服。

だが、見上げるその表情に屈辱の色はない。

射抜いてくる鮮血の瞳。そこには、火傷しそうなほどの熱が孕んでいる。

初対面の時、俺からレジェンダリーアイテムを強奪し、圧倒的な火力で蹂躙しようとしてきた暴虐の女帝。

その彼女がいま、従順な愛玩動物のように喉を鳴らしているのだ。

「ねぇ、ミナト?」

「あ? なんだ、やっぱり辞めるか?」

「いえ……ありがとう。私の願いを叶えてくれて」

濡れた瞳で見つめられ、礼を言われる。

背骨の髄を甘い痺れが這い上がった。

居心地の悪さに視線を滑らせ、俺はナビ子に指示を飛ばした。

「……始めるぞ」

彼女の眼前――跪いた顔の高さに合わせて右手をかざす。

合図を受け、ナビ子が高速でコンソールを操作する気配がした。

指定されるのは『 子機化(スレーブ) 』と『 全権限委譲(フルアクセス) 』の付与。

対象、エレオノーラ・ゼノビア。

承認。

『対象を確認。システム接続。 自律進化(スタンドアロン) ・スレーブ化を開始します』

脳髄にナビ子のアナウンスが響く。

同時に、いかにも「奇跡」っぽく演出された淡い青色の光が、エレオノーラの身体を包み込んでいく。

かつて村長ユルダたちに行った時よりも、その光量は遥かに強く、濃密だ。

光の粒子がエレオノーラの肌へと吸い込まれ、彼女と俺のシステムが不可視のラインで接続された事実を伝えてくる。

「これで、お前の壁はなくなったわけだが、紹介しておきたい奴がいる」

告げると同時に、エレオノーラの隣の空間が淡い光で揺らぐ。

虹色の輝きが収束し、そこへ銀髪の少女――ナビ子のホログラムがゆっくりと顕現した。

エレオノーラの喉から、吐息が漏れる。

驚愕と、感嘆。

見開かれた瞳には、初めて見る神聖な存在への敬意にも似た色が浮かんでいた。

『マスターの相棒をしているナビ子です』

ナビ子が優雅にスカートを摘み、エレオノーラへと一礼する。

「え……? これは……精霊?」

呆然と呟く女帝に、俺は小さく笑った。

「細かいことは気にしなくていい。これからはお前にも、ナビ子の複製体が常時張り付くことになる。俺からの指示や、ステータスの管理はそいつを通じて行うからそのつもりでいてくれ」

エレオノーラの視線が、興味深そうにナビ子へ注がれる。

ナビ子もまた、淡い金色の瞳でじっと女帝を観察していた。

やがて、ナビ子が俺の方を向き、口元だけでニヤリと笑う。

『おや、マスター、聞いてください』

ナビ子が、何か面白いものを見つけた子供のように声を弾ませる。

「どうした? 何か問題でもあったか?」

『エレオノーラの 適合率(シンクロ・レート) ……あのガルに匹敵しますよ』

「はぁ? 適合率って、魂の波長が似てるとかそういうやつだよな? 俺とこいつが似てるってことか?」

視線が、エレオノーラの顔に吸い寄せられる。

この暴虐女帝と俺の魂が似ている? 勘弁してくれ。

『いえ、単に波長の問題だけではありません。深層心理における忠誠度、あるいは依存度……そういった複数の要因が絡み合っての数値です。やはり、私の分析は間違っていなかったようです』

やり取りを聞いていたエレオノーラは一瞬きょとんとした。

のち、頬をほんのり赤く染めて、喉の奥を微かに鳴らす。

「……そんなことまで、わかってしまうのね? ちょっと、恥ずかしいわ」

普段の傲岸な態度とはうって変わった、少女のようなはにかみ。

胸の奥がこそばゆい。俺はわざとらしく咳払いを落とす。

ナビ子に目を向けると「私はただ事実を述べてるだけですが?」と言いたげに首をかしげている。

人の心など持ち合わせていないのか。呆れが喉まで出掛かるが、いや、こいつはAIだったと思い直す。

「……お前、なんか初対面の時と性格変わりすぎてないか?」

気恥ずかしさを誤魔化したくて、口をついて出たのはそんな言葉だった。

すると、エレオノーラは不思議そうに小首を傾げる。

「そうかしら? 私はいつでも、自分の欲望に忠実なだけよ。あの時は貴方が怪しかったから──」

なんでも、彼女がわざわざ辺境のダンジョンに来ていたのは、スタンピードの予兆を潰すためだったらしい。

スタンピードが起きると、猪狩先輩が時間を取られる可能性がある。

手合わせの時間を確保するために、面倒な魔物の氾濫を未然に防いでおきたかったのだとか。

そんな時に、普段は誰もいないダンジョンで、不釣り合いなレアアイテムを持った男がいたので怪しんだと……。

「まぁ、レジェンダリーアイテムなんて私でもそうそう手に入るものじゃないから奪ったというのも事実だけどね? ……あの時は本当、ごめんなさいね?」

上目遣いで謝罪してくるエレオノーラ。

もう完全に毒気は抜けているようだ。

「……まぁ、先輩への借りを返すために使えたんだ。もう気にしてねぇよ」

そう。あのアイテムのおかげで、猪狩先輩は直ぐに地球に帰れたのだ。結果オーライということにしておこう。

ずっと胸につっかえていた小骨も取れたし、彼女の真意も分かった。

俺は一つ息を吐くと、改めてエレオノーラに向き直った。

「……じゃ、そういうことだから。これからは普通に探索して、経験値を集めてくれ。そうすれば、いずれ 天鋼級(アダマンタイト) に届く」

「それだけでいいの?」

「あぁ。タイミングが来たら、ナビ子が教えてくれるはずだ。……今日はこのくらいでいいか?」

俺が立ち上がると、エレオノーラも優雅な動作で立ち上がり――ふわり。また地面から数センチほど浮遊した。

「それは、帰れってこと?」

戸惑いがちにこちらを伺うエレオノーラ。

……よく考えてみれば、既に逆らえない状態になっているのだから、無理に追い返す必要もないか。

それに、いつまでも「謎の客人」扱いにしておくのも問題だ。村人たちを安心させるためにも、ここで正式に紹介しておいた方がいいだろう。

「……まぁ、丁度いい。せっかくだから村人たちに紹介しておくか」

俺たちは家を出て、広場へと向かった。

俺の姿が見えると、遠巻きに様子を伺っていた村人たちが、おずおずと視線を向けてくる。

近くにいたトトを手招きし、皆を集めるように指示を出した。

すぐに村人が広場に集結するが、その視線は俺の後ろにいるエレオノーラに釘付けだ。

緊張で、空気が張り詰めている。

「みんな、聞いてくれ。こいつは……エレオノーラだ。色々あったが、今日から俺たちの仲間になった」

『仲間』という言葉に、どよめきが走る。

村人たちは彼女の正体を知らない。だが、その身から溢れ出る圧倒的な魔力と高貴なオーラだけで、彼女が只者ではないことを本能で理解しているのだ。

それが仲間?

困惑が波紋のように広がる。

ふと、人垣の奥にいる村長のユルダに視線を向ける。

何かブツブツと呟いているのが見えた。

距離はあるが、俺の発達した聴覚は正確にその声を拾ってしまう。

「……神は高貴なる女性に力を与え、これを村の守り手として加えられた……主は去れど、その御心は村にあり……。これは使徒言行録として記録しておきましょう」

またやってる……。

俺は知らないふりをして、言葉を続けた。

「何かあったら、こいつも村を守ってくれるはずだ」

そう言ってエレオノーラを見ると、彼女は一歩前に進み出た。

優雅に一礼する。

「よろしくね、貴方たち。ミナトの役に立つよう、精々励みましょう?」

上から目線なのは変わらない。

だが、その声色には確かに、身内に対するような奇妙な温かさが混じっていた。

村人たちは顔を見合わせ、やがて恐る恐る、しかし安堵したように頭を下げた。

「……とりあえず、これで一安心か」

規格外の女帝を加えたことで、ホルム村は世界最強クラスの戦力を擁することになった。

無論、エレオノーラは常駐するわけではない。

しかし、非常事態にはナビ子の複製体を通して連絡がいくはずだ。

そして、転移を使えるエレオノーラからすると距離なぞ関係ない。

俺が地球に戻ることの不安要素はなくなった。

あとは──

「そうだ。俺、この後ちょっと出かけてくるから」

横にいるエレオノーラに声をかける。

「あら、探索? なら私も――」

「いや、ついてこなくていい」

俺は手で制した。

「帰る前にやっておきたいことがあるんだ。……ちょっと、お前がついてくるとマズい場所だからな」

「……?」

「村にいてもいいし、帰って自分の領地で探索を進めておいてもいい。また連絡する」

そう言うと、エレオノーラは少し残念そうに眉を下げたが、素直に頷いた。

「分かったわ。……ねぇ、ミナト?」

「なんだ?」

「エレオノーラとか、女帝じゃなくて……『エレン』って呼んで? あなたの配下になったのだから」

去り際。

彼女は少し恥ずかしそうに、けれどはっきりとした口調で言った。

エレン。

それは、ただの一人の少女としての愛称。

「……あぁ、分かったよ。エレン」

俺が名前を呼ぶ。

その瞬間、彼女の顔から氷の女帝の仮面が砕け散った。

あどけない、年相応の少女の笑顔がそこに咲く。

そして、転移魔法の光に包まれ、その姿を消した。

残された広場で、俺は一つ息を吐く。

さて。

地球に帰る前に、モヤモヤを一つスッキリさせておくか。

俺は視線を、かつてこの村を支配していた、バルガス男爵の領館がある方向へと向けた。