軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 おじさんと、新型兵器

朝。窓から差し込む陽光が、閉じた瞼を焼く。

鉛のように重い体を起こし、軽く柔軟を済ませてから外へ。

広場の方角から、規則的な駆動音が鼓膜を震わせる。

カシャン、ウィィン。カシャン、ウィィン。

視線を向ける。

奇妙な物体が、そこを歩いている。

サイズは中型犬ほど。剥き出しの金属フレームが日光を反射し、関節の隙間からは蒸気とも排熱ともつかない白煙が漏れ出ている。

既視感のあるフォルム。

反射的に重心が下がり、身体が戦闘態勢をとる。

だが、殺気は皆無。もし敵意があれば、寝ていようと『気配察知』が脳を叩き起こしていたはずだ。

尻尾のようなパーツが、左右に激しく振られている。無骨な金属の塊は、まるで愛玩動物のように村人たちの足元へ擦り寄っていた。

「……なんだ、あれ」

村人たちの顔にも、困惑の色が浮かんでいる。

人垣が割れる。その奥から、 煤(すす) と油にまみれたひょろ長い影が飛び出してきた。

「師匠。おはようございます」

ベルクだ。

顔中は黒い汚れで埋め尽くされている。首から下げた作業用ゴーグルを弄りながら、彼が走り寄ってくる。

ボサボサの黒髪の隙間。そこから覗く瞳は、毛細血管が浮き出て真っ赤だ。だが、疲労の色はない。むしろ異様な熱量を帯び、ギラギラと輝いている。

「お前、その目はなんだ。寝てないのか?」

「……寝れるわけ、ないです」

普段は無口な男が、珍しく食い気味に答える。

焦点の合わない瞳。どこか遠くを見ているような危うさが、そこには孕まれていた。

「頭の中で……師匠のくれた知識がスパークして……手が、止まらなくて。時間と素材が足りなかったので、まだ試作段階ですけどね。ゆくゆくは自動で生産できるライン……工場を建設したいと考えています」

唇が、ブツブツと、けれど早口で言葉を紡ぎ出す。

普段の寡黙な職人肌とは、明らかに様子が違っていた。

確かに、探索者はレベルアップに伴い体力も向上する。徹夜続きのデスマーチも、多少なら耐えられる強靭な肉体を得るのは事実。

だが、それは肉体の話。精神の摩耗は別問題だ。

このハイテンション。正直、背筋が寒くなるような危うさがある。

「こいつ、名前とかあるのか?」

「はい。村を守る自律駆動兵器……仮称『番犬くん一号』です。」

「そのまんまだな」

「一号じゃないよー?」

呆れたような俺の言葉に、幼い声が重なる。

ポポだ。

いつものようにカニの甲羅ネックレスを揺らしながら、二匹の獣を引き連れて現れる。

どちらもポポの身の丈ほどの体高を持つ、巨大な狼だ。

「蘭丸、銀二。散歩か?」

俺が声をかけると、二匹は嬉しそうに太い尻尾を振った。

夜の闇を固めたような藍黒の毛並みを持つ狼が蘭丸。

月光を反射するような美しい黒銀色の毛並みを持つ狼が銀二。

かつて死闘を繰り広げた狼の魂を元に生み出した、対となる守護獣たち。

「番犬くん一号……。確かに、こいつらが先輩だな」

ベルクの作った機械犬と、ポポが連れてきた生身の狼たち。

並べてみると、なかなかに壮観な絵面だった。

「確かに、これは『番犬くん三号』ですね。……いずれはナンバリングが気にならなくなるくらい量産して、この村を最強の要塞にしてみせます」

目を輝かせるベルク。

その言葉に反応するように、空中に光の粒子が集束する。

明滅するウィンドウから抜け出すように、半透明の少女が姿を現した。

銀色のショートボブが、朝の光を透過して虹色に揺らめく。淡い金色の瞳の奥では、膨大な情報コードが高速で流れていた。

ナビ子だ。

『やはり。ベルクには適正があったようですね』

「……あ、天使様!」

ベルクが、半透明のウィンドウへ――そこに映るナビ子のホログラムへ向かって、深々と頭を下げる。

村人たち(ポポのような子供は除き、ほとんどがアドオン済みだ)も、ナビ子の姿を見て一斉に畏まった。

「天使様、私を選んでくださりありがとうございます……! 貴女様から頂いたこの知識、このインスピレーション……! 必ずや師匠のお役に立ててみせます!」

『えぇ、ベルク。あなたのその狂気……いえ、熱意にはこれからも期待してるわ』

え、いま狂気って言ったよな?

俺の双眸が、ジト目でナビ子を射抜く。

「おい、本当に大丈夫なんだろうな? 『破壊衝動に脳を汚染される』とかいう物騒なデメリットは削除したはずだろ? あいつのあの様子、どう見てもキマってるようにしか見えんのだが」

『失礼ですね。精神干渉なんてしていませんよ。自分の才能が目覚めて、好きなことに夢中になっていたら、寝るのも惜しくなるものです。ベルクのあの情熱は元々あの子に備わっていた資質ですよ。アイテム、それを引き出すきっかけにすぎません。まさに適材適所、というやつです』

なるほど。言いたいことは分かる。

本人が楽しそうなら口を挟むことでもないだろう。

それに、他の村人たちも、ベルクを見る目がなんだか羨ましそうだ。「天使様に選ばれた」という事実もそうだが、それ以上に「己の才能を限界まで発揮できる場」を与えられたことが、何より羨ましいのかもしれない。

「……で、そいつの性能はどうなんだ?」

番犬くん一号を見ながらナビ子に尋ねる。

『解析完了。 白銀級(シルバー) 上位相当の戦闘力ですね。村の廃材を使ってこの性能なら十分でしょう。素材を変えればドンドン性能も高められますし』

ナビ子の分析を聞き、村の戦力を再確認する。

白銀級(シルバー) に昇格したガルとトト。

もうすぐ同ランクに届きそうな自警団の村人たち。

そして、 黄金級(ゴールド) 上位の力を持つ蘭丸と銀二。こいつらはダンジョン外でもステータスが減衰しないので、実質 白金級(プラチナ) の探索者が二名常駐しているようなものだ。

そこに、ベルクが量産しようとしている殲滅兵器群が加わる。

『この規模の村としては異例の戦力といっていいでしょう。ただまぁ、エレオノーラのような、常識外の「個」の前では意味を成しませんが……』

エレオノーラ級が本気で村を潰しに来たら、その時点で詰みだ。数も結束も、誤差程度の抵抗にしかならない。

だが、規格外の戦力が存在する世界でそんなことを言いはじめたらきりがない。

万全など存在しない。

それを知ったうえで、できる限りのことをしていくしかない――そう思考を巡らせていた、その時。

「あら、凄いわね。こんな魔導具、帝国でも見たことがないわ」

不意に。背後から凛とした声が鼓膜を打つ。

振り返る。視線の先、重力を無視してふわりと浮く人影があった。

白銀の髪と、鮮血のような赤い瞳。豪奢だが露出の少ないドレスアーマーを纏ったその姿は、冷たく無機質な美しさを放っている。

昨日の今日だ。相変わらず神出鬼没な女帝である。

「……なんで当たり前のようにいるんだよ」

「あら、また来るって言ったじゃない。もしかして、これも迷惑だったの?」

エレオノーラが小首を傾げ、殊勝な態度で尋ねてくる。

その瞳に浮かぶのは、捨てられた子犬のような色。

「あー、いや。まぁ今回に関しては丁度いい。大事な話があるんだ、いいか?」

「もちろんよ」

花が咲いたような笑顔。

村人たちに近づかないよう手で制し、エレオノーラを連れて自宅へと戻ることにした。

ここなら誰にも聞かれずに話せる。

質素な木の椅子に腰を下ろしたエレオノーラに、単刀直入に切り出す。

「エレオノーラ。お前に、 天鋼級(アダマンタイト) になるための覚悟を聞きたい」

「……!」

彼女の表情が引き締まる。

先ほどまでの柔和な空気は霧散し、絶対強者の覇気が肌を刺す。

「そうね……。私が上げられるものであれば、なんでもあげるわ。地位も、名誉も、この身さえも」

「……そうか。本気なんだな」

「えぇ」

淀みない即答。

その瞳に宿る光は、信仰に近い。

「結論から言おう。俺なら、お前の前にある 天鋼級(アダマンタイト) の壁を、壊してやることができる」

瞬間。

バチリ、と空気が爆ぜる。

発生源は、目の前。エレオノーラの身体から、抑えきれない魔力が奔流となって溢れ出した。

殺意はない。

だが、あまりに強大すぎる歓喜の感情が、物理的な圧力となって部屋を軋ませる。

窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、テーブルの上のコップがカタカタと踊る。

「あ……っ!」

自身の失態に気づき、彼女は慌てて魔力を収束させた。

顔面からは血の気が引き、小刻みに震えだす。

「ご、ごめんなさい! つ、つい嬉しくて……! 悪気はないのよ!? 決してミナトに危害を加えようなんて……!」

「分かってる。そんなに気にするな」

軽く手を振ると、彼女は安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろした。

機嫌を損ねたら殺される、とでも思っているのだろうか。

そこまで短気ではないつもりなのだが。

「ただ、壁を壊すためには条件がある。聞くか?」

「えぇ、もちろん」

「端的に言うと、俺の『アドオン』機能を使う」

「え? アドオン……?」

赤い双眸が、驚きに見開かれる。

この世界において、アドオン機能を与えられるのは最低でもレベル1500を超えた神のごとき存在だけらしい。

「あぁ、勘違いするな。別に俺が神様ってわけじゃない。説明が難しいんだが、俺の能力……『 完全手動(フルマニュアル) 』の副産物とでも思ってもらいたい」

昨日ナビ子から聞いた、 天鋼級(アダマンタイト) の壁を壊す方法について、エレオノーラに伝える。

「で、だ。俺のアドオンは特殊でな。他のシステム……他のアドオンとは共存できない仕様なんだ。ゼノビア帝国は、『魔神』が造ったシステムを使ってるって聞いたんだが?」

「……えぇ。神祖様が開発した、魔力が視認できるようになり、魔力操作が格段にやりやすくなるお力を使っているわ」

「俺のやり方を通すなら、魔神の加護を捨てることになる。本当にいいのか?」

探索者にとって、システムの補助は命綱だ。

特に魔術師にとって、魔力の視覚化や操作補助が消えることは、視力を失うに等しいハンデになり得る。

だが、エレオノーラは迷わなかった。

「えぇ。構わないわ」

「……いいのか? 不便になるぞ」

彼女は短く、ふぅ、と熱い息を吐き出した。

まるで、長年身につけていた窮屈なコルセットを脱ぎ捨てたかのような、背徳的な解放感がそこにはあった。

「神祖様への信仰は、私にとって絶対のルールだった。その枷を自ら外す日が来るなんてね……でも、不思議と怖くないわ。貴方がいるからかしら?」

「いや、知らん。で、不便になるけど良いのか?」

「大丈夫よ。私には魔眼があるの。『 黄金の支配眼(クリュソス・バシレイア) 』。魔力の流れを見ることも、編むことも、それほどシステムに頼る必要はないわ」

そう言って、彼女は自らの瞳を指差した。

その双眸が、怪しく輝く。

鮮血のような赤と、その奥に灯る黄金の環。

「そうか、じゃあ、話は早い」

ナビ子に合図を送る。

視界の端。光の粒子が集束し、管理者権限のコンソールウィンドウが展開される。

「これは、お前の生殺与奪の権を俺に預けるのと同義だ。俺がその気になれば、廃人にすることだってできる」

ここまで繰り返し念を押すのは、システム的な制約によるものだ。

能力や経験値を大幅に強化できる代わりに、生死や精神の管理すら俺に委ねる形になってしまう。

それを了承するかどうか、必ず本人の意志を確認しなければならないという仕様なのだ。

「わたし、廃人にされちゃうの?」

彼女は熱に浮かされたように頬を染め、濡れた瞳で俺を見上げている。

その表情は、断頭台に立つ聖女のようであり、自ら猛毒を飲み干す愛人のようでもあった。

長い睫毛が震え、艶めいた唇が、甘い吐息を漏らす。

「あぁ、ムカついたらやるかもな。……で、どうする? 本当にやるのか?」