軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 ワームに食べられたと思ったら異世界に?〜死にかけたモンスターを倒して爆速レベルアップ!?帰りたいのに帰る方法が分かりません

暗闇。圧迫。そして、全身を溶かすような熱。

意識が浮上すると同時に、猪狩勝利は自分が「終わった」ことを悟った。

(ああ、そうか。俺は食われたのか)

直前の記憶がフラッシュバックする。

ダンジョンの床が割れ、巨大な口腔が現れた。反応する間もなく呑み込まれる視界。

最後に網膜に焼き付いたのは、引きつった顔でこちらに手を伸ばす湊の姿だった。

「逃げろ、湊!」

そう叫んだつもりだったが、喉から出たのは空気を潰したような音だけだった。

現状を認識する。

俺の体は今、粘液まみれの肉壁に万力で締め上げられている。

呼吸ができない。肺が押し潰され、肋骨が悲鳴を上げる。

皮膚が焼けるような痛みに包まれている。消化液だ。服の繊維が溶け、肌がただれていく嫌な音が鼓膜を打つ。

このまま溶かされて、文字通りクソの糧になる。それが俺の末路らしい。

(悪いな、沙織。翔太……父ちゃん、帰れそうにないわ)

妻と、もうすぐ四歳になる息子の顔が脳裏をよぎる。

家族のためにと割の良い探索者稼業に手を出したが、とんだ結末だ。

意識が急速に遠のいていく。

痛みすらも麻痺し始めたその時。ふと、記憶の澱からある男の声が浮上した。

『いいですか先輩。人間の体ってのは、本来もっと動くんです』

安居酒屋の喧騒。焼き鳥を片手に熱弁を振るう湊の顔。

あいつはいつも、変なことばかり言っていた。

『脳のリミッターを外して、筋肉の一本一本に直接命令を送るんです。大体ね、システム補正なんてもんはオートマ免許みたいなもんですよ。男は黙ってフルマニュアル操作、これが普通だと思いますけどね』

当時は「また変なオカルト言ってるよ」と笑い飛ばしていた。

だが、今この極限状態で、その言葉だけが妙にリアルな質感を持って思い出される。

(……フルマニュアル、だっけか)

どうせ死ぬんだ。

最後に一つ、可愛い後輩の妄想に付き合ってやるのも悪くない。

意識を内側へ向ける。

溶けかけた皮膚の感覚を捨て、その奥にある筋肉の繊維をイメージする。

右腕の上腕二頭筋。赤黒く脈動する筋繊維の束。

脳からの電気信号を、脊髄を通して直接叩き込む。

(縮め。千切れるまで、縮みやがれ……ッ!)

ブチリ、と体内で何かが弾ける音がした。

それと連動して、武器を持っている右腕が動く。

圧倒的な質量で迫るワームの胃袋を、内側から押し返したのだ。

(お、おお……ッ!? すげぇな湊! これ、マジでいけるぞ!?)

アドレナリンが痛覚を遮断し、視界が白く弾ける。

俺は全身の筋肉に「命令」を送った。

背筋、大胸筋、大腿四頭筋。

サラリーマン生活でなまった体が、悲鳴を上げながらも再起動する。

「う、おおおおおおおッ!」

ワームの体内に、くぐもった絶叫が響く。

消化液でドロドロになった指先が、肉壁に深く突き刺さる。

あまりの激痛に耐えかねたのか、ワームの巨体が大きく痙攣した。

次の瞬間、世界が反転する。

「……え、うわああああッ!?」

俺の体は、消化液の濁流と共に外の世界へと吐き出された。

背中を強打し、肺の中の空気が強制的に排出される。

霞む視界の先、巨大なワームが苦悶に身をよじらせながら、地中深くへと逃げ去っていくのが見えた。

地響きと共に気配が消え、重苦しい静寂が訪れる。

「……はぁ、はぁ、はぁ……!」

肺いっぱいに空気を吸い込む。

それはひどく埃っぽく、そして鼻を突く鉄錆の臭いがした。

視線を巡らせる。

そこは、見知らぬ広大な洞窟だった。

「とりあえず、ここはどこだ?」

それからの日々は、地獄の釜の底を這いずり回るような時間だった。

後に分かることだが、俺が吐き出された場所は、Lv.800以上の化け物が闊歩するダンジョンの超深層と呼ばれる領域だったのだ。

視界に入る魔物は、どいつもこいつも怪獣映画のサイズ感だ。

御伽噺のドラゴンが野良犬のように闊歩し、神をも殺せそうな悪魔が岩陰で昼寝をしている魔境。

レベル300そこそこの俺が生き抜ける環境ではない。

だが、ある日、いつものように岩の隙間を移動しながら上へ向かうルートを探していると、異様な気配に足が止まった。

静かすぎる。

広大な空間の中央。そこに、異様な存在が二つ、転がっていた。

一体は、全身が流体金属で構成された巨兵。機械仕掛けの神だ。

背中には後光のような円環が浮き、そこから六本の腕が生えていた形跡がある――が、今は五本までが根本から引きちぎられ、断面から青白い火花を散らしている。

無機質で神々しい、まるでSF映画から飛び出してきたような存在。

もう一体は、その機神と対峙していたと思われる異形の獣。

形こそドラゴンに似ているが、その体は肉ではなく、夜空を切り取ったような「漆黒の宇宙」で出来ていた。

体表には無数の星々が煌めき、吐き出す息は空間そのものを歪ませている。

どちらも、俺の知る生物の範疇を軽く超えている。神話クラスの化け物同士が、相討ちとなって倒れていたのだ。

ピクリとも動かない。虫の息だ。

喉が渇き、指先の震えが止まらない。「近づくな」「死ぬぞ」と細胞の一つ一つが叫んでいる。

だが、同時に別の感情が鎌首をもたげた。

(……こいつらを殺せば、レベルアップできるかもしれない)

そう認識した瞬間、体は動いていた。

今回の探索前に新調したばかりの剣を抜き放ち、機神の装甲へと叩き込む。

ガキンッ!

嫌な音がして、手元が軽くなる。

剣が折れた。

傷一つつかない。ダメージが通っている感触すらない。

腐っても神話級。瀕死の状態ですら、俺の攻撃など無効化しているようだ。

「くそっ! 死にかけのくせに硬ぇな!」

ふと、足元に視線を落とす。

そこには、機神から千切れた腕の破片が転がっていた。剣のような形をした、巨大な鉄塊だ。

(これなら……!)

俺はそれを拾い上げる。ずしりと重い。

機神の装甲の隙間、わずかに漏れ出す火花を狙ってねじ込んだ。

「オラアアアアッ!」

ドゴォン!

鈍い衝撃と共に、機神の瞳から光が消える。

次は、ドラゴンのような化け物だ。

俺は鉄塊を振り上げ、パックリと開いていた古傷に向けて、何度も何度も叩きつけた。

「死ね! 死ね! 経験値になれぇッ!」

何十回叩いただろうか。

やがて、その巨体が光の粒子となって崩れ去った。

後には、暗闇の中で星屑が渦巻くような、奇妙な宝石――『 虚空の核(ヴォイド・コア) 』が転がっていた。

だが、それを確認する余裕などなかった。

戦闘が終了したタイミングで、システム音が脳内に直接響く。

『条件達成を確認。レベル差500以上かつクラス上位の相手を討伐したことを確認。レベルアップにボーナスが付与されます。また、専用スキルの付与権が与えられます。種族進化後、付与します』

レベルを確認する。

目の前に表示された数字に、思考が停止した。

レベル777? 大当たりってか? やかましいわ。

だが、驚く暇もなかった。

全身の血液が沸騰するような熱波が襲いかかる。

『規定レベルへの到達を確認。種族進化を開始します』

『進化先:『金剛羅刹』』

骨が軋み、筋肉が作り変えられていく。

痛みはない。力が溢れすぎて、器が悲鳴を上げているのだ。

そして、その変化が終わった瞬間、新たなアナウンスが響いた。

『専用スキル:【 不壊の金剛殻(アダマン・シェル) 】を獲得しました』

『パッシブ効果:自身の耐久値を大幅に上昇させ、下位存在からの物理干渉を軽減します』

もう一体何が起きているのかさっぱり理解できない……。

そんな混乱を考慮することもなく、システムは更に追い打ちをかけてくる。

『規定レベルへの到達を確認。システム機能【ランキング】を解放します。現在『羅刹』として登録されています』

「は? ランキング? なんの話だ?」

『ランキングシステムは自身のクラスと「同等以下」の探索者情報が閲覧可能になる機能です』

「……は?」

目の前にランキングリストが表示される。

そこには、レベル500から799までの探索者の称号と順位が羅列されていた。

その最上位。そこに、先ほど聞いた――『羅刹』の文字が輝いている。

そして、その下にズラリと並ぶ、見たこともない称号たち。

分からないことだらけだったが、一々確認している余裕はなかった。一気にレベルアップしたとはいえ、自分より強い存在がまだまだいることを知っていたからだ。

それからの道のりは、まさに死闘だった。

手に入れた『金剛羅刹』の力と、システムによる身体補正。それらをフル活用し、俺は泥をすするような思いで地上を目指した。

何日、いや何ヶ月かかっただろうか。

ようやくたどり着いた地上の光。だが、どう見ても日本ではなさそうな様相に帰りが遠のいたことを理解する。

呆然とする俺の脳内に、システム音が響く。

『現地の言語体系を解析完了。翻訳機能を有効化します』

その瞬間、遠くの喧騒が鼓膜を打つ。

今まで雑音にしか聞こえなかったそれが、意味のある言葉として飛び込んできた。

怒号。悲鳴。そして、命乞い。

今いる場所は『ヴィクトリア王国』というらしい。

察しの良い方ではない俺でも分かった。ココは異世界だ。

後で知ったことだが、当時のヴィクトリアは血で血を洗う内戦の真っ只中だった。

権力者たちのエゴ。終わらない報復の連鎖。

だが、そんな事情は俺には関係ない。

俺が許せなかったのは、その争いの犠牲になっているのが、罪のない子供たちだったことだ。

燃え盛る村。逃げ惑う小さな背中。

その姿が、地球に残してきた息子・翔太と重なった。

(ふざけるな)

理屈じゃない。

気づけば俺は、戦場のど真ん中に飛び込んでいた。

「やめろと言っているのが聞こえねぇのかァァァッ!」

オリハルコンの鉄塊を振り回し、あるいは素手で、争う両軍の兵士を片っ端からねじ伏せた。

銃弾も魔法も、『 不壊の金剛殻(アダマン・シェル) 』の前では豆鉄砲ですらなく、肌の上を滑り落ちるだけだ。

圧倒的な暴力。理不尽なまでの強さ。

たった一人で戦争を強制終了させた俺を見て、人々は恐怖し、そして崇めた。

「このお方こそ、伝説の勇者様だ!」

「いや、真の王だ!」

あれよあれよという間に、俺は神輿に担ぎ上げられた。

俺は、その暴力的なまでの「正義」によって、王の座に就かされたのだ。

「いや、俺は帰りたいだけなんだって……」

王冠を被せられ、民衆の歓声を浴びながら、俺は心の中で泣いていた。

飯は薄味でマズい。

トイレにウォシュレットはない。

週刊誌も、テレビも、缶ビールもない。

何より、ここには家族がいない。

沙織の作る少し濃い目の味噌汁が恋しい。

翔太とキャッチボールをする約束も果たせていない。

湊と馬鹿話をしながら、安酒をあおりたい。

王としての業務の合間、俺は王国の書庫を漁らせ、「異世界渡航」の方法を探し続けた。

さらに、Lv.500を超えたことで解放されたシステムの『情報開示機能』にも問いかけ続けた。

そうして、地球に戻る手がかりが見つかった。

どうやら、レベルを上げていくと、次元を超える力が手に入るらしい。

「……やるしかねぇ」

それからの俺は、狂ったように強さを求めた。

王務は宰相に丸投げし、暇さえあればダンジョンに潜った。

すべては、家に帰るため。

愛する人たちに、もう一度会うため。

無茶な探索をしていたせいで、厄介な奴に借りを作っちまったが、 天鋼級(アダマンタイト) にまで上り詰めることができた。でも、まだ帰ることはできないらしい。

早く地球に帰りたい……。

沙織に、翔太に会いたい……。