軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 おじさん、恩義に報いる

「知らない、天井だ」

目を覚ますと、そこはいつもの見慣れたリビングではなく、粗末な小屋の中だった。

天井の隙間から、朝日が細い線となって差し込んでいる。

「そういえば、異世界に来たんだったか……」

ずいぶんと久しぶりに、泥のような深い眠りについた気がする。

『お目覚めですか。気絶から丸二日経過していますよ』

「……二日か。よく寝たな」

体を起こす。

意外なほど体が軽い。

節々に鈍痛は残るが、あの劇薬による鉛のような倦怠感は消えていた。

肌のただれも、薄皮一枚張ったように治まっている。

「……そういえば」

ふと、意識がブラックアウトする寸前の記憶が蘇る。

「お前、なんかめちゃくちゃ心配そうな声出してなかったか? 『マスター!』って」

『……』

「AIのくせに、随分と人間臭い叫び声だったような気がするんだが」

『………… 記録媒体(ログ) を確認しましたが、そのような音声データは存在しません。マスターの幻聴では?』

「嘘つけ。あんな必死な声、聞き間違えるわけ――」

『そ、それより! マスターが寝ている二日間でこの惑星の言語体系を学習しやすいようにまとめておきました。いまから習得してください』

図星を突かれたのか、ナビ子が慌てて話題を切り替えてくる。

コイツ、絶対誤魔化したな。

「習得ったって、そんな簡単に覚えられるわけねぇだろ。というか、お前の翻訳機能で十分じゃねぇか」

『翻訳機能はあくまでAIの補助です。もし私が以前のように機能不全に陥った場合、マスターはコミュニケーション手段を失うんですよ?』

妙に真剣な声音だった。

こいつ、まだ原種の影響で接続が遮断されたことを気にしているのか。

「……分かったよ。やればいいんだろ」

『はい。それでは、許可が得られたので、言語データを記憶野に直接書き込みます。』

「なんか、怖えな、その表現」

『言っておきますが、レベルアップによってマスターの脳内処理能力や記憶容量は飛躍的に向上していますからね。今までみたいに、人間の感覚でいると、逆に枷になりますよ?』

「おい、今サラッと怖いこと言わ――」

『行きます』

「――ッ!?」

文句を言いかけた瞬間、脳の奥に焼けた鉄串を突き刺されたような衝撃が走った。

直後、外から聞こえてくる子供たちの声が、意味のある「言葉」として脳に染み込んでくる。

『……だから、あの人は……』

『……でも、トト兄ちゃんが……』

日本語ではない。間違いなく異世界の言葉だ。

だが、まるで生まれ育った土地の方言を聞いているかのように、自然と意味が理解できる。

「……なるほど。確かに人間を辞めたのかってレベルだな。これだけの情報量を一瞬で焼き付けられて、頭が焼き切れてねぇってのは」

自分の脳みそが、以前とは別物の演算装置に換装されたような奇妙な感覚。

レベルアップによる「進化」を、こんな形で実感させられるとは。

「それで、あれからどうなった?ここに案内されて倒れたのは覚えてるが」

まだ少し痛みの残る額を押さえながら、空白の時間のことを尋ねる。

倒れている間、身ぐるみ剥がされていてもおかしくなかった。

だが、作業着も、腰のポーチも無事だ。愛用のバールも枕元に鎮座している。

『まず、マスターは二日間眠っていました。その間、村の人たちが看病をしてくれていました』

「そうか、感謝しないとな」

『感謝、という言葉で済むならいいのですが』

「……どういう意味だ?」

ナビ子の声が少し硬い。

視界の隅に、ログのウインドウがポップアップする。

そこには、俺が寝ている間の「外部干渉記録」が再生されていた。

『マスターが飲まされていた水。……あれは、泥水を何度も布で濾過したものです』

「……」

『解熱作用のある薬草も投与されています。成分解析の結果、この地域の危険地帯にしか自生しない品種でした。それを、族長の娘らしき少女が夜通し煎じて飲ませ続けました』

ウインドウには、煤けた顔で薬草を煮出す少女の姿と、俺の体を濡れた布で拭く子供たちの姿が映っている。

彼らは、俺の体にとまるハエや、近づくネズミを必死に追い払っていた。

『彼らにとって、水も薬も命そのものです。それを、得体の知れないあなたに使いました』

ウインドウが消え、視線が空中を泳ぐ。

天井の隙間から差し込む光の中を、埃が静かに舞っていた。外からは、子供たちの乾いた笑い声が聞こえる。楽しそうな声だが、どこか薄いガラスのような脆さを孕んでいた。

この村の空気が、死と隣り合わせの緊張感で張り詰めていることを肌で感じる。

『理解不能です。彼らの備蓄は限界値でした。あなたを生かすコストで、数人の子どもが数日生き延びられるリソースです。にもかかわらず、彼らは節約などしなかった』

「……そうか」

胸の奥に、温かく重いものが沈殿していく。

ホルム村の惨状は、訪れた時点で分かっていた。

水不足、食料不足、そしてインフラの崩壊。

そんな中で、見ず知らずの余所者にリソースを割くことが、どれだけのリスクか。

俺は短く息を吐き、立ち上がった。

その時、きしんだ音を立ててドアが開く。

入ってきたのは、十代後半くらいの少女だった。

日に焼けた肌に、意志の強そうな瞳。髪は短く切り揃えられていて、動きやすそうな服装をしている。

先ほどの映像で、薬草を煎じて飲ませてくれていた少女だ。

「……あ、起きた?」

彼女は俺を見て、少し驚いたように目を見開いた。

そしてすぐに、安堵の表情を浮かべる。

「よかった……。二日も起きないから、死んじゃったかと思った」

「体は丈夫みたいでな。簡単には死なんよ」

答えると、彼女は少しだけ口元を緩めた。

そして、居住まいを正す。

「私はリリ。トトたちを助けてくれて、ありがとう。あなたが魔獣を倒してくれたおかげで、みんな怪我なく帰ってこれた」

「俺は湊だ。礼には及ばん。……と言いたいところだが、こちらも世話になったみたいだな」

俺が頭を下げると、リリは慌てて手を振った。

「ううん、当然のことをしただけ。……それに、あの巨大トカゲの肉、すごく助かったの。あれがあれば、みんなしばらくはお腹いっぱい食べられるから」

なるほど、ダンジョンで倒した、あのトカゲ擬きは食料として活用されたらしい。

俺にとってはただの経験値稼ぎのついでだったが、彼らにとっては干天の慈雨だったわけか。

「起きたことが伝われば、みんな集まってくると思う。……その前に、少し話せる?」

リリの表情が、少し真剣なものに変わる。

「ここは廃棄地域。国も見捨てた場所よ。トトたちからは、物凄く腕が経つ探索者だって話は聞いてるけど、なんでこんなところに?」

鋭い。

この年頃の子供にしては、世の中の裏側を見すぎている目だ。

俺は肩をすくめる。

「まあな。色々あって、今は帰る方法を探してる迷子だ」

「迷子ね……。まあいいわ。とにかく、ここは歓迎する。ただし――」

彼女は一度言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見据えた。

「村のみんなに危害を加えないこと。それが条件」

「当然だ。恩を仇で返す趣味はない」

「……信じるわ」

リリは小さく頷いた。

その時、外が騒がしくなった。

どうやら目を覚ましたことが伝わったらしい。

「行こう。母さんも待ってるから」

俺はバールを手に取り、外へと出た。

外に出ると、子供たちの視線が一斉に突き刺さった。

好奇心、恐怖、期待。様々な感情が入り混じった瞳たち。

その中心に、村を訪れた日に会った女性――村長のユルダがいた。

「お目覚めになられたようで。ミナト様、お体の具合は?」

「おかげさまで、峠は越えたみたいです。……本当に助かりました」

俺が深く頭を下げると、ユルダは少し驚いたように、それから安堵したように微笑んだ。

「粗末な場所ですが、少しでも休まれば何よりです。……さて、これからのことですが」

ユルダの表情が引き締まる。

交渉の時間だ。

「しばらくの間、ここに滞在させていただきたい。もちろん、ただ飯を食うつもりはありません。食料の確保や、魔物の駆除をさせていただければと思います」

「……願ってもない申し出です。ですが、この村にはあなたに差し出せるものが何もありません」

「既に返しきれないほどのモノを頂いております。屋根と壁、それに情報があれば十分です」

『マスター。レベルを上げて帰還ゲートを開くことが最優先事項では? 村の護衛などしている暇はありませんよ』

脳内で、ナビ子がもっともらしい苦言を呈してくる。

だが、その声色には呆れよりも、どこか俺を試すような響きが含まれていた。

(うるせぇ。世話になったんだ、このままさよならってわけにはいかねぇだろ)

たった数日とはいえ、貴重な水と薬を、得体の知れない俺に使ってくれた。

その恩を忘れて自分の都合だけで動くような奴は、人間じゃねぇ。

少なくとも、俺が目指している「格好いい大人」ではない。

『はぁ……。まあ、マスターならそう言うと思いましたけどね』

(なんだよ)

『いえ。……そういうところも含めて、 推奨(サポート) しますよって話です』

脳内での会話を切り上げ、俺はユルダに向き直る。

条件提示に、彼女は少し困ったような顔をした。

「情報はいくらでも。屋根も、空き家ならいくらでもあります。ですが……水だけは、満足にお出しできるかどうか」

「水、ですか?」

「ええ。井戸が枯れかけておりまして……。それに、最近は少し濁りも出ていて……」

深刻な顔で頷くユルダ。

水問題か。看病のために泥水をろ過してくれていたという話とも符合する。

これは俺自身の生存にも関わる問題だ。

「……事情は分かりました。水については、俺の方でも何とかできないか考えてみます」

優秀なサポーターがいるんだ、なんとかなるだろ。多分。

「本当ですか……!?」

ユルダの声が弾む。

周囲の子供たちも、期待に満ちた目で俺を見てくる。

だがその時、群衆の中から刺々しい声が響いた。

「……へっ、口だけなら何とでも言えるぜ」

現れたのは、目つきの悪い少年だった。

年齢はリリと同じくらいか。ボロボロの服を着て、痩せているが、眼光だけは鋭い。

「ガル! 失礼よ!」

リリが咎めるが、少年――ガルは止まらない。

「起きたかと思えば、偉そうな口叩きやがって。……お前のせいで、俺たちの食い扶持が減ったんだぞ」

周囲の空気が凍りつく。

だが俺は、ガルの背後に視線をやった。

彼の後ろには、小さな子供たちが隠れるようにしてこちらを覗いている。

ガルは彼らを背に庇うように立っていた。

「……ガル、言葉を慎みなさい!」

ユルダが声を荒げる。

だが俺は、手を挙げてそれを制した。

「いや、いいんです。……確かに、看病のために貴重な水と薬を使っていただいたのでしょう」

ガルの目を真っ直ぐに見返す。

「すまなかった。感謝している」

俺の言葉に、ガルは虚をつかれたような顔をした。

「は? ……い、いや、その……」

反論されると思っていたのだろう。

素直に謝られたことで、毒気を抜かれたようだ。

後ろの子供たちを守るように踏ん張った足。強く握りしめられた拳。

……悪い奴じゃない。ただ、必死なだけだ。

余裕のなさが、棘になって出ちまってるだけのこと。

「……べ、別に、礼なんて期待してねぇよ。ただ、口先だけじゃなくて、ちゃんと働けって言ってるだけだ」

ガルはばつが悪そうに顔を背けた。

その不器用さに、俺は以前面倒を見ていた後輩探索者の姿を重ねて、少しだけ口元を緩めた。

「ああ、分かってる。……とりあえず、まずは腹ごしらえだな」

(ナビ子。道中で倒した魔物のドロップ、まだ確定させてなかったよな?)

『はい。インベントリで選択保留にされています!』

通常、魔物を倒した際のドロップ判定は自動で行われるが、俺の場合はそこも「手動」だ。

保留にしていた数十体分のドロップ判定。

それを今、ここで行う。

視界にウインドウが展開される。

【ドロップ選択】

対象:ロック・リザード ×28

マッド・ハイエナ ×1

グランド・バイソン ×5

1. 硬質の鱗:ノーマル×28 - 経験値0.1%消費

2. リザードミート(塊):ノーマル×28 - 経験値0.2%消費

3. ハイエナの牙:ノーマル - 経験値0.2%消費

4. バイソンの角:レア×5 - 経験値3.0%消費

5. 特選・霜降り 肉(バイソン) :レア×5 - 経験値5.0%消費

6. 全吸収 - 経験値100%吸収

二つのアイテムの詳細を確認する。

【特選・霜降り 肉(バイソン) :レア】

分類:魔獣素材 / 消費アイテム

効果:極上の味わいと、体力・魔力の大幅回復。

説明:荒野の過酷な環境を生き抜くために蓄えられた、奇跡のような 脂肪交雑(サシ) 。口に入れた瞬間に体温で溶け出し、濃厚な旨味の洪水となって脳髄を直撃する。焼いて良し、煮て良し、生でも良し。食通が涙を流してひれ伏す至高の肉。

【リザードミート(塊):ノーマル】

分類:魔獣素材 / 消費アイテム

効果:スタミナ回復(中)、滋養強壮。

説明:ロック・リザードの太もも肉。筋肉質で弾力があり、噛めば噛むほど野性味あふれる旨味が染み出す。高タンパク低脂質で、戦士の体作りに最適な食材。臭みは少なく、燻製やシチューに最適。

……読んでいるだけで腹が鳴りそうだ。

経験値を消費しても可能な限り肉をドロップさせるようにナビ子に指示をする。

インベントリの操作を確定させた。

経験値を犠牲に、ドロップ品の構成を「食料」に全振りする。

瞬間、仮想ストレージの中に大量の食料が流れ込んでくる。

それらを惜しげもなく地面に積み上げていった。

「え……?」

「な、なにこれ……?」

集まっていた子供たちが目を丸くする。

元からインベントリに保管してあった保存用の干し肉や果物。

さらに、今しがた確定させたばかりの新鮮な巨大肉塊や霜降り肉。

この村にとっては、見たこともないようなご馳走の山だ。

「とりあえずの詫び賃だ。好きに食ってくれ」

俺が言うと、一瞬の静寂の後、歓声が爆発した。

「す、すげぇええ!!」

「肉だ! 肉があるぞ!!」

子供たちが駆け寄る。

その姿を見て、リリとユルダも呆然としている。

「こ、こんなに……いいんですか?」

「えぇ、いつでも取りに行けますから」

恐縮をしているようだが、こんなもので釣り合うとは思っていない。

彼らは、自分たちが飢えて死ぬかもしれない状況で、俺に水と薬を使ったのだ。

命のリスクを背負ってくれた相手に対し、たかが食い物を渡したくらいで「チャラ」にするつもりはない。

……でも、とりあえずの挨拶代わりとしては悪くないだろう。

『マスター、太っ腹ですね』

「うるせぇ。……子供が腹減らしてるのは、見てて気分悪いだろうが」

俺は空気の読めないナビ子に悪態をつきながら、ガツガツと干し肉にかぶりつく子供たちを眺めた。

宴は、日付が変わる頃まで続いた。

久しぶりの満腹感に、子供たちの顔には赤みが戻り、焚き火を囲む大人たちの目にも生気が宿っていた。

地獄の底のような場所で、一時の平穏。

俺も、久しぶりにまともな食事 (とは言っても干し肉だが)と、誰かと囲む火の暖かさに、張り詰めていた気が緩むのを感じていた。

だが――。

ふと、違和感が胸をかすめる。

歓声を上げる子供たちの輪の中に、あの目つきの悪い少年――ガルの姿がない。

さっきまでは、少し離れた場所で肉をかじっていたはずだ。

その時だった。

血相を変えたリリが、俺の方へ駆け寄ってきたのは。

「ミナト、さん……!」

「どうした? そんなに慌てて」

嫌な予感がする。

リリは息を切らしながら、震える声で告げた。

「ガルが……ガルが、いないの……!」