軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

114.デイリーダンジョン 共闘戦 その3

意味が分からなかった。

何故、終末の魔導士が井口の顔をしているのか?

(作り物? 変装? 幻覚?)

いや、あり得ない。

デバフ以外の特殊スキルならば、『ファンブル・エレメント』が反応しているはずだ。

つまり、この顔は、コイツは、紛れもなく、井口本人で、それは、つまり――。

「リュウ! 何をしている!」

「ッ……!」

エイトさんの言葉に、俺の体は半ば反射的に動いた。

一瞬の思考停止、判断ミスが全てを台無しにしてしまうことを体が理解していた。

ソウルイーターで、魔導士の体を袈裟斬りにする。

「ガッ……あが、お……うああああ!」

斬られた箇所から、大量の黒いモヤが溢れ出る。

魔導士は、苦しむそぶりを見せるが、倒れない。

やはり討伐推奨LV60という数値は決して甘くない。

耐久もこれまでのモンスターとは一線を画している。

でも効いている。あと一撃で倒せる。

「とどめ――!?」

「あ、Aぉべ◆GA!」

すかさずエイトさんが追撃を仕掛けようとしたが、その瞬間、終末の魔導士が消えた。

「逃げた?」

「いや、移動系のスキルだ。そう遠くには行っていないはず。回復と召喚の時間を稼ぐつもりか――『そなー4』」

エイトさんの体から「4」の数字が茸みたいににょきにょき生える。

確か『そなー4』は、索敵系のスキルだったか。

エイトさんの数字スキルは、攻撃、防御、索敵、強化と全てを網羅できる。

体が数字になることを除けば、本当に便利だな職業『数字』。

……その一つが致命的な欠点だけど。

「見つけた! 広場のすぐそば!」

「了解」

即座にエイトさんと共に、反応があった方へ向かう。

次の召喚まであと十秒ってところか。

間に合うかギリギリだな。

そう考えてハッとなった。

(……ギリギリ? 何に対してだ?)

決まってる。終末の魔導士を、井口を倒せるかどうかについてだ。

思考の切り替えがあまりにもスムーズで寒気がした。

(俺は……井口を斬った)

現実じゃなく、異世界ポイントの中でのこととはいえ、顔見知りを斬ったのだ。

それが出来てしまったことに、俺は酷く嫌な気分になった。

村長の時もそうだったが、きっと俺はそういうことが出来る人間なんだ。いざとなったら、割り切れてしまえる。

……知りたくなかった自分の一面を自覚してしまった。

「リュウ! 全ては後にしろ! 今は敵を倒すことだけを考えるんだ!」

「ッ……そうだな」

エイトさんの主張はもっともだ。

ここが終末世界である以上、まずはクリアすることだけを考えるべきだ。

全ての疑問はその後に考えろ。

「――居た! 『だぶるの2』!」

エイトさんの声と共に、俺たちの速度が上がる。

『だぶるの2』は2秒間だけ移動速度が2倍になる。対象は2人まで。

バス停の傍に身を隠すように、うずくまっていた終末の魔導士に、俺たちは一気に接近する。

(倒せ……でも井口が……考えるな……アイツを殺……考えるな……倒せ!)

再びソウルイーターに『魂葬刃断』をセットする。

考えるな、考えるな、考えるな。

相手は、アイツは、井口じゃない。

終末の魔導士だ!

「――マ、待ッテ!」

覚悟を決めて、止めを刺そうとした瞬間、終末の魔導士は慌てるように口を開いた。

それも手を上げて、持っていた杖も地面に投げ捨てて。

その声は、よく聞きなれた井口の声で。

こちらを見るその表情は――。

「……待ッて下さい! な、なんですかあなた達は? こ、殺さないで! お願いします!」

「…………井口、なのか?」

「え? そ、その声、先輩……ですよね? え、その恰好は? というか……」

それまでと違って、はっきりとした意思と、感情が現れていた。

「先輩、やっぱり生きて……生きてたんですね。うぁ……うわぁああああああああん!」

「ちょ、うわっ」

「先輩! 先輩! 先輩! 良かった! 本当に良かったよぉおおおおおお!」

泣きながら抱き着いてくる井口に、俺は手を出せなかった。

エイトさんも困惑した様子で、彼女を見つめている。

勿論、手にセットした「9」を解除していない辺り、いつでも動けるように残心をとって備えている辺りは流石である。

「……何があったんだ、井口? あととりあえず離れてくれ」

何故か夜空とセイランからの気配が凄いから。

離れていても伝わってくる圧倒的な圧。

「えっと……もうちょっとだけ。先輩、やっぱり着痩せするタイプですね。胸板の筋肉が……えへへ」

「……さっさとリュウから離れろ、終末の魔導士。彼も嫌がってるだろ? それとも今すぐ、死ぬかい?」

「ひぃっ。な、なんですか? こっちの8の人から、すっごい殺気を感じるんですけど……。というか、なんで8?」

「黙れ。私が8だろうが9だろうが君には関係ないだろうが」

「は、はいっ」

物凄い殺気を放つエイトさんに、井口は即座に離れて正座する。

流石、エイトさんだ。

場の空気を一瞬で引き締めてくれた。

「リュウも気を許し過ぎだよ。それとも、そんなにこのモンスターの顔が好みだったの?」

「すまん。そういう訳じゃないんだが、彼女は……その、俺の現実世界での職場の同僚だったんだ」

「ッ……そうか。それでさっきから様子がおかしかったんだね。合点がいったよ。でも――」

エイトさんが手を上げると同時に、彼女の後ろの控えていたミイラ男から無数の包帯が放たれ、井口を拘束した。

「な、何するんですか!?」

「最低限の拘束はさせてもらう。スキルも全て封じる。『全部ゼロにな~れ』」

エイトさんは井口の胸の部分に数字の「0」を張り付ける。

相手のスキルの使用を不可能にする『無能の0』だ。

これが張り付いている間は、スキルを使用することが出来ない。

ただし手で簡単に剥がせるという弱点があり、他の拘束スキルと併用することで、持続的な効果を発揮する。

射程も短く、直接相手に張り付ける必要がある。

「雷蔵たちは周囲を警戒してくれ」

「ウガゥ」

「……ウキィ」

雷蔵は素直に頷いたが、夜空は妙にチラチラとこちらを見てくる。

ちゃんと仕事しなさい。

「何があったんだ井口? どうしてお前が終末世界に居て、そんな姿になってるんだ?」

「どうしても何も……先輩だって知ってるでしょう? あの日、世界で起こった出来事を」

「……何のことだ?」

「先輩、本当に覚えてないんですか? 三か月前のあの日、世界中にモンスターが現れて、大パニックになったじゃないですか。私みたいに、モンスターに変異する人も大勢いて。私、先輩のこと、ずっと探してたんですよ」

「……?」

意味が分からない。

井口の言い分はまるで現実の世界が本当におかしくなってしまったような口ぶりだ。

エイトさんの方を見るが、彼女も首?を傾げている。

……首だよな? 8だからよく分からない。

「三か月前って……それはいつだ?」

「令和〇年の8月31日です。世界に終末が訪れたって、とんでもない騒ぎになったじゃないですか。先輩、ほんとにどこに居たんですか?」

「8月? ちょっと待て、今はまだ5月だぞ? じゃあ、ここはまさか……未来の世界だっていうのか?」

今から三か月後に、現実世界にモンスターが現れる?

この『終末世界』が俺たちの世界の未来の姿だっていうのか?

あり得るのか、そんなことが?

いや、異世界ポイントは現実と繋がっている。

なら、未来の世界とも繋がっている?

エイトさんは口に手を当てて、何やら考えている。

「ここが未来の世界? ……いや、そんなことはあり得ない」

「エイトさん?」

「リュウ、思い出してくれ。この世界にあった私の病室のことを。ここが本当に未来の世界なら、あの部屋があるわけないんだ」

「え?」

「だって、私は三日後には退院する予定なんだよ? いくら私が究極で最高なアイドルだとしても、患者が居なくなれば部屋は片付けられる。そのままにしておくなんてありえないだろ。いくら私が超売れっ子アイドルだとしても」

「……確かに」

エイトさんの言うことはもっともだ。

あとアイドルを妙に強調してくる。

余程、俺に気付かれなかったのが悔しかったのだろう。

「もし彼女の話が本当で、現実と『終末世界』がリンクしているなら、三日以内に終末が訪れなければ辻褄が合わない」

「……それはそれで大問題だな」

「ああ、大問題だよ」

なにせ現実が三日後に終末世界になるって事なんだから。

三か月後だろうと、三日後だろうと、大問題だけどさ。

「うーん……」

エイトさんはふと、何かを思いついたように、井口の方を見る。

井口はビクッと震えた。

「井口、と言ったね? 君は『異世界ポイント』というアプリについて知っているかな?」

「……? あの、すいません。ちょっとよく聞き取れませんでした。なんのアプリでですか?」

「『異世界ポイント』だ」

「……?」

エイトさんの言葉に、井口は首をかしげる。

異世界ポイントって単語を聞き取れていないのか。

「少なくとも彼女がプレイヤーでないことは確かだね」

「ああ。でもアプリを削除された元プレイヤーって可能性もあるんじゃないか?」

異世界ポイントはポイントを全損すればスマホから削除される。

そうなればまた元の一般人に戻る。

確か記憶も失うはずだ。ヘルプにそう載っていた。

「その可能性も否定しきれないね。ところで、急に理性的になったけど、今までの記憶はあるの?」

「……少しだけ。ずっと夢の中に居るような感覚で、急に痛みで目が覚めたみたいな感じです」

井口は目をそらすように口を開く。

あの黒いモヤが井口を操っていたのか?

だとすれば、ソウルイーターの魂を直接攻撃する効果が、思わぬ作用をもたらしたってことになる。

「あの、私ってこの後、どうなるんですか? その……こ、殺されちゃうんですか?」

ガタガタと震えながら、井口は縋るような視線を向けてくる。

殺さなくて済むなら、俺だって殺したくはない。

なら、方法は一つしかない。

井口を―― 従属(カード) 化する。

そうなれば、勝利条件も変更になるはずだ。

でもそうなると、現実の井口へどんな影響が出るのか、全くの未知数でもある。

それでも、彼女をもう一度殺すなんて出来なかった。

したくなかったんだ。