作品タイトル不明
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三国交流会は早々にお開きとなり、王城の廊下はすでに静寂に包まれている。ビブリ国王と第一王子との面談を前に、俺は謁見室の隣の控えの間で、紅茶片手にグレースと向き合っていた。
俺は周囲に人がいないことを確認し、単刀直入に切り出した。
「君が父と兄から受けた仕打ちについて俺も聞き及んでおり、憤りを感じている。彼らの罪を見過ごすことは絶対にしないし、報いを受けさせたいと考えている」
俺はまっすぐグレースの目を見つめた。
「君が、彼らとの関係にどのような幕引きを望むのか、その気持ちを最優先したい。君の望む処罰を、遠慮なく俺に伝えてほしい」
俺の言葉を聞いたグレースは、伏せていた長い睫毛を持ち上げ、俺を真っ直ぐに見つめ返した。
「ありがとうございます。殿下が、私の個人的な苦しみを、これほどまでに重く受け止め、私の気持ちを最優先してくださることに、心より感謝申し上げます。⋯どのような処罰を望むかは、少し考えさせてください」
凛とした声が響くと共に、グレースの心の映像が流れ込んできた。
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悲劇のヒロインちゃんが森の中で巨大化して、泣きながら雑草を引きちぎり始めた。
「(お父様とお兄様の視線は、いつも憎悪に満ち、言葉はいつも私を傷つけるものばかりだったわ!顔も見たくないと別棟に隔離され、私は家族から否定され続けたのよ!あの人たちの言動に傷つけられた傷は、まるで胸にぽっかりと風穴が空いたように苦しくて⋯そこから血が流れ続けているかのようにずっと痛むの!!)」
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グレースの『胸にぽっかりと風穴が空いたように苦しくて、そこから永遠に血が流れ続けているかのように痛む』という言葉を聞いた瞬間、俺は治ったはずの火傷の跡が痛むような気がした。
(……その痛みは、俺もよく知ってる)
脳裏をよぎったのは、実の母親の冷たい瞳。俺の心にもまた、親からの愛の欠落という名の風穴が空いている。
俺と同じ痛みを持つ彼女を、これ以上傷つけさせはしない。そして、その元凶たちを、決して許しはしない。
(彼女を傷つけた奴らを⋯いっそ処刑する方向に持っていくのはどうだろうか)
俺が苛烈な処罰の希望をビブリ国王にどう呑み込ませようか考え出したとき、グレースの心の長老が光を放ちながら現れた。
「(ふぉふぉふぉ!その消えない痛みと傷は、お前がどれほど過酷な環境で生き抜いてきたかの『証』であり、お前自身の強靭さの『勲章』じゃ!)」
「(長老!その考えは理解するけど、それだけでは苦しみは消えないわ!辛かった思いを仕返ししたいのよ!)」
長老は優しく諭すように言った。
「(ふむ、よかろう。仕返しがしたいか。では、最も効果的で、最も長く続く仕返しを教えてやろう。それは、『お前が誰よりも幸せになること』じゃ!奴らがお前の不幸を期待している時、お前が幸せになる姿を見せつけるのじゃ!これ以上の仕返しがあるか!?)」
「(長老!そんなのでは生温いわ!彼らに何の痛みも与えなければ、彼らは反省もせず今まで通り自己中心的な行動で周りを傷つけるわ!なにより⋯⋯怖いのよ!)」
悲劇のヒロインちゃんは、ガタガタと震えだした。
「(私にとってあの人達は恐怖の対象なのよ!私が幸せになろうとしても、きっと邪魔しにくるわ!彼らが私の人生に関わっている限り、私は一生彼らに怯えて暮らさなきゃいけないのよ!)」
長老は、身に着けている学者風のローブの袖を払い、確信に満ちた声で言った。
「(怯えることはない。お前は彼らを恐ろしい『怪物』だと思っておるようじゃが、その正体はただの『情けない弱虫』じゃ)」
「(弱虫⋯⋯?)」
「(そうじゃ。妻を、母を亡くした悲しみを抱えきれず、その責任をあろうことか幼い子供に押し付け、憎むことでしか自分を保てなかった。自らの感情の処理もできぬ、未熟で哀れな、卑小な男たちじゃよ。そんな連中に怯える必要がどこにある?)」
「(⋯そうね。言われてみれば、いじめて心の安定を図るなんて、情けない人たちだわ⋯)」
悲劇のヒロインちゃんの震えが止まり、その身体が少しずつ小さくなり始めた。
「(そうじゃ! 奴らの小ささを理解した今、お前はもう彼らと同じ土俵に立つ必要はない。高い場所から、『可哀想な人たち』と冷ややかに見下ろしてやればよいのじゃ!)」
「(でも⋯私が彼らを見下したとしても、彼らは権力と図太さを持っているわ。彼らは、第二王子のエドワードを傀儡にして利用し、うまい汁を啜ろうと画策してたような人達よ!きっとこれからも私の新しい立場を利用しようと、しつこく接触してくるわ!あの人達のせいでカイル殿下にも迷惑がかかってしまうに違いないわ!それがきっかけでカイル殿下が心変わりされて、あんな親族と血がつながっている面倒な存在はいらないと言われてしまうかもしれないわ!)」
悲劇のヒロインちゃんが不安と悲しみで泣き出すと共に、グレースは無表情のまま俯いてしまった。長老が悲劇のヒロインちゃんを宥めようとしていたが、長老の言葉を待たずに俺は決意を込めて口を開いた。
「安心してくれ。どのようなことが起ころうと、俺が君を嫌いになることなど、断じてない」
俺は、思わず俯いたグレースの頬にかかる銀色の髪を一筋、そっと彼女の耳へかけた。するとグレースが澄んだアイスブルーの瞳を見開いて、こちらを見た。
「君の父も兄も、二度と君の前に現れることはないように、彼らと君との繋がりを法的に断ち切り、社会的な立場を失わせる方向で動こうと思うが、どうだろうか?」
グレースは俺の視線を受け止めると、深く頭を下げた。
「殿下のお言葉、心より感謝申し上げます」
彼女は顔を上げ、冷静な知性を宿らせた瞳で俺を見て言った。
「私の望みは、ただ一つ。彼らが私を利用しようとし、結果的に殿下に不利益が生じることだけは、避けたいのです。その達成手段に関しては、すべて殿下の政治的なご采配に、お任せいたします。殿下が最適と判断された処罰を、実行なさってください」
「よくわかった、グレース。君の望みはしかと受け取った」
俺がそう断言した瞬間、冷静なグレースの表情とは裏腹な心の映像が再び流れ込んできた。
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小さくしぼんだ悲劇のヒロインちゃんと長老が手を取り合いながら、うれしそうにピョンピョン跳ねている。
「(きゃあああああ! 今、殿下がわたくしの名前を初めて呼んでくださったわ!グレースって!聞きました長老?)」
「(ええしかと聞きましたわ!悲劇のヒロインちゃん!あのかっこ良い低音ボイスで名前を呼ばれると、しびれますわ!素敵ですわ!)」
よく見ると、長老はいつもの学者風のローブ姿でなく、長いひげのままで何故か女学生の制服を身に着けている。
(おい、長老またキャラ変わってんぞ、しかも制服姿で長いひげは似合わな過ぎるだろ!)と俺は内心吹き出した。ちょうど肩の力が抜けたタイミングで、部屋の扉を叩かれ侍従に呼び出されたので、俺はグレースに部屋で待っていてもらい会談に向かうことにしたのだった。