軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪癖

それは、山水がいつか己の生徒に語ったことだった。

『さて、私は師から剣術を指導する認可をいただいています。そして、皆さんに剣術の指導をしています』

『我が師が目指し、私に託された境地は、最適に剣を振るうことにあります』

『己の剣を完璧としたうえで、相手から機を得ること。相手がこちらの動きに対応できない機に、己の剣を相手に届かせること。端的に言えば、それが目指すべき境地です』

『ですが、それは絶対ではありません。必要だと判断すれば、それが最適だと判断すれば、他の戦い方を選ぶべきです』

『相手が受けきれない、力と体重を込めた剣。相手を欺く、虚を突く剣。相手の攻撃を恐れない、命を捨てた剣』

『それもまた、剣。大事なことは、最適な判断をすること。決して、流れをよどませないこと』

『心を固くしてはいけません。心をこそ自由にすれば、決してためらうことはないはずです』

山水は右肘から先を失った。迅鉄道の攻撃は、人体をあっさりと切断していた。

ロイドは顎を踏み砕かれていた。歯車と山水の足で挟まれて、頭部も揺さぶられていた。

勝利したのは山水であり、ロイドは完全に気絶していた。

しかし、山水の出血はおびただしく、ロイドはあらかじめ食べていた人参果の効果で回復しつつある。

このまま何の処置もなく放置していれば、どちらが死ぬかなど考えるまでもない。

とはいえ、そもそもここはそれなりに高い場所である。

ロイドがそのまま地面に落下すれば、どうなるかも考えるまでもないことだった。

「強敵、でしたよ」

山水は、左手でロイドの足を掴んでいた。

右手は切断されており、真下へ木刀ごと落ちていく。

さんざん傷めつけ合った間柄ではあるが、もとより怨恨があったわけではない。

よって、山水は彼を助けていた。

ゆったりと降りていき、そのまま地面に寝かせた。

そして、山水もへたり込む。

自己を強化していた金丹の効果が切れ、子供の姿に戻る。

心地よいとは言えない疲労と苦痛、それを実感しながら自分の右手を掴んだ。

「本当に、強かった」

自分の未熟を恥じるよりも、相手の強さをたたえたかった。

今まで苦戦などしたことが無かった、初体験だった。

しかし、山水にとってはさほど不思議なことではない。

相手は確かに強かったし、こちらへ対策を練っていたし、最後まで戦うことをあきらめなかった。

特に右腕の切断は、山水にとって驚くべきことだった。

「乱地が遅かったとしても、こうも見事に切り落とすとは」

ロイドは強かった。

試合運びは素晴らしいものだったし、宝貝の使い方も適切だった。

優れた道具、優れた術さえあれば必ず勝てる、というわけではない。

それは最初期の祭我がさんざん証明したことである。

ロイドは手持ちの道具も術も、山水に合わせて適切な使用をした。

そうでなければ、自分がここまで追いつめられることなどあり得ない。

「……さて」

出血多量の状態ではあるが、周囲の気配は濃く感じている。

自分の状態が普通ではないことを把握したうえで、彼らの到着を待った。

「ろ、ロイド!」

「負けたのか?!」

「いや、引き分けだろ?!」

「と、とにかく天狗をお呼びしろ!」

「完全にのびてやがる……こりゃあひどい顔だ……」

ロイドと同じ迅鉄道の使い手たちが、彼の元へ集まった。

それを見届けると、山水はゆったりと立ち上がった。

自分は勝った、ロイドには救援が来た。それは事実だが、まだやるべきことがある。

「師匠……」

勝者は自分の足で立ち上がり、そのまま歩いていくものだ。

山水は右腕を強く握って止血しながら、幽霊のように生気なく歩いて行った。

「……決着がついたな」

「ええ、着きましたね」

セルとスイボクの代理戦争でもあった、ロイドと山水の戦い。

それは双方の期待を背負ったものであり、それを裏切るものではなかった。

二人は全力で戦い、結果を出した。それをどうしてとがめられるだろうか。

「それにしても驚きました。さすがは大天狗セル、軽身功を応用した防御を宝貝に組み込めるとは」

「……そういうお前は」

「ええ、出来ますよ」

セルのわきで座っているスイボクは、己が得た術を使用した。

それはあらゆる仙術攻撃と物理攻撃を拡散無効化する、最高の防御だった。

それを感知して、セルは唖然とする。

「……生身でやるなよ。しかも、儂の自慢の宝貝よりも効果が高いときた」

「修練を積みましたからね」

「お互い、よくもまあここまできたものだ」

二千五百年ぶりに、天狗と仙人が邂逅した。

お互いに高みに達し、その上で呆れていた。

競う相手もいないのに、よくもここまで積み上げたものである。

「ずいぶんうれしそうだな」

「ええ、弟子の成長ぶり、仕上がりぶりを確かめることが出来ましたから」

迅鉄道の実輪と虚刃に囲まれた状況では、スイボクも内部を察することはできない。

しかし、攻防を終えた山水の姿とロイドの姿を確認した時、中でどのような戦闘が起きたのかスイボクにはよくわかっていた。

己の弟子に、先日授けたばかりの付け焼刃。それを弟子は、付け焼刃のまま使いこなしていた。

今日まで無傷だった己の弟子、五百年大切に育てた己の弟子、己以外に対して最強であり続けた己の弟子。

なるほど、己の至った剣仙一如の境地に、完璧に達していることを示している。

しかし、だからこそ不安だった。

無傷で勝てる相手にしか、最強であることを維持できないのではないかと。

強敵と戦い、拮抗し、無傷では勝てないと判断した時に、ためらわずに行動できるのかできないのか。

そんな、ある意味では無用な心配を、スイボクはしていたのだ。

未熟なまま、重体のまま、それでも己の弟子は理想の剣士であり続けている。

「本当に、孝行な弟子です」

「……ふん、こっちもだ」

セルも納得していた。

己が作った宝貝を、ロイドは完璧に使いこなしていた。

それが、とても嬉しい。

相手は世界最強の男が太鼓判を押す仙人。

それを相手にロイドは最後まで立ち向かい、致命傷さえ負わせていた。

二千五百年前同様に、人間の強さを見届けていた。

宝貝職人にとって、道具をちゃんと使ってもらうことの他に重要なことなどない。

スイボクの弟子を相手に、それはちゃんと効果を発揮した。

それがとても嬉しい。

「ところで、大天狗セルよ。ご自慢の 如意金箍棒(にょいきんこぼう) は如何したのですか?」

「あれか、今でもたまに作ってるが、その度に売ってるよ」

かなり珍しい金属を使用する、スイボクが昔壊した傑作宝貝。

所有者の意のままに伸び縮みし、重くなり軽くなる。

その上でとんでもなく頑丈な、スイボクが求めた最強の仙術兵器の一つと言ってよかった。

「溶岩を使った火尖鎗も、フウケイの奴が壊したしな。まあ……結局宝貝では迅鉄道の攻撃力や防御力には及ばねえ」

人間が操れる術の中で、最強とされる猛威、迅鉄道。

それを仙術の再現である宝貝で凌駕するのは、当然無理がある。

もちろん、盾ではなく服や籠手などなら、最後の防御手段として意味がある。瞬身功の効果を発揮する宝貝も、高速移動をする相手を見切るためには、ある程度価値があるだろう。

だが、肝心の攻撃力となると、ほぼ無意味である。

「そう、思っていた」

「大天狗殿?」

「スイボク、二千五百年前にお前が神の座から持ち帰った、最強の神剣エッケザックス。あれはまさに最強の剣だった。儂は、アレを越えたいと思った」

「……私もです」

「え?」

なんで剣士が最強の剣を越えたいと思うのか、セルにはわからない。

なんで宝貝作りを一定の段階で妥協したスイボクが、神剣エッケザックスを越えようと思うのか。

「仙術で剣を作ろうと苦心した時期がありまして……」

「どうなったんだ?」

「ぬ……その、恥ずかしながら、威力だけは、なんとか」

「そうか……あとで見せてくれ」

「ええ、構いません。それはそれとして……実際のところ、エッケザックスも無敵ではありませんでした。迅鉄道ならある程度は鍔迫り合いができましたが、四器拳を相手にすると刃こぼれを……」

「アレが刃こぼれ?! どういうことだ?!」

二千五百年ぶりに再会した二人は、当然のように談笑を楽しみ始めた。

「テンペラの里なる場所がありまして、九種もの術と技を伝える、千年無敗の傭兵集団が住まう地でした」

「九種もか。いや、ここも三つ伝えているしな。で、攻め込んで滅ぼしたと」

「なぜそれを?!」

「いや、お前ならそうするだろうと思ってな」

「……いえ、実はまだ存続していまして」

「一度は滅ぼしたんじゃねえか」

「ええ、恥じる思いです。そこに住まう者たちも、この秘境に劣らぬ武を持っておりまして……」

「お二人とも!」

女性の天狗が、大きな声で叫んでいた。

おそらく、スイボクよりも年下であろう、若い天狗であった。

彼女は目上の男二人に対して、怒声をあげていた。

「未熟な我らでも、ロイドとスイボク殿のお弟子が危険な状態であることは承知です! なぜ縮地で引き寄せないのですか!」

とても、まともで普通な発言だった。

なるほど、確かにロイドは未だに気絶したままであり、脳に深刻な傷を負っている可能性もある。

山水は意識こそはっきりしているが、出血が多量なままこちらへ歩いてきている。

なぜそんな二人を、この場の二人が放置しているのか、それが分からないのだろう。

「ああ、うむ。そうだな、ではロイドは儂が牽牛で」

この秘境は、セルの領域である。

であれば、その内部のことは完全に把握できている。

当然、縮地で引き寄せることも容易だった。

「さあ、スイボク殿。お弟子をここへ!」

「ああ、いや、我が弟子は己の足で、儂に勝利を報告すべくじゃな」

「そんなことを言っている場合ですか! 確かに仙術の多用は怠惰につながりますが、名誉ある戦いをなした戦士を速やかに招くことのどこが怠惰だというのですか!」

その天狗は、とてもきつい眼をしていた。

なるほど、言っていることはとてもまっとうである。

そして、スイボクはフウケイのこともあって、正論に弱い。

ありていに言って、戦闘時以外は正論に従っている。

「うむ、確かに男の下らん意地であるな。では我が弟子は儂が縮地で呼ぶとしよう」

「最初からそうしてください! まったく、これだから長く生きているヒトは!」

この里にかぎらず、およそ現存している人類の中でも最も長命であろうセルに対して、若い女の天狗は辛辣であった。

そして、そう間違っているわけでもない。

そもそも、仙人にとって長く生きていることは、必ずしも自慢になるわけではない。

具体的に言うと、千年以上生きている仙人は邪仙におちているか、あるいは性格的な問題を抱えていることが多い。

なにせ、仙人の最終的な目標は、己を自然と一体化させることにある。

長生きは目的ではなく手段であり、早く自然と一体化するほうが仙人としては『優秀』であるといえる。

よって早く悟ることを競争をしているわけではないが、スイボクもセルも長く生きているのに修行が完成していない、という意味では恥ずかしいことなのだ。

「牽牛」

「あ、師匠……」

「うむ。でかしたぞ、我が弟子よ。であるが、まずは治療を受けるがよい」

「そうですよ! さあ、横になって! 今すぐ! いくら仙人が病気にならないとは言っても、出血多量は命に係わるんですよ!」

そして一般的な感性から言えば、特に同じ長い時間を生きているものからすれば、長命すぎる先達には疑問を感じることも多い。

悠久の時を過ごしていると大抵のことが、雑に言って『どうでもよくなって』しかるべきであるにも関わらず、趣味やらなにやらに没頭し続けている異常者なのだ。

もちろん、そういう相手は大抵の場合趣味を極めている。それ故に尊敬できるのだが、人格的には尊重できないことが多い。

ある意味では、邪仙に対しての方が理解を示せるほどである。

「……叱られてしまいましたね」

「おう……まあ仕方ない。それはそれとして……スイボクよ」

スイボクもセルも、その典型と言えるだろう。

二人とも『悪気』がないというだけで、危険な人物であることに変わりはないのだ。

「後で、儂の作品を見てほしい」

「……もしや」

「うむ、儂なりの『エッケザックスを超える剣』の答えだな」

そういう手合いは、邪仙同様に禁忌を犯す。

しかも、そのでたらめさ具合は邪仙を軽々と超えるのだから始末が悪い。

「今は隠してあるが、できれば……お前の弟子に預けたいのだ。里の者にアレを儂が作ったと知られれば、流石に洒落にならん」

虚空法と宝貝制作を極めた、大天狗セル。

その彼が自分でもどうかと思っていることは、それこそ禁忌中の禁忌だった。