軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

右腕

さて、山水は大怪我を負ったわけであるが、完全に自業自得である。

己の未熟さの結果であり、戦わなくてもいい相手と戦った結果であり、言ってしまえば自分が勝つために差し出した結果である。

「良いのですね。人参果を使わなくても」

「貴重な備蓄だと聞いていますので」

「そうしていただけるとありがたいですね」

人参果は通常の人間にとって、それこそ貴重で有用な代物である。

しかし、仙人や天狗にとっても、それほど軽々に使えるものではない。

スイボクがアルカナ王国にどさどさ送れたのは、千五百年間森の中に仙気をため込んでいたからである。

逆に言って、定期的に人参果を作っている仙人や天狗にとって、そう大量に生産できるわけではない。

「まったく……本当に、バカな真似を」

現在山水は秘境セルの医療所、というか小屋で治療を受けていた。

古いが清潔そうなベッドの上で、横になって止血処置などを受けていた。

針治療や薬草による治療によって、体の内出血なども収まりを見せている。

「貴方は、スイボク殿唯一の弟子だそうね」

「え、ええ」

「駄目よ、尊敬しているからと言って肯定しすぎては」

改めて、山水はこの状況に少々困惑する。

なにせ、自分と師匠以外にたくさん仙気を宿す者がいて、里の生活に 天狗(せんにん) が根付いている。

「名前は、サンスイだったわね。私は天狗のフサビス、錬丹法を中心に医学を修めているわ」

「ご、ご丁寧に……縮地法や内功法を中心に、剣術を修めています」

その天狗たちが、黒い髪に黒い目、という師匠や自分と同じ『東洋人』風ではなく、マジャンの様に褐色の肌をしているわけでもない。

どちらかと言えば、アルカナ王国付近に近い、カラフルな髪の色と目の色をしていた。

山伏風の格好をしていることもあって、日本人としては二重の意味で『天狗』に見える。

「年齢は五百歳と聞いたけど、ほとんど自然に帰りかけているわね。さすがは大天狗が認める世界最強の万能仙人、弟子の育成も超一流ね」

「きょ、恐縮です」

「まとも過ぎて、自分のことを軽く見すぎよ。俗な天狗である私には痛々しいわ、もう少し自愛しなさい」

さて、今の自分とさほど変わらない容姿の少女が、五百年も生きている自分とさも対等に語り、実際にさほど年齢が変わらないのだろうと思うと、なかなか新鮮な体験だった。

なにせ、今まで師匠や八種神宝のように千年以上年上しかいなかったので、正真正銘の同年代(?)にはなかなか会えなかったのだ。

「フサビス様、般若湯が入りました~~」

「酒持ってきてどうするのよ!」

「冗談ですよお、薬湯です」

薬草を煎じた薬を持ってきたのは、巫女道の使い手である女性だった。

巫女道の使い手は、女性は巫女風で男性は神職風である。

ちなみに、迅鉄道はどちらかというと僧兵風だった。

それで人種が西洋風なので、少々混乱するところもある。

「さ、飲みなさい」

「ありがとうございます」

「俗人には毒だけど、天狗や仙人には薬効があるわ。それを飲んだら寝なさい、仙人ならじっとしているのは得意でしょう? ああ、でもそのまま自然に帰らないでね」

常人には毒で仙人には薬、というのは少し怖い気もするが、サンスイは御猪口程度の大きさの陶器に入っていた薬湯を飲み干した。

ちょうどいい暖かさで、全身に染みわたるようだった。

それがかえって、右腕の喪失を明らかにするのだが。

「どう、ロース」

「ええ、よくなってますよ」

巫女道の力で、山水の体調を計測しているらしい。

フサビスは助手に確認し、一安心しているようだった。

その姿を、山水は意外そうに見ている。

そして、それは仙人ではなくてもわかることだった。

「……何が言いたいの」

「いえ、その……天狗というのは、とても文化的なのだなと。私は深い森の中で師匠の下、五百年修業を積みました。ですが、その……こういう具合ではなかったので」

「俗世との断絶具合は、秘境より上ね。だからこそ、五百年でここまで仕上がっているんでしょうけど」

「それもあるんですが……文化というか文明的というか……」

「……まさか、本当に貴方、完全に遮断された場所で生きていたの? 食事とかはどうしていたの? まさか獣肉だけで?」

は?

驚いているフサビスに対して、山水も驚いていた。

目の前の彼女は確実に天狗であり、仙人と修業内容が違うようにも見えなかったからだ。

「ちょっと、待ちなさい。貴方、集気法を習得するまでは、食事はどうしていたの?」

「その、私は師匠の下で修業を始めてから五百年、飲み食いをしたことが無いのですが……天狗は違うのですか?」

「そんな簡単に集気法を習得できるわけないでしょう?!」

言われてみれば、尤もな話である。

一番習得に時間を要する仙術にも拘わらず、初日から飲み食いが不要なほど集気法を使えるのはおかしい。

「……貴方に聞いても仕方ないわね、後でスイボク殿に聞いてみましょう。伝説通りに、本当に規格外なのね」

薬湯の器を受け取りつつ、フサビスは強く言った。

その眼には、本気しか宿っていない。

「貴方、いずれ仙人として弟子をとるのなら覚えておきなさい。スイボク殿の真似をしたら、弟子を死なせるわよ」

「は、はい……」

「あの人は、本当に違うのよ。貴方は他の仙人や天狗を知らないから仕方がないかもしれないけど、あの方を基準にしないことね」

ベッドへ山水を無理やり寝かせる。

いうまでもなく、性的な意味ではない。

双方子供なので、それこそ子供が子供を寝かせているようにしか見えない。

「とはいえ、貴方自身も大概よね。あんな早い縮地は見たことが無いわ。なんで八卦宝珠を木刀で叩いて、他の八卦宝珠に縮地でぶつけられるのよ……よほど集気法を極めているのね」

「私は錬丹法を使えないのでなんとも言えないのですが、集気法の上位が錬丹法ではないのですか?」

「確かに上位ではあるわ。私も錬丹法を学ぶために、それ以前に天狗になるために、集気法を修めた。でも、極めているわけではない」

シーツを持ってきて、山水にかぶせる。

寝ろ、ということらしい。

「だからこそ、貴方の体調を見るために巫女道の力を借りている」

「そうですか……」

「内功法の基本である軽身功さえ、私は使えない。というよりも、普通の仙人や天狗はそうよ。最低限必要な術はともかく、修めるのは一系統のみ」

なるほど、それは昔言われたことのような気もする。

あらゆる術を修めたスイボクが邪道であり、それをまねたフウケイもまた邪道だと。

魔力による魔法には火水風土という四系統が存在しても、そのすべてを極めている者はいない。

如何に時間が無限にある仙人と言えども、わざわざそんなことをすることはないのだろう。

「複数に手を出すと、不完全で半端になるもの。大天狗も虚空法の使いであることよりも、宝貝製作を極めているもの。良くも悪くもね」

「大天狗殿のことは、尊敬しているのでしょう?」

「尊敬と肯定は違うわ。貴方、錬銀炉を知っている?」

おそらく、宝貝の名前だろう。

しかし、聞いたことが無かった。

「ある錬丹法を極めた仙人が、俗人を若返らせることを目的に、より高度な錬丹法を求めて大天狗に協力を要請したのよ。それで完成したのが、錬銀炉であり……」

「賢人の水銀、ですか」

「ええ、その通り。そちらは聞かされていたようね。およそ、この星で最も俗世を乱した宝貝よ」

忌々しそうに、彼女はベッドから離れた。

「正しく使えば、大地によって俗人を若返らせる貴金属の液体を生み出す炉であり、そのまま放置しても長い時間をかけて僅かずつ溜めていく最悪の宝貝よ」

「それは……さぞ、俗人の心を乱したでしょうね」

「貴方の師匠同様に、大天狗も超然とした方よ。それだけに功績も多いけど……善悪の呵責が無い」

フサビスは、ロースとともに部屋を出ていく。

このまま部屋にいると、愚痴を言ってしまうと思ったのだろう。

「正直、貴方には感謝しているわ。あのスイボク殿が穏やかに終わりを迎えるのは、貴方という後継者がいるから。私としては、このまま自然に帰って欲しいもの」

「お大事に~~」

静かになった部屋の中で、山水は天井を見た。

その上で、彼女の心の平安を願う。

尊敬できる人物を心の底から慕えない、そんな心の葛藤が休まることを願って。

「まあ……不理解や誤解ではないからなあ……」

無理だろうな、とは思っていたが。

「……大天狗セル、これは」

「うむ、お前には言うまでもないことであるが、これはそういうものだ」

そこに、一本の刀が飾られている。

やや濃い赤色の鞘に納められた、日本刀がそこにある。

抜き身ではないそれを見て、なんの効果も発揮していないそれをみて、スイボクは戦慄していた。

『それ』がどんな仙術を秘めているかなど些細なこと、問題はそれの素材だった。

「禁術、禁忌ですよ、これは」

「おう、なのでこの里から持ち出してほしい」

「いえ、そうではなく……なぜ大天狗である貴方が、こんなものを……」

スイボク自身は、その日本刀を見ても忌避感はなかった。

しかし、それの本質を見抜けるがゆえに、それを周囲がどう思うのか理解していた。

「事の始まりは、お前がエッケザックスを持って目の前に現れた、二千五百年前にさかのぼる。俺は自信作だった如意金箍棒をエッケザックスに壊されて、それはもうへこんだ」

仙術の再現でしかない宝貝では、神の作った武器を越えることができないのか。

そう悩んだ末に、セルは禁忌が脳裏をよぎった。

「で、作れそうだと思ったから作った」

「じゃあしょうがないですね」

作れそうだと思ったなら、作るしかあるまい。

その気持ち、スイボクにはよくわかる。

スイボクも術を開発できそうだと思ったら、とことん追求してしまうし。

「とはいえ、お前が察したように、出来上がったのは最近だ」

「でしょうね」

「これが最高傑作、というのは宝貝の制作者としては敗北の気もするが……仕方がないといえば、仕方がない」

ひと振りの日本刀がそこにある。

しかし、それには一切金属が使われていない。

「これ以上の素材を、俺は想像できん」

「それは、嬉しいような悲しいような……複雑です」

「儂やお前は複雑に思う程度だが、他の連中はそうもいかんだろう。特に、うちの里の天狗たちは怒るぞ」

「でしょうね、私も擁護できません」

「儂も弁解できん、こんなもんを『無許可』で作った奴は死ぬべきだ」

仙人は宝貝を作るにあたって、己の仙気を宿した素材を使用する。

金属を使うことは稀で、それ以外の鉱物や植物などを加工するのだ。

だが、鉱物でも植物でもない物も、極めてまれに使用されることがある。

即ち、動物の死体である。

「正直、これを完成させ機能を確認した時は満ち足りた余りに、自然へ帰るところだったが……自慢していないのでなあ。自慢できないのが未練で、この世にしがみついている」

「心中お察しします、大天狗」

人間の女の髪は例外的に有用性が高く、倫理的にも問題が無いとされよく使用されている。

食い散らかされたあとに残った歯や骨ぐらいなら、そんなに問題ではないだろう。

肉や血は腐りやすいこともあって、有効活用されることはない。

革などは有効ではあっても、仙人として忌避されることが大きい。

問題は、極端に有効なうえで、倫理的に抵抗がありすぎる素材が存在するということだった。

「壊してしまおうかとも思ったが……このままだとこの刀が不憫でなあ」

「壊すべきだとは思いますが、気持ちはわかります」

「……カチョウは怒るかもしれん。そのことも含めて少なくとも花札、大八州にはもっていってくれ」

スイボクは『自分』の範囲では怒っていなかった。

なぜならそれは正当な権利であり、人間ならやって当然のことだからだ。

しかし、『自分』以外の範囲では話が別だった。

「それで、この宝貝の銘は?」

「そんなこと、聞くまでもあるまい」

そう、これは『二人分』の素材が使われている宝貝なのだ。

「禁式宝貝、 仙人骨(せんにんこつ) 『 双右腕(そううわん) 』」

この世で『最も強い動物』の骨でできた刀。

「刀は『水墨』、鞘は『風景』」

神の座に至った最強の男の右腕で刀を。

星と繋がった不死身の男の右腕で鞘を。

「八種神宝を凌駕する、『人間』が生み出した最強の武器だ」

世界最高の宝貝職人が執念を込めて作り上げた、空前絶後の最強剣だった。

「儂の、俺の、 絶招(ぜっしょう) だ」

その刀を、その鞘を、スイボクは撫でた。

己という刃を封じる、友という鞘。

それは、今の自分の願いであり、かつての友が目指したものだった。

「……うん、やっぱりカチョウは怒るかもしれん。その時は、弔ってくれ」

「そうですね。私はともかく、フウケイのはちょっと……普通に死体をもてあそんでますよね」

「……もったいないなあ」

「せめて、鞘の方は作る前に師匠へ相談するべきだったのでは」

「だって、作りたかったし……」

「じゃあしょうがないですねえ」

「だろう?」

「でも壊されても文句言えないですよね」

「だよなあ……」

二人とも、山水がこれを素直に受け取って使ってくれるかどうかは、そんなに深刻に悩んでいなかったのだった。

「そうだ、フウケイの体はまだ結構残ってるんだよ。持って帰るか?」