作品タイトル不明
最終話 行きたい場所
【南極・次元の迷宮――】
――迷宮の階層内、そこにはティーカップの置かれた丸いビストロテーブルと、年代物のダイニングチェアが置かれている。
ティーカップには紅茶が注がれ、それを飲みながら椅子に深く腰掛けているラーゼスの姿があった。
彼にはすでに実体が無いため、全ては過去を懐かしむホログラムでしかない。
だが、彼は満足していた。自分が願い、計画していたことが現実になったからだ。彼の目の前には外界を映す大きなモニターが空中に浮かんでいる。
スキルを発動した五条と、魔神王ウラノスが映っていた――
五条が使う【黒鉄の蝕装】も【闘神気功】も【神炎】も、全て魔神王を倒すために用意したものだ。
魔神王とまともに戦っても勝てない。そう結論を出して唯一可能性があると考えた魔力の枯渇だが、奴は無尽蔵とも思える魔力量を持っている。
上回るには絶対に尽きることの無い魔力を持つしかない。そう思い作り上げた固有スキル【無限魔力】……彼に託したのは正解だったようだ。
アイアスと共に戦った日から、どれほどの年月が流れたろう……。
できることはやり尽くした。
『後は全て任せるよ……五条』
◇◇◇◇◇◇◇◇
激しく剣で斬りつけ合う。俺の剣が魔神王の頬をかすると、剣に宿った神炎が顔に広がり、皮膚を焼いていく。
『ぐあっ! なんだこの火は!?』
慌てて消そうとするが、なかなか消えない。やはり“神炎”は魔神王にも充分効果があるようだ。
自分の皮膚を削り取るように、なんとか火を消して俺に斬りかかってくるが、“闘気”が流れる黒い鎧は斬撃を弾き返した。
どうやら今の魔神王の力では、俺の鎧は破壊できないみたいだ。
『おのれ、おのれ、おのれ!!』
がむしゃらに剣を叩きつけてくる。アガリアレプトと同じで力押しだ、剣の技術では黒騎士アイアスに遠く及ばない。
俺は剣で相手の斬撃を受けきると、足に“闘気”を集め、そのまま 顎(あご) に向かって蹴り上げる。魔神王は 既(すんで) のところで避けるが、“闘気”の刃は胸や首、顎を切り裂いた。
血が滴るのを見て、驚愕した様子になる。
『なんだ、この“気功”は!?』
俺が左手を前に突き出すと、“闘気”はまるで腕が伸びるかのように、何メートルも先にいる魔神王の右足を鷲づかみにした。
力ずくで引き寄せると体勢を崩し、引きずられて俺の前まで一気に来る。
『ぬあああっ!!』
剣を振り上げ、間近に来た魔神王に斬り下ろす。
「次元斬!」
相手も必死に抵抗して、“闘気”の手を振りほどくが、右足はすでにバラバラになっていた。肉片は神炎によって灰になってゆく。
『おのれ!』
傷口に広がる炎をなんとか消すと、足は【超再生】によって瞬く間に再生するが、【超再生】もまた多くの魔力を消費するはずだ。
俺の肩や背中に装備された五本の光の大剣は、空中へと浮き上がる。
切っ先を魔神王に向けると光速で襲い掛かった。魔神王も剣で払いのけるが速すぎるうえ、威力も強い、追い込まれ時間を止めて逃れようとする。
時間が止まれば、空を飛ぶ光の大剣も、神炎が宿った剣も効果をなさない。
だが時間を止めることは、奴にとっても諸刃の剣だ。
かなりの魔力を使うため、長くは持たないだろう。案の定、光の大剣をかわした後、苦悶の表情を浮かべて 僅(わず) か数秒で時間を動かした。
再び光の大剣と神炎を纏う剣で魔神王に斬り込んでいく。もう限界は近いのは明らかだ。
「今なら分かる。お前はどれだけ強かろうと、所詮一人だ。それでは俺には勝てない、絶対にだ!」
『何が一人だ……貴様もそんな力を持てば、どんどん孤独になるはずだ。私と何も変わりはしない』
「俺は一人じゃない!」
次元の迷宮に入る前、レオや 王(ワン) 、フレイヤたちに色々なことを教えていた。だけど、ただ教えていたわけじゃない。
俺自身も教えてもらってたんだ。彼らの剣技や武術を――
俺が持つ剣が、光り輝く。剣は流れるように軌道を変え、魔神王が受けようとした剣をすり抜け足元へと向かう。
「―― 聖竜鋼断剣(アスカロン) ――!!」
一閃は魔神王の両脚を切り落とす。
『がっ!!』
傷口に炎が灯るため、簡単には再生しない。魔神王は闇を纏った剣で、自分の傷口を切り落とし炎を消す。
足を再生させ立ち上がるが、俺はすでに攻撃が届く間合いに入っていた。
魔神王に攻撃する刹那、俺は 王(ワン) と実戦の稽古をしていた時の、彼女の言葉が脳裏をよぎる。
◇◇◇
「五条、お前に私の取っておきを見せてやろう」
「取っておき?」
「私が使う武術、“形意拳”の技だ。基礎技でもあるが、それでいて神髄でもある。その身で受けてみろ!」
◇◇◇
俺の左の拳が魔神王の脇腹へとめり込む、その拳の衝撃は鎧を越え、筋肉を越えて内臓に直接ダメージを与える。
「形意五行―― 炮拳(ほうけん) ――!!」
『う…がっ!!』
魔神王は血を吐き、たたらを踏んで後ろへ下がる。俺は剣の切っ先を相手の首筋に向け、一歩踏み出す。
俺はレオが見せてくれた技を思い出す。
◇◇◇
「五条、これは俺が持つ“四つの剣技”の中でも最強の技だ。色々教えてもらった礼に、披露しよう」
レオの剣が真っ赤に発熱し、剣に巻き付く風が炎へと変わる。
「うまく 躱(かわ) せよ! これが 風の神(アネモイ) の剣――」
◇◇◇
「―― 南炎突風斬(ノトス) !!」
剣は魔神王の首を貫き、巻き上がる炎が剣身から 迸(ほとばし) る。首を焼かれ、声を出せずに藻掻き苦しむ魔神王に容赦なく五本の光の大剣が襲い掛かった。
肩を、腕を、足を光速で飛び回る大剣が切り裂いていく。
もはや傷も再生しなくなっていた。俺は最後の一撃を放つため、光の大剣を自分の持つ剣に何度も衝突させる。
意図的に剣に衝撃を蓄積させ、最大限のエネルギーを溜めた。
俺は剣を振り上げる。
「終わりにしよう」
『……ま、まで……やめっ!』
斬り下ろした剣身は、どこまでも伸びる神の炎となった。
「 王が振るう神炎の剣(カリバーン) !!」
頭のてっぺんから体を両断していく。燃え上がる激しい炎は、魔神王の体を焼き尽くす。
一片の肉片も残さず灰となって消えていく光景を、俺はただ眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
わずかに残った中国の偵察用ドローンが、戦いが行われた場所へと向かう。
モンゴルにあったはずの広い草原は消え、巨大すぎるクレーターによって地形は変わっていた。
一機のドローンが、遠くにいる人影を捉える。
それはクレーターの中心部、底が見えないほど深い穴が開いている場所の、すぐ近くだった。
見ることができた人物は一人。着ている物はボロボロで、一振りの剣を持っていた。それ以外の人の姿はどこにも無い。
五条将門が空を見上げた姿は、ドローンによって世界中に配信された。その映像を見た人々は人間側が勝ったのだと確信する。
全世界に歓喜の声が巻き起こったことは、言うまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
――二ヶ月後――
【内閣総理大臣・多田俊樹】
「やはり行ったのか、五条は」
「ハイ、政府としてはなんとか止めたかったのですが……」
「彼が行くと言うのなら、誰にも止められんだろう。残念だがね」
【航空自衛隊・岐阜基地】
[坂木]「五条さんが予定通り 発(た) ったそうだ」
[清水]「あの人らしいと言えば、あの人らしいが……」
[坂木]「お前はもっと止めるかと思ってたがな」
[清水]「止めてやめるような人じゃないだろ。それより桜木が泣きじゃくっていたのを慰めるのが大変だった」
[坂木]「ハハハ、まあ永遠のお別れって訳じゃない。しばらくは寂しくなるかもしれないが、また会えるさ」
【中国・“朱雀”本拠地】
[劉]「よかったのか? 一緒に行かなくて」
[王]「私が行っても足手まといになるからな……五条が手を貸してほしいと言ってきた時、いつでも行けるように準備はしておくさ」
[劉]「そうだな」
[王]「それにしても今日は空が青いな。旅立つにはいい日だ」
【スイス・ベルン 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) 本拠地】
[フレイヤ]「行くかどうか、かなり悩んでたって聞いたけど」
[レオ]「そうだな、五条が彼らを助ける義理はない。だが、ほっとけなかったんだろう」
[カルロ]「俺は反対したけどね」
[レオ]「なんにせよ五条が選んだ道だ。うまくいくように応援するしかない」
【フランス・聖ヴィクタル修道院――】
[ノア]「先生から連絡があった。今日、南極に行くんだって」
[アーサー]「最初聞いた時はビックリしたけど、先生なら絶対できるだろう。俺は信じてるぞ!」
[ノア]「僕も信じてるよ。先生にできないことなんて無いからね」
[サラ]「でもエミリーは泣いたんじゃない? 最初に聞いた時、かなりショック受けてたみたいだけど」
[エミリー]「……私……泣いてないもん……」
[サラ]「本当かな? 私は怪しいと思うけど」
[エミリー]「………………」
[ノア]「ま、まあ、いいじゃないか。それより先生の無事をみんなで祈ろう」
【南極・次元の迷宮――】
『君は変わった男だね、本当に行くのかい?』
「ああ、行くよ。どうしても放っておけないからね」
『分かっていると思うが、私には何度も扉を開く魔力が残っていない。この扉を開けば、君が戻ってくるのは難しいだろう』
「分かってる、覚悟の上だ」
『では、もう何も言うまい。成功することを願っているよ』
目の前に光の扉が開かれる。俺はゆっくりと歩み出し、光の中へと入っていった。体が溶けていくような感覚が起こると、意識が遠のいてゆく。
魔神王は一部の人間だけを連れ、他の人間は全員残してきたと言った。
残された人たちにも生活があり、家族があり、俺たちと変わらない存在なんじゃないのか? 魔神王が連れてきた人間とは戦争によって殺し合う結果となったが、残った人たちのために何かできないか考えていた。
結論はまだ出てない、だから実際に会いに行こうと思った。
意識が次第に戻り始め、辺りの様子が鮮明になっていく。
俺はうつぶせに倒れているようだ。薄く見開いた目には、草花の淡い色が飛び込んでくる。体は大丈夫なようで、ゆっくりと立ち上がった。
頬(ほほ) を 撫(な) でる風は、元いた世界と変わらない。
だけど目に映る物は、まったく違っていた。
空には大きな月のような惑星がいくつも輝き、見たこともない鳥が群れを成して飛んでいる。
目の前に広がる草原と、その奥にある深い森。
“千里眼”を使って森の中を覗くと、そこにはゴブリンやオーガ、その他の魔物など、人ならざる者たちが暮らしていた。
千里眼は更に山を越え、人がいる街へと辿り着く。
街は大きな城壁に囲まれ、中心部には立派な城がそびえ立つ。中にいる人たちは伝統的な民族衣装を着て、徒歩や馬車で移動している。
まるで中世のヨーロッパのようだ。
本当に別の世界に来たんだと、改めて思った。
「ここが異世界か……」
おわり