作品タイトル不明
第148話 神託の獣 その①
【スイス・ジュネーブ 国連本部】
「なんだ、この光は!?」
「分かりません。突然空中に現れました」
マシューや軍関係者が困惑していると、十二あった光の輪はそのほとんどが突如消えてしまう。
三つだけ残った光の輪から何かが這い出してきた。
「あれは……まさか!?」
「ド、ドラゴンです! 赤い竜と、黒い竜……それに炎の鳥が光の輪から出てきました。ドラゴンはフランスで五条将門が召喚したものと同一のものです!!」
「来たか!」
「各地に光の柱が出現! 中から何か出てくるようです」
「上空にあった光の輪が地上に転写されたってことか……」
マシューにはそれがどういう意味を持つのか分からなかったが、この絶望的な 状況(じょうきょう) に唯一差し込んだ希望であることだけは理解していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
上空で飛行する魔神の戦艦、その中で総指揮を任されていた魔神コルソンは自分たちの圧倒的有利を確信していた。
この世界にどれほどの戦力があるのか分からなかったが、 尖兵隊(せんぺいたい) からの情報も合わせれば自分たちの十分の一も無いことは明らかだ。
これほどの戦力を用意する必要も無かった。
そう思っていた時、飛行する戦艦の更に上から強い光に照らされる。
『なんだ? 敵の攻撃か!?』
『分かりません。攻撃ではないようですが……』
直接の攻撃でないことに安堵するが、この後コルソンは信じられない光景を目撃することになる。
光の中から黒いドラゴンが現れ、その三つの頭から光のブレスを放った。
その光は遥か彼方まで伸び、ドラゴンが頭を動かすと光線の向きも変わる。コルソンは一瞬何があったのか分からなかったが……。
光の射線上にあった戦艦や戦闘機が一斉に爆発した。
『何!?』
『我が方の戦艦……2万以上が撃沈されました!!』
『2万だと!?』
一度光っただけで2万もの戦艦を失ったことに、コルソンは混乱する。こちらの戦艦には魔法障壁があるため簡単には撃沈されないはずだった。
黒いドラゴンは更に口から光を放つ。
『しゃ、射線上の戦艦、1万以上撃沈! 止められません!!』
『バカな……』
コルソンが呆気に取られていると、別の乗組員から報告が上がる。
『13番艦から、赤いドラゴンが現れたとの報告があります!』
『なんだと!』
『映像、切り替えます』
戦艦の空間モニターに映された映像に、赤いドラゴンの姿がある。ドラゴンが赤い火球を口から吐き出し、その火球が一つの戦艦に当たった。
次の瞬間、激しい光で何も見えなくなり、収まると空が真っ赤に染まっている。大きな爆発が起きたようで、数千の戦艦が爆発に巻き込まれて墜落していた。
赤いドラゴンは数発の火球を四方に放つと、数万の戦艦や戦闘機が撃墜されていく。被害の甚大さにコルソンは震えが止まらなくなった。
魔神王から預かった船団を失っていくなど万死に値する。
『あの二体のドラゴンに攻撃を集中しろ! なんとしても止めるんだ!!』
戦艦の砲撃や戦闘機の銃火器の攻撃を集中させるが、黒いドラゴンにはまったく効かない。赤いドラゴンは体が炎に覆われているようで、火の魔力を中心にしているこちらの攻撃はほとんど効かなかった。
ドラゴンだけに意識が向かっていた時――
『べ、別の何かが来ます!』
『別のだと!?』
それは炎の塊だった。戦艦に当たるとなんの抵抗もなく戦艦の中に入り込み、貫通したように外に出てくる。
しばらくすると戦艦は中から炎が噴き出し、爆発して墜落した。
炎の塊は翼を広げる。それは炎の鳥だった。炎の鳥は次々と戦艦を沈めていき、迎撃しようとした戦闘機を、翼から放った無数の火球で撃墜していく。
炎の鳥を銃撃しても、弾丸は素通りするだけで当たることがない。
戦闘機が爆発して炎上すると、その炎を体に取り込み更に巨大な炎の鳥となって襲い掛かってきた。
『なんなんだ……コイツらはいったい……まさか、“神託の獣”!?』
『鳥が……炎の鳥がこちらに来ます!!』
『何!? か、回避しろ! 逃げるんだ!!』
『間に合いません!!』
コルソンが乗る戦艦に炎の鳥がぶつかり、中を通過する。艦内は灼熱の炎に包まれ、コルソンを始め乗組員は全て炎で焼き尽くされた。
炎の鳥は何事も無かったように戦艦の外に出て優雅に舞い上がると戦艦は爆発し、地上へと落ちていく――
◇◇◇◇◇◇◇◇
その変化に世界中の人々が気付き始めた。ほんの数分前まで圧倒的有利に立っていた敵の船団が次々炎上して墜落していく。
何が起きているのか詳しくは分からなかったが、戦況が変わっていることは誰の目にも明らかだった。
そして一台のカメラの映像がドラゴンの姿を捉えると――
【大阪・首相官邸】
「あれは五条が以前出していたドラゴンですぞ!」
防衛大臣の言葉に首相の多田は体の力が抜けた。
「間に合ったか……」
「日本海の目前まで戦艦が迫っていましたが、これでなんとかなりそうですな」
「ああ……本当に良かった」
【慶朝新聞本社】
「来た来た来た。来たぞ!」
松田の声に意気消沈していた他の記者たちがテレビの前に集まり出した。 覆(くつがえ) せないと思われた敵の戦力が、どんどん減っていることに驚愕している。
「これ……いけるのか?」
「五条が来たってことだよね」
「当たり前だ。こっから始まんだよ。本当の戦いが!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
【レオ・ガルシア――】
「うぐっ!」
俺の左腕が宙を舞う、目の前にいる男……灼熱の剣を持ち、恐ろしいほどの剣技で襲い掛かってくる。
『どうした? お前の仲間も次々と死んでいってるぞ』
俺たちを守り続けていたエリアスが 殺(や) られた。ルカも敵の猛攻の前に倒れ、半分以上の仲間が殺されている。
エミリーは30人以上の敵を一人で倒しているが、もう魔力が……。
そう思っていた時、遠距離から矢が放たれエミリーの胸を貫く。
「……あ……」
エミリーはその場で膝を突き、杖を地面に落とした。敵が放つ炎の魔法がエミリーに向かっていく、その瞬間――
「……ノア」
ノアがエミリーを 庇(かば) い、背中で火球を受けた。
「どうして……ノア……」
「エミリーは僕が守るって…言っただろう。今は守られるほうが多いけど……」
ノアの背中は焼けただれ、もう治療できるような状態ではない。ノアはエミリーに覆いかぶさるように倒れていく。
王(ワン) もまた神速の剣の男の前に 為(な) す 術(すべ) なく膝を突き、血まみれの棍棒で体を支えていた。あの出血ではもう……。
フレイヤは銀の鎧を着た女と剣で斬り合っていたが――
相手の斬撃を受け、胸から腹にかけて切り裂かれる。
「ううっ……」
大量の血が流れ、剣を地面に落としその場に倒れた。
『歯ごたえの無い……この程度で本当にクロノスたちを倒したの?』
『すでに消耗しているが、人間にしてはよくやった方だ』
ここから脱するのは、もう不可能だろう。だが一矢報いることなく殺されるわけにはいかない。俺は剣を持つ手に力を入れ、目の前にいる男に斬りかかった。
男は 難無(なんな) く俺の剣を受け止める。
『凄いな……俺の灼熱の剣と斬り合って刃こぼれ一つしないとは……いい剣を持っているな。お前が死んだら俺が使ってやろう』
軽く薙ぎ払われただけで地面に 突(つ) っ 伏(ぷ) し立ち上がれない。
最早(もはや) 、踏ん張る力もないか……自分の力の無さを悲観していた時、空が光り輝く。見上げると黒い戦艦の合間から強い光が差し込んでいる。
それがなんなのか分からなかったが、一つだけ確信があった。
五条だ―― 根拠はない……だが、間違いない。
『なんだ? この光は』
『何も聞いてないわよ』
銀の鎧を着ていた男女が話していた、その後ろで魔法陣が出現している。それは一つではなく、少し離れた所にもう一つ魔法陣が描かれた。
二つの魔法陣は輝き出し、雲を突き抜ける光の柱が立つ。
『これは……召喚!?』
銀の鎧を着た男の前に、一匹の“猿”が現れる。
それは真赤な猿で、簡素な鎧を 纏(まと) い 手甲(てっこう) を装備していた。
『なんだこの猿は、こんなものを誰が召喚――』
そう言いかけた男の腹に、猿の拳が突き刺さる。
『ほげぇっ!!』
男の体は“くの字”に折れ、そのまま数十メートル吹っ飛ばされた。猿がいつ動いたのか分からなかったが、凄まじい速さなのは間違いない。
男は血を噴き出し悶絶している。
『なんなの! この貧相な魔物は!?』
女が猿に斬りかかったが、斬った場所にすでに猿はいなくなっていた。女の側面に 躱(かわ) していた猿は女の腕に手刀を振り下ろす。
女の腕は簡単に切り落とされ、絶句した女の脇腹に猿が肘打ちを入れると内臓が潰れたのかと思うほど大きな音がする。
女は地面に倒れ、起き上がろうとするが足が痙攣していた。
『……こ、この私が……こんな獣に……』
銀の鎧を着た者達の仲間が一斉に猿に襲い掛かった。矢や魔法を撃ちだすが、猿にはまったく当たらない。
近づいて斧や剣で斬りかかるが――
猿は飛び上がって体を伸ばし、蹴りと裏拳で二人の首をへし折った。あまりの速さに驚いたが、更に一瞬で三人の男を瞬殺する。
雪崩込んできた敵の前で“猿”は正拳突きを繰り出す。
拳(こぶし) から爆発的な暴風が巻き起こり、正面にいた数十人はポップコーンが弾けるように空中に吹き飛んでいく。
起き上がってきた銀の鎧を着た男が剣で横に薙ぎ払うと、それを上に飛んで 躱(かわ) し空中を蹴って猛スピードで男に殴り掛かる。
『あがっ! か、顔が……』
殴られた男は情けない声を上げ、逃げ腰で数歩下がるが猿が見逃してくれるわけもない。猛烈な追撃を見せ、回し蹴りからの上段蹴り、かかと落としから正拳突きと目まぐるしい連続攻撃。
銀の鎧を着た男は何もできずに殴られ続け、鎧も身体もぐちゃぐちゃになっていた。 最早(もはや) 殴っている最中に絶命しているのは明らかだ。
腕を失った銀の鎧を着た女は、その場を逃げ出そうとしていたが、猿が全身に纏う気功を手に集めた。気功の“手”は長く伸び、逃げる女の足を 掴(つか) む。
足を掴んだ“手”を一気に引くと、まるで魚を釣り上げるように女が空を舞う。
『きゃあああああーーーー!?』
猿が地面を蹴って飛び上がる。真上に来た女の腹に猿の拳が突き刺さり、女は血を吐き出して上に向かって吹っ飛ぶ。
上から落ちてきた女は、地面に叩きつけられ二度と動くことは無かった。
これが五条が召喚した召喚獣……。
【 王欣怡(ワン・シンイー) ――】
血を流し過ぎて、体が思うように動かない。
この恐ろしく速い男には、私の力は通用しない……あの時と同じだ。中国で五条と一緒に“統率者”と戦った時と……。
昔のことを思い出してしまう。これは“走馬灯”なのか?
そんなくだらないことを考えていた時、目の前に魔法陣が出現する。光の柱が立ち、中から何かが出てきた。
私は現れた獣の姿に目を疑う。
銀色の機械的な身体、獅子のような見た目、牙と爪は黄金に輝く。間違いない……五条と私が戦った中国の“統率者”。
『なんだコイツは、突然現れやがって』
男は不用意に“統率者”に近づく、次の瞬間――
鎧を着た男の右腕が無くなっていた。
『え?』
あれほど速い男でも“統率者”の速さについていけなかった。本物だ……だとしたら五条が召喚したってことか?
鎧の男は左手で剣を抜き、歯を食いしばって“統率者”に向き直る。
『う……がっ……俺の腕が……この野郎、絶対許さん!』
男と“統率者”が神速でぶつかり合う。目で追うのも難しいが、男の剣でも“統率者”に傷を付けることができないようだ。だが――
『ぐわっ!!』
“統率者”の爪が男の右目を切り裂く、明らかに男より“統率者”の方が強い。銀の獅子は男の体を少しずつ切り裂き、追い詰めていった。
何度目かの攻防の後、“統率者”の口には男の足があった。
『ぎゃあああーーーー!!』
“統率者”が足を吐き捨て、その場から消えると、男の悲鳴が聞こえなくなる。男がいた場所には血だまりと体の破片しか無かった。
“統率者”は、私たちを遠距離から攻撃していた敵の集団に襲い掛かる。すると十人以上の敵の上半身が、一瞬で無くなっていた。
その後は、敵の悲鳴しか聞こえなくなる。
自分の体から力が抜けていくのを感じた。あれほど恐ろしかった敵も味方になると、こんなにも心強いのか……。
安心した私は地面に倒れ、意識を手放した。