作品タイトル不明
第138話 反逆の魔神 その②
『彼は、君が外に出るための唯一の方法だ』
『なんだと!?』
魔神の顔色が変わる。よほど外に出たいようだ。
俺のことはそっちのけで、ラーゼスに向かって歩いていく。手から赤い糸を伸ばして捕らえようとするが実体のないラーゼスには意味がない。
『ちっ! 思念体か』
ラーゼスは心なしか笑っているように見えた。
『君がどれほど長い期間この迷宮に閉じ込められ、どれほど出たがっているかは知っている。私がここに来るずっと以前から閉じ込められているからね』
『知った風な口、利くんじゃねえよ』
『この迷宮は不思議な場所だ。力の強い者ほど捕らえて離さなくなる。その証拠に君は迷宮どころか、この階層からも出られないはずだ』
『…………』
魔神は黙り込む、恐らくラーゼスの言ってることは図星なんだろう。
これほど強い力を持ってるんだから、あらゆる手を尽くして出ようとしたはずだ……それでもここに居るってことは脱出が不可能だったってことだ。
『どうやって俺を外に出す気だ? そもそも本当に外に出られるなら、お前はなんで出ていかない』
『私は外に出る扉を開くことができるが、私の肉体はすでに 朽(く) ちている。思念体だけで外に出ることはできないからね。そして扉を開けたとしても、君は力が強すぎて外には出られない』
『じゃあ結局、無理じゃねーか!!』
『そこで彼が必要なんだ』
そう言ってラーゼスは俺を見る。体は再生してなんとか動けるようになり、俺はヨロヨロと立ち上がった。
ラーゼスと共に魔神も俺の方を見ている。
『あのボロボロの男に何ができるってんだ』
『彼は召喚魔法が使える。それも最大レベルのもので、魔力量も申し分ない』
『召喚魔法だと!? この俺に召喚獣になれって言ってんのか? あいつのペットになるようなもんじゃねーか!』
『テイムできれば、君は 一旦(いったん) 亜空間へと飛ばされる。その後、彼が外に出て召喚すれば君は外に出ることができるはずだ』
『舐めてんのか?』
『いたって本気だよ。それしか君を外へ出す方法はないし、それができるのは彼だけだ。“神託の獣”と相反する存在の“魔神”は召喚魔法は使えないからね。さあ、どうする?』
『ちっ……』
魔神は苛立ったような表情をしていた。かなり悩んでいるのは間違いない。
『フン! 仮に俺がいいと言っても、俺とあいつではレベル差があり過ぎて“テイム”などできないはずだ』
『確かに 生(・) き(・) た(・) ま(・) ま(・) ならそうだろう』
魔神は少し驚いたような表情をした。
『ク……クククク、そういうことか。つまり外に出たければアイツに倒されるしかない。そういうことだろ?』
『そうだ。たとえレベル差があっても、君の“魔核”さえ破壊できればテイムすることは可能だ』
それを聞いた魔神は笑いながらラーゼスの周りを歩き始める。
『なるほど、なるほど。つまりお前らは俺に勝てないのを知って説得に来たってことだな? どうか負けてください、お願いしますと』
ラーゼスは黙って聞いていた。
『ふざけた提案だな。そもそもお前らはなんでそんなに俺をテイムしたがる? 胡散臭(うさんくさ) い奴らだ』
『彼は魔神王を倒しに行く』
魔神はピタリと足を止める。
『このガキが魔神王を? 寝ぼけてんのか』
『君はずっと魔神王に復讐したいと思っていたはずだ。自分をこんな所に閉じ込めた者を許せるはずがない。そして我々も魔神王を倒すために君の力を利用したい。どうかな? 利害は一致してるだろう』
『それで俺が首を縦に振ると思ってんのか?』
『君が外に出るチャンスは今、この瞬間しかない。私の提案に乗って外へ出るか、今まで通り悠久の時をここで過ごすか……。選ぶのは君だ』
魔神は沈黙したまま目を閉じ、何かを考えているようだった。
『……ククク……ハハハ……』
魔神は腹を抱えて笑い始める。
『ヒャーーーハッハッハーーー!!』
その笑い声だけで、天井や周囲の壁がボロボロと崩れだす。
『いいだろう! ただし条件がある』
魔神はそう言うと、辺りに漂っていた赤い霧を自分の前に集めだす。霧は渦を巻きながら形を作り、やがて茶褐色の球体となる。
『これが俺の“魔核”だ。普段は霧となって空気中に拡散してるからな。絶対に破壊されない』
魔神は直径10センチほどの“魔核”を 掴(つか) み、俺に見せてきた。
『お前のために弱点となる“魔核”を出現させてやったぞ』
魔神は自分の“魔核”を飲み込み、俺に向かって不気味に微笑んだ。
『お前が俺の“魔核”を破壊することができたら、お前らのくだらねー提案に乗ってやろう』
「できなかったら?」
『当然、殺すに決まってんだろう』
「お前も出られなくなるんじゃないのか!?」
『分かってねーな。テイムしたテメーがすぐ死んだら俺も消滅すんだよ! 少なくとも生き残れる力があると証明してみせろ!!』
確かにそうか……絶対に死なない化物にとって、俺が唯一の弱点になってしまうわけだからな。
『おい! そこの実体のないスカスカの奴。それで文句はねーな』
『ああ、それでいい。だが戦う前に彼と話がしたい。少し時間をもらえるかな』
『ちっ、さっさとしろ』
俺は急いでラーゼスのもとへ向かう。
「結局戦うことになったのか、“魔核”があっても力の差は歴然だぞ」
『いや、これで勝ちの目が出てきた。それに奴はここから出たくて仕方ないはずだし、魔神王とも戦いたいと思ってる』
「じゃあ、手加減してくるってことか?」
『奴の性格から考えてそれは無いな。だが、“魔核”を完全に破壊しなくても君が充分に戦えることを示せば納得するかもしれない』
「だけど、俺の力が通用するとは思えない……」
『心配ない、そのための準備はしてきたからね。おいで 不死鳥(フェニックス) !』
さっきまで大人しく浮遊していた不死鳥はラーゼスの呼び掛けに応え大きく羽ばたいて、こちらにやってきた。
『剣を抜いて 掲(かか) げるんだ』
ラーゼスの言う通り剣を抜いて上に 掲(かか) げる。不死鳥は舞い上がった後、一直線に剣に向かって飛び込んできた。
「なんだ!?」
剣に白く輝く炎が宿り、凄まじい魔力があたりを 覆(おお) う。
『それが“神炎”の能力。武器に宿り、あらゆる物を焼き尽くす最強の攻撃手段となる。奴の【炎帝の寵愛】を突破できるし、魔神王にも通用するはずだ』
これがラーゼスが対魔神王用に作ったものか……長い時間をかけ、考え抜いて用意したってことだな。
『そして、これを……』
ラーゼスは1枚の職業ボードを渡してきた。表面を見ると――
創成の錬金術師 UR
『君にとって必ず必要になるものだ』
ラーゼスはそれ以上なにも言わなかったが、彼がそう言うのなら間違いなく必要なのだろう。俺は迷わず表面をタッチする。
光が溢れ、全身に輝く粒子が降り注ぐ。
ステータスには錬金術師 Lv1と表記されているが、この戦いでは役に立たないだろう。神炎の剣があっても不安しかなかった。
『大丈夫。君は力の差は歴然と言ったが、奴に充分通用するだけの能力は持っているはずだ。自信を持っていいよ』
確かに、ここから先は自分でなんとかするしかない。
『おい、おせーぞ! 早くしろ』
ラーゼスは 頷(うなず) き、俺は前に出た。魔神は真正面から、笑みを浮かべ迫ってくる。
血液で作り出した二本の剣を振り上げ攻撃してきた。一撃一撃が致命傷になりかねない威力だ。ギリギリで 躱(かわ) しながら反撃の機会を待つ。
暗殺術を使うと、“魔核”が体内にあることが明確に分かる。それに 僅(わず) かだが 隙(すき) があることも分かってきた。
この魔神、パワーやスピードは 桁違(けたちが) いだが、それに 任(まか) せて剣の腕は素人レベルだ。動作に無駄が多いので反撃の隙も生まれる。
「そこだ!」
俺の神炎を纏った剣の一閃が、周囲の霧と魔神の肩口を切り裂く。
『おっ!?』
ダメージを与えてる。今まで霧になって雲散していた体を焼いているぞ。これなら――
『なんだ……まだ、奥の手を持ってたのか、楽しめそうだな』
魔神の剣を 捌(さば) きながら少しずつ体の粒子を削っていく。だんだん分かってきた。力はともかく、スピードは“神眼”と“神速”を使えば対応できないほどじゃない。
ラーゼスが言ったように、能力をうまく活用すれば戦える。
『ちょこまかと、うっとおしいんだよ!』
魔神は炎を手に集め、俺に向かって放つ。爆発するように一気に火が広がり洞窟の中を灼熱の炎で埋め尽くす。
俺は剣を地面に突き刺し、神炎を自分の周囲に噴き上がらせた。魔神の炎も焼き払い、俺を守ってくれている。
火が収まった時、無傷でいた俺を見て魔神は驚いているようだ。
『おいおい、急にどうした? まさか、本気で俺に勝つ気か?』
魔神は翼を広げ、空中に浮き上がり一気に滑空して迫ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺の剣をギリギリで 躱(かわ) していきやがる。うっとおしい白い炎もそうだが、こいつ自身戦いながら成長してるのか?
魔神王を倒しに行く………口先だけじゃないようだな。
『なるほど、確かに俺や魔神王以外の魔神ではお前には勝てないだろう。認めてやるよ。だが――』
俺は剣から血の刃を放つ。何発も襲ってくる斬撃を必死で 躱(かわ) してるようだが……。
「くっ!」
壁や地面にぶつかる度、細かく分かれて跳ね返る斬撃を全て 躱(かわ) すのは不可能だ。そう思って見ていたが、奴は格子状の斬撃や白い炎で血の刃を払い除けていく。
見切り始めてるのか……。
どうやら魔神王と同じように少し先の未来が見えているようだな。それなら――
俺は赤い霧を噴き出し、奴の視界を奪う。
見えなければ意味の無い能力だ。俺は霧に 紛(まぎ) れて奴の背後に回り込み指先から血の糸を伸ばした。
無数の糸が人間の体内に入り込み、心臓や脳にも達する。
この【血糸殺】はたとえ不死身の能力を持っていたとしても、確実に殺すことができる。魔神王だったとしてもだ。
確かに、ここからは出たい。だが、一旦殺されてテイムによって再構築されるなど、実質的に死んでるのと何も変わらない。
そのうえ、魔神王にこいつが殺されれば俺も一緒に消滅することになる。耐えがたい屈辱だ。
“魔神王でも殺すことができなかった怪物”それだけが今の俺を支える唯一のプライド。それを失うぐらいなら――
「待ってたよ。その技を使うために近づいてくるのを」
ドスンと何かの衝撃が走った。
『あ?』
見ると剣が人間の背中から伸びて、俺の胸にある“魔核”に突き刺さっている。
“神殺し”の能力が付与された剣……その剣から白い炎が 迸(ほとばし) り、俺の体を焼いていく。自分の心臓を 貫(つらぬ) いて攻撃してきたのか。
「お前の“魔核”の位置は分かっていたからな……。俺の勝ちだ」
ああ……くだらねー小さなプライドごと焼かれてる感じだな。
『おい、くそガキ……お前…名前は?』
「五条将門だ」
『ククク……いいだろう……五条、賭けてやるよ。テメーが魔神王を倒す…わずか…な…可能性……に……』
◇◇◇◇◇◇◇◇
魔神は炎の中で灰になり、周囲に 漂(ただよ) う赤い霧と共に魔法陣に集まりだす。新たな“魔核”が形成された。
「テイム!!」
前が見えなくなるほど 眩(まばゆ) い光が洞窟の中に広がり、やがて収束する。俺は自分の心臓に突き刺さっていた剣をゆっくり引き抜く。
「がはっ!」
口と胸から大量の血が噴き出すが、なんとか生き残ることができた。
俺は地面に寝ころんで仰向けになりながら、手の上に出現させた“テイム”のリスト・ボードに目を移す。
そこにはハッキリと魔神の名前が表記されていた。