作品タイトル不明
第三百五十六話 連絡事項
《嘘か本当かは気配を探れば分かるだろう》
にわかには信じられないとギルド長ゼオンが確かめてくる。ゼオンはここから2㎞ほど離れた場所にいる。避難する街の住人が、こちらで戦い始めたことに気づいて、慌てて逃げようとするのをなんとか宥めていたところのようだ。
俺もそのことがゼオンの気配からわかった。
《それはまあ確かに……》
しばらく沈黙が続く。俺に言われた通りゼオンがバルガレオルの気配を入念に確かめているようだ。そしてバルガレオルが大人しくしていることに気づいたようだ。
《気配はあるけど本当に大人しくしてる》
《モンスターは知能が高いと自分に勝った相手に従うケースもある。あんたなら知ってるだろう?》
《す、すげー》
【意思疎通】からどこか呆れにも似た感情が伝わってくる。今まで散々被害に遭い続けてきた側の人間としては、暴君を体現したようなバルガレオルがまさか人に従うとは思えなかったようだ。
《まあそういうわけだから、帰ってきてくれていいぞ》
《ほ、本当に大丈夫か? バルガレオルは死ぬほど暴れるのが好きだぞ》
《大丈夫だ。まあ、街は完全に消失してるから、復興作業は頑張ってもらう必要がある》
《……》
ちょっとだけ考え込んでゼオンは口を開いた。
《まあ、勝者はあんただ。俺が逆らうことはできない》
なるほどレダの言う通りだ。ゼオンはあっさり受け入れた。
《ともかく領主様にも交代だって伝えておいてくれ》
バルガレオルの討伐に関する資料で読んだことだが、灰燼ラフォーネがエルダーリアにおいて唯一の人の超越者でありながら領主ではない。理由は遠慮したとかではなく【管理球】を握ることができなかったからだ。
それがないと領主と言っても笑われる。だからラフォーネは領主ではなく、領主は暫定的にエルフの長老がしているそうだ。そして俺が【管理球】をバルガレオルから奪取した以上、領主になるのは俺になる。
《分かりました。領主、交代の手続きもこっちで進めておきます》
ゼオンが改まった口調で話してくる。
《できるだけ急ぐ。でも、あまり畏まらないでほしい。まだ16歳だ。そんなに偉そうにするほどいいもんじゃない》
《じゅ、16かよ! 世の中天才っているんだな……あっ》
すぐに口調が戻る。丁寧に喋ることには慣れていないらしい。そのことを悪く思って、
《すみません! つい!》
と謝ってくるが、
《本当に普通に喋ってくれたらいい》
と言うと、結局普通に喋りだした。
《まあそう言ってくれるならそうするけどよ。しかし16……いやもう、意味がわからん。お前みたいなのが真性の神とかになるのか?》
《そんなのわからない》
《まあそうだよな。あんたもそこまでになるって言うことは俺以上に必死だったんだろうしな。あと、バルガレオルが人間に従ってくれるのは純粋にこっちとしても嬉しい。でも、それが継続するようにあんたも長生きしてくれよ》
《まあ頑張るよ》
「主。地下に戻れるようになったら起こしてくれ。今日は疲れた」
夜の闇の中赤い瞳だけが輝いて見えていた。バルガレオルは地上に寝そべり瞳を閉じる。そうすると桜千が【千年郷】から【管理球】に干渉して俺が許可すると早速作業を始めた。まず大穴を塞がなきゃいけない。
どこからともなく土が現れてくる。千年郷の建築土木技術による単純な、物質生成機能なのだそうだ。まるで生きているように、穴の形に合わせて柔軟に変形しながら、徐々にその土が穴を塞ぐ面積が増していく。
なんだか地面が自分で傷を癒しているようだ。そしてそれは結構すぐに完成した。
【主様。とりあえず穴を塞ぎました。犬をこの上に移動させてください】
《犬?》
【ああ、バルガレオルのことです】
《それは分かってるよ。お前、絶対にバルに言うなよ。ちゃんとバルって呼ぶように》
【主様がそうおっしゃるのであれば以後気をつけます】
なんとなくバルを犬と言いたくなる気持ちはわかる。何と言うかアホみたいに暑いし、暴れると人も殺すが、そこには悪意はなく本能に従ってるだけなのだ。ライオンやクマが人を殺せば悪かといえば違う。好きに生きているだけだ。
そして従えば意外と犬属性的なものがあるバル。年に一度暴れたいというのも、バルにとってはおそらく被害が大きいのは分かってるからちょっとは我慢するが、年に1回ぐらい散歩に行きたい。そう言っているような感覚なのだろう。
まあそれでいちいち殺し合いをさせられる俺は大変なのだが、飼うと決めた以上は飼い主の責任だ。ともかくなんとなくこいつ可愛いなと思ってしまっているバルを見る。
「何度もどけろどけろと言うのも悪いよな」
そんな気がして、俺はバルの体に触れると【転移】させて、大穴が開いていた上に移動させた。
「なんだ?」
バルはずっと地下である意味静かに暮らしてきたからだろう。人の気配には敏感なようだ。巨大な体がのっそりと起きた。
「ああ、そのまま寝てていいから」
「そうか」
《桜千、これでいいか?》
【主様に動いてもらうとは申し訳ありません。全くバル殿は主様に仕えるということを理解していませんね。困ったものです。一度私の方から言い聞かせておきます】
《いいよ別に》
なんかペット枠っぽいし。
《あ、でも、人の迷惑にならないようにちゃんと教えておいてほしいけど》
【畏まりました。十分に言い聞かせておきます】
なんかやりすぎないかと思いながらも、周りを見渡すと、信じられないほど悲惨な状況が広がっていた。ダンジョンの全てが、俺の【絶火】の影響で文字通り消滅している。かつては人々の生活の場であった場所もひどい有様だ。
未だに火がくすぶり、ほとんどの建物はただの灰と化した廃墟となってしまっている。残っている建物でさえ、バルの放つ超高温によって、火災被害から免れた建物は一つもなく、壁は焦げ付き、窓は割れ、二度と住めると思えない。
周囲には、焼け焦げた残骸が散らばり、人の営みを嘲笑うかのように風が吹き抜けている。街は、かつての賑やかさを完全に失い、ただ静寂と悲しみだけが残っていた。
《桜千。仮設住宅でもいいから作れたりする?》
今まで自分が暴れて潰した場所でも直すのは自分の役目ではなかったし、どれほど物を破壊しても、弁償させられるようなこともなかった。だが、今はそういうわけにはいかない。エルダーリアの支配者に俺がなる。
支配者は建物を壊したらちゃんと修繕しなきゃいけないし、損害も補填してあげなきゃいけない。日本で生きてきた知識から言って俺にとってそれが為政者のお仕事だった。
【お任せください。ここにいる住人の中で【意思疎通】が使えるものに、できるだけ詳しくこの街のかつての光景を送ってもらうことはできるでしょうか? その街のデータをもとに、すぐに完全再現させていただきます】
《仮設住宅じゃなくて街の復活ができるの?》
【それほど時間はかからないかと思います。ですが、さすがに【千年郷】内ではありませんので1日では無理です。街全体となると3日ほど待っていただけるでしょうか?】
《街を復興させるための時間とは思えないな》
【無能の私をお許しください。急げば何とか2日で】
《いや逆だから。桜千が役に立ちすぎて、若干セーブした方がいいかと考えるほどだから》
【セーブ?】
《ああ……》
バルガレオルはエルダーリア森林州の人間にとって、恐怖の象徴であり、ランダムに訪れる自然現象とすら捉えられていた存在だ。その大問題の根本がなくなった。しかし人はその後何の被害もなく生活できる。
《それが健全と言えるかな》
山田総理も言っていた。あまりにも科学が発達しすぎると人は堕落して何もしなくなる。便利がよすぎることは長い目で見てこの州の人間のためになるだろうか。
【健全……健全……なるほど。主様の懸念は最もでございますね。でしたら最初に主様が提案されたように、仮設住宅としておきましょうか?】
《いや、桜千、それもやめておこう。親切は先にやりすぎると碌なことにならない。ゼオンにここでどうにもならない問題があれば連絡するようにだけ言っておく》
【仮設住宅でも人気取りには十分なると思うのですが?】
《この世界では、どれだけ人気があっても弱ければ落ちるだけだ。それに個人的な感覚なんだが、おそらくこの世界の人間はバルガレオルの脅威がなくなるだけで十分だ。それ以上など求めない気がする。様子を見て、状況に応じて必要なものを与えるのが一番だろう》
【なるほど、主様のおっしゃる通りかもしれません。最初にやりすぎればそれがスタンダードになる。次に同じことが起きた時も自分たちでは頑張らず、こちらができるのにどうしてしないという不満にすらなる。そしてそれが為政者への不信感へとつながる。出過ぎた真似を申し訳ありません。では、ダンジョンの方はいかがいたしましょうか?】
さすがサファイア級のアイテムである。こちらの言葉にちゃんと理解を示す。これほど有能な桜千なのに俺に使われるまで一度も使われてなかったのだ。本当にもったいないと感じる。本当に変な宗教さえ作らなきゃ最高なんだが。
そんなことを思いながらもとりあえずダンジョン製作は始めること、そして体の不自由な人間やお年寄りだけは困っていたら助けてやるようにしようと話しておいた。この世界は弱肉強食だ。
生きる最低限は保証するが、”贅沢”の部分が欲しければ自分で勝ち取るしかない。その加減を間違えないように気をつけようと桜千と話し合った。
【ときに主様】
《うん?》
【いくつかご連絡しておきたいことがあるのですが続けても?】
《続けてくれ》
【まずストーン級ポーションの件はいかがされますか?】
《ああ……》
その言葉を聞いた瞬間自分の頭を押さえた。忘れてた。そうだ。桜千が【千年郷】でストーン級のポーションを作れるって言ってたじゃないか。ポーションを自前で作れるのはかなり有利なことだ。
それに他の【千年郷】の機能についても南雲さんと二人で詳しく聞いておきたい。それを忘れるとは。これほど知能が上がっているのにアホかと自分でも思ってしまう。しかし忘れていたものは仕方がない。
《ごめん。うっかり忘れてた。もうすぐ一旦帰るよ》
【いえ、私こそ出る前に声をかけるべきでした。二度手間となり本当に申し訳ない】
《どの道、帰らなきゃいけない用事があったしいいよ》
【お待ちしております。では2つ目なのですが、主様の生存報告についてです。現状主様と米崎様は死んだままの状態になっています。私はこの状況は兼ねてから良くないと思っておりました】
《まあちょっと不便なことは多いけど、あんまり気にならないけどな》
【いえ、わずかの間ですが主様は十分に強くなられたと私は考えます。南雲様も以前主様の姿を見て、大丈夫と思っておられたようです。少し前まではゴールド級ということで、表に出ることに多少の懸念事項がつきまとっていましたがもう主様はルビー級。実力も申し分ないかと】
《でも大丈夫か?》
それこそルビー級になったのはつい先日のことであり、きっと他の人間はトップランキング1000にいきなり鳳凰の名前が現れたから『こいつ誰?』という気分だろう。
【大丈夫です。主様もですし、クミカ様もレベル680まで上がっておられます。このレベルを有しているものは世界的に見ても非常に少なく、日本国内には数えるほどしかおりません。そして主様にはパーティーメンバーもおられます】
《それはまあそうだな》
人のフンドシみたいで嫌なのだが、桜千の言いたいことは理解できる。龍神様に雷神様、忍神様にジャック、美鈴に榊にマーク、さらに米崎も加わるし、何気に一番存在感がでかくなるのが弁財天様だ。
大八洲国の神様が後ろ盾。これは日本の探索者、いや、世界的に見てもかなり強烈な印象になる。さらに大八洲国に摩莉佳さんに土岐もいる。この二人もルビー級として相当レベルが上がっているようだ。
これらの人間は俺を裏切らない。そしてエヴィーもいる。なぜか話を聞かないのだが、誰も浮気はしていないという話だったし、エヴィーのことだから声をかければ協力してくれるはずだ。
それらを考えると現状はうちのパーティーに文句を言う勢力がいるとは思えない。
【これらのことを鑑みて、現状主様が復活宣言を発表して、問題が起きるとは考えにくいでしょう。うまく鳳凰と結びつければ、復活したことに不思議を感じるものもあまりいないでしょう】
《誰の迷惑にもならないか?》
【なるわけがございません。いかがでしょうか? 南雲様とはすでに交渉したのですが、いつでも構わないと許可は出ています。山田総理の方からも、恩恵としてポーションの話も出したら両手放しで喜んでおられました】
《……まあそういうことなら、死んでることになってるのは不便だったし、正体を明かせる方がいいか》
【納得していただけたと受け止めてよろしいですか?】
《ああ、構わない。でも》
【でも?】
《伊万里の件ではまだ秘密で動かなきゃいけない。桜千が信用できる人間に教えるぐらいは構わないが、大々的な発表は控えてくれ》
【控えるのですか……】
俺の言葉を聞いてるだけで大抵機嫌のいい桜千の表情が優れなくなる。何かしようと思っていたのか、すごく残念に思っているのがなんとなくわかった。
《いいな?》
【畏まりました。ですが心の底から非常に残念です。せっかく主様の再誕を盛大に祝う予定だったのですが、ひとまず諦めます】
ずっと諦めてくれてていいんだけど、桜千はこういうの宗教イベントとかにしそうで怖いんだよな。
《他はもうないか?》
【最後にもう一つございます】
《何だ?》
【美鈴様たちがお帰りです。そしてかなり主様に会いたがっております。いかがなさいますか? どうしても忙しいのであれば私が責任をもってお断りしておきますが】
《ああ、断らなくていい。そんなことしたら後が怖いし。それにちょうどいいタイミングだ》
純粋に会いたい。しかしそれ以上にメンバー全員に用事があった。
《『すぐに会いに行くから待っててくれ』って美鈴達には伝えてくれるか?》
【畏まりました。ではお帰りをお待ちしております】
桜千との話は終わったが、復興作業やダンジョン製作をするため、つながりは維持したままにしておく。ギルド長にも家がないとどうしても生活困難なものやお年寄りなどのデータを送るように連絡し、米崎がいたので声をかけた。
「米崎。桜千から連絡が来た」
「へえ、彼、ゴールドエリアに干渉できるの? すごいね。次元を一つ飛ばす連絡は結構難しいんだよ」
「桜千はかなり優秀だよ。でも褒めすぎると行き過ぎそうでちょっと怖い」
「確かに彼は君のことで頭がいっぱいだからね。で、用事は?」
「もうそろそろ俺とお前が生きてることを発表したいそうだ。一緒に発表するから用意しておけよ」
「まあそろそろ時期か。しかしそうなるとテレビか何かに出ることになるね」
「マジかよ」
「まあ1度ぐらいは出ろって言われそうだね」
「そういうの米崎は慣れてるだろ?」
もともと米崎は探索者とダンジョン学、両方の成功者として有名人だ。そして、この男は意外と研究肌のくせに声をかければ気軽にテレビに出てくれた存在だ。
「死んでると結構便利いいんだけどね」
「いつまでもこの状態は不健康だって桜千は言ってるんだ。トップランキング1000で鳳凰の存在は、注目されることも避けられない。この辺りでちゃんとオープンにしておいた方がいい。それに米崎といちいち隠れて会うのが面倒だ」
「ふむ……。まあ君が言うならいいだろう。テレビ出演は君と二人で出演するなら死霊王の姿の方がいいかな。人の姿で君と僕が並ぶとインパクト的に全く目立たなくなってしまう」
「やめとけ。頭に角のついた怖い骸骨がテレビで堂々と出てきたら、全国の子供が3日ぐらい夜中をうなされて寝れなくなるぞ」
米崎の本当の姿は俺でも見たらゾクッとする。ただ、テレビに出ると困ったことに死霊王であることはトップランキング1000からすぐにばれる。そう考えるとやっぱり骸骨の姿で出る方がいいか。でもマジでみんな死を予感する気がする。
意外と俺より米崎の方が正体を明かすと悪神堕ちしないかと心配されそうで、問題が起きそうだ。
「それで僕がバルガレオルと戦う前に言ってたこと分かった?」
そう問いかけられる。米崎は伊万里をどうにかするために最も効率の良い方法。それを思いついているようなことを戦いの前に言っていた。
『一番メインは君が東堂伊万里の元に届く一番の近道だと思うからだ。むしろそうしなければうまくいかないと思うな』
という言葉だ。さらにこうも言っていた。
『さて、僕が何を考えてるか、君なら戦いが終わる頃には分かってるよ』
そんな言葉だった。そして俺はその言葉の通り、バルガレオルと戦い終わって一つ思いついたことがあった。
「ああ、パーティーメンバーを全て集める。土岐も摩莉佳もだ。それでいいんだろう?」
「ああ、それでいい」
「今回の件で、俺のレベル650でレベル888のバルガレオルと戦えることが分かった。これなら、他のみんなもきっとできる」
「全員が君の真似ができる前提だけどね」
「きっとできる。米崎はこう言いたかったんだろう。『ちまちまレベル上げをしていたら伊万里にどこかで止められて終わる』って、だから、それなら一気にレベルを上げる。つまり伊万里の支配した聖勇国と俺のパーティーメンバー全員との全面戦争をするってことだ」
俺はそう口にしていた。みんなへの見返りも用意しなきゃいけないことを考えると大変だ。それでも、伊万里と実力的に張り合えるようになるためには、俺とクミカがこの方法で一気にレベル上げするしかないと思えた。