作品タイトル不明
第三百五十四話 管理球
「ああ、そうだったな。早くしろよ、六条」
俺の耳に入ったのは、雷神様の声だ。勝者の権利という言葉に、その本当の意味はまだ理解できていなかった。勝者の権利といえば戦国時代のように、相手の首を持ち帰るのか? でも、今はバルガレオルの首は砕けてしまっている。
「何のことを言ってるんだ?」
溶岩湖の上でのことだった。上は完全に【絶火】の影響でダンジョンごと消滅してしまい、大きく開けている。そんな中で雷神様と米崎がゆっくりとかつての溶岩湖の上に立つ俺の前まで降りてきた。
「君はいつも基礎中の基礎が抜けながらとにかくクリアするんだね。きっと説明書は読まないタイプに違いない。本当、何かが後ろから追いかけているように急いでるね」
骸骨に白い聖衣を着た米崎は、それでも楽しそうだ。
「なぜかそうなるんだから仕方ないだろ」
「まあ、そもそもシルバーエリアもちゃんとクリアしてないしね。玲香君にちゃんと話して、あの地方ももらうべきだけど、とりあえずここだね」
「とりあえずここって、勝者の権利についてか?」
「そうだよ。シルバーとゴールドエリアはエネルギーの奪い合いだということは知ってるね?」
そのことは教えられていた。支配した世界の中に住む生物のレベルが高ければ高いほど世界のエネルギーレベルも高くなり、そして世界の支配を完全なものにすればするほどエネルギーを多く確保できる。そんな話だったはず。
「でも俺はどっちかって言うと、シルバーエリアやゴールドエリアは侵略戦争を繰り返して、領土を広げていく。そんなイメージだったんだが、エネルギーの奪い合いなのか?」
「そうだよ。ほら、君の後ろを見てごらん」
米崎から言われて振り返った。ふと、地中から何かがせり上がってくる感覚がした。全ての熱が奪い去られて、綺麗に消え去ったかつての溶岩湖のさらに下、何かが出てくる。俺はそれを見つめた。
地下から光の粒子が現れてくる。それは俺が開けた大穴を明るく照らすようにとてもたくさんだ。その光は徐々に形を成し、直径10メートルほどの大きな球体へと変わっていく。それは大穴の中心に浮かび上がる星のようだった。
「あれは何だ?」
「【管理球】と呼ばれるものだよ」
俺の疑問に骸骨のままの米崎が言う。同じように光る玉を見つめた。雷神様もその様子を見て待ってくれているようだ。
「……星みたいだ」
「この世界のエネルギー循環は地中で根を張り、網の目のように張り巡らされている。その網の目のように流れるエネルギーを地表に形として出現させ、ゴールドエリアは運行されている。その出現の形を指示をするためにエネルギーは【管理球】によって管理されているんだ。そして、その【管理球】は、各地の"最強"が所持する権利を持つ。だからこの辺りはあまり人の都市としては栄えないんだね」
「バルガレオルがそうしていたと?」
「モンスターは管理すると言ってもエネルギーが一番濃い部分に居座って、管理球からエネルギーを摂取して、他は何もしないだけだよ。ただ、この地はセラス、もしくは伊万里君から最低限の干渉は受けていたはずだ。バルガレオルは世界が壊れるほど無茶苦茶なエネルギーの使い方はできなかったと思うよ」
それはつまり一番上のセラスの世界がこの地に根付いているということ。伊万里はその中でどれほどの役割を有しているのだろう。その辺りが気になった。
「そういう意味ではこの世界にとって俺たちは邪魔者だな」
「そうとも言い切れない。というのもこの世界は不自然なんだよ」
「どのあたりがだ?」
「絶対神セラスという最強の存在がいる。しかも高確率でサファイア級かあるいはダイヤモンド級の存在だという。これってゴールドエリアとしてはかなり異常なことでね。そんな強い存在がいる世界はシルバーやゴールドエリアから、すでに脱出しているはずなんだ。世界は実力のある支配者がちゃんと管理していて、本来、新しく探索者を入れなきゃならないなんていう状態にはなっていないはず」
「でも、この世界はゴールドエリアだよな?」
絶対神セラスはバルガレオルよりも強いのだろう。バルガレオルは今の俺だから勝てるが、ゴールド級の俺では近づくことすらできなかった。もしも、バルガレオルが【絶火】を躱していたら、この戦いは負けてたかもしれない。
それを支配していた絶対神セラス。何かこの世界は奇妙だった。ゴールド級ではどうしようもない強さの存在が多すぎる。米崎はそう言いたいのではと思えた。
「実は僕ね。この世界が興味深くてさ、玲香君に頼んで何回か中に入ってみたことがあるんだよ。それで、気になったのがセラスだった。まあ君も知っての通り僕は臆病でね。気にはなるけどセラスとは接触したくなかった。だから次に気になったこと勇者エンデについて調べたんだ。そして資料を見る限り、セラスは勇者エンデを悪にする必要などないのにそうしたとしか考えられなかった。エンデは結構カリスマ性の強い男でね。超越者の味方もいたようだ。興味ある?」
「続けてくれ」
「超越者が争い、レッド国と世界が争った結果、世界がかなり荒廃した。そしてこの荒廃は本来なら誰も得するもののない虚しく意味のないことのはずだった。でも、この世界の歴史を見る限り、セラスは楽しいからってそんなことをする神ではない。意味はちゃんとあるはずだった」
「どんな意味だ?」
「つまりセラスはレッドを荒廃させたかったんだよ。勇者エンデがあるいは君を殺す役目の存在だったのかもしれない。でも伊万里君がいたからね。エンデは死んでもいいことになったんじゃないかな」
「そんなことってあるのか?」
地球に伊万里が生まれたから、伊万里に俺を殺させればよかったから、エンデは殺した。だとするとふざけた話に思えた。
「まあ、今は目の前の【管理球】に触れるといいよ」
しゃべっていた間に光の玉は、触れられることを待つように、俺の目の前に移動してきていた。随分と大きいのだなと思ったものが温かな光を放って、空中に浮かんでいる。
「触るとどうなるんだ?」
「触ればこの地域のエネルギーの支配権が六条君に移る。そうすると六条祐太がエルダーリア森林州のエネルギーの管理権限を一手に担うことになる。その時に、エネルギーの大きさによってレベルアップもするし、副産物として生まれるルビーコインも手に入る」
「コインが生まれるか……そういうことならシルバーやゴールドエリアでは、支配さえ進めていけば、クエストがなくてもレベルが上がるしコインも手に入るんだな」
俺は炎の翼を羽ばたかせて空中に浮かび、巨大な光の球体の中心部分まできた。そして手をかざす。そのまま手が沈んできて、【管理球】が移動してきて温かな光が俺の体を包み込む。
まるで朝日が静かに昇り、世界を明るく照らすような、穏やかな安心感がある。体がすっぽりと【管理球】の中へと包まれると、瞬間、この地域全体の姿が頭に浮かび上がってきた。
エルダーリアの全体。
その光景。
頭の中に大自然の絵画のように鮮やかに広がっている。
広大な森林が緑の絨毯を敷き詰める。その中を流れる清流が、さざ波の音を立てながら静かに流れる。作物が育ちやすい土地は、色とりどりの実を実らせている。降り注ぐ雨は、天からの恵みのように、豊饒な土地に命を与えている。
バルガレオルは、まるで荒れ狂う嵐のように暴れまわっていたが、絶対神セラスに目をつけられるような無茶はしていなかった。悪魔が生まれてくるほどの無謀な管理は行っていなかったのだ。これは本当に何もしていない。
何もしていないからこそ、この辺りの土地はド田舎に近いものがあった。今は俺が【絶火】によってつけた傷が一番大きいほどだ。
【主様。お手伝いいたしましょうか?】
その声は、頭の中にスッと聞こえてきた。桜千のものだった。
《桜千、ここで俺に声がかけられるのか?》
【はい。主様がいる場所に桜千ありでございます】
《本当に?》
【冗談でございます。このゴールドエリアは千年郷内のダンジョンゲートから、空間を一つ隔てただけの地続きになります。そのぐらいの近さであれば、主様が支配権を握られた土地でもありますし、私が影響を及ぼすことも可能になるのです】
冗談言うんだな。冗談じゃなかったら愛が重くてちょっと怖いと思った。こいつきっとなんとかこのゴールドエリアに干渉できないか、かなり前から挑戦していたような気がする。
《この土地の管理運営が桜千にできると?》
【お任せください。ダンジョンで生み出される世界は、基本、私に使われているシステムと非常に似ております。私は翠聖様がコンパクトで、より高性能に調整してくださっていますが、ゴールドエリアはその初期型のようなものです】
《面倒な管理を桜千に丸投げできるって事でOK?》
【はい。OKです】
《それは嬉しいな》
【ご主人様にお喜びいただけるとは、この桜千。何よりの喜びでございます!】
《じゃあ頼めるか?》
【はい! お任せください!】
なんだかものすごく今の一言に気合が入っていたのを感じる。桜千はとにかく俺に何かを命令されるのが大好きなようだ。ちょっと社畜なところがあるのかもしれない。
【早速なのですが、ご主人様のお力により、かなりの大穴が地下に向かって開いたようです。これをまず修復させます。その後、ご主人様のダンジョン作成権限を一部お貸しいただくことで、再びダンジョンを創り直すことができます】
《悪いけどそんなことしてる時間は……》
【ご安心ください。桜千に丸投げしていただければ、見事完璧に完了させてみせます】
《お前マジで便利だな》
【便利です。そしてまだバルガレオルの魂がその場所に留まっているようです】
バルガレオルの名前もわかっている。結構、前からこっちを見てたのだろうか。
「ああ、うん。それは見えるな」
命が死んでも、魂まで消滅することは滅多にない。バルガレオルの魂もその例に漏れず消滅してはおらず地下の奥深くに見えた。レダによって魂の理解を深めた俺にはそれがしっかりと見えた。
赤く揺らめいたバルガレオルの魂は、まるで燃え盛る炎のようだ。それぐらい力強い魂であっても放置しておくと、世界の命の流れの中に入り込み、こことは全く違う場所へと消えてしまう。
【これは提案なのですが、魂のバルガレオルに、主様に従属せよと交渉してみてはどうでしょう?】
《魂に?》
【そうです。従属する条件はクミカ様の【蘇生】をバルガレオルに行うこと。そしてダンジョンの最終ボスとして、再びダンジョンの奥で眠ってもらうのです】
《そんな提案に乗ってくる相手か?》
不安を感じる。バルガレオルはプライドも高そうだ。生き返らせたはいいが、また逆らわれては困る。それにバルガレオルには先ほどの戦いの戦訓がある。俺の【絶火】は確実に躱そうとしてくるだろうし、勝てるかどうか。
【モンスターとは人よりも、自分に勝利した者を立てる傾向があります。何よりも主様は魂との会話が通常の探索者よりもかなり得意です。その特技は生かすべきかと】
《まあそれはそうか。それに魂だけの状態なんだから、ダメもとで試すのはいいか》
どれほど強者の魂でも、魂だけではできることはほとんどない。通常なら喋りもできないし、物を動かすことも、魔法もスキルも唱えられない。いかにバルガレオルがルビー級の化け物だといっても、怖がる必要もないはず。
俺は少し考え、桜千の提案に同意することにした。魂は死んだ場所からすぐには離れない。しばらく放置しているといつの間にかいなくなってしまうが、こちらが干渉すれば話を聞いてくれる。
ただ、生きているものとは違うため、若干面倒な手順がいる。
【それがよろしいかと。超越者はむやみやたらと殺すものではありません。従ってくれるならば非常に役立つことが多い存在です。死にたがる超越者は少なく、交渉次第で良い部下ともなってくださいます。またかつてバルガレオルはセラスに敗北し、そのためにセラスからの支配を受け入れたようです】
《桜千はなんでそんなことを知ってんの?》
【主様の行かれる世界についての情報はできる限り、玲香様から収集しております。玲香様が知っておられることは、全て私も知っているものと自負しております】
《へ、へえ》
【いかがでしょうか? 先々の日本のためにとってもとても良いことだと思いますが】
《日本にとってか》
【はい。現在、ダンジョンにおける機密事項は緩くなってきております。今ならば日本の人間をここに入れるという手を取ることも可能です。そうすれば日本人の探索者がより強くなる可能性も増えることとなるでしょう。そして私ならばそのシステム構築もできます。どうでしょうか?】
《まあ面白そうだな》
桜千が提案するなら、きっと悪いことにはならないだろう。桜千は愛が重めな男だが、有能には違いない。千年郷の状況を見ていると、彼の管理運営能力がかなり高いことは明らかだ。
【では作業を早速行ってもよろしいですか?】
《ああ、頼む》
【畏まりました。ではまず管理球に支配者登録を行って、私を管理球に管理運営からくり族として登録していただいていいでしょうか?】
《了解》
俺は【管理球】がどんなものなのかをまず把握していく。地下に流れるエネルギーの流れの干渉地点、エネルギーの流れはどこからでも干渉すればいいというものではなく、エネルギーが集まりやすく干渉しやすい場所が存在する。
その中でもかなり大きい場所がここだ。ここを抑えているだけで、エルダーリア森林州のほぼ全てのエネルギーの運用権が握れる。この【管理球】にバルガレオルが登録されていた。それをバルガレオル死亡に伴い勝者の俺に変更する。
それはステータス画面に表示として現れた。
【エルダーリア主要管理球に申請する。バルガレオル死亡に伴い、支配者の登録変更を行う。エルダーリア森林州、エネルギー支配権第一位を六条祐太に変更】
ダンジョンシステムのようにしっかりと返事があるわけではなかった。ただ、【エルダーリア主要管理球】に俺の魂が登録されたのがわかる。これによって俺が死んで命の流れの中に帰るまで、もしくは誰かに敗北して、その誰かの支配を受け入れることがない限り、俺が支配者であり続ける。
【管理球】が強く輝き、【六条祐太】という名が浮かび上がる。その瞬間、エネルギーの一部が俺の内に流れ込んでくるのを感じた。体に力が漲り、全身が覚醒する。この世界のエネルギーの流れと繋がることで、俺の器は広がりを見せる。
【レベル680】
その瞬間、自分のレベルが上がったことを実感した。さらに、同じ流れをクミカにも渡してレベル680なってもらう。そして、桜千を管理運営からくり族に登録し、【管理球】から俺の欲しい形でのコインが生成されていく。
それが【管理球】の下から大きな水滴とともに落ちてくる。
俺は【管理球】の下へと出てそれを受け止めた。
「ルビーコイン……」
本来ならばゴールドエリアなのだから、生成されるコインもゴールドコインのはずだ。しかし、この世界には超越者が多く存在し、世界としてのエネルギーが大きい。通常ならばゴールドコインが手に入るはずが、そうならない。
「というわけか?」
「ふむ……。やはりこの世界は少しおかしいね。土地の支配領域から言えばゴールドコイン50枚といったところなんだけど、ルビーコインが30枚か。このコインの量と質は僕がゴールドエリア全体を支配した時と同クラスの規模だよ。まあバルガレオルは確かに僕の世界にいた魔王よりも強かったしね」
「米崎、そいつにレベルいくつで勝ったんだ?」
「450だよ。向こうは813だった。勝利したことでゴールドエリアの支配の完了とルビー級になるためのキークエスト完了が認められ、僕はレベル550になった。でも、先に言っておくけど、レベル450で勝ったからって、僕が六条君より強いわけじゃない。僕は魔王を相手にハメ技を使用して徹底的な物量作戦を行った。君みたいにシンプルに一対一なんかで戦っていたら、100%負けてたよ」
「それでも勝てたのはすごいな」
「徹底的に挑発して家族を人質を取り、相手が逃げない状況を作り出し、SPとMPが尽きるまで追い詰めたからね。最後は何でもないゾンビに殺されてたよ」
「そ、そうか……」
まあ悪魔がいると世界が壊れる。魔王に支配された世界というのはいずれ壊れる世界だ。そう考えるとどれほど卑怯な方法を使ってでも、米崎が魔王を殺したことは、間違っているとは言いにくい。
まあそれを加味しても相変わらず合理的で容赦のないやつだ。
「ルビーコイン30枚か」
手のひらに落ちてきた水滴がはじけてルビーコインの枚数がはっきりする。本来なら世界を支配できるぐらい強いバルガレオルを倒してルビーコイン30枚。なるほど。探索者はこれを1枚手に入れるために命をかけるわけだ。
「六条君。基本的なことを知らないだろうから教えておくとね。この場でもらえる1/20のコインが毎年何もしなくても手に入ることになるよ。ゴールドエリア全体を支配すると、これが結構バカにならない枚数になる。僕もそれでゴールドのアイテムはかなり手に入れたしね」
「【管理球】からゴールドコインで出てきた場合ってさ。その【管理球】からは絶対ルビーコインは手に入らないのか?」
「変更は可能だ。でもルビーコインにしようとすると、ゴールドコインの1/10になるね」
「1/10じゃ厳しいな」
「確かにね。でもルビーガチャを回さないとルビー級アイテムは手に入らない。そう考えると自分がルビー級になった時点で、僕もルビーコインに切り替えたよ」
「まあ確かにルビー級アイテムは欲しいな」
【絶火】の威力からもわかる。ルビー級アイテムは今までの専用武器と強さの桁が違う。【ルビーの果実】一つとっても、信じられないほどのステータスアップが望める。
そのことを考えるとルビー級アイテムを夢見て、ゴールド級アイテムを諦め、1/10の可能性にかけるものは決して少なくないはず。思考分割して桜千がどんなダンジョンにするべきか嬉しそうに聞いてくるので、それに答えながら、そんなことを考えていた。