軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百四話 Side米崎 四年 資格

Side米崎

金色の髪をした美しいと言える女性だった。その女性はワルキューレなどと呼ばれている。この女が誰かといえばばかばかしい話だが僕のこの世界での正妻だ。面倒だったが、世界の覇者たる地位を確立するために結婚が必須だった。

死霊により軍団を組織し、ゴールドエリアを支配した。それによって世界の瘴気の源は絶った。瘴気の源とは何かといえば魔王だ。まさか魔王などというものが本当にいるとは思わなかったが、それを僕が死霊軍団で押しつぶした。

数の力での殲滅。かなり脳筋タイプの魔王で助かった。最後の方はどちらが魔王かわからないなと思ったが、1人勇敢に立ち向かう魔王を慈悲もかけずに容赦なくゾンビ化した。正直僕にとって大変だったのはその後だ。

死霊に統治をさせるのはさすがに無理がある。何しろ自分のお膝元となる元シルバーエリアの国ですら、死霊軍団と共に凱旋した時の反応はなかなか凄まじい恐怖に満ちていた。

『ひぃ、ゾ、ゾンビは嫌!』

『殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで!』

『魔王ヨネザキ! どうかお慈悲を!』

死霊軍団を見ると誰もがこんな調子だ。それを引き連れたのは、白衣を着た不健康そうな男。死霊軍団を連れ、魔王軍すら殺してアンデットに変える死霊王。僕より倍ぐらい身長のある魔王ゾンビが、僕の後ろで首輪につながれ歩いてる。

僕がこの国に来た時、国は荒廃していた。街が浮浪者で溢れ返り、片付けられない死体が道端に放置されている。その街に訪れた死霊軍団。別に脅そうと思ったんじゃない。世界を治めるためにまず復興事業から始めようとしたのだ。

世界を滅びる寸前まで追い詰めていたのは魔王。だが死霊軍団を引き連れていると僕がやったことになった。世界の均衡を崩している魔王こそが、僕に対抗できる唯一の英雄とみなしている人間までいた。これにはさすがに僕も悩んだ。

魔王は結構早く殺すことができたのに、復興が進まないのでルビー級になれない。だから畑仕事とか全部死霊にやらせて、人間には別のことをやらせようとした。働かなくてよくなって、この世界の人間も喜ぶかと思ったのだ。

合理的で実に素晴らしい考えだが、これもまずかった。復興事業の第1段目として、3ヶ月ほどかけて大量生産した野菜や米や小麦を国中に配ろうとしたのだ。だが、

『食べたらアンデッドになる』

と、変な噂が流れてしまった。噂の根を潰してはアンデッドに変え、潰してはアンデットに変えても、同じような噂が起きてしまう。これでは間違いなく今度は死霊王討伐軍が組織されてしまう。

『あんな薄気味悪い男が信用できるか!』

『そうだそうだ!』

『きっと私たち全員ゾンビにしようと思ってるのよ!』

世界中にスパイを放って、情報を集め続けていたが、どうやらこの不健康そうな顔をしている僕も受けが悪いらしい。

「そういえば彼はモテてたな」

不意にそんなぼやきが漏れた。彼は顔が良い。その1点において圧倒的に女性からの支持を集めていた。それはとても貴重なことであり、どうも僕は見た目にこだわらなすぎたようだ。見た目の良いもの。人々から印象が良いもの。

それを手っ取り早くこちら側に引き込めば、統治に役立つ。僕はそう考えて現存する国の中でも最も歴史ある帝国グレイの王族と手を結んだ。そしてワルキューレと言われた姫君、ブリュンヒルデ王女と結婚できないかと模索した。

最初はOKが出るわけもないので、王族全てを催眠にかければいいと思っていた。しかし、ブリュンヒルデという女は賢かった。

『死霊王ヨネザキ様、喜んで嫁がせていただきます』

状況を素早く理解して、最もそれが人が死なない方法だと、彼女自身も考えたようだった。元から 戦乙女(ワルキューレ) と呼ばれ、戦場を知り、この世界を荒廃させたのが誰だったかも理解してくれていた。

上品で気高く強い、そして血筋を申し分ない彼女は、本来なら結婚相手などどこにでも、いくらでもいる。だが不本意であろうとそんな考えは一切顔に見せず僕のもとに嫁いできた。

「——今夜は泊まって行かれるのですか?」

「そのつもりだ」

そして旧支配者である帝国の王族と結婚した効果は劇的だった。見た目が良くても中身など知れたものではないというのに、見事に人は騙される。美しいとは正しいこと。それが王族であればなおのこと。

元々慈悲深く義勇に秀でたブリュンヒルデは非常に人気が高かった。そんな女に仕えられる僕も正しい。人々からそういう風に受け止められるようになった。そんなごまかしが効かないシルバーエリアにいた残り99人の探索者。

彼らは僕の死霊軍団を恐れた。死んだ探索者を何人か僕の軍団の中に取り込んだから余計だろう。僕がシルバーエリアの支配を確かなものとした時。

『従うなら生きてていいよ』

と言ったのに、誰一人としてゴールドエリアに残らず逃げるように出て行った。

『さてでは寝るわけだけど……』

彼女と共に過ごさなければいけない初夜の日のことはまだ覚えている。

『僕がいない時は多い。別にこの部屋に他の男を連れ込んで、夜を楽しんでくれていいよ。まあ今日もすぐに姿を消すから、安心して眠れるだろう』

あらかじめブリュンヒルデ側には"性行為はしない"と言い渡してある。普通は僕のような見た目の男と女は交わりたくない。だから安心させる意図もあった。そもそもルビー級となった僕の寿命は500年。子供など作る必要がない。

形だけの結婚。愛情などかけらもない。浮気などと咎めるつもりもなければ女性としての当然の権利とすら考えた。

今日も寝室の扉が閉まり、だからと言って僕が寝るわけではない。

一応、ベッドは2つ並んでいたが、僕が自分のベッドを使ったことは一度もない。

「本当に寝ててくれていいんだけどね」

僕の顔は迷惑そうだったはずである。

「何を言います。夫が寝ないのに妻が寝るなどありえません。どうぞ手伝わせてください」

どういうわけか彼女は、夫としての役割を何一つ果たす気のない僕に、日を追うごとに従順になってくる。嫌がっていたはずなのだが……。実際、彼女の最初の第一声は警戒していた。

『ご安心ください。あなたに何をされても私は自ら死を選んだりはいたしません。どうぞこの体はご自由にお使いください』

国元からは僕を隙あらば殺せと言われていたことも監視していたから知っていた。だから最初僕と彼女は本当の意味で仮面夫婦だった。対外的には仲の良さをアピールし、その実、会話をすることすらなかった。

そんな中でなぜか彼女から、気づけば話してくるようになった。

最初のきっかけは何だったか……。

『あなた。これは何ですか?』

『人工レベルアップをするための調整槽だね』

『人工レベルアップ? 人工的にレベルをアップさせる方法がある?』

『おや、説明しなくてもそこまでわかるんだ。そうだよ』

『そんなことをせずとも普通にレベルアップをすればいいのでは?』

『残念、それは浅慮だよ』

『むむ』

『むむ? モンスターに向かっていく勇気がなくても、政治向きにとても役立つものは結構多い。それに役人などはある程度体が強い方が助かる。そういう人間はこれでさっさとレベルアップしてもらうほうが良い。僕はそう考えるけどね』

『あの、これ、悪魔に変身してしまうということはないのですか?』

『変身したら面白いね。そちらの研究もしてみようか?』

『い、いえ、そんな研究をされてはいけません!』

『君は冗談というのを知ってるかい?』

『むむ』

『あなた。これは何ですか? うわ! これは何ですか!? 何か石つぶてのようなものが飛び出しました!?』

『君はよく僕に説明を求めるね。求める前に自分の頭で考えたらどうだい。人の頭は考える為についてるんだよ。それと、むやみに触らない。これは武器だ。君は頑丈だから怪我しないだろうけど、他の人間は怪我するんだよ』

『むむむ』

『あなた。分かりました!』

『何が?』

『あなたが造っていたものは紙幣というものですね!』

『ああ、銃のことかと思ったらそっちか』

『あなた。紙をお金の代わりにするなど、可能なのですか?』

『ふむ。これを見ただけで理解しろというのはさすがに無茶だね』

『教えてくださいますか?』

『いいよ。説明しよう。紙をお金にするにはね。国の信用というものを利用するんだよ。これは僕の国が盤石であればあるほどその信用は高くなり、国から発行される紙幣という物の価値も保証される。僕が500年の寿命を得たこと。そして死霊軍団がどれほどの軍事力を持っているか。それらを加味すると信用という点においてこの紙幣は十分に成立するだろう。更に言うと——』

『むう』

『あなた。本当に流通してますよ。ですがなぜお札にあなたの顔を使わなかったのですか? これって私の顔ですよね?』

『僕の不健康な顔を毎日見たいという人間がいるとは思えないね。それよりは君の美しい顔を毎日見る方が、世界の民もよほど嬉しいだろうさ』

『……』

『あなた。あなたは本当に頭が良いのですね。よくこれだけいろいろと国を豊かにする方法を思いつくものなのですね』

『僕の頭がいいのではないよ。君たちが馬鹿なだけだ』

『……』

『あなた。その、あなたが持ってきてくださった【資本主義に対する考察】【社会主義の功罪】【君主制の利点と欠点】という本など100冊ほど読んで、私なりに国について考えてみたのですが、聞いていただけますか?』

『ふむ、ちゃんと考えたと言うなら聞こう』

『では行きます——』

『なるほど世界運営機構の設立か……よく学べている。それだけ考えているのなら君の方でまとめて進めていきなさい』

『これでいいのですか?』

『僕もそちらは不勉強の部分があるからね。当然穴はあるだろう。だが実際やってみないことにはわからないことが多い。だから実際やってみたらいい』

『代表があなたでいいですね?』

『君が考えたことだ。君がしなさい』

『それはダメです』

『それより、勉強する気があるのならまた本を持ってくるよ』

『それはしたいです。外の世界というものをもっと知りたいのです。あの、でも、この代表はあなたがなってください。名前だけでもいいですから。でなければ返って面倒なことが起きるかもしれません』

『君がやれば僕の不利益にはならない。君は僕にとってそれぐらいの信用はある女だと思っている。できればそのまま頑張ってくれたまえ』

『……』

いつ頃からか彼女から感じていた敵意がなくなった。むしろ好意と思えるようなものを感じるようになった。その好意がどうして発生したのかはよくわからない。ただ一時期玲香君からも感じたことがあった。

それでも僕が相手をせず、無視したら、気づけばそういうものは感じなくなった。しかし、ブリュンヒルデはその気配が無い。世界運営機構も結局僕を勝手に代表にしている。そしてたまに演説をさせられる。

面倒だが避ければ、余計面倒なことになると言われれば理解できる点もある。だからそういう時の彼女には従った。この世界に僕が来ると彼女はとにかく一緒にいたがる。若干面倒には感じる。だが、この状態の方が支配の役には立つ。

問題なければ別にいいかと放置していた。

「——嫌ですか?」

寝室にはいたが寝ずにこれから人工レベルアップ研究所に行こうと思っていた。ついてくることを嫌がるとしばらく落ち込む。それが面倒なのだ。

「特に嫌ではないよ。では行くよ」

僕は彼女に手を差し出した。そうするとしっかりと手を握ってきた。【異界化】を唱える。自分の存在が誰からも見えなくなり、彼女とだけそれを共有する。そのまま【飛行】を併用して、空中へ浮かぶと幽霊のようになる。

ドアすら開けずにすり抜けて、廊下に出るとブリュンヒルデを連れて、誰からも見られないように移動した。24時間ずっと起きっぱなしの姿を見せると、城のものは気味悪がるのだ。だからドアすら開ける必要のないこれを使う。

「何度使うところを見ても不思議ですね。誰にも見えない」

「まあそういう魔法だからね」

この間は声も聞こえなくなる。全く違う隣り合う世界。世界にはエネルギーに溢れた隣の世界がある。その世界を通り、人工レベルアップ研究所に到着する。夜なので職員は全員帰り、誰もいないその場所にまで来ると【異界化】を解いた。

旧人工レベルアップ研究所でも設置していた円柱型の水槽の中に人が浮かんでいた。頭を使うことに向いたものたち。その中で戦いには全く向かず、冷遇され、日の目を見ることなく終わるはずだった者たち。

こういうものに人工レベルアップを施すと僕への忠誠心を植え付けられる。

「特に問題はなさそうだね」

人工レベルアッは1日1レベルまでにする。レベルが上がると一度水槽の中から出し、6時間ほど外で運動させてから水槽の中に残りの18時間入る。こうしてゆっくりレベルアップをしていくと、レベル20までなら、大きな問題が起きない。

大八洲国だとこういうことはせず、細かい国の運営などをする人員はからくり族を使い、戦えないものは容赦なく四層、五層に落ちる。

「どちらが良いのでしょう?」

「世界を別に用意することができるならば、大八洲国のやり方が正解だろうね。ただこの世界ではそれはできない。異層を創り出すのは真性の神の中でも森神が、かなりの領域に達していないと不可能なこと」

だから、

【文官人工レベルアップ試験】

という形でこの世界ではレベルアップを頭脳労働者に施し始めていた。今年1年は1000人規模。この世界にはまだ3億人超しか知的生命体がいないので、徐々にその人数は増やしていこうかと考えている。

「あなたは本当に色々考えますね。私は追いつくので精一杯です」

妙なほど喜んでいるのが分かる。こんな男にいつまでも懸想せずに、さっさと他の男に行けばいい。そう思うのだがまだその段階ではないようだ。まあ何があっても相手をしないと分かれば、他の男と付き合う。

その日の僕は、そんな思いもあった。

「ついてきなさい」

ただ"信用していた"という部分も大きかったかもしれない。

「いいのですか?」

僕にはいつも自分一人で入る部屋がある。かつての人工レベルアップ研究所にもあった部屋だ。たとえ玲香君にでも入ることは許可しなかった。彼にはいずれ見せなければいけないと思っていたが、10年もいなくなってしまった。

だから、その部屋を見せるのは彼女が初めてになる。部屋へと僕は歩いて行くと扉を開けて、中へと入った。そしてそこには1つだけ水槽がある。他よりも古い型の水槽。旧人工レベルアップ研究所が破壊された時、これだけは持って出た。

円柱型の水槽には1人の女性が浮かんでいた。

「これは?」

「かつての僕の同僚だ」

ダンジョンの中で死んだ。

ゴブリン大帝に殺されて……。

「何かあなたの特別な相手ですか?」

「そうだね。いや、どうなんだろう……」

今ではもうそれも分からなくなっている。

『死んでる……』

まだゴブリンがリポップしてなかったから、1日もかかってなかったと思う。もしかしたらまだ生きてるんじゃないかと思って、拳銃を警察から奪って、ダンジョンの中に戻った。ダンジョンショップなんて便利なものはなかった。

銃があればどうにかできる?

ゴブリン大帝に日本の警察官が使っている銃など何の役にも立たない。

今の僕からしたらずいぶんバカだった。同僚を見捨てた自分が悔しくて、何か言い訳がほしくて、自分の顔を隠して警察から銃を奪った。そしてこれを手に入れるために逃げたんだと、そんな言い訳ができると思った。

でも僕が全て見捨てて逃げたゴブリン集落に戻った時。

『はは、生きてなどいるわけないじゃないか』

誰も生きてなどいなかった。みんな死んでた。ただ僕に色々教えてくれていた一つ年上の女性。僕よりもよほど才能があったと思う。その女性の死体は心臓を一突きされただけで、比較的綺麗だった。

好きだったのか?

それもよく分からない。ただ僕は初めてその場でゾンビという物を作り、自分の家に連れて帰った。体が腐食してくるのはその時の僕のレベルでは止められなかった。だからレベルを上げ、彼女をどんどんと綺麗なゾンビにした。

円柱型の水槽に浮かぶ彼女。

その姿は生前の姿そのままに戻っていた。

「——ただこの体には彼女の魂だけはなかった」

「魂があれば生き返らせるおつもりですか?」

「ああ」

そして神にしたいと思っている。死霊使いという僕のジョブのおかげで、僕はルビー級になった時に死霊王へと転生し、魂を呼び戻す術を見つめる目処はたってきた。

「どうして神になど……」

「あの時の言い訳ができるように。ここまでしたのだから許してくれと言えるように」

「そんなことをお考えなのですか?」

「こんな話彼にしても笑われるだろうな。だから口にしたのは君が初めてだ」

「そうなのですか?」

「ああ」

「私が嫉妬してこれを壊してしまうとは思わなかったのですか?」

「そうだね。思わなくもないよ。でも君がこれを壊したければ壊していいよ。君がそうしたところで僕は怒らない」

何事にも合理性を求める僕の中にある不合理なもの。まだあの時のことを責められるのが怖い。この思いだけがどうにも消えない。いっそ彼女が壊してしまえば仕方がないと諦められるか。僕は足を出口へと向けた。

「もう帰るのですか?」

「ああ、こんなことを人に話すのは疲れてる証拠だ。朝まで少しだけ眠るよ」

「寝るのですか?」

彼女が驚いていた。そういえば彼女の前で眠るのは初めてだったなと思い出した。

「あの、よければ添い寝を!」「必要ない」

そう言うと落ち込むのがわかる。朝になれば六条屋敷に行かなければいけなかった。どうにも用事が多い。もう一度彼女を振り返る。

僕に、

『秀樹。私たち結婚しない?』

誰かに好きなどという資格があるわけもなかった。