軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十二話 Side猫寝様

『ばあ!』

あの可愛い久兵衛の顔を思い出せる。赤子の頃は本当に可愛かった。今ではかなり老けたおじさんになったけど、生まれたあの子を両親以上に一番世話をしたのは私なんだ。あまりにかまってばかりするから、両親よりも私になついてた。

『猫姉たん』

初めて名前を呼ばれた時が一番嬉しかった。成長が止まっている私と違って、1年経つごとに成長していく。短い1年が経つごとに可愛さは抜けていき、大人の男になっていく。あの子はいつまでも子供のままではなかった。

どんどん大きくなり、いろんなことも教えてあげた。

『ね、猫姉ちゃん。なんかこれ変だ!』

『え、あ、久兵衛。も、もう、仕方ないな。大丈夫これはね』

あまりに可愛すぎて、お風呂にだってずっと一緒に入ってた。でも、いつ頃からか警戒して、一緒に入ってくれなくなった。それでも、あの子が入っていたら私が入っていくものだから、公衆浴場に行くようになってしまう。

それで一緒のお風呂を私がようやく諦めた。それでも、いつもそばにいて、あの子の両親が死んで、私が悲しい時もそれは変わらなかった。

「……」

私の可愛い子が悪いことをした。人も殺しているようだった。何人に迷惑をかけたのかも分からない。五郎左衆の幹部なら、100人や200人ではないだろう。自分が直接関わってなくても、かなりの数の指示はしたはず。

何よりも、この子が情報を流すから、武官だってたくさん死んだ。本当に悪いのは後ろにいた貴族だけど、この大八洲は"強かろう。良かろう"がまかり通る。よほど確定的な証拠でも出さない限り、レベル900以上の貴族。

月城迦具夜。

あの女は捕まえられない。

迦具夜が首魁だと六条は知ってる。月城迦具夜。あの女がしている全てのことは誰も悪いと思わない。レベル差が大きすぎると、下の子を騙すことが簡単だ。六条達でもレベル1の人間ならどのようにしてでも、騙すことができる。

『猫寝ちゃん。誰も死なせたくないなら黙ってなさい』

『分かっておる……』

それが迦具夜の場合。同じ貴族でもない限り探索者のほぼ全てに適用される。迦具夜が六条に抱きついてる間、あの女から【意思疎通】で脅された。私じゃ逆立ちしても勝てない。迦具夜の姿を見た瞬間。悪いのはこの女だと思った。

「……仕方ないよ」

私の才能ではあれに届かない。だからもういい。どこの誰が死んだかなんてどうでもいい。この子のせいで武官がたくさん死んだことだってどうでもいい。私はこの子だけ生きてたらいい。赤ちゃんの頃の面影はどこにもない。

おじさんな久兵衛の顔。木阿弥になると体つきが大きくなると聞いていたけど、私の覚えている体の大きさだ。今の姿は久兵衛なんだと思う。この病気は探索者として独特なもので、精神に作用するため薬が効かない。

そして【分身心症】になったものは、症状が続けば続くほど もう一人の自分(木阿弥) になりやすくなる。私は久兵衛の病気を知ってから、【分身心症】について調べた。できれば木阿弥にならないようにしてあげたかった。

けど、木阿弥にならないようにするのはかなり難しいらしい。

「猫寝様。ちょっとそこを交代してくれ」

私が見上げるとジャックがいた。土岐も横に並んでいて、悲しそうな顔をしている。

「土岐は無理だろ?」

そして何かをジャックは土岐に確認した。

「うん……。ごめん。君だってできればしたくないよね」

「俺はいいのさ。こっちが本業だからな。それに土岐が無理なら、猫寝様はもっとできるわけがねえ。今までで一番気は乗らないが、俺が始末をつけてやるよ。2人とも向こうに行っとけ」

「何で?」

理解できなくて私が聞いた。でもジャックは私を見ていなくて道端に眠らされた久兵衛に言う。

「今ならまだおっさんは何も知らないままなんだろ? 苦しまないようにして殺してやるよ」

「殺すの?」

「ああ、それしかねえ」

「久兵衛を?」

「他は全員死んでるだろ」

「い、いや! 久兵衛が死ぬなら私が死ぬから! この子がこんな風になったのは私の責任! だから、私が責任を取る!」

ごめんね。久兵衛が教えてくれた話し方。私はやっぱり使いにくいや。うっかり普通の子供みたいに喋ってた。土岐が私の顔を見て言った。

「でも猫寝様。久兵衛は木阿弥に戻ればまた悪事を働きますよ。それにいつまでも木阿弥の存在を久兵衛が気づかないとも思えません。あなたが調べたように僕だって久兵衛の病気については調べた。だから分かるはずだ」

「分からない!」

「時間が経てば経つほど【分身心症】の人間は、もう一人の自分になりやすくなる。そしてもう一人の自分がしていることを元の自分がどこかで知ってしまう。大きなストレスにさらされてできるもう一人の自分だ。そうなれば悲惨な結果を招く。猫寝様。ここは殺してあげた方が久兵衛のためです」

本当なら土岐は五郎左衆に入っててもおかしくなかった。そして今回の六条の五郎左衆壊滅で、殺されててもおかしくなかった。それを助けたのは久兵衛だ。久兵衛にこちら側へと誘われてなければ、

「土岐こそ五郎左衆だった。久兵衛に恩があるでしょ?」

「それはそうですが、久兵衛はとんでもない堅物です。自分が悪いことをしたなんて知ったらどうなるか」

「分かってる。だから、私が死ぬまでずっと久兵衛のそばにいる。寝る時もトイレに行く時もご飯を食べる時もお出かけする時も、ずっとずっと一緒にいる。私なら木阿弥が悪いことをしようとしても簡単に止められる」

真剣な目で2人を見た。

「本気かよ」

「本気だよ。私はこうなったら、久兵衛と一緒に逃げようと思う。どこか誰も来ないところに行って、二人で生きるの」

そして久兵衛が死ねば私も自分を終わりにしよう。そうだ。それがいい。とても魅力的なことに思えてウキウキとした。久兵衛と2人で無人島にでも行こう。この広い世界にはいくらでもそういう誰にも知られていない島がある。

私の腕の中で久兵衛がピクリと動いた。

「ここは……」

ゆっくりと目を開ける。

「あなたが寝坊するなんて珍しいね。起こしてあげるのは子供の時以来だ」

私がそう口にした。

「こ、これはお館様!」

久兵衛が死んだ五郎左衆を見なくていいように視線を固定する。私が他のみんなに目線を送ると、ジャックと土岐は悩んだけど下がってくれた。五郎左衆の首は嫌そうに六条が全て回収して、同じく他のみんなも違う場所に行ってくれた。

みんな私のことを思うと何も言えなかったのだろう。黒桜も含めて、久兵衛の目につかない場所に移動してくれた。心の中でお礼を言う。後は私が久兵衛に誤魔化せば終わりだ。他の子たちには悪いけど屋敷には戻らない。

この子は決してバカじゃない。このまま無人島に直行しないと、余計なことに気づいてしまう。土岐に全て押し付けてしまう。でも、久兵衛のためだから許して。

《ごめんね土岐》

《いいですよ。そのバカをよろしくお願いします》

《うん。任せて》

「お、お館様の膝の上で眠るなど、誠に失礼をいたしました!」

「いいよ。それより久兵衛。私ちょっと旅に出ようと思うの」

武官を裏切った木阿弥だけはきっと何があっても許されない。だから余計な情報のない場所に2人で行く。私が1人でこの子を守り続ける。

「旅ですか?」

久兵衛は私の口調を注意しなかった。珍しいこともあるなと思った。

「うん。誰もいない無人島。ちょっと色々疲れてさ。海を渡ってゆっくりしようと思うの。久兵衛だけは連れて行くからね。反論は許しません」

「それはまた……しかし屋敷や家臣たちはどうするのですか?」

「全部解散!」

長く生きる貴族が世捨て人になることは、ないことではない。好きな家臣を連れて誰にも知られない場所でただ静かに暮らすのだ。それは本当に悪くない未来だなと思った。二人ならきっと楽しいに違いない。

「極端なことをまた考えられたのですな。猫寝様。そのようなことで己の責任を放棄されてはいけませんぞ」

「嫌だ。放棄するの。もう決めたから。久兵衛の言葉でも聞きません。本当に今回だけは絶対聞かないから。私久兵衛と二人で世捨て人になるの。お魚とかとって無人島生活だよ。きっと楽しいよ」

だからさっさと頷いてよ。どうして泣きそうな顔してるの?

「全く困ったことを言われる。ですが長く生きる貴族のこと。1年2年はそのような我が儘を言いたくなる時もあるのでしょうな」

おじさん顔の彼は困ったように笑う。

「そ。私、今とっても我が儘を言いたいの」

私は困り顔の彼に最高の笑顔で言う。

「なるほど。その気持ちよく分かり申した。では無人島生活への用意をせねばいけませんな。この久兵衛、無人島での生活を調べ。今からすぐに必要なものを買い込んで参りましょう」

彼は律儀に片膝をついて頭を下げた。

「私もじゃあ一緒に行く」

叶えられない望みを知り、私は口にする。

「バカなことを。主にそのようなことはさせられませぬ。先にお帰りくだされ。久兵衛は必ずちゃんと買い物をして参ります。そしてこの手で必ず屋敷まで運ばせてもらいましょう」

彼は嘘をつく。

私のために嘘をつくの。

「そっか。じゃあお願いね」

なぜか涙がこぼれそうになる。

そうだよね。

土岐とジャックが言った通りだよね。

あなたはそんな人間じゃない。

逃げるなんてできないよね。

それを私は邪魔できないんだ。

「お任せくだされ。その程度すぐに終わります」

私のためだけに生きてと言いたくなる。

それは叶えられてもきっと悲しいだけだと知る。

「待ってるね。早く帰ってくるんだよ」

でも涙がこぼれないように我慢した。

ああ、私の子供。

子供よりも大事な子供。

お前だけいれば私はいいんだよ。

だからどうか早く帰ってきてね。

私は歩き出した。五層の入り口の方へと。すぐに戻ってくるけど歩き出した。

最後に彼の言葉が聞こえた。

「まこと」

私はその声を忘れない。

「此度の不手際」

永遠にあなただけを覚えてる。

「申し訳ございませぬ」

何かが倒れる音がした。

涙を見せなかったよ。

私えらいでしょう。

「ねえ久兵衛。私のこと褒めてよ……」

そのままうずくまって泣いた。

涙はいつまでも止まらなくて、この涙が止まる日があるのかと思った。