軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十一話 損切り

なぜだ? どうしてこの女がここにいる? 入ってくるのが遅いから様子を見に来た? いや、しかし2時間、3時間経ってるのなら様子を見に来るのも分かる。だが、俺がここで考え込んでいたのはそんなに長い時間じゃない。

見に来るのが早すぎる。何よりもこの時点で直接来るのが理解できない。俺に五郎左衆を全て始末させてから、その証言をあらゆる場所に残し、自分が五郎左衆の後ろにいたという疑いを0にする。そうしてから俺と関わってくる。

【明日の手紙】にはそう書かれていた。それなのにこの時点で俺と関われば、この女の計画は丸潰れではないか。計画通りなら、俺たちを確認に来るのは五郎左衆の誰かでなければいけないはず。

「……」

何か言葉を口にしようとして、しかし声が出なかった。他のみんなもそうだった。誰一人、迦具夜を前にして動くことも、喋ることもできなかった。体を鎖で縛られて口を閉じられている。そう感じる。行動することが苦しい。

圧倒的な気配。暗い海の底にいる。そんな場所でただただ圧力に押しつぶされようとしている。迦具夜の気に触った瞬間、殺される。アスファルトの上を歩く蟻みたいにプチっと踏み潰される。

後ろから抱きつかれて横顔を見る。あまりにも現実離れした美しさ。それなのに怖い。1日未来の俺は、よくこんなやつにちょっとでもしてやれたものだ。

『おい、どうした?』

高円寺高虎(こうえんじたかとら) が電話越しに、俺の返事がないことを怪しんで声をかけてくる。その俺の手から、月城迦具夜がスマホを取り上げてしまう。そして自分が喋り出した。

「いや、うん。分かりました。できるだけ早くしてください。お願いします」

俺の声を完全に再現した。ある程度のレベルになると空気を魔法で振動させて、声を出すことができる。それを月城迦具夜がしてる。電話を切られてはいけない。そう思うのに、何もできない。

手紙の内容のままだ。【明日の手紙】を出せた。でもそれ以外、何一つとして抵抗できなかった。今も変わらない。俺でも俺が喋っているとしか思えない声。通話口に彼女の声が吹き込まれる。彼女の息がかかった電話口が羨ましい。

アホかと自分の頭を殴りたくなった。

『う、うん? そうか……分かればいいのだ。では午前0時になればすぐにそちらに赴く。しばしまて』

それから迷うようにして電話が切れた。高円寺高虎は何か気づくところがあったのだろうか。それならいますぐこちらに来てくれ。

「ないわよ。彼がここに来る可能性はゼロ。だって高円寺は織田に言われてるのよ。できればあなたを家臣に引き込めと。優秀そうな子の青田買いよ」

「……」

しゃべり返せない。怖いんだ。横顔を見ているだけで吸い込まれそうになる。そんな女にひっつかれてる。それでも体の芯が震えてくる。

「静かね。怖い?」

「ち、違う!」

しっかりしろ。この女に全員殺されるんだ。

「教えてあげる。織田のしていることは基本的には禁止なのよ。特に日本に関しては滅多なことではしてはいけない。例外はあなたみたいに自分から飛び込んで行った場合ね。織田はそちら側に導こうとした。圧倒的なくせにずるいわね」

「……知ってるよ」

「ふふ、そうよね。分かってるから"家臣"だなんて言ったのよね」

バカにされてる。所詮はブロンズ。【明日の手紙】を出したぐらいじゃあなたの負けだと言われてる。悔しくて下唇を噛んだ。

「バカにしたわけじゃないの。怒らないで」

迦具夜が俺の頭を撫でようとして、俺は払いのけた。怒りの瞳で見つめる。この相手にだけは怒らなければいけない。たとえもう負けているのだとしても怒らなければいけない。改めて美しい人。おそらく水の精霊なのだろう。

西洋ならばウンディーネ。その顔は幻想的で、儚げで、それでいて存在感が強い。見ているだけで惹きつけられる美貌。睨んでいるのに息を呑んだ。

こいつが仲間を全員殺した。怒りが湧き上がってくる。そう思った。

だが、現実には何も起きていない。

俺の仲間はまだ生きている。

それが思いを鈍らせる。

それに存在感が強いものの悪い感じがしない。いや、忘れてはいけない。相手ははるか上の人物。俺からしたら雲より高い。気配を誤魔化すことなど雑作もない。そもそも悪意を抱く必要もないと見下されているだけだ。

「なぜここに?」

こちらは迦具夜が首魁と知ってる。しかし迦具夜はそうではない。記憶は1日だけの歴史とともに消え去った。なのに彼女がここにいる。嫌な予感。最悪の想像をしてしまう。この女……、

《あなたと同じよ。全て知ったから》

【意思疎通】に切り替わった。それと同時に速く、俺がついていけるギリギリのスピードで言葉が送られてきた。

《全てを知る……嘘だ!》

きっと未来の俺は死ぬほど頑張ったはずだ。死にゆく仲間を見送り、俺の当初の考えだと全ての死体をそのマジックバッグに入れたはず。それはどれほど悲壮な行軍だっただろう。そこまでしても何も届いてない。

信じたくない。でも、心はそう思っても頭が理解してる。そうじゃないと迦具夜がここにいる理由がないと。自分で自分の計画を全てなかったことにする。そんな行為をするわけがない。

《賢い子だもの分かってるでしょ? それ以外はないんだって》

《でも!》

《ごめんね。私はあなたを傷つけるつもりはなかった。だって、旦那様にするつもりだったのだもの》

《それで全て殺すのか!》

《……やっぱり怒るのね》

気のせいかこの悪女というにも生ぬるい女が困っているような気がする。今の俺はこの女に怒りをぶつけるぐらいしかできない。どうせもう終わりだ。最後に好きなことを言ってやろうと思った。

《困ったわね》

しかし実際そう口にした。

《何が困るんだ? この場でみんなを皆殺しにして、さっさと終わらせるんだろう。はは、正直気が狂いそうだ。やるなら早くしろ。今度は俺も含めて殺せ。この仲間がいないなら生きていたくない。お前みたいなクソ女の操り人形だけはごめんだ》

美鈴やマークさんのように潔く自殺しようとした。しかしまだ体は動かなかった。【意思疎通】以外の全てのスキルと魔法が封じられてる。嫌だ。操り人形だけは絶対嫌だ。

《……言い訳も無駄か。というか言い訳がないわね》

迦具夜が何か考え込んでる。俺は負けた。どうやったのかは知らない。でも迦具夜は未来で見た俺の行動に、時間への干渉を察知した。そしてそれに対応した。レベル160の俺が文字だけとはいえ過去に送ることができたのだ。

俺の行動に気づいたこの女が、自分の記憶を保持するぐらい、できたとしてもおかしくない。及ばなかった。俺はこいつに勝つことができなかった。仲間にひっぱり込んだ皆には申し訳ない。せめて俺も一緒に死ぬ。

それだけは叶えてもらう。

こんな女にお願いして殺してもらう。

最後の最後はとんだ間抜けだ。

《祐太ちゃん》

《なんだ?》

祐太ちゃん……。体中に寒気がする。こんな女がそんな呼び方をする。

《薬はもう使わないわ。仲間ももう殺さない》

《は?》

《私ね。本当に未来のあなたに感じたの。胸がキュンとして、子宮が疼いて、体が潤っていったの。最後のあなたの啖呵は最高だったわ。私と同じ強さのやつらがあんな言葉を言うなんて珍しくない。でも、あなたは違う。私にとっては蟻のように弱い》

迦具夜の手が装備の隙間から、俺の服の中に入り込んでくる。腹筋の形を確かめるように撫でてきた。

《それなのにあんな酷いことを言った。おまけに私はあと一歩で本当に負けてたの。いいえ、このレベル差だもの。あそこまでやられたら実質負けよ。だからそんなに悲観しないで》

俺の腹筋が割れた部分を指でなぞる。

「気持ち悪いからやめろ!」

お前ふざけるなと思って叫んだ。迦具夜のエメラルドのように綺麗な瞳から、涙がこぼれた。お、俺は悪いことをしてないぞ。なんなんだこの変な女。

《何が言いたい?》

理解できなかった。蟻に指を噛まれて腹が立ったのか?

《今はあなたに言ってもきっと無駄だからやめておきましょう。でもご褒美。五郎左衆の手柄はあなたに全てちゃんとあげる。10番目の工場に行きなさい。そこに全て揃えてあるから》

《……ふ、ふざけてるのか!》

《いやん、怒らないでよ。大丈夫。私分かってるわ。1日ずっとあなたを見てたのだもの。だから、安心して。木阿弥、いえ、久兵衛と切江をあなたは気にしているのでしょう?》

《え?》

《あら、してないのかしら? じゃあ今からあの二人も殺しておきましょうか?》

《いや、してる。してるから殺しちゃダメだ!》

《よかった。私のことをみんな悪女だなんだと言うけど、私はちゃんとやる時はやるのよ。ちゃんと眠らせただけだから。他は全部殺したけどそれでいい?》

《いいも何も……》

《本当ならギリギリで私が勝ってた。でも、あなたに今回は譲るの。嬉しい?》

《い、意味が分からない。何のメリットがある?》

人間はメリットのないことでは動かない。ダンジョンに入ってそれを俺はよく知った。誰もが何らかの利益が満たされているから動く。迦具夜はそんなことをして何の利益がある。

《メリットしかないわ。ああ、ずっと一緒にいたい。でもダメね。まだまだこれからあなたは強くならなきゃいけないのよね。我慢するわ。でも【意思疎通】の連絡先を交換していいかしら?》

【意思疎通】の連絡先の交換。こいつは本来ならもうすぐ俺の仲間を全員皆殺したやつ。だがこの行動は手紙の中にはなかった。米崎の想定の中にもなかった。

《仲間を殺さないのか?》

《殺さない》

《俺も?》

《とんでもない》

《わ……分かった。交換しよう》

何だろう。デジャブーを感じる。こういう感じの女を俺はどこかで見たことがある。気のせいだ。比べるな。生きるのが嫌になる。でも迦具夜が悪い気分ではないことだけはわかる。とても綺麗な顔で笑ってる。本当に妖精のようだった。

迦具夜からすぐに【意思疎通】の名簿への登録申請が来る。本当に許可していいのかと迷う。どうしてこうなっている。考えろ。敵の行動が全く理解できないのは致命的。一つ思いつくことがあった。

おそらく迦具夜に"未来の俺が何かできた"のだ。

手紙以上の何かを。それによって迦具夜の譲歩が引き出せた。そういうことなのだろう。スマホの方の連絡先の交換も要求された。俺は嫌々ながら応じた。本当に何を考えてるのか分からない。

とにかく俺は首の皮一枚のところで生きのびた。そういうことだと理解した。

交換が終わる。

《ちゃんと返事をくれるようにしないとだめよ。既読無視とか怒るから》

《分かってる。そんなことできるわけがない》

実力差は圧倒的なのだ。未来で何が起きたとしても、今の未来では起きない。被害ゼロで全て終わらせてくれるなら、交換条件としては悪くない。この条件に乗らなければ皆殺しだと考えると、俺の怒りは鎮めるしかない。

《ふう、まあいいでしょう》

迦具夜が正面に回ってくる。俺の顔をじっと見つめてくる。何をされるのかと思ったがそのまま視線が下に降りていく。

《今のところ人形で我慢しましょう。初めてはもちろん本物で……0.1mm でも違いはないように造るわ。大丈夫ね。私ならできる。今までで一番いいものを生み出せる自信があるわ。でも、これって浮気になっちゃう? それはダメよ。ああ、本当にただの人形にしておきましょう。魂は宿さないの》

《お、おい。大丈夫か?》

《ああ、ええ、大丈夫。えっと、私にかけたい言葉はある?》

彼女は余裕そうに微笑んだ。何を考えているか理解できない。しかし、俺を害するならば蟻を踏み潰すように簡単。それはしない。ならば言っておくことは一つだ。

《……知ってるなら言っておくが、俺はあなたを恨んでる。仲間を全員殺した。それは許せない。許してはいけないんだと思う。だが、これが本当で、あなたの言う通りなら、この件は穏便に済ませようと思う。迦具夜……》

《なーに?》

《俺はお前の五郎左衆への関与は胸の内にとどめる。まあ言っても誰も相手にしてくれないだろうけど……未来の俺が何をしたのか知らない。しかし本当に俺の仲間を誰一人殺さず踏みとどまってくれるというならば、礼を言う》

《祐太ちゃん……》

できればもう二度と会いたくない。そう思っていたら彼女の姿が消えた。

「……」

いなくなり地面に座り込んでしまう。ずっと重苦しいプレッシャーの中でいたのだと気づいた。

「び、びっくりしたー。話には聞いたことがあったけど今の月城迦具夜だよ。本当に綺麗だよね。六条君に何か用事があったみたいだけどどうだった? 【意思疎通】してたよね?」

「あんなに綺麗なのもいるんだな。貴族はやべえな」

「私ちょっと怖かった。何今の?」

土岐、マーク、そして珍しく伊万里が順番に喋った。プレッシャーがなくなって次々に口が軽くなる。全員が今の女に殺された。しかし誰一人として覚えてない。そしてあまりに美しい相手に悪意を抱く理由もなかった。

「あれが転生者の美しさか。私はあれより綺麗になる必要があるわね。転生先に恵まれる。それによって雲泥の差。最後の最後はダンジョン頼み? いえ、何かしらの自分の行動が、転生にはかなり関係するって話よ」

絶対真似をしてほしくないが、エヴィーの目標のような人だとも言える。この世のものとは思えぬほどの美しさ。人では表現しきれないような輝きのある人。エヴィーも迦具夜を見ることができたことに感動している。

誰もあいつに殺されるなんて思ってない。

「下に降りようか。みんな月城迦具夜なんてどうでもいいから、気合を入れるの忘れないようにね」

でも実際は全員あの女に殺された。悪感情を持っているのは俺とクミカだけ。あと、米崎にはさすがに事情を話す。ごまかしたところであの男は気づく。そして俺が本当のことを言わなければ米崎からの信頼を失う。

それは避けたい。しかしそれにしても……。

いや、ともかく俺は考えるのは後にして五層に降りた。迦具夜に騙されている可能性を考えなくもなかったが、未来の記憶を持っているなら、もはや俺のアドバンテージはゼロである。

そんな手の込んだ騙し方をするほど、相手も暇ではない。

そう判断することにした。

俺たちは最初の工場に到着する。長屋を超えて到着した先は全く人気のない工場だった。まだ暗い。始業時間になっていないから余計だ。工場の建物。他には何もなかった。きっとそれは毎夜の光景と何も変わらない。

薄く外灯に照らされた空間。昔の自分なら暗い場所を怖がった。でも今となっては暗闇耐性もあり、昼間のように明るく見える。気配を感じられることもあり、お化けがいないことも分かっていた。

ただそれでも、月城迦具夜の意図を考えるとこの空間は不気味だ。

「どうして五郎左衆が誰もいないんだよ」

「妙だね。招待しておいて最初から誰もいないとか……」

ジャック、土岐が口にする。何もなさすぎて奇妙。気味が悪い。俺は、みんなに月城迦具夜の言葉を何も伝えなかった。本当かどうかも自信がないし、あの時の迦具夜をどう表現していいのかも分からなかった。

ただただ逃れることができてよかった。正直言えば起きてもいないことへの怒りよりも、あの澄んでいるのに濁っているエメラルド色の瞳で粘着質に見られたこと。それがどうにも怖い。俺は頭を振った。

ともかくしっかりしよう。命はなんとか見逃された。ここまで来ると五郎左衆も哀れだ。完全なピエロとして使われた。自分はせめてピエロにはなりたくなかった。

「……みんな。俺はこのパターンを想定はしていた。次に行こう。最後に結論があるはずだ」

いかにも知ったかぶって格好をつける。それぐらいしかできない。気味悪い。あの女何を考えてるんだ。くっそ、やっぱり織田の家臣になった方がマシだったのでは……。何かわからないがとんでもない貸しができてしまった気がする。

そのうち取り立てに来たら全力で逃げる方法を考えなければいけない。そして俺は2番目、3番目、4番目、5番目の工場も全て何事もなく通り過ぎた。

「祐太。これで本当にいいの?」

また伊万里が戸惑いながら発言してくる。最近本当に伊万里がよくしゃべる。以前は誰かがいると話さないことが多かった。そして俺だけの時にニコニコしゃべるのだ。それが誰かいても喋る。伊万里が少し大人になってる。

ちょっと寂しい。

「ああ、いいんだ。米崎とも想定していたことだ。おそらく10番目に答えがあるよ」

「本当に?」

「本当だってば。行くよ」

伊万里には隠しきれていないのだろう。だが伊万里はただでさえ自分のことで大変なのだ。迦具夜などという厄介ごとに関わるべきではない。俺たちはさらに走り出した。全ての工場を念入りに確かめていたから結構時間がかかる。

10番目の工場に着いたのは午前10時頃だった。誰もいないことが逆に警戒心を生んで、土岐も摩莉佳さんも俺以外はかなり真剣に、9番目までの工場を見回った。

「ここまで本当に何もない。ちょっと気味が悪いぐらいね。ねえ、これってどういうことなの? 祐太は想定してたことなのよね?」

エヴィーも戸惑っている。マークさんが念のためにと既に大鬼の姿に変貌していた。

「少し待ってくれ。もうすぐはっきりする」

あの女の言葉通りなら、そうなるはずだ。考えていたら小さな白猫が横に並んできた。黒桜がバカなことをしないかと心配して、真横に並んでる。

「六条。ここに久兵衛がいる」

白猫がはっきり口にする。俺たちよりもはるかに優れた探索能力がある。何よりもレベルを抑えているとはいえ白猫は久兵衛の気配だけは間違えないだろう。久兵衛のことは、白猫と土岐とジャックが対応する。

それ以外は口出しする必要がなかった。そう思った。誰もいない。ここまで一度も工場内に人がいたことはなかった。かと言って罠があるわけでもない。その中を歩いていく。

「ここに何かあると思う?」

「ああ、必ずある」

美鈴に聞かれて確信を持って答えた。嫌な匂いがはっきりと鼻についた。

「祐太。切江は……」

匂いに気づいたシャルティーが心配で俺の腕を引いてきた。

「大丈夫。事前交渉は終わってる」

そう口にした。ここに来るまでに考えたこと。今回の件をみんなにどうやって説明するのか。そのプランは頭の中に浮かんだ。あまり事実から離れないように、言い訳を考えた。

月城迦具夜の関与を胸の内に留めるなら、美鈴達にも誰にもその名前は出したくない。俺ははっきりと匂いがする方向へと歩いていく。探索者の鼻についたのは血の匂いだ。

それは工場の建物と建物の間。少し広めのアスファルトの通路だった。

「うげー」

「お、おい、六条。説明しろ。なんだこれ? お前の想定にこれはあるのか?」

美鈴が口を抑え、ジャックですら顔をしかめた。その通路には五郎左衆の生き残りと思われる50名ほどの人間の首が並べられていた。男も女も等しく殺されている。間違いなく迦具夜の仕業。

自分で糸を引いておいて、要らなくなったら皆殺しか。何という惨さ。間違いない。あの女にだけは油断してはいけない。しかし今のところあの女への対抗策はない。全力で関わってこないでいてくれることを願うしかないのだ。

「ジャック。これは"貴族の損切り"だ」

頭を振る。冷静に口にした。そしてシャルティーが気にしていた切江を見る。2人だけ首がついたまま眠る姿が見えた。猫寝様が白猫の姿から元に戻っていく。もはや力を隠す必要なしと判断したのだろう。それでも可愛い猫耳幼女。

その姿で地べたに眠り続けている久兵衛の体を起こした。

「損切り?」

「ああ、誰が犯人なのかは言えない。しかしその貴族が言っていた」

『ここまで見事にしてやられたのならば、もはや損切りする方が得策。手柄はやるから貸しだと思え』

「って、そう言われたんだ。誰かは聞かないでくれ。言いたくないし教えるなと言われてる」

迦具夜には教えるなとは言われていない。しかし怖い。あまりにも強さが違う。だいたいあんな場所にいたのにみんなが怪しんでいる様子がない。どうやったのか知らないけど、そういうふうにできるのだろう。

よほど強烈な思いがない限り、あの女は憎めない。それぐらい水の精霊としての清らかな雰囲気が漂っている。何よりもさすがにあの女まで殺さなければいけないなどというクエストではあるまい。

「なんだかそれって怖いね。犯罪行為を犯しておいて貸しとかさ」

美鈴が口にした。

「そのうち強くなる。そして絶対負けたと認めさせてみせる」

俺が口にした。

「今回の敵って最低でもレベル900以上とかいうやつだろ?」

ジャックが笑った。

「そうだ」

「それに勝つとか、いいねえ。そういうのは楽しそうだ。正義をなすには強さがいる。引き続き仲間でよろしく」

「元からそのつもりだ」

俺が答えて、そして猫寝様が久兵衛に声をかけた。赤子の頃より育てたという相手。殺すことなどできるものか。そしてシャルティーも切江に声をかけた。切江、シャルティー、久兵衛、今回のクエストの報酬はこの3人の助命。

俺はそうすると決めていた。