軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十三話 Side思惑

Side久兵衛

「狼牙との【意思疎通】が途絶えた」

「まさか狼牙が負けたの……」

猫人の召喚獣アーニャが呆然としている。エヴィーという異国の少女は、黙ってその様子を見つめていた。それがしはといえば今回の動きで、我々は何を間違えたのかと考え続けていた。

そもそも狼牙が負けるはずがなかった。六条はこちらにその存在が分かるように動いていた。明らかに気配を出して誘い出されている。それは感じた。だがどれほどの搦め手を使われても、狼牙は対応できるはずなのだ。

「ダンジョンから好かれているか……」

そういう人間は放っておくと面倒なのだ。それは20年も探索者として生きてきてよく知っている。彼らはいつも私の予想を超える。だから狼牙が誘いに乗ろうとした時、止めなかった。

『くれぐれも油断だけはするなよ』

ダンジョンに好かれたものをレベルが上がる前に早く殺しておきたい。そう思ったのだ。

『安心しろって。これぐらい楽勝だ』

狼牙は六条に敵愾心を抱いている。それはなんとなく感じていた。それでも大丈夫だと判断した。何しろ、六条はブロンズガチャのアイテムで罠を仕掛けようとするはず。この少女を取り戻そうとすれば、それしか方法がないはずだ。

だがブロンズガチャのアイテムに関しては我々の方が詳しい。あれで罠を張られたところで、嵌まるはずがなかった。

「負けることはありえないって言ってたよ! あいつ手を抜いたの!?」

アーニャはかなり取り乱している。召喚獣も年を経てくると主だけが好きではなくなる。召喚獣というその特性故に結婚とはならないが、狼牙とアーニャは憎からず思い合っていた。それがしもそれを受け入れていた。

そもそも主に恋慕を抱き、アーニャの誘いに一切答えなかったのはそれがしだ。召喚獣と主は同じ人型で異性であった場合、深い仲にならない方が珍しい。だがそういうことにならなかったら、召喚獣も他の相手を見つける。

それが狼牙だ。乱暴で考えの足らぬところもあるやつだが、悪いやつではない。それがしも親のような気持ちで、幸せになればと思っていた。

『あん、あん、狼牙。久兵衛に聞こえちゃう!』

『は! 聞かせてるんだよ!』

まあ寝取られた気がしなくもなかったといえば嘘になるが……。

「いや、狼牙はそういうところで手加減などするやつではない。それにベゼルが、何か巨大な熱量の爆発を【探索網】にとらえたと言ってきている」

《ベゼル。それ本当?》

《……》

アーニャが再度ベゼルに【意思疎通】を送る。ベゼルは喋らないまま感情を伝えてくる。少なくともブロンズ級を超える力の放出を感じたようだ。長年の付き合いからベゼルの感情を読み取り、そのことは理解できた。

どうする……ベゼルに様子を見に行かせるべきか?

「え……でも、生きてるよね?」

アーニャが心配そうに尋ねてくる。狼牙が死ねばショックどころではないだろう。

「……まだ断定はできん。だがその可能性は否定できん」

狼牙はレベル200で六条は125。超えられない壁とでも言うべきステータスの差がある。ブロンズガチャのアイテムでそれが覆ることなどあるのだろうか……。

「そんな……。死ぬなんて嘘だよね? 簡単なクエストで『終わればお前と一緒にシルバー級になれる』って。あいつ『簡単なキークエストだ』って笑ってたじゃない」

「それは……」

アーニャの動揺が自分の召喚獣ゆえに伝わってくる。そして腹を立てているのも分かった。今にも飛び出しそうな気持ちが頭にガンガン響いてくる。

「久兵衛、私を出して! 六条とかいう奴八つ裂きにしてやる!」

「落ち着かんか。明らかな陽動だった。その挑発にあえて乗ったのはあやつだ」

「久兵衛は腹が立たないの!? 狼牙が死んじゃったかもしれないんだよ!」

「相手を弱者と決めつけ、策を練るものに無策で出て行った。己の過失だ。だいたいアーニャ。それほどまでに腹を立て、お前まで殺されたらどうする」

自分で言いながら自分に腹が立つ。無策で出て行った狼牙を六条とレベル差があるからと許したのは自分だ。一応『気をつけよ』とは言った。だが何か妙に敵愾心を燃やす狼牙が、その程度でちゃんと警戒するわけがなかった。

「久兵衛はいつもどうしてそんなに平気そうな顔なの!」

「死んだかどうかも分かっておらぬ! 勝手に動くな! これは“主命”だ!」

「あ、ズルい!」

こう言えば召喚獣であるアーニャは絶対に逆らえない。だがあまりやりたくない。無理やり言うことを聞かせると召喚獣といえど反抗的になる。何よりも今の命令にはかなり不満なようだ。しかしそれでもアーニャ1人では危なすぎる。

アーニャは狼牙より弱い。六条が本当に狼牙を退けたのならば、アーニャが出ても同じことになる。それに何かがおかしい。六条達は4人で、最高でもレベル130の鬼人1人である。その鬼人も土岐が見張っている。

主要ターゲットである東堂伊万里はジャックが見張り、桐山美鈴は見失っているが西門で外出記録があったとベゼルが調べてきた。ということは【翠聖都】から出てきている六条祐太と、桐山美鈴はお互い助け合えない距離にいるはず。

六条祐太は単独で狼牙に勝った? レベル100の時、逃げ回るしかできなかった者たちである。それが1日経たずにもう狼牙に勝つのか? いくらダンジョンに好かれているとはいえ、そんな成長速度ありえん。

《土岐。探索局に願い出て、お館様の参戦を申請してくれ》

《え?》

ドワーフの土岐が戸惑って返事を送ってきた。どうあってもこのクエストだけはしくじるわけにはいかない。猫寝家はまだまだ弱小貴族だ。大事なダンジョンクエストを失敗すれば、誰かが責任を取るしかない。

それは自分と定めているが、自分が腹を切れば、猫寝家にとっては取り返しようのないダメージになる。

《本気で言ってる?》

《冗談でこんなことを言うわけがなかろう。六条方にかなり強力な助っ人がいる可能性が高い》

そう結論付けた。

《助っ人って……どんな助っ人がいるって言うのさ》

《分からぬ。だがベゼルが感じた気配が本物なら、ゴールド級の助っ人がいるやもしれん》

《ゴールド級!? 久兵衛さすがに大げさじゃないか?》

《ありえないと思うか?》

《それは……普通なら考えられないよね。だけど、相手は魔眼病を殺してるやつだったね》

《そうだ。あの武官の宿舎に乗り込み。探索者の頭をトマトのように爆発させまくった狂気の女ぞ。それを殺してみせた男だ。背後に誰かがいたとしてもおかしくはあるまい》

《分かったよ久兵衛。ちょっと探索局に走ってくる。ジャックちょっとの間だけ1人で頼むよ》

《……》

だが、ジャックも狼牙が負けたことに動揺しているのか返事がなかった。

《ジャック!》

《あ、ああ、すまん。何か言ったか?》

《だからちょっと席を空けるから、一人で見張っててくれよ》

《ああ、任せてくれよ》

そうして転移駅を使って土岐が探索局へと走った。それにしても誰が協力したのだ。ゴールド級からすればたかがブロンズ級だ。助けるメリットがどこにある。ジャックは『桐山美鈴が日本に出たが、助けは呼べなかった』と報告してきた。

それとも、ジャックは嘘をついてきたのか? いや、これはジャックにとってもキークエスト。成功せねば困るのはあやつとて同じはず。

しばらくして土岐から返事が来た。

《——ダメだって。お館様が大八洲で動く許可は下りなかった。ゴールド級の探索者がいるのならばその証拠を持ってこいだって。あれはちょっと馬鹿にしてたな》

六条方はレベルが元は100である。その相手に手間取り、どんどん増援申請をしてくる。増援自体は自分のところで賄っているとはいえ、大八洲の武官の面汚しとぐらいは思われたか。だが何かがおかしいことだけは確かなのだ。

《証拠がいるか……。ジャック。お主、何か桐山美鈴を追い日本に出て気づいたことはないか?》

《さあな……》

ジャックはジャックで何かイライラしているようだった。まあ仕事自体は弱い者虐めのようなものである。結構、根は真面目なところのあるやつだ。イライラするのも当然。そう考えていた。ふと、エヴィーを見る。

金色の髪をした人の身でありながら人の身を超越したような美しき女子であった。このものを最初の時点で殺すと言っていれば……。今宵の24時。たったそれだけでは何もできないと思って与えた時間。

東堂伊万里が探索者をやめるという選択。探索者にとっては重大な決断。おそらく六条祐太たち自体に二度とダンジョンが微笑むことはあるまい。そうなれば探索者としてあやつらは全員終わり。せめて1日ぐらいの猶予はと思った。

だが、たったそれだけ猶予を与えただけで負けそうになっている。今からでもこの女を殺すと【意思疎通】を飛ばすか? だが、敵にどんな助っ人がいるのかもわからない状況だ。相手は助っ人がいても公にはしたくないだろう。

公になった瞬間にこちらが増援要請をしてそれよりも強い布陣を敷く。

そうすれば勝ちは確実なのだが、それを分かっているから向こうは隠しているはず。

誰だ。誰が味方をしている……。

「せめてその存在の確認はいる……」

《土岐。黒い肌をした鬼人に動く気配はあるか?》

《正直、全然ない。多分こいつここから動かないよ。僕にもこれっぽっちも気づいてないしさ》

《であれば土岐。大森林に出て六条を見てきてくれぬか?》

《目的は?》

《必ず助っ人はいる。それだけは間違いないと思う。それを見つけなければいかん。一刻も早く見つけなければ、本当にこちらが負けてしまう》

《じゃあ僕は本格的にここを離れていいんだね?》

《やむを得ん。アーニャとベゼルだけでは心配だ》

《アーニャとベゼルと僕と3人で?》

《うむ。油断せん方がいい。ダンジョンはこれを“我らのキークエストだ”と言ったのだ。今から考えれば、つまりそれだけの難易度だと言っていたのやもしれん》

《……分かった》

しばらく間をおいて土岐は返事をしてきた。これでいい。土岐には東門から出るように念を押しておいた。土岐とベゼルの探索能力で前後から追い詰め、何者かの存在を把握するのだ。

Side美鈴

〔と、考えている頃だろうね〕

〔よくそれだけ色々思いつきますね〕

〔それにしても ま(・) る(・) 聞(・) こ(・) え(・) だね。自分たちが【盗聴】されるリスクを考慮しないのは少々油断が過ぎるな〕

祐太が一生懸命頭をひねって考えた作戦。その中にこの男の頭の中身も少しは入っている。いやかなり入っている。そもそも米崎がいなければ成立しない作戦である。何しろ大前提であるレベル200を1人殺す。

それができるかどうかが、この作戦における大事なこと。それを可能にする【炎帝アグニ】を手に入れることが、私たちに可能だったとは思えない。あれがなければ間違いなくこのクエストはもっと難易度が跳ね上がっていた。

〔米崎さん。祐太は本当に殺しちゃったのかな……〕

モンスターではない相手を殺す。やっていることは戦争とほとんど同じだからそれは当たり前。でもどこかまだ私は人間を殺すことが怖かった。

〔まあ彼が仏心を起こさない限り相手は死んでいると思うよ。相手に反撃されないためにはそれが一番確実だしね〕

敵の戦力の誘導。できる限り、エヴィーが安全になるように、敵をエヴィーのそばから離す。そんな作戦がどこまでうまくいくのかと私が思っていたら、次々と盤面が祐太とこの人の思いどおりに動いていった。

あまりにも思っていた通りに事が運んでいくものだから、正直私は途中でちょっと薄気味悪くなったぐらいだ。

〔ねえ、相手はエヴィーを盾にして脅してきたりはしないの?〕

ここまで盤面を読んだ2人である。そんなミスがあるとは思えないけど一応聞いた。

〔追い詰められれば追い詰められるほどそうするリスクは高い。だけど、彼らはどうしても助っ人の存在を確認しなきゃ気が済まないだろう。ここまでになってしまった時点で“彼”の勝ちだよ〕

あくまで手柄は祐太に譲るつもりらしい。殊勝なことである。

〔じゃあ久兵衛たちは追い詰められてもエヴィーを殺そうとはしない?〕

〔人質を無駄に殺してどうするのさ。彼らは素人じゃないんだ。無意味な行動はしないさ。だからこそ考えが読みやすいともいうけど〕

〔もう私たちは絶対勝ってる?〕

〔もちろん。さて、勝利条件は満たされている。後は君と僕が失敗しないことを祈ろう〕

米崎の口を見ながらずっと話していた。どうもこの読唇術というのは、お互い顔をかなりよく見ながらしゃべる。だからなんだかこうアレだなと思う。でもそんな私の気持ちを言えばまた『君はバカだね』と言われそうなのでやめておいた。

〔分かってます〕

〔ではさっさと終わらせに行ってくるよ〕

〔了解〕

私の手がようやく米崎と離れた。ずっとその原因を作っていたベゼルがついに、久兵衛から離れた。私1人ならば久兵衛はベゼルに気配を探らせなくても、自分だけで対応できると思ったんだろう。

つまり絶対に助っ人は祐太のところにいると思ったんだ。でも、その助っ人は私と一緒にいる。確かに私の考えでも、久兵衛達は勝てる可能性を逃したと思えた。ベゼルを離したことでそれは決定的になった。

そして私は大森林の大樹の1本の上で【毘沙門天の弓槍】を構える。狙いは5㎞先にある久兵衛の召喚獣。散々追いかけてくれた狒々蔵だ。

もうこの距離にいる私に気付ける存在はいない。

〔狒々蔵。君はそんな名前だったんだ。ごめんね。こっちも必死なんだ〕

米崎の合図を待った。

《撃て》

【意思疎通】で暗号が送られてきた。数字の羅列が頭に響く。この二文字ぐらいなら解読できた。だから私は、放った。

【爆雷槍】

稲妻が地上を走るようにその矢槍は敵に向かって一直線に駆け抜けた。