軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十五話 白虎

「お前たちはここで何をしている?」

白い虎がそうたずねてきた。今まで見てきた生物の中で、間違いなく一番大きかった。こちらがかなり大声を出さないと届いてないのではと思うほどで、映像で見たカインが使役するバハムートもこんな感じの大きさだった。

ここまで生物としての格が上がると神々しい気配があり、 怪物(モンスター) などと呼ぶことすらためらわれる。深く青い知性的な瞳。見惚れるほど綺麗な毛並み。そしてどことなくラーイと似た雰囲気があった。

森の夜は深くなっていき、【暗視光】がなければこの巨獣の体すら見えないほどだった。

「……その」

少なくとも粗暴な雰囲気は無い。でもこちらを簡単に殺せる相手。精神に緊張が走る。伊万里はこういう時の対応を俺に任せるつもりのようで、口を開こうとしない。とにかく何か喋らなきゃいけない。

「おれ……いや、僕たちがここに居るのは偶然というかなんというか、十階層からの階段がここに繋がっていました」

「階段がここに?」

完全に見上げている俺は白虎の言葉ひとつひとつに重圧を感じる。言葉を聞くだけで上からの圧迫感があった。けど、相手にそんなつもりは欠片もなさそうだ。普通の人間の頃だったら見ただけで気を失っていたと思えた。

「こんな場所に階段が現れる……」

「あの、正確に言うと、100㎞以上は移動してます……」

「この森においてその程度は誤差だ。で、お前から敵意を感じたが、私と戦う気があるのか?」

「なっ……ないです。というか負けるのが、分かっていることをしたくありません」

「ならば人間。ここはお前達のような“外の探索者”が居る場所ではない」

「あの、すみません。よく分からないんですが……ここってどういう場所なんですか?」

「【翠聖兎神の大森林】。その一番奥深い場所だ。意図せずここにきてしまったのであれば去れ。ここよりももっと浅い場所がある。その場所でならお前たちでもまだ通用するだろう」

白虎は親切だった。というより、このエリアの生物は俺たちでは弱すぎて、相手にしようという気が起きないのかもしれない。だが、『浅い場所に行け』と言われても、【翠聖樹】側には間違いなくジャックと久兵衛がいる。

ジャックと久兵衛には交渉の余地がない。伊万里を殺すというその目的に対して俺たちは何があっても賛成することができない。ということは浅い場所に行くには深い場所を大回りする必要が出てくる。白虎を見る限りそれは不可能だ。

だが……、

ひょっとするとこの白虎には交渉する余地があるのではないか?

ふとそんな考えが頭に浮かんだ。いやいや馬鹿なと頭を振る。でも考えてしまう。追い詰められた状況だから余計に考えてしまう。この巨獣は少なくとも会話すらできず問答無用で殺しに来ることはないのではないか?

そう思えた。いやそう思わないと糸口が何もなかった。白虎が自分の寝床に帰っていくように森の奥へと入ってゆく。それを見て俺は思わず叫んだ。

「……待ってくれ! あ、いや、ください!」

歩くだけで地震が起きたようになる巨体が、ぴたりと俺の言葉で止まった。伊万里はだんだん怖くなってきたのか、俺の手を握る力が強くなってくる。黒い夜の闇の中で白い大きな体が【暗視光】の瞳にぼんやりと浮かび上がっている。

「まだ何か用があるか?」

「えっと……」

どうする?

『助けてください』で、助けてくれるほど甘くないよな。だいたい人間同士の争いなんて、この白い虎にはなんの関わりもない。どちらかに肩入れして助ける意味なんてない。でも俺はある。多少でもこの巨獣が助けてくれたら?

助かるなんてものではない。

かなり無謀なこと。しかしせねばいけないのだ。俺はあのカマキリの動きが見えなかった。多分襲われたら瞬殺される。つまりジャックと久兵衛のせいで、浅い層に行くことができない俺たちはかなり詰んでいる。

どう言うべきだ?

なんと喋れば、この巨獣は助けてくれる?

「……」

ヤバい。

何も思いつかない。

「人間。呼び止めたのなら何か喋れ。言いたいことがあるのか?」

「お! お願いします!」

俺はその場で土下座した。これしか思いつかなかった。横で見ていた伊万里が慌ててそれにならって、自分も土下座した。こんな頭など命のためならいくらでも下げる。伊万里もいるのだ。より可能性の高い方にかけるしかない。

何よりも美鈴やエヴィーの安否が気になって仕方なかった。この状況下で危険なのは伊万里だけじゃない。一刻も早く助けに行かなければ、二人が死んでしまうのだ。

「どうかお願いします! とてもお美しい 白虎(びゃっこ) 様! どんな代償でも払います! どうか俺たちを【翠聖樹】まで連れて行ってもらえないでしょうか!?」

「ふむ……何を言うかと思ったら、【翠聖樹】まで連れて行けか。おまけにどんな代償でもときたか。あまり軽々しく口にしていいとは思えない言葉だ」

それでも相手は俺の言葉を聞いた瞬間、怒り出すということもなく冷静に聞いてくれた。

「分かっているつもりです。でもそうしないといけないんです」

「どうして私にそれを頼む?」

「それは……。あなた様ならできると思ったからです。見たところ、かなりお強いと思いました。そしてとても理性的な方なのだとも思いました」

この試みに失敗すれば俺たちは全滅しかねない。かなり丁寧に気をつけて喋った。こんなにかしこまって喋るのは初めてで、この言葉遣いで正しいのかもよく分からなかった。でも相手は俺の言葉遣いを嫌がってはいないようだった。

「……ふ」

巨大な顔が笑った。何がおかしかったのか理解できないが、緩んだ空気を感じて土下座の体勢から少しだけ頭を上げると、白虎がとても楽しそうに見えたのは間違いなかった。どうやら不快に思われていないと思うとそれだけで嬉しい。

「ふふ、おい、もう少し聞いてやるから事情を話せ」

その巨大な青い瞳が俺の顔を見つめた。

「えっと、今、僕たちはレベル100です。そしてどういうわけかレベル200の探索者から命を狙われて追い詰められています。それならここでレベル上げをしようかと思ったけど、白虎様はもっと浅いところでした方がいいと言ってくれました。でも!」

「なるほど。【翠聖樹】側はレベル200の者たちから命を狙われていて行けないというわけか?」

やはり人間のような思考回路を持っている上に頭の回転も早い。こちらの言いたいことも察することができるようだ。

「はい!」

「だから私に【翠聖樹】まで運んでほしいというわけだな?」

「はい。あの、でも、できれば、あと二人仲間がいます」

「くく、追加で運べといいたいのか?」

「できれば……「聞こえん。蚊の鳴くような声を出すな」お、お願いしたいです!」

このお願いはどうだろう? ラインを超えてしまって、余計な災禍を招くことにならないだろうか? だが、どうしてもあの二人だけは心配だった。俺は必死に巨大な白虎に向けて大声を出して喋った。

「こんなことまで言うのが正しいか分からないけど、俺達はルルティエラという存在から狙われているようです!」

俺はそれを言った。これは相手に伝えた上で、手伝ってもらう必要がある。

「えっと、あの、それは私のせいです! 祐太達じゃないんです! 私が【勇者】とかいう称号を与えられたから!」

伊万里がたまらず声を発して叫ぶ。自分が勇者だと告白したのだ。この世界のものからは嫌われているらしい勇者だと。

「勇者……なるほど、それでか……そうか。男の方。お前は先にそれを言え」

「言ったら助けてもらえないかと思って……「声が小さい」すみません!」

交渉において一番のマイナスポイントをいつ言うべきか。それはとても難しい。だが言わずに最後までいれば相手に余計な不信感を与える。伊万里は今がそのギリギリのタイミングだと思ったんだろう。

「ふっ。まあいい。お前達。面倒なものから目をつけられているようだな。本来ならば、こんなところに階段が出ること自体が奇怪だというのにな。その上、こんなか弱き者を殺そうとするとは、ルルティエラ様も惨いことを。ふふ」

何が面白いのか、白虎は先ほどからかなりよく笑っていた。普通のモンスターならば人間に『助けろ』などと言われたら怒るだろう。それを笑うというのは、これもまた変わったモンスターだった。

やはり知性があると、それだけの数、性格があるということでもあるんだと思った。そして、そう思うとなぜかワクワクしてしまう自分がいた。

「お前たちの私への頼み事は、仲間二人も追加で【翠聖樹】まで運んでほしい。それでいいか?」

「はい!」

「構わんぞ。運んでやろう」

白虎はそれ以上理由を聞かずに、俺たちが乗りやすいようにしゃがんでくれた。何かのワナかと一瞬思った。まさかとは思うが、久兵衛の召喚獣という可能性も考えられる。しかし、こんな立派な召喚獣を持っているだろうか?

「あの……本当にいいのですか?」

土下座したまま顔だけをあげていた伊万里が言った。

「私はこう見えて嘘はつかない。『運ぶ』と言ったら運ぶ。さっさと乗れ」

「えっと……祐太。乗せてくれるって言ってるよ」

「あ、おう……」

俺も伊万里も立ち上がる。伊万里と顔を見合わせた。正直うまくいくとは思わなかった。なんなんだろうこの親切な白い虎。大鬼といい、アウラといい、ダンジョンの中には結構優しいモンスターが多いんだな。

「えっと、本当に乗りますよ!? この立派なお背中に乗ってもいいんですよね!?」

「ふふ、自分で頼んでおいて、何を聞いている。さっさと乗れ。仲間二人も拾って行くんだろう」

「は!? そうだった。すみません、白虎様。二人がどこに居るのか分からないんですけど、探せますか!?」

俺と伊万里は悩んでる場合じゃないと思い出して慌てて白虎の背に乗った。その背中は雄大で広くてなんというか、何者にも侵しがたい力強さに満ちていた。こんな強い生物の背中に乗ったら、それだけで自分も強くなったような気がした。

「仲間二人を探すのも私がするのか?」

「はい!」

もうヤケクソだった。何よりも頼まなければ、こんな広い森であの二人を見つける自信が俺達には全くなかった。

「人間を探せばいいのか?」

「はい! 女の子二人です! 召喚獣もいて5mぐらいの黒いネコと白いライオンと赤いクモがいます! もう一人、人間の女の子と見た目が同じ召喚獣もいます!」

召喚獣については見つけても見つけなくてもいい。何しろエヴィーを見つければ全員呼び戻せるのだ。ただ探すシンボルとして分かりやすいかと思った。

「ふむ……」

気配を探っているのであろう。たぶん美鈴よりもはるかに鋭い五感が、きっとフルに使われている。

「どのぐらいで分かるんですか?」

急ぐ気持が勝って聞いてしまった。

「私の縄張りの中のことなら大体のことがわかる。その外になると少しだけ時間が掛かる。まあ1000㎞以上進まねば隣のエリアにはいかん。故にすぐに……居た」

白虎が口にする。

「どこに!?」

「焦るな。最速で連れて行ってやろう」

「あ、それは!」

『待ってくれ』と言おうとした。どう考えてもこの巨獣に全力を出されたら、俺は背中に乗り続けられない。だが、言い切る前に白虎は森の中を駆け出した。急に速度が上がってとんでもないGにさらされる。

俺と伊万里は力の限り、その背中をつかんだ。スピードがえげつなかった。風圧がすごい。音速を超えると、空気が壁のように感じられる。それが今は鉄の壁をぶち抜きながら走っているような圧迫感がある。

背中に乗ってるだけでダメージを受ける。

痛い!

空気が死ぬほど痛い!

というか熱い!

「ちょっ! スピード!」

空気との摩擦熱で熱い。こんなスピードで放り出されただけで、とんでもないダメージを受けてしまう。うっかりとそれだけのことで死にかねない。この加速。認識が追いつかない。巨木達が稲妻のように後ろに流れていく。

「死ぬ! 死んでしまうから! ゆっくり!」

それでも白虎の耳には届いていないのか、聞き入れられることなく大森林の中をすさまじい速度で駆け抜けていく。必死になってしがみついているしかなく、止まるまで手を離さないように踏ん張るしかなかった。

おそらくそんなに走っていなかったと思う。時間にすれば数分にもなっていない。それでも俺や伊万里でも手を離した瞬間に事故死してしまう速度。そしてたどりついた先もまた夜の暗い森の中だった。

「この辺りか……」

白虎が口にして周囲を見渡した。

止まった?

止まったのか?

生きてるよな?

「し……死んだと思った……伊万里大丈夫か?」

「うん。なんとか……いつっ」

「お、おい、腕!」

伊万里の腕を見ると血が流れていた。あの速度で、空気中に固形物が少しでも浮かんでいたら、弾丸どころの威力じゃない。大砲が体に激突したようなものである。俺は美火丸が守ってくれるが、伊万里はそうじゃない。

「速かったか?」

白虎様が言ってくる。大人の力で子どもを殴ってしまった時のような気まずさ。声にはそれが滲んでいるように思えた。ひょっとすると今のでも加減してくれていたのかもしれない。

「いや、急いでいたからそれでいいです。伊万里。ポーション」

「うん。白虎様。私は大丈夫です。祐太。私、回復魔法があるから」

何気に伊万里の回復魔法を俺は初めて見た。血が出ている患部に手が触れた。【回復】と魔法を唱えると、腕に穴があいていたというのに、みるみる閉じていく。効果は1000万のポーションと同じぐらいに見えた。

それがMPを回復させるだけでいくらでも唱えられるというのはかなりすごい。回復魔法が生えた時点で、医者の真似事をするようになり、探索者をやめてしまうものも多いという。それも納得の回復スピードである。

「そうか……急ぎすぎたようですまないな」

「本当にいいんです。祐太。それより、エヴィーさん達居る?」

「それが……」

俺は辿り着いた場所で周囲を見渡した。【暗視光】を発動させている状態だから見えた。このスキルは目から【暗視光】でないと見えないブルーの光を放ち、暗さは残るもののかなりの精度で周囲を見ることができる。

苔むした岩と、少しだけ細くなった気がする巨木。川には清流が流れていて、先ほどよりは少し浅い部分なのか、見かけた森の生物たちは白虎様に怯えているように見えた。

「誰もいない?」

よく周りを確認したが、誰も見つけられない。何度も周りを見ているが、俺の五感には気配が感じられず、誰かがいるようには思えないのだ。

「いや……」

だが、この驚くほどに速く走れる巨獣が嘘をつく意味はない。また、人を騙して喜ぶような性格だとも思えなかった。俺は白虎様を見た。本当にそこに人がいるかのように、ただ一点に目を向けていた。

何もかも見透かすようなその目は、たしかに何かを見ているようだった。しかし、そこには苔むした岩しかなかった。

「それは岩のフリか人間? 知られていると気づいているだろう。諦めろ」

白虎様が口にした。その声は重く響いた。そして白虎様が見つめている先の対象物が、ただの岩のはずなのに震えた気がした。

「美鈴なのか?」

「へ?」

俺たちがこれだけ見ていても、その存在が全く認知できないとすれば、もう美鈴しかいなかった。【変色体】【気配遮断】この二つを同時に使われると、俺たちではこの距離でも美鈴の気配を感じることができなくなる。

「祐太?」

生物ではない岩がしゃべったように感じられた。俺は急いで白虎から下りた。伊万里もあとに続いた。周囲の警戒をしなければと思ったが、白虎様は去る様子を見せない。ちゃんと最後まで約束を守ってくれるのだ。

この巨獣がいる限り、誰もこちらに手出しすることはできないと安心した。そして声のした岩が本当に動いた。色が岩から人間へと戻っていく。和式の甲冑を着た少女がいた。やはり美鈴だったようで、おそるおそる姿を見せてくる。

「美鈴、大丈夫か!?」

傷はポーションで治したようだが、かなり鎧が痛んでいた。

「祐太、大きい声出しちゃダメ。あいつらまだその辺に居るかも知れないから」

美鈴はかなり久兵衛からやり込められたのか、警戒心マックスのようだ。

「いや、美鈴とやら。周囲には誰もいないようだぞ」

「でも本当についさっきまで、この辺をずっと探されていたんです」

「娘。美鈴でよいか?」

「え? あ、はい」

美鈴はこの巨獣に名前を呼ばれてようやく存在に気づいたというように頷いた。

「で、でか!?」

「美鈴。この方は白虎様って俺達は呼んでる。敵じゃないよ」

「う……うん?」

「このあたりでお前を狙っていたのはレベル200ほどの召喚獣のことだろう」

「はい。そうです!」

白虎様は体が大きすぎて、喋るとなるとどうしても叫ぶように声を出す必要があった。

「あれは【狒々】と呼ばれる種族でスピードに特化している。あれに追いかけられたら逃げることはさぞ大変だっただろう。だが、美鈴。お前はなかなか見事な【気配遮断】を使う。【変色体】と合わせたら、狒々の探索能力では感知することができなかったのだろう」

「じゃあもういない?」

「ああ、いない。おそらく召喚士に呼び戻されたのだろう。気配が完全に消えている」

美鈴は白虎様のことを知らないだろうが、俺たちが何も警戒していなかった。そのことである程度信頼したのだろう。ほっと息をついて、そしてすぐに顔を上げて俺に走り寄ってきた。

「ごめん。祐太。エヴィーが囮になって召喚獣たちと逃げてるの! エヴィー、私のほうが逃げ切れる可能性が高いからって! 『祐太となんとか落ち合って知らせてくれ』って言われたんだけど、私隠れてるしかできなくて!」

必死に美鈴は状況を早く説明しようと努力する。焦っているのが痛いほど分かる。俺も内心はかなり焦っていた。ピンチなのは美鈴だと思っていたが、そうではなくエヴィーだったのだ。

だとすると黒桜を呼び戻したあの時。もう危ない状態だったのかもしれない。それはつまり俺の責任でもあるということだ。

「美鈴。エヴィーはどっちに行った?」

「ごめん。エヴィーがあの召喚士と召喚獣の注意をひきつけてくれたんだけど、私の方も猿のえっと……狒々の召喚獣にずっと追いかけ回されて、エヴィーがどこに行ったのか全然分からなくて」

「【意思疎通】は?」

「使ったらダメだって黒桜が教えてくれた」

「そうか……」

だとするとエヴィーは黒桜と合流できていることになる。黒桜は【異界反応】という原理のよくわからない能力を使える。それを使えば、かなり高い確率でエヴィーも逃げることができたのではないかと思えた。

「白虎様。図々しいとは思うのですが、仲間がもう一人いて探してもらえないでしょうか?」

俺は白虎様を見上げた。その目は悲しそうに見えた。

「約束だからな。ちゃんと探していた。だが、残念ながら囚えられてしまったようだ。赤竜の子供に運ばれているのが見える」

【翠聖樹】の方を白虎様が見つめていた。美鈴がそれを聞いて、急いで巨木をてっぺんまで上りきり、白虎様の見つめる方角を見た。

「ああ……。私が隠れてばっかりしてたから……」

美鈴もそれが視界に入ったようで肩を落とした。俺も確認しようと思ったが、美鈴のように気配を隠すのは得意ではない。見ようとして見つかってしまう可能性がある。

「エヴィー、怪我はしてない?」

「お腹から血が出てる。あ、でも、あの召喚士の人、ポーション飲ませてくれてる」

「そうか……」

ということは少なくとも問答無用で伊万里以外を殺そうとはしていないのか……。

「祐太。ごめん」

「いや、美鈴のせいじゃない。相手はこっちを完全に嵌めてきたんだ。まだ誰も死んでないだけマシだと思った方がいい」

「でもエヴィーが!」

「ああ、分かってる。捕まえた人間をいつまで生かしてくれているかも分からない。エヴィーは一刻も早く取り戻さなきゃいけない」

「どうやって……」

美鈴が絶望的な表情になる。一度追いかけ回された美鈴は、相手とのレベル差がどれほど絶望的か、よく分かってるんだろう。俺もそれは分かっている。だが、黒桜が教えてくれた言葉が本当ならば、どんな状況でもチャンスはゼロではない。

「美鈴。まず、落ち着こう。黒桜が言ってたんだ——」

俺はその言葉を美鈴に説明した。ダンジョンは最初から可能性がゼロであることをしてはいけない。このルールだけは絶対に守る。そう教えた。

「黒桜はそこまでは私達に説明してる暇がなかったから……。そっか。それなら、まだ可能性があるんだ」

美鈴の目にわずかな希望の色がともった。

「白虎様。それで、その……どこまで手伝ってもらっていいんでしょうか?」

俺はこの優しい巨獣に甘えた。自分たちでは必要な情報もないし、実力も足りなすぎる。できれば、この白虎様の手伝いは最大限にしてほしかった。

「【翠聖樹】に送り届けるところまでだろうな。万が一にも私が戦闘に関われば、ルルティエラ様は間違いなく そ(・) れ(・) な(・) り(・) の(・) 対(・) 応(・) をしてくる。ルルティエラ様はかなり勇者を嫌っていてな。できるだけ早く殺したいと考えている。それを効率的に行える理由ができれば、たとえルルティエラ様が好きなものが一緒にいたとしてもやってくるだろう」

つまり、久兵衛たちに加えて高レベル探索者まで出てくるかもしれない。白虎様はそう言っているのだろう。南雲さんみたいな人が戦闘に関われば、それこそ間違いなく地獄である。やっぱり最初に言ってること以上はしてもらえないか。

「あの、できればさっきの半分ぐらいのスピードにしてもらえるとなんとかしがみついてられるというか」

こんな時に情けない話ではあるが、しがみついているだけでも精一杯すぎる。先ほどと同じ速度で走られたら【翠聖樹】までなんて絶対に掴んでいる自信がなかった。途中で振り落とされて死んだらシャレにもならない。

「む。そんなに速すぎたか?」

「かなり」

「分かった。では少し加減しよう」

そう言いながら白虎様は走り出す前に少し力を溜めたのがわかった。

「美鈴! 俺と伊万里で支える!」

「は?」

「美鈴さん! 振り落とされないようにしっかり掴んでください!」

「え?」

俺と伊万里は慌てて美鈴の体が振り落とされないようにつかんだ。大方の予想通り加減しても、それでも凄まじかった。きっとそれは地上にあるどんな速い乗り物よりも凄まじい加速だった。

その加速は一瞬、意識だけはついていって体は置いていかれているような気がした。1㎞ほど先にあった巨木が急に目の前にくる。

「い、いやあああああああ! 顔! 顔が痛い! 熱い!」

空気との摩擦で周囲と俺達が赤熱していく。俺は炎無効があるから、熱に関しては問題ない。伊万里も近接ゴリゴリマッチョの人間だから、小さい体でも耐えることはできると思う。でも、美鈴はたまったもんじゃないだろう。

俺は敵の攻撃を防御するときに使う【鉄隔壁】を唱えて風の衝撃を和らげた。そうするとなんとか掴んでいられるようになった。周囲が流星のような光を放ち始める。白虎はそれでも平気なようである。

「モンスターに襲われたわけでもないのに死ぬかと思った」

【鉄隔壁】で覆ったことで、なんとか喋る余裕ができて美鈴が口を開いた。

「究極に速くなるとこんなふうになるんだ」

こんなときだというのに美鈴は感心した。きっとこの白虎様はもっと速く走るのだ。一度でいいからこの白虎様の全速力の背中に乗ってみたいなと思って、伊万里を見る。そうすると思いつめた顔になっていた。

「伊万里。あまり思い詰めるな」

「でも……」

「なあ伊万里。伊万里は俺が原因でエヴィーが誘拐されたとしたらどうする?」

「え?」

不意をつかれたかのように、伊万里が俺を見た。

「全力で助けようとするだろ?」

「う、うん。もちろん」

「じゃあ俺が自分のせいだと思って、久兵衛たちに申し出て、エヴィーの身代わりになったりしたらどうする?」

「絶対許さない。そんなことするよりもレベルを上げて、ちゃんと対処したほうが早いって意地でも説得する。できなかったら一緒に身代わりになる」

「じゃあ無駄な手間をかけさせないでくれよ」

「……うん」

本当にそういうことを思い始めそうな気がした。だから先に止めておいた。一方で白虎様の稲妻の如く駆け抜けるその速度。それをもってすれば、あれほど大きさが変わらなかった【翠聖樹】がみるみる近くなっていくのが分かった。

一体どれほどの速度が出ているのか? 理解することもできなかった。それでも敵の強力な一撃ですら塞ぐはずの【鉄隔壁】がすぐに熱で溶けてしまって、何回も貼り直した。常識では考えられないような速度が出ている。

白虎様の前を邪魔することができる者などいなかった。誰にもさえぎられることなく駆け抜ける姿はまさに王者だった。いくらこの森が古くからある森だといっても、白虎は間違いなくこの森の中の実力者ということだけは分かった。

それでも数分は走っていたと思う。それぐらい【翠聖樹】は巨大だった。木ではなく山。山というより大陸とすら思える。雲を突き抜けるその大樹は、俺たちの目の前に堂々とその姿を晒していた。

「これが【翠聖樹】!」

近くで見ると、改めてでかい。というか、近くで見ると大きすぎて、木の幹が壁のようにどこまでも横に続いている。これだけ巨大だと木の陰で夜は相当暗いはずなのだが、そうではなかった。

空を見ると、【翠聖樹】からいくつかの光球が浮かんでいて、それが地上を照らしていた。街の部分は夜ということがわからなくなるほど明るく照らされている。そして都市は100mを超えるかというほど高い壁で覆われていた。

森の中から白虎様が巨大門へと出て行く、不思議なことに、かなり発展している都市に見えたが、壁から外側には人工物が一切なく。そして白虎様はこの地でもかなり特異な存在のようだ。

50mはあろうかというような門の両脇に常駐していた探索者が、白虎様を目にして驚いている。

「あの、ここまでありがとうございました」

白虎様にお礼を言う。ここから先はもう手伝ってもらえない。このあまりにも大きすぎる都市でエヴィーを助ける方法を考える。そして勇者を殺そうとするダンジョンからも逃げ切る。その条件を見つけ出すしかない。

それにはまず白蓮様に会わなければいけない。俺たちは白蓮様にたどり着けるだろうか? そう考えただけでも不安な気持ちが押し寄せてくる。

「構わない。人を乗せるのは久しぶりだ。なかなかに愉快だった。かなり難しいと思うが、四人全員で生き残れよ」

「はい。縁もゆかりもない俺たちをここまで助けてくれて本当に感謝します」

「いいさ」

「あの、それで一つだけ教えてほしいことがあるのですが、白蓮様という方を知っていますか?」

最後にこれだけは聞いておこうと思った。この優しき巨獣はかなり人間社会を理解しているように見えた。そして、白蓮様と白虎様は白繋がりで、何か関係があることも期待した。

「白蓮……陰陽神か?」

「あ、はい。多分そうです」

俺は黒桜のステータスを思い出した。

「ならば可能性は一つだ。それは【流浪の陰陽師】だ。神とすら崇められるその通り名は白蓮という。そうか……知り合いか?」

「あ、いえ、僕は全然知らないんですけど知り合いがお世話になったそうです」

「ほお……」

「どこにいるかって分かりますか?」

「詳しい場所は知らない。いや誰も知らないと言った方がいいか。【彷徨える屋敷】。あのものは同じ場所に留まることができない。その姿が100年間確認されなかったこともある。探しているのなら見つけるのは困難を極めるだろう」

「そうか……」

「まあ私の知識は噂程度だ。それ以上のことは、自分たちで調べてみることだ」

やはりそう簡単にはいかないか。屋敷を見つけるだけでも結構時間がかかったりするのだろうか? 名前を聞く限り白蓮様はこの地球規模の空間を放浪しているのか? 美鈴の【探索網】でそんなもの探せるだろうか?

「祐太。白虎様、待ってくれてるよ」

俺が考え込んでいると美鈴が言ってきた。

「あ、すみません。自分たちの言いたいことばかりになって。それで“対価”なんですが」

「ああ」

白虎様は、今思い出したかのように返事をした。

「何か俺が叶えられることで望むものはありますか?」

「対価ね……」

少し考えた後、白虎様は口を開いた。

「私はルルティエラ様の 我(・) が(・) 儘(・) があまり好きではなくてな。これはそのことに対する“嫌味”だとでも思っておいてくれ。何か払うとすれば、あの全能の女神の鼻を明かしてくれればいいさ」

「それでいいんですか?」

おそらくそれは一番難しいことで、そして、俺たちがどうしても達成しなければいけないことだ。

「必要なものはもう持っている。それに、どうしても叶えたいと思う望みは、お前たちでは叶えられないだろう。ただ……」

「ただ?」

「いや、まあいい。達者でな祐太。あと、そこの黒い猫。主を助けてみせるのだぞ」

「え? あ、はい」

いきなり名前を呼ばれて戸惑う。しかし、瞬きして目を開くともうそこには誰もいなかった。そして巨大な門を守っていた探索者が出てくる。それを見ながらも、なんとかまずエヴィーを助け出す方法を考えなければと思った。