作品タイトル不明
第66話 暗殺の裏の企て
試合場の中央へ向かうヴィクトルを見送ったラガルドは、颯爽とその場から離れる。
充分に出口から離れた後、彼は通路を駆け出した。
(ヴィクトルはすぐに試合を終わらせるだろう。それまでにここを離れる必要がある)
ラガルドは枝分かれした通路の一つを突き進み、階段へ辿り着く。
上の階へと続く階段、その裏に回り込んだ彼は雑多に置かれたガラクタや箱を押しのけた。
物置と化していた階段下の床。
そこには事前に用意されていた魔法陣が刻まれていた。
(こいつのお陰で研究者や闘技場の監視を動かす事は容易かった。流石は三魔法器と言ったところか)
ラガルドは懐から取り出した香炉型の魔導具を一瞥すると、それを右手で包み込む。
それから身を屈めると、開いていた左手で魔法陣に触れる。
その時だった。
魔力を放出し、魔法陣が光を帯びた時。
床に血痕が生まれる。
左手の傍に落ちた血液に目を丸くしたラガルドは魔法陣の光に体を包まれながら、自身の鼻に触れる。
「思ったよりも早かったな」
赤く濡れた指を見た彼は何度か瞬きを繰り返した後、歪な笑みを浮かべた。
「――構わないさ。今更、躊躇う事などない」
魔法陣から放たれる光がラガルドの姿を包み込み、霧散する。
光が消えた時、そこにラガルドの姿は存在しなかった。
***
前日、陽が沈みつつあった時間。
学園の敷地内で馬車を降り、人気のない道をテレーズは歩いていた。
「はぁ~……学会自体はいいけれど、遠方への移動となると流石に骨が折れるわね」
大きく伸びをしながら研究棟へと向かうテレーズ。
そんな彼女の背後にラガルドは回り込んだ。
「テレーズ・シャリエ先生?」
そして、彼女を呼び止める。
「ん?」
名を呼ばれたテレーズは振り返る。
彼女の鼻を、甘い香りが擽った。
「よかった、お会いできて」
ラガルドは取り繕った、柔らかな物腰と微笑でテレーズに接する。
その視線の先で、テレーズの瞳がゆっくりと虚ろになっていった。
「貴女に、お願いしたい事がありまして」
感情が抜け落ちた顔を見て、ラガルドは満足そうに笑みを深めるのだった。
***
テレーズと接触した後、ラガルドは夜の街でフォンタニエ伯爵と顔を合わせた。
「グザヴィエ殿下の護衛が貴方様に付きまとっているとの事ですが、『夢の香霞』を使えばより有利に事を運べるのでは?」
「奴は既に一度『夢の香霞』の影響から逃れている。あれの様子を窺うに偶然だとは思うが……兄上に近しい人物である以上、『夢の香霞』を僕が持っている可能性について、共有されている事も充分に考えられる。無暗にこれを出し、万一意図的に対処されれば――純粋な身体能力の差で簡単に奪われかねない」
「グザヴィエ殿下の護衛はアルナルディ伯爵家のご子息でしたか。あそこは代々、剣を振るう事にばかり特化した血の気の多い家ですからね」
フォンタニエ伯爵は納得したように頷きを返す。
「では当初の予定通り、研究室には私が向かいましょう。件の研究員には研究室へ直接繋がる魔法陣も用意させたのでしょう?」
「ああ。貴様が来たら重要な研究成果は全て手渡すように命じてある。僕は、『夢の香霞』で研究棟周辺と内部の関係者の記憶改竄を行う。僕達へ繋がる証拠や証言は全て隠ぺいしておきたいからな。それと……」
ラガルドは夕べ、偵察の為に研究棟へ近づいた際の事を思い浮かべる。
明らかに侵入者を警戒して配置された警備の数。
フォンタニエ伯爵が協力を依頼し、それを断った三男は当然彼の動きを警戒するだろうが、貴族としての力を持たない彼だけでは到底用意できない応援の数だった。
つまり――グザヴィエの暗殺が真の企てでない事に気付き、フォンタニエ伯爵家の三男と手を組んだ者が存在する。
「あの監視を研究棟に送り込んだ張本人も消しておかなければならないからな」
今回の策が上手くいったところで、研究棟侵入に対し先んじて手を打った人物を野放しにしておけば、いずれ自分達の障害と成り得る。
裏で糸を引く人物の味方を『夢の香霞』で洗脳し、手に掛けさせる為にも、研究棟への接近はラガルドにとって必須事項であると言えた。
「ああ、それと……。研究室へ転移した際、邪魔者がいれば排除しておけ」
「勿論です。全ては――ラガルド殿下の為に」
そう言いながら首を垂れる男の瞳が悦に塗れている事に、ラガルドは気付いている。
善意も忠誠も、微塵も存在しない、三日月形に歪んだ瞳。
ラガルドはそれに気付かないふりをし、フォンタニエ伯爵から目を背けるのだった。
***
視界が晴れる。
茂みの中、ラガルドは突如として姿を現した。
そこは事前にシャルルやニコレットが発見し、警戒していた魔法陣。
その情報は当然ながら監視達にも共有されており――光と共に転移したラガルドの姿は近くにいた騎士にすぐさま見つかる。
「な……っ」
ラガルドは口角を釣り上げ、すぐさま香炉型の魔導具――『夢の香霞』を取り出す。
彼が魔力を流し込むと同時、独特な甘い香りが漂い始める。
ラガルドに気付いた数名の騎士は咄嗟に呼吸を止め、それから研究棟への侵入を目論む彼を捕らえようとする。
「生憎と。こんなところにある魔法陣を用いておきながら、見つからないだろうと楽観するような能天気ではなくてな」
相手の目的の捕獲。
それはただ命を刈る事よりも困難な事だ。
そしてラガルド自身は、戦闘に関する感覚が鋭い。
彼は本来の力を発揮しきれない騎士達の攻撃を避けながら、時間を稼いだ。
「侵入だけが目的ならばこのような場所への転移は選ばない。何故わざわざここから現れたと思っている?」
体を動かしながら息を止める騎士達。
その顔が苦悶の表情へと変わっていく。
「――虫のように蔓延る貴様らを利用してやるために決まっているだろう?」
ラガルドは勝ち誇ったようにそう言い放つのだった。