軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈槍〉のウルスラ(前篇)

決闘の場は、そのまま祝宴の席へと変わった。

すでに用意は整っているのだから、何の苦労もない。

イーサクも〈四翼の獅子〉亭の従業員を手伝おうとしたが、やんわりと断られた。

こういう席では、客は客として振舞うべきだろう。

「ところでこれは何の宴なんですかね?」

河賊の一人が、隣に座るサクヌッセンブルク侯爵家の兵士に尋ねた。

「アルヌ閣下が掠奪婚を阻止した御祝いか、オーサ姫殿下の掠奪婚が成功した御祝いか……」

「でも勝ったのは侯爵閣下なんでしょう?」

「となると、祝言の前祝いのようなものか」

「美味い酒と料理が楽しめるんなら、オレはどっちでも結構ですがね」

既に 火酒(ヴァサー) を入れてできあがっている二人はがっはっはっと肩を組んで笑う。

木製のジョッキが打ち合わされ、中身の酒がこぼれ出すが、誰も気にしない。

〈祝宴では床にも酒を飲ませろ〉というのは、この辺りの古い諺だ。

何度でも乾杯を繰り返し、派手に酒をぶちまけてこそいい宴だとされる。

イーサクが視線を移すと、宴席用の大広間の中央に設えられた平底舟の上で並んで座るアルヌとオーサの足下に、グロッフェン男爵が平伏していた。

「この度は行き違いとはいえ、侯爵閣下には随分とご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

男爵の説明によると、こうだ。

とある街で、女性が河賊を相手に掠奪婚の協力者を募っていた。

誰あろう、〈銀の虹〉のオーサ姫である。もっともこの時は、髪を黒く染めていたのだが。

愛妻と死に別れた男爵は、愛に生きる姫の強い言葉に心動かされ、大河で河賊の取り締まりをしている麾下の元河賊や、その伝手で河賊の大将たちに声を掛けた。

それが今回参集した、一見すると柄の悪い連中であるという。

「姫殿下の説明では、侯爵閣下が心変わりしたので、いっそ掠奪してしまえ、ということだったのですが……」

アルヌと男爵がオーサの顔を見ると、見目麗しい姫君は恥ずかしそうに顔を背けた。

「いつまでも待っているのに我慢ができなくなって、つい……」

「つい、で河賊を糾合して帝国直轄都市に招き入れるのは、頼むから勘弁してくれよ、オーサ」

呆れたようなアルヌに、オーサが満面の笑みで頷く。

これは先が思いやられるな、とイーサクは苦笑するしかない。

夫婦生活は前途多難そうだ。

「侯爵閣下! 敵襲です!」

宴会場に、伝令の野太い声が響き渡る。

幸せな空気を打ち砕いたのは、思いもよらぬ報せだった。

まだ祝福の雰囲気冷めやらぬ宴会場に、伝令が駆け込んでくる。

「敵襲?」

イーサクは“敵襲”という言葉の意味が、一瞬、理解できなかった。

今、古都を一番襲ってきそうな河賊の頭目たちはここで酒を飲んでいる。

では、誰が?

「敵数は、二人です」

何かの間違いではないのか。

〈四翼の獅子〉亭に駆け込んできた髭面の伝令も混乱の色を隠し切れていなかった。

敵は二人、こちらはサクヌッセンブルク侯爵軍、古都の衛兵隊、河賊までいる。

「旗印は?」

応じたのは、アルヌではなくオーサだった。

「は、旗印は〈一角の大海龍〉! 二人は、女です」

念を押すと、伝令はガクガクと頷く。

〈一角の大海龍〉を掲げる貴族は、この辺りにはたった一人しかいない。

イーサクは思わず、槍を取り落としそうになった。

「オーサ、まさか」

尋ねるアルヌに、オーサは凄惨な笑みで応える。

「敵も敵、最強の敵だよ、婿殿」

アルヌとあれだけ見事な剣戟を演じてみせた戦姫が、微かに震えていた。

「〈槍〉のウルスラ。つまり、私の大叔母上だ」

暴風、としか言いようがない。

侯爵軍も、衛兵も、河賊も、たった二人の相手に翻弄されていた。

陣を乱され、破られ、攪拌される。

大の男達が古都の石畳になす術もなく転がされていた。

嵐の中心には、〈槍〉のウルスラ。

四方から攻めかかる兵士たちを巧みに牽制し、連携を突き崩し、戦意を喪失させる。

冬風に舞う落ち葉の如き身のこなしは総ての攻撃を紙一重で躱し、少しも打撃を受けるということがない。

それと、烏賊兜の女傭兵が、一人。

リオンティーヌも、戦が巧い。

ウルスラの死角となりやすい左後ろをしっかり固め、剣戟は戦歴を物語る。

二人の進むところ、敵は次々と打ち倒された。

死人はいない。ただ木の杖と木剣で昏倒させられるだけだ。

舞踏のように美しく、大時化の海原よりも荒々しい。

一撃一撃が、素早く、重かった。

円弧の動きは強者を嘲笑うように腋を痛撃し、弱者を嗜めるように鎖骨を衝く。

「大叔母上!」

駆け付けたオーサに、戦乙女は漸く、渦巻く嵐の手を止めた。

「どなたかと思えば、北の島の姫君じゃありませんか。ご機嫌麗しく」

身の丈以上の木槍を三本指でくるりと弄びながら、〈槍〉のウルスラは嫣然と微笑んだ。

「いったい、何の騒ぎですか」

オーサ、アルヌと共に大門前に駆け付けたイーサクの眼前には、呻き声を上げて横たわる将兵と遠巻きに見守ることしかできない河賊たちの姿があった。

「何の騒ぎか、というのはこちらのセリフですよ、オーサ・スネッフェルス姫殿下。〈銀の虹〉の姫君ともあろうお方が怪しげな髪染め薬を買って、我が城を脱走、挙句の果てに河賊を糾合して。一大兵力を築いた上に、嫁ぎ先に逆掠奪婚に向かうことを、騒ぎと言わずして、何を騒ぎというのですか?」

微笑みながら問いかけるウルスラの言葉には、有無を言わせぬ圧力がある。

「そもそも姫殿下。貴女は行儀見習いのために遥々我が領土まで渡っていらっしゃったはず。それを終了するまえに兵を起こすというのは、あまりに浅慮」

「しかし大叔母上、挙兵には地勢の利、軍の統制、双月の時、と申しますし……」

「お黙り遊ばせ!」

助け舟を出そうとしたアルヌを、ウルスラが大喝した。

思わずイーサクでさえ怯んでしまいそうな威圧感がある。

「料理の一つも作れずに、何が掠奪婚ですか!」

ウルスラの言葉に、オーサが恥ずかしげに俯いた。

強く噛み締めた唇は白く染まり、羞恥に頬が紅潮している。

先ほどまでの祝いのムードはどこへやら、沈痛な空気が辺りを覆っていた。

このまま、オーサはウルスラの領土へ連れ去られてしまうのだろうか。

許婚のいなくなった時の主君アルヌの悲嘆を想像し、イーサクは胸が詰まる。

「……できます」

オーサが呟いたのは、その時だった。