軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

双根の樹(後篇)

古都アイテーリアの守りを預かる鍛え抜かれた鋼の肉体と強靭な胃袋を持つ彼らが雪崩れ込んだ瞬間、居酒屋ノブの受注体制は完全に崩壊した。

「エレオノーラさん、こっちのトリアエズナマ、まだですか?」

「エレオノーラ ちゃん(・・・) ワカドリノカラアゲがまだ来てないんだけど……」

「ネギヌキで頼んだのにマシマシで……」

怒涛の註文は、エレオノーラの処理し切れる限界を一瞬にして超えてしまう。

悠久の大河の水全てを水瓶に注ぎ込むことができないように、註文が、料理が、苦情が、そして記憶が、溢れ出していく。

もう、ダメだ。

エレオノーラの憤怒が爆発しそうになったその瞬間、何者かが颯爽と硝子戸を引き開けた。

「はい、はい、はい、既に註文した皆さんはちょっとだけ待ってね。その代わり、今日だけなんとオトーシが大増量。ワカドリノカラアゲが付いてきます」

飛び込んで来たのは、ニコラウスだ。

一番註文の多いワカドリノカラアゲをオトーシにしてしまうことで、まず客を大人しくさせる。

「エレオノーラさん、註文聞くのはいいから、トリアエズナマをジャンジャン注いじゃって」

「え、ええ」

トリアエズナマとワカドリノカラアゲの大量投入で、一先ず戦線を落ち着かせる。

「あ、ごめんね。タカナチャーハン、今日はお休みなんだ。また来て食べてよね」

時間がかかり、タイショーの拘束時間の長くなる料理は、謝絶。

「キュウリノイッポンヅケ、おまたせー」

ハンスが切って盛り付けるだけでも出せる料理に、註文を集中させる。

捻出した時間でタイショーに余裕を作り、サシミや焼き物など、彼にしかできない作業のための時間を確保。

「さ、エレオノーラさん、笑顔、笑顔」

「あ、ああ、そうね」

居酒屋の女給仕は笑顔を振りまくのも大切な仕事。

孤立無援かと思われた戦場は、思わぬ援軍のお陰で、何とか立て直すことができたのだった。

客足の引いた居酒屋ノブ。

エレオノーラとタイショー、ハンスとエーファ、それにニコラウスがテーブルを囲む。

「エレオノーラさん、今日は本当にありがとうございました」とタイショー。

「いいのよ、これくらい」

成り行きで手伝ったとはいえ、礼を言われると悪い気はしない。

自分には何でもできると思っていたが、向き不向きがあるということも、分かった。

向いていないところは、人を使えばいい。それがギルドマスターの仕事だ。

「それと、ニコラウス。助かったよ」

ハンスに礼を言われると、ニコラウスはどうってことないという笑みを浮かべる。

「ベルトホルト中隊長が訓練で言った通りやったまでさ。戦力は時間と場所を集中して使うこと。それと、人間誰にだって得手不得手があるんだから、そこを見極めろってね」

既にトリアエズナマを三杯呷っていい気分のニコラウスは、いつもより調子がいい。

でも、今日の動きは本当に素晴らしかった。

「今日のエレオノーラさんとニコラウスさん、本当に息がぴったりでしたね」

エーファが両手でリンゴジュースの入ったジョッキをンクンクと飲みながら褒め称える。

息が合っている、か。

ニコラウスの横顔を盗み見るようにして見ながら、エレオノーラは小さく肩を竦めた。

双根の樹、という古い伝説がこの辺りにはある。

根は二つあるのに、幹は一つという、不思議な樹の話だ。

理想の夫婦の喩えによく持ち出されるが、実際に見た人はいない。

まさか、ニコラウスと自分がねぇ。

そんなことを考えながら、タイショーの奢りのレーシュに口を付ける。

まろやかな口当たりが、今宵は特に心地よい。

「で、どうします、エレオノーラさん」

「なにがよ、ニコラウス」

ニコラウスの口元が意地悪そうに軽く歪められた。

「シノブちゃんとリオンティーヌさんが休みの時は、また手伝うのかってことですよ」

返事は、ニコラウスの背中に平手打ちを一発。

楽しくも忙しい夜は、こうして更けていった。