軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 激突

「へへ、あいつも運がない……レイノルドに当たるとはな」

観客席の片隅で、エイドリアンは包帯を巻いた右腕を抱え、にやりと笑った。

「レイノルドには、ちゃんと『情報』を渡しておいた。ゴールデン・レイの回数制限——三発で魔力が切れる。あとは煮るなり焼くなり、好きにすればいい」

「残念だな、本当は自分の手で叩き潰したかったが——まあ、今の俺じゃ無理か」

エイドリアンは包帯の腕をちらりと見て、冷笑を深めた。

◆◇◆

「レイノルドとは……」

ティモシーが僅かに眉をひそめた。隣でローシーが両手を握りしめ、小さな顔には心配の色が満ちている。

「ローシー、あまり心配するな。レイノルドは三つ星中期だ。負けても恥ではない」

ローシーは何も答えなかった。瞳は舞台の上の少年だけを見つめている。

(レオン様は……簡単には負けません)

隣でアレンが小さな拳を握りしめていた。

「レオン兄さん、頑張って!」

◆◇◆

「始め!」

審判の声が落ちた——が、二人はすぐには動かなかった。

レイノルドは舞台の中央からやや後方に位置を取り、両手を腰の高さに構えた。指先に淡い赤光が灯っている。炎系の魔力がゆっくりと練り上げられ、空気が微かに歪む。

レオンは両手を身体の脇に下ろしたまま、自然体で立っていた。右足が僅かに前に出ている。金色の光はまだどこにも見えない。

二人は互いを見つめたまま、動かない。

周囲の観客席に僅かな騒めきが起きた。予選では開始と同時に斬り合いが始まっていた。こうして睨み合うだけの間は、なかった。

「火系は先手を取ってこそ生きる。レイノルドが仕掛けないのは、なぜだ?」

「ゴールデンフォームを警戒しているのだろう。硬質化された腕で初撃を弾かれたら、接近戦に持ち込まれる。距離を測っているんだ」

「では、レオンが仕掛けるべきでは?」

「ゴールデンフォームは近接戦が本領だが、先に動けば炎の的になる。互いに相手の出方を読んでいるのだ——」

カッセルリック侯爵は席上に断続的に流れる議論を聞きながら、黙って杯を傾けていた。

◆◇◆

レイノルドが動いた。

左手を突き出し、三発のフレイムエッジを扇状に放った。同時に自身は右方向へ移動する。炎の刃は牽制——本命は、レオンの回避先を予測しての側面からの攻撃だ。

レオンは左に避けなかった。

正面から、一歩前に踏み出した。

三発の炎の刃が迫る。レオンの右腕が金色に光った——だが全身ではない。右前腕の表面だけが、一瞬で硬質化した。

パシッ——!

一枚目の炎の刃を、右腕の甲で弾いた。手首を返す動きで、軌道が逸れた二枚目が頬を掠める。熱い。だが止まらない。三枚目は身体を半身にして紙一重でやり過ごし、そのまま——距離が、一気に縮まった。

「近い——!」

レイノルドの目が鋭くなった。咄嗟に右手に炎を集中させ、至近距離からレオンの顔面に叩き込もうとした。

レオンの左手がレイノルドの手首を掴んだ。握り込むと同時に、掌底で軽く叩く。

パシッ——!

腕が弾かれた。レイノルドの手首に走った痺れは、想像以上だった。硬質化した掌が、骨を通じて肘まで衝撃を伝えている。

だがレイノルドは崩れなかった。弾かれた反動を利用して身体を半回転させ、距離を取り直す。着地の瞬間、両足がしっかりと石畳を踏んでいた。

「ほう」侯爵の眉が動いた。「初撃を弾かれて、なお体勢を保っている。この子、なかなかの体幹だ」

◆◇◆

レイノルドは呼吸を整え、戦術を切り替えた。

もう接近させない。

両手に炎を集め、今度は散発的な牽制ではなく、本気の連射に入った。

「フレイムエッジ!」

炎の刃が次々と放たれた。一発一発が先ほどより重い。三つ星中期の魔力密度——空気が焼ける匂いが舞台全体に広がった。

「ゴールデンフォーム」

レオンの両腕が金色の光に包まれた。

パシッ、パシッ、パシッ——!

金色の腕が炎の刃を弾いていく。だが弾くたびに、足が僅かに後退する。一発一発の衝撃が、確実に腕に蓄積している。

「あの子の硬化は的確だ」侯爵がヴォルフに言った。「炎が当たる瞬間だけ表面を硬化させている。魔力の節約だ。だが——このまま守っていては勝てんな」

「レイノルドも賢い。接近させず、距離を保って打ち続けている。火系の戦い方としては、理に適っています」

「理に適っている。だが——」

侯爵は言葉を切り、舞台を見つめた。

◆◇◆

レオンの足が、舞台の端に近づいていた。額に汗が滲む。フレイムエッジを弾き続けているが、魔力の消耗が積み重なっている。

(小僧、このまま守っていても勝てんぞ)

オグリの声が脳裏に響いた。

(分かっている)

次のフレイムエッジが来た。

レオンは——弾かなかった。

身を低くし、炎の刃の下を潜った。髪の先が焦げる。だが構わず、低い姿勢のまま地面を蹴った。

「!」

レイノルドの目が見開かれた。防御一辺倒だった相手が、突然動きを変えた。

距離が——一瞬で消えた。

レイノルドは咄嗟にフレイムエッジを放った。だが至近距離だ。炎の刃が形を成す前に、レオンの金色の拳が炎の光を突き破っていた。

右手に金色の光が集中する。拳の表面が、一段と深い金色に輝いた。

「ゴールデン・レイ!」

ドォン——!

黄金の光線がレイノルドの腹部に直撃した。

衝撃が内臓を揺さぶる。レイノルドの身体が浮いた。だが——両足が石畳に着地した瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収し、踏みとどまった。口元から血が一筋垂れている。

レイノルドは血を拭い、レオンを見た。

その目から、軽侮が消えていた。

「……やるな」

純粋な闘志だけが残った目で、レオンを見据えた。

◆◇◆

レイノルドの構えが変わった。

両手を前方に突き出し、掌を合わせる。炎の魔力が、先ほどまでとは桁違いの密度で凝縮し始めた。掌の間に浮かぶ赤い光球が、周囲の空気を歪ませている。

「フレイムバースト」

低い声と共に、凝縮された火球が放たれた。フレイムエッジの連射とは次元が違う。三つ星中期の全力——着弾すれば、ゴールデンフォームの硬化でも無傷ではすまない。

レオンは回避を捨て、両腕を交差させて受けた。金色の硬化が衝撃を受け止める。だが、衝撃波が腕を通じて全身に走り、足が三歩後退した。石畳に、靴底が削った跡が残る。

「二発目!」

間髪入れず、第二のフレイムバーストが放たれた。

「ゴールデン・レイ!」

レオンは防御ではなく、相打ちを選んだ。黄金の光線と火球が舞台の中央で正面から衝突した。

轟音。魔力の衝撃波が放射状に広がり、舞台の石畳に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。観客席の最前列の者たちが、顔を庇って身を屈めた。

煙が晴れた時——二人とも、まだ立っていた。

「これで二発」

レイノルドは息を荒げていたが、目は冷静だった。レオンの足元を見ている。靴底が石畳に沈んでいる——踏ん張りの跡だ。魔力の消耗が、姿勢に出始めている。

「ゴールデン・レイは魔力消費が激しい技だ。お前の魔力量で撃てるのは、精々三発——予選の戦いは全て分析済みだ」

レイノルドは再び炎を集め始めた。三発目を撃たせれば、レオンの魔力は底を突く。あとはフレイムバーストで押し潰せばいい。

「さあ——三発目を撃ってこい」

「なかなかやるな、あの子」侯爵が低く笑った。「相手の試合を分析して、限界を読んでいる。実力だけでなく、頭も使える」

◆◇◆

レオンの額から汗が滴り落ちた。

レイノルドの分析は正しい。予選で撃ったゴールデン・レイは三発が限界だった。四発目を撃てる魔力は——普通なら、残っていない。

(オグリ)

『分かっておる。腹を括るなら手を貸す。だが——身体への負荷は大きいぞ』

(構わない)

レオンは深く息を吸った。体内の魔力を限界まで絞り出す。腰のペンダントが僅かに熱を帯びた。魔力回路に、外部からの力が静かに流れ込む。

三発目——撃つ。だが、これは布石だ。

「ゴールデン・レイ!」

ドォン——!

三発目の黄金の光線が、レイノルドに向かって飛んだ。

レイノルドは今度は正面から受けず、横に転がって回避した。石畳に光線が着弾し、舞台に深い溝が刻まれた。

三発目を撃たせた。これでレオンの魔力は尽きたはず——

レイノルドは立ち上がり、全身の魔力を両手に集中させた。最大出力のフレイムバースト。掌の間に形成された火球が、これまでの倍近い大きさに膨れ上がった。灼熱の光が舞台を赤く染め、石畳の亀裂から蒸気が噴き上がる。

「終わ——」

「アビス・デヴァウラー」

レオンが小さく呟いた。

レイノルドの身体が——突然、前方に引き寄せられた。

「何だ——これ——!」

足が石畳から離れた。両手に集めていた火球の制御が、一瞬で乱れた。凝縮された炎が不規則に散逸し、赤い火の粉が舞台中に飛び散る。

空中で手足をばたつかせるレイノルドの目に、レオンの姿が映った。

吸引が解除された。レイノルドの身体が落下する——その真正面に、レオンが立っていた。手のひらに、もう一度金色の光が集まっている。

「馬鹿な——四発目だと——!?」

「ゴールデン・レイ」

静かな声だった。

ドォォォン——!

四発目の黄金の光線が、体勢を崩したレイノルドを捉えた。

衝撃が、空気ごと弾けた。金色の残光が舞台に刻まれ、石畳の破片が宙を舞った。レイノルドの身体は黄金の光に包まれたまま舞台の端まで吹き飛ばされ、結界壁に叩きつけられた。

轟音。

結界壁に亀裂が入った。壁面を伝う細い裂け目が、蜘蛛の巣のように広がっていく。

場内が——静まり返った。

本来は激戦になるはずだった。三つ星中期と二つ星後期の戦い——多くの者が長い消耗戦を予想していた。なのに、最後の一瞬で——あの一瞬で、全てが決まった。

◆◇◆

レイノルドは結界壁の下で仰向けに倒れていた。しばらく動かなかった。

やがて、目を開けた。天井を見つめたまま、掠れた声で言った。

「……四発目か」

唇の端に苦い笑みが浮かんだ。

「成長速度まで、計算に入れるべきだったな」

「勝者——レオン・セレストーム!」