軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第60話 嵐の前の演武場

風が、魔闘台の上空を吹き抜けていった。

巨大な楕円形の魔闘台。すり鉢状の石の観客席は既にほぼ埋め尽くされ、千人近い人間が詰めかけていた。無数の魔光灯に照らされた場内は真昼のように明るく、中央の八角形の結界陣が淡い光を放っている。

歓声が、波のように押し寄せてくる。

エイドリアンは、貴賓席の最上段に腰を下ろしていた。右腕の包帯の下で、治癒符が微かに青白く光っている。二週間前の傷はまだ癒えない。だが、そんなことはどうでもよかった。

彼の目は、出場者控室の入口だけを見つめていた。

「おい、見たか。エイドリアン様が来てるぞ」

「——あの腕で、よく来たな」

観客席のあちこちから囁き声が漏れる。同情、好奇、隠し切れない愉悦。序列二位が出来損ないに三撃で気絶させられた——格好の噂話の種だ。

エイドリアンは聞こえない顔で椅子にもたれた。

今朝、廊下でオースティンとすれ違った。弟は包帯を一瞥しただけで、何も言わずに通り過ぎた。同情も嘲りもない。ただの無関心。あの目が、どんな侮辱よりも深く刺さった。

「エイドリアン様」

横から声がかかった。七長老だ。白髪交じりの髪、鋭い灰色の目。七人の長老の中では最も若い部類だが、眼光は侮れない。

だがエイドリアンは、この男の別の顔を知っている。模擬戦の後、大長老に「これはどういうことだ」と問い詰められた時の、あの土気色の顔を。

「何の用だ」

冷たく返した。七長老は包帯を一瞥し、穏やかに言った。

「前回は、少々急ぎすぎましたな。今日の本戦に出られないのは、実に惜しい」

こめかみに血管が浮いた。

「ふざけるな。あんたが寄越したC級のスキルが、あんなゴミじゃなければ、こんなことにはならなかったんだ」

近くの観客が何人か振り返った。エイドリアンは構わず続けた。

「ウォータースピア。あんたが俺にこっそり教え込んだC級の水系魔法だ。『これを使いこなせれば、魔闘会で勝てます』——あんたの言葉だ。家族の許可もなしに、秘密裏に叩き込んだのはあんただ」

声を落としたが、怒気は隠しようもなかった。

「だがな。全力で叩き込んで、あの男は盾一枚で防いだ。見たこともない金色の盾でな。そして三撃で俺を沈めた。しかも大長老にまで目をつけられた。——あんたの顔色が真っ青になったのは、よく覚えている」

七長老は長い沈黙の後、低く言った。

「……説明が不十分であったことは認めます。その点は、お詫び申し上げます」

「詫びで腕が治るか」

エイドリアンは冷笑した。

その時だった。

「エイドリアン様!」

慌ただしい足音。マルクスが息を切らして駆け寄ってきた。十五歳、赤茶色の短髪、そばかすだらけの顔が青白い。

「どうした」

「レオンの……魔力値の記録を……調べた者がいて……」

「何だ。早く言え」

マルクスは唾を飲み込んだ。

「二ヶ月前の測定では、魔力値がたったの3だったそうです。それが今は125。——二ヶ月で、3から125に」

場の空気が、凍りついた。

観客席の喧騒すら遠のいていく。七長老の顔から穏やかな仮面が剥がれ落ち、隠しきれない驚愕が浮かんだ。

「……二ヶ月で、3から125だと?」

「は、はい。控室でも大騒ぎで、棄権を考えている者もいるとか……」

エイドリアンは黙っていた。

頭の中で数字が回る。二ヶ月前——魔力値3。序列に数えられてすらいなかった「出来損ない」。それが今、125。

「……そうか」

奇妙なほど静かな声だった。

「3から125か。道理で、ウォータースピアが通じなかったわけだ。道理で——三撃で俺が沈んだわけだ」

怒りではなかった。奇妙な納得だった。あの模擬戦の後、何度も反芻してきた問い——なぜ負けたのか、あの金色の盾は何だったのか、あの拳のあり得ない重さは何だったのか。

答えが出た。あの男は最初から「出来損ない」ではなかった。化け物だ。

七長老が顎に手を当て、呟いた。

「通常の成長曲線では到底説明がつかない。——おそらく、血筋だ」

「血筋?」マルクスが首を傾げた。

「レオンの母、セレーネ・アストライア。北辺伯爵家の出で、星相系魔術の正統継承者だった。星辰の運行から魔力を汲み上げ、自らの回路に還流させる術理——魔力の回復速度と総量の拡張において、他の系統を圧倒する」

七長老の目が細められた。

「眠っていた星相系の回路が覚醒したとすれば、二ヶ月で3から125という数字にも説明がつく。そしてもし本人がこの力を制御できるようになれば——125では止まらん」

「黙れ」

エイドリアンが遮った。

立ち上がった。

「俺は見届ける。あの男が今日の本戦でどこまでやれるか、この目で見届けてやる」

「エイドリアン様……」

「そして——いつか必ず、俺の手で叩き潰す」

包帯に巻かれた右手を握りしめた。痛みが走る。だが歯を食いしばって、最後まで握り込んだ。血が、白い布に滲んだ。

マルクスが何か言いかけて——あの背中を見て、口を噤んだ。

その背中を見送りながら、七長老の目が冷たく光った。

追い詰められた人間ほど危険なものはない。だが——利用価値が消えたわけでもない。

セレーネが遺した書物や修練記録が、屋敷のどこかに残っているはず。レオンがそれに辿り着く前に、確保しておくべきだろう。

七長老は、エイドリアンとは反対方向——長老会の執務棟へと、静かに足を向けた。

場内に、銅鑼の音が鳴り響いた。重く、低く、腹に響く音。

「——これより、第四十七回侯爵家・家族魔闘会、本戦を開始いたします!」

歓声が、爆発した。

【続く】