軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第47話 二人の天才

セレストーム侯爵家の書斎。

暖炉の火が、静かに燃えている。夜も更けた時刻だが、部屋には二人の人影があった。

カッセルリック・セレストームは、窓辺に立ち、外の夜空を眺めていた。その表情には、深い疲労と後悔が入り混じっている。

「義兄上、今日の競売の件、聞きました」

背後から、穏やかな声が響いた。

振り返ると、一人の男が座っていた。

黒髪に穏やかな目。三十代半ばの、落ち着いた雰囲気を持つ男だ。

——クロード・アシュモア。

カッセルリックの亡き正妻エレーぜの弟であり、レオンとアレンの叔父にあたる。

エレーぜが病で亡くなった後、クロードはセレストーム家に留まり、甥であるレオンとアレンの世話を続けてきた。未婚のまま、二人の成長を見守ってきた。側室のイザベラや、その子供たちであるエイドリアンやオースティンから冷遇されても、クロードは二人の傍を離れなかった。

「ああ……スキル書は手に入らなかった」

カッセルリックは重い声で言った。

「九十万金貨まで競り上げたが、相手は百万を出す勢いだった。あれ以上は、家を潰すことになる」

「あの黒ローブの男、一体何者でしょうか」

クロードが眉をひそめた。

「分からん。だが、今はそれより……」

カッセルリックは机の上に置かれた小瓶を見つめた。

翠緑色のガラス瓶。中には、淡い緑色の液体が揺れている。

エーテル液だ。

競売で六千金貨を出して落札した、伝説の霊薬。

「これをレオンに与えれば、少しは回復するかもしれない」

「義兄上……レオンのことを、まだ諦めていなかったのですね」

「……当然だ」

カッセルリックは窓の外を見つめた。

「あいつはエレーぜの子だ。お前の姉の……俺の愛した女の子だ。諦められるわけがない」

声が、わずかに震えた。

「五年前、魔力値3と診断された時、俺はあいつを遠ざけた。エレーぜに似たあの銀髪を見るたびに、救えなかった無力感に苛まれた。だが、それは間違いだった。あいつを一人にするべきではなかった」

「姉上は……」

クロードは目を伏せた。

「病床でも、いつもレオンとアレンのことを心配していました。『あの子たちを頼む』と、何度も私に」

「ああ、知っている」

カッセルリックはエーテル液の瓶を手に取った。

「だから、俺はこれを手に入れた。スキル書は手に入らなかったが……これがあれば、少しは……」

「義兄上」

クロードが立ち上がった。

「レオンに……直接会ってやってください。この五年間、あの子は一人で戦ってきました。父親の言葉が、どれほどあの子の力になるか……」

しばらくの沈黙の後、カッセルリックは小さく頷いた。

「……分かった。家族魔闘会の後、話をしよう」

「ありがとうございます」

「それと、もう一つ」

「何だ」

「明日、アウレリウス大祭司がいらっしゃいます。アレンの件で」

「ああ、聖光教会からの使者か。アレンを弟子にしたいという話だったな」

「はい。レオンとアレン、二人とも呼んでいただけますか」

「分かった。明朝、書斎に呼ぶ」

◆◇◆

一方、離れでは——

レオンは部屋の中央に座り、静かに目を閉じていた。

窓から差し込む月光が、床に淡い模様を描いている。

『ふむ、今日の修行はここまでだな』

オーグリの声が、脳裏に響いた。

レオンは目を開けた。

「オーグリ、正直に聞かせてくれ。俺は二週間後の家族魔闘会までに、どこまで強くなれる?」

『二つ星中期が限界だろうな』

「二つ星中期……オースティンは四つ星初期だ。二段階近くの差がある」

『普通に考えれば、勝ち目はない。だが、お前には普通の魔法師にはないものがある』

「ゴールデンフォームか」

『それもある。だが、もう一つ——バートンから学んだ近接戦闘の技術だ』

オーグリの声が、少し熱を帯びた。

『魔法師同士の戦いは、星級だけでは決まらん。戦術、経験、そして覚悟——それらが勝敗を左右する。オースティンは四つ星だが、所詮は貴族の子弟同士の試合しか知らん。お前にはバートンから受けた七年間の訓練がある。温室育ちのオースティンにはない財産だ』

レオンは拳を握りしめた。

「オースティンの魔法系統は熱力系だったな」

『ああ。火系元素魔法とは違う。火系は外界の火の元素を操るが、熱力系は対象の温度そのものを操作する。触れられたら、内側から焼かれる』

「厄介だな……」

『ただし弱点もある。発動には対象への集中が必要で、同時に複数の対象を加熱することは難しい。長時間の戦闘では消耗も激しい』

「短期決戦に持ち込めば、勝機はあるということか」

『その通りだ。問題は、どうやってオースティンの熱力魔法を掻い潜って、近接戦に持ち込むかだ。相当な速度が必要になる』

「どうすればいい?」

『魔力を脚に集中させて、瞬間的な加速を得る「魔力歩法」という技がある。千年前、老いぼれの友人の剣士が使っていた技だ。お前なら応用できるかもしれん』

「教えてくれ」

『明日から、本格的に訓練を始める。今日はもう休め』

「分かった」

レオンは立ち上がり、寝台に向かった。

だが、その足が止まった。

「なあ、オーグリ。お前は、なぜ俺にここまで教えてくれるんだ?」

しばらくの沈黙。

『……お前を見ていると、昔を思い出す。千年前、老いぼれの弟子の中に一人——お前によく似た奴がいた。才能がないと馬鹿にされ、周囲から見捨てられていた。だが、諦めなかった。どんなに殴られても、蹴られても、立ち上がり続けた』

「その弟子は、どうなったんだ?」

『大陸最強の錬金術師になった。老いぼれの後を継いで、錬金術の歴史に名を残した』

オーグリの声が、静かになった。

『才能なんてものは、所詮は種に過ぎん。だが執念があれば——どんな荒れ地でも、花を咲かせることができる。お前にはその執念がある。だから弟子にした。それだけの話だ』

「……ありがとう、オーグリ」

『礼など要らん。早く寝ろ。明日からの修行は、今日の比ではないぞ』

レオンは小さく笑い、寝台に横になった。

◆◇◆

翌朝。

『起きたか、小僧。さっそく修行を——』

オーグリの言葉が、途中で止まった。

扉がノックされた。

「レオン様、旦那様がお呼びです。書斎へお越しください。アレン様もご一緒とのことです」

ローシーの声だった。

「父上が……?」

父に呼ばれるのは珍しい。しかも、アレンも一緒とは。

「分かった。すぐ行く」

◆◇◆

離れを出て、本館へと向かう途中、見覚えのある姿が目に入った。

金髪に碧眼。まだあどけなさの残る顔立ち。

——アレン・セレストーム。

レオンの弟、セレストーム家の五男だ。今年で十歳になる。レオンと同じ母——エレーぜの子だ。

「兄上!」

アレンはレオンを見つけると、小走りで駆け寄ってきた。

「アレン。お前も呼ばれたのか」

「はい。なぜか分かりませんが……」

二人は並んで歩き始めた。

「アレン、最近何か変わったことはあったか?」

「え? えっと……」

指を折りながら数え始める。

「朝起きて、顔を洗って、朝食を食べて、魔法の修行をして、昼食を食べて、本を読んで、夕食を食べて、お風呂に入って、寝ました」

「……」

「あ、あとは庭の猫に餌をあげました。それと、厨房のおばさんにお菓子をもらいました」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃない」

レオンは額を押さえた。

「……特に何も。兄上は心当たりがありますか?」

「俺も分からん。まあ、行けば分かるだろう」

◆◇◆

書斎の扉を開けると、父カッセルリックが机の前に座っていた。

その隣には、クロード叔父が立っている。そして、もう一人。

白いローブを纏った銀髪の老人が、穏やかな微笑みを浮かべて座っていた。

「アウレリウス大祭司……!」

レオンは息を呑んだ。聖光教会の最高位の一人だ。

『ほう、聖光教会の大祭司か。千年前にも聖光教会はあったが、随分と大きくなったものだ』

オーグリが脳内で呟いた。

「座りなさい」

父が手招きした。

レオンとアレンは、促されるままに椅子に腰を下ろした。

「アレン」

アウレリウスが口を開いた。その声は穏やかだが、深い威厳を湛えていた。

「私はアウレリウス。聖光教会の大祭司だ。お前の才能のことは聞いている。聖光系——千年に一人の資質だそうだな」

「そ、そう言われていますが……」

「謙遜することはない。私は百五十年生きてきたが、お前ほどの才能を持つ者は見たことがない」

アウレリウスはアレンの目を見つめた。

「単刀直入に言おう。アレン、私の弟子にならないか」

レオンは驚いた。だが、すぐに安心した。アレンのためだったのか。自分とは関係ない。

アレンは呆けた顔を見せた後、喜びと躊躇いを浮かべ、跪いて言った。

「大祭司様、弟子にしていただけるのは光栄です。ですが、一つお願いがございます」

「弟子入りするのに、お願いをする者がどこにいる?」

父はアレンの純粋な様子に怒ることなく、むしろ苦笑しながら言った。

アウレリウスも穏やかに頷いた。

「正直で率直だな。何を願う?」

「兄上も……兄上も一緒に弟子にしてください!」

【続く】