軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第126話 錬金術師試験

帝都カルディアの職人区。

商業区(マルクト) の喧騒から離れた一角に、鍛冶工房や薬師の店が軒を連ねている。

かつては帝都の技術の中心地だった。鉄を打つ音、薬草を煮出す匂い、硝子を吹く炉の熱。職人たちの営みが通りを満たしていた時代がある。

だが今は——半数ほどの工房が扉を閉じていた。鍛冶師の高齢化、魔法武器の量産化、若い世代の職人離れ。かつて帝都の誇りだった職人区は、ゆっくりと衰退の途上にあった。

その一角に——連なる石造りの建築群が、通りの奥に佇んでいた。

正面には大きなアーチ門。門柱には 蒸留器(レトルト) と 天秤(リーブラ) を模した紋章が刻まれている。アーチ上部の石板には——

【帝都カルディア錬金術師協会分部】

【帝国認可第三種職能組合】

帝国認可の錬金術師資格試験、技術管理、薬剤の品質認定を管轄する機関だ。カルディア分部は帝国各地の分部の中でも規模が大きく、かつては百名を超える錬金術師が出入りしていた。

だが今は、その面影すらない。

正門前の衛兵は一人。半ば居眠りをしている。外壁には蔦が這い、石板の文字も風化して一部が判読できない。すれ違ったのは灰色のローブを纏った老人が二人。それだけだった。

錬金術は——衰退していた。

百年前の大戦の後、魔法師の主流は戦闘系・強化系に移り、物質の変成を扱う錬金術は「地味で金にならない技術」と見做されるようになった。若い世代の加入は激減し、残っているのは老いた職人ばかり。後継者が育たぬまま、協会は静かに縮んでいた。

レオンは正門の前に立ち、蔦の絡んだ門柱を見上げた。

『ふん……やはりこうなっておったか』

ポケットの中のペンダントから、オーグリの声が脳内に響いた。千年を生きた伝説の錬金大師——オーグリ・アシュモア。今はレオンの星導石ペンダントに魂の刻印として宿り、脳内で直接会話ができる。レオンの師であり、遠い祖先でもある。

『千年前、この分部はワシの弟子の弟子が設立したものだ。門の紋章もワシが考案した意匠を引き継いでおる。それがこの有様とはな……』

「仕方ない。錬金術の地位は百年前から落ち続けている」

『戦えない術は要らない——そういう風潮だろう。馬鹿どもめ。錬金術で作ったポーションがなければ傷一つ治せんくせに、恩知らずにも程がある』

「……同感だが、ここでは黙っていてくれ。他人の縄張りだ」

『分かっておるわ。だが小僧、一つ言っておく。ここの連中の前でワシの名は絶対に出すな。面倒なことになる』

「ああ」

レオンは正門をくぐった。

◆◇◆

受付の大広間に出た。

天井は高いが、照明は暗い。壁の棚には埃を被った書類が積まれ、受付の机の上には未整理の申請書が山になっている。壁面には錬金術の古い図版が額に入って飾られていたが、硝子が曇り、中の図版も色褪せていた。

壁の一面に、錬金術師の等級表が掲げられている。

七級(ジーベン) ——見習い。灰のローブ。

六級(ゼクス) ——初級錬金術師。白のローブ。

五級(フュンフ) ——中級錬金術師。青のローブ。

四級(フィーア) —— 上級錬金術師(アデプト) 。銀のローブ。

三級(ドライ) —— 達人錬金術師(マイスター) 。金のローブ。

二級(ツヴァイ) —— 大師錬金術師(グランドマイスター) 。紫金のローブ。

一級(アインス) —— 至高錬金術師(アルケミスト・プリムス) 。

一級の欄には名前が一つも記されていなかった。

『ふん、千年前は一級の名が五人は並んでおった。ワシの名もあったはずだがな。綺麗さっぱり消えておるわい』

オーグリの声に、僅かな感慨が混じっていた。

大広間の隅に、数人の人影があった。

六級の試験を受けに来た受験者たちだった。

レオンは横目で観察した。全部で五人。三十代半ばの青年が一人、四十代の壮年が二人、五十を過ぎたらしい白髪交じりの男が二人。全員が灰色のローブ——七級見習いの証——を纏っている。

彼らは受付の近くに固まって、低い声で話していた。

「今回で三回目だ。今度こそ受かりたいが……」

「俺は五回目だ。前回は正答率が七割で落ちた。九割は遠いな」

「ハイデルベルクの本部では合格率が一割を切っているらしい。こっちの分部はまだマシだと聞いたが」

「マシと言っても、六級の筆記を通過できる奴なんて年に数人だろう。俺は錬金術を二十年やっているが……」

口調は落ち着いているが、その顔には緊張が滲んでいた。何年も、あるいは何十年も錬金術に打ち込み、ようやく六級の審査に挑む。彼らにとって、今日は人生の勝負の日なのだ。

レオンが受付に近づいたとき、五人の視線が一斉に集まった。

三十代の青年が最初に口を開いた。身なりは他の受験者より整っており、灰色のローブにも仕立ての良さが窺える。胸元に家紋のブローチが光っていた。

「おい、少年。ここは錬金術師協会だぞ。薬屋の使いなら裏口だ」

レオンは一瞥した。

「受験しに来た」

青年の眉が跳ねた。

「受験? 七級のか。七級の受付は隣の棟だが——」

「六級だ」

廊下が、一瞬静まった。

五人の受験者が、レオンを見た。十五歳の少年。鎧も武器もない。鞄を一つ肩にかけただけの質素な身なり。

三十代の青年が、信じられないという顔をした。

「六級——初級錬金術師の試験を? お前が?」

「ああ」

青年の顔に、嘲りが浮かんだ。

「名前は」

「レオン・セレストーム」

「セレストーム? ——聞いたことがあるな。帝都学院で噂の落ちこぼれだろう。まさかこんなところにまで来て恥をかきに来たのか」

青年は腕を組んだ。

「俺はヴェルナー・クライスト。クライスト家の三男だ。錬金術を十二年学んでいる。お前のような子供が六級に受かるわけがない。見習い試験で出直してこい」

『クライスト家、か。千年前にも似たような名の家があったが——まあ、どうでもいいな。雑魚だ』

オーグリが脳内で呟いた。レオンは表情を変えなかった。

「俺はお前に話しかけていない」

レオンはヴェルナーを素通りし、受付に向かった。

ヴェルナーの顔が強張った。だが、レオンは既に背を向けていた。

◆◇◆

受付に座っていた娘が、レオンを見上げた。

栗色の髪。灰色のローブ。薄い茶色の瞳に、退屈と——それでもここにいることへの僅かな矜持が同居している。

「いらっしゃいませ。錬金術師協会カルディア分部です。——ご用件をどうぞ」

声は明るい。だがその明るさには、久しぶりの来客への驚きが混じっていた。

「資格試験を受けたい」

「……資格試験ですか。七級見習い等級からの受験でよろしいでしょうか?」

「いや。六級——初級錬金術師の試験を受ける」

娘の手が帳簿の上で止まった。

「六級……ですか」

「ああ」

「あの——失礼ですが、ご存知でしょうか。六級の試験を受けるには、七級見習い課程の修了証明が必要です。通常は見習いとして三年以上の実務経験を積んだ方が対象で……基礎理論の筆記だけでも、十数冊の教本を修めていないと——」

娘は受付の机の奥に積んである教本の束を目で示した。数十センチの厚さ。 錬金基礎理論(アルケミア・フンダメンタ) 、 薬草学(ヘルバリウム) 、 精製技法論(ラフィナティオ) 、 素材博物誌(マテリア・ナトゥラリス) 、 魔力工学概論(テウルギア・メカニカ) 。それだけで数十万字に及ぶ。

「それだけでも大変なのに、六級となるとさらに数百冊の専門書を通読していることが前提です。正直に申しまして——」

娘は言い淀んだ。

「まずは七級の見習いから始められてはいかがでしょう。見習いの試験であれば、本日中にも——」

『小僧、協会規則の第十七条だ。言ってやれ』

「実技審査による特別認定。協会規則第十七条」

娘の口が閉じた。

「……第十七条」

「『特別な技能を有する者は、見習い課程を経ずに実技審査を申請できる。審査委員三名以上の立会いのもと、実技をもって能力を証明した場合、該当する等級の資格を直接付与する』。——そう定められているはずだ」

娘は数秒、レオンの顔を見つめた。

それから慌てて帳簿の奥にある分厚い規則書を引っ張り出し、ページをめくった。指先にインクの染みが付いている。

「第十七条……第十七条……あ、ありました」

条文を読み上げ、顔を上げた。薄い茶色の瞳に驚きと、ほんの少しの好奇心。

「……本当にあるんですね、こんな条文。私、ここに二年おりますが、この条項を使われた方は一人もいらっしゃいませんでした」

「今日で一人目だ」

『ふひひ。千年前にワシが入れさせた条項だからな。まだ残っておったか。嬉しいものだ』

後ろで、ヴェルナーたち受験者が聞き耳を立てていた。第十七条——見習い課程の免除。そんな条項があることすら、彼らは知らなかったのだ。

ヴェルナーが鼻で笑った。

「見習い課程を飛ばす? ますます馬鹿げている。十二年の修業を積んだ俺でさえ苦労しているのに、見習いすら経ていない子供が——」

レオンは振り返らなかった。

「……少々お待ちください。上の者に確認しますので」

娘は椅子から立ち上がった。灰色のローブの裾が床を僅かに引きずる。

奥の廊下に向かいかけて——振り返った。

「お名前を伺ってもよろしいですか。審査の申請に必要ですので」

「レオン・セレストーム」

「……は、はい。少々お待ちください!」

娘は少し慌てた足取りで奥に消えた。

◆◇◆

十五分ほど待った。

その間に、受験者たちは次々と審査室に呼ばれていった。六級の筆記審査は個別に行われる。各自が別々の部屋に通され、二時間の制限時間で二十問に挑む。

ヴェルナーが部屋に入る前、レオンに振り返った。

「おい、落ちこぼれ。俺が合格して出てくる頃には、お前はまだここで門前払いを食らっているだろうな」

レオンは壁にもたれたまま、答えなかった。

『あの男、十二年で六級を受けるのか。遅いな。ワシの時代なら三年で五級だったが』

「師匠の時代が異常なんだ」

『ふん。レベルが落ちただけだ』

やがて、奥の廊下から足音が聞こえた。一つではない。三つ。

先頭に受付の娘。その後ろに——二人の老人が続いていた。

◆◇◆

一人目は痩身の老人だった。

白髪を後ろに撫でつけ、銀縁の 片眼鏡(モノクル) をかけている。白いローブ——六級初級錬金術師の証。だが布地は古く、何度も洗い晒されて象牙色に変わっていた。腰には革の道具帯。小型の蒸留管や計量匙がぶら下がっている。手は節くれ立ち、指先には長年の薬品による染みが消えずに残っていた。

ゲルハルト。六級錬金術師。カルディア分部の審査官を三十年務めている。

二人目は対照的に丸い体型の老人だった。禿頭に白い顎鬚を蓄え、頬は赤く、目は細い。青いローブ——五級中級錬金術師の証。分部に残る数少ない五級資格者であり、現在の実質的な責任者でもある。

名をヨルグ・シュタイナーといった。

二人とも六十を超えている。錬金術の黄昏を、そのまま体現したような老人たちだった。

ゲルハルトが片眼鏡の位置を直し、レオンを見た。困惑の目だが、悪意はない。

「——君が、第十七条の特別審査を申請した者かね」

「そうだ」

「レオン・セレストーム。年齢は——」

「十五」

二人の老人が顔を見合わせた。

ヨルグが顎鬚を撫でながら口を開いた。声は穏やかだが、目の奥に鋭さがあった。

「小僧。悪いことは言わん。七級の見習いから始めなさい。六級の審査は——儂ですら合格に七年かかった。十五歳の子供が受けるものではない」

「規則に年齢制限はない」

「規則にはないが、常識にはある」

「常識で測れないから、第十七条がある」

ヨルグの目が細くなった。怒りではなく——少し面白がっている目だった。

「ほう」

ゲルハルトが咳払いをした。

「ヨルグ殿。規則は規則です。申請があった以上、審査を行う義務がある。——ただし」

レオンに向き直った。

「審査料として銀貨二十枚。結果に関わらず返却されない。構わないかね」

「構わない」

レオンは鞄から銀貨を取り出し、受付の机に並べた。正確に二十枚。

受付の娘が目を丸くしていた。庶民の月収に近い額だ。

ゲルハルトが銀貨を確認し、頷いた。

「では——審査を行う。こちらへ」

◆◇◆

奥の審査室に通された。

石造りの部屋。中央に大きな作業台が据えられ、壁面には薬品棚が整然と並んでいる。硝子瓶に入った色とりどりの試薬。乾燥させた薬草の束。鉱石の標本。天井の採光窓から白い光が差し込み、部屋全体が薬品と金属の匂いに満ちていた。

作業台の片側にゲルハルトとヨルグが座った。受付の娘は隅の記録机に着き、羽根ペンを構えた。記録係を兼ねるらしい。

ゲルハルトが書架から分厚い紙束を取り出した。

「第一関門——筆記審査」

ずしりと重い紙束。三百枚を超える問題用紙が、書の間に挟まれている。錬金術の基礎理論から応用まで、数万種の素材、数千種の秘薬、精製技法、魔力理論——あらゆる領域にわたる問題群。

「ここから無作為に二十枚を抜き出す。制限時間は二時間。正答率九割以上で合格。——不正を防ぐため、紙は我々が選ぶ」

レオンは頷いた。

「ああ。そちらで選んでくれ」

ゲルハルトの眉が僅かに上がった。普通の受験者なら、少しでも有利な問題を引きたがる。自ら審査官に選ばせるのは、余程の自信か——無知か。

ゲルハルトは紙束に手を入れ、完全な無作為で二十枚を抜き出した。

二十枚の紙が、作業台の上に並べられた。

「——始め」

◆◇◆

レオンは羽根ペンを取った。

最初の問題に目を通す。

『ルナ・ヘルバの精製における十二種の用途を列挙し、それぞれの精製条件を述べよ』

——正直に言えば、レオン自身の知識では答えられない。ルナ・ヘルバの名前は大図書館で目にした程度で、十二種の用途を列挙するなど到底無理だ。

だが——レオンは一人ではない。

『ふむ、ルナ・ヘルバか。懐かしいな。こいつは千年前からずっと基本素材だ。答えを言うぞ、書き留めろ』

オーグリの声が脳内に流れ込んできた。

『第一——ハイルトランクの基剤。花弁のみを使用、乾燥温度は六十度以下で十二時間。第二——マナ・エリクシルの触媒成分。葉を粗挽きにし、スピリトゥス・アクアに三時間浸漬。第三——』

淡々と、しかし途切れることなく、オーグリは十二種の用途と精製条件を語り続けた。千年の記憶。数え切れないほどの錬金術師と共に過ごした経験。その全てが、一問一問に凝縮されている。

レオンは黙々とペンを走らせた。オーグリが語る速度に合わせ、考えているふりをしつつ書き進める。一問につき約三分。周囲から見れば、やや速いが不自然ではない速度。

一枚目が終わった。

第二問。

『コンデンサティオ・エリクシルの精製工程と注意事項を二十六の手順に分けて記せ』

『ほう、コンデンサティオか。これは現代の手順書に三箇所ほど非効率な工程がある。今の正解に合わせた方がいいな。教科書通りの二十六手順を言うぞ』

オーグリが語り始めた。

『ただし第十四手順の温度管理だけ、注釈を一行入れろ。「素材の含水率により百十五度から百二十五度の範囲で調整すると、より安定した純度を得られる」と。これは教科書には載っていないが、間違いとも言えん。審査官の興味を引くはずだ』

「……わざとか」

『当然だ。完璧すぎる答えは不自然だが、一箇所だけ教科書を超えた知見を見せれば——「この少年は独自の研究をしている」と思わせられる。印象が良くなるぞ』

師匠は答えを教えるだけでなく、審査官の心理まで計算している。

レオンは言われた通りに書いた。

第三問。『トリア・ソリスの保存方法と経年劣化による性質変化を五段階に分類して述べよ』

第四問。『アクア・ヴィタエの抽出に用いるスティリキディウムの手順と、失敗時の対処法を述べよ』

第五問。『フロス・ニヴィスとイグニス・ペトラを同時に精製器に投入した場合の反応と、その危険性および対処法を記せ』

一問ごとに、オーグリの声が脳内に流れてくる。淀みなく、正確に。教科書より遥かに深い知識が、泉のように湧き出していた。

レオンはただ書いた。ペンが止まらなかった。

書いていくうちに、レオン自身も気づき始めていた。オーグリの答えを書き写しているだけのはずなのに、書くたびに知識が自分の中に染み込んでいく感覚がある。ルナ・ヘルバの十二種の用途。コンデンサティオの二十六手順。ただの丸写しではない。書くことで理解し、理解することで記憶に刻まれていく。

十枚目を終えた頃、レオンは視線を感じた。

ゲルハルトの片眼鏡が何度もずれている。ヨルグの細い目が見開かれている。隅の記録机の娘は、記録を取ることすら忘れてレオンの手元を凝視していた。

十五枚目。十六枚目。十七枚目。

十八枚目。十九枚目。

——二十枚目。

レオンはペンを置いた。

「——終わった」

所要時間——一時間。制限時間の半分。

沈黙が落ちた。

◆◇◆

ゲルハルトが最初の解答用紙を手に取った。

目が文面を追う。片眼鏡の奥の瞳が、徐々に見開かれていった。

「ルナ・ヘルバの十二用途——一つの漏れもない。この精製条件の記述……教科書の定式より正確だ……」

ヨルグが二枚目を取った。

「コンデンサティオ・エリクシルの二十六手順——完璧だ。いや、完璧どころか……第十四手順の温度管理に注釈が付いている」

ヨルグは紙面を読み上げた。

「『素材の含水率により、温度を百十五度から百二十五度の範囲で調整することで、より安定した純度を得られる』——儂はこの知見を、四十年の経験でようやく学んだ。この小僧は——」

三枚目。四枚目。五枚目。

二人の老錬金術師は無言で解答を読み進めた。読み進めるごとに、沈黙が深くなった。

レオンは静かに座っていた。ポケットの中のペンダントが、微かに温かい。

二十枚すべてを読み終えたとき。

ゲルハルトの手が、微かに震えていた。

「——正答率……十割」

「ありえん」

ヨルグが呟いた。

「十割だけではない。少なくとも五問は、模範解答を超えている。この知識量は……六級どころか——」

ヨルグは言葉を切った。レオンを見る目が変わっていた。畏怖に近い何か。

「小僧」

「何だ」

「……お前、何者だ」

『答えるな。黙っておれ』

「……答える義務はない」

ヨルグは顎鬚に手を当てた。

「この筆記だけで見れば……六級どころか、五級——いや場合によっては四級に匹敵する知識量だ。十五歳の少年が……信じられん」

隅の記録机で、受付の娘がインクの染みだらけの手で口元を押さえていた。

ゲルハルトは解答用紙の束を机に置いた。手がまだ震えていた。

掠れた声で——しかし、はっきりと言った。

「——天才だ」

ヨルグが頷いた。

「ああ。正真正銘の——天才だ」