作品タイトル不明
第一話 落第
「魔力値、3! 属性、錬金系!」
鑑定の水晶柱が放つ微かな光を見つめ、少年は無表情のまま、唇の端に自嘲の笑みを浮かべた。握り締めた拳に爪が食い込み、鋭い痛みが走る。広間の中央に聳える半透明の水晶柱――光の高さが魔力の強さを示すその柱は、彼の手が離れた今、底辺にわずかな燐光を残すだけだった。
やはり、3か。七年経っても、1ポイントも上がらなかった。
「レオン・セレストーム。魔力値3、属性は錬金系……ランクはF」
水晶柱の傍らに立つ中年の魔導師は、無感情な声でそう告げた。同情のかけらもなかった。
その言葉が落ちた瞬間、鑑定大広間が一気に騒然となった。
「魔力値3? 錬金系? ははは、マジかよ!」
「侯爵家の四男坊が、よりにもよって錬金系の落ちこぼれだって?」
「セレストーム家って代々力場系の武勲貴族だろ? どうしてこんな……」
四方八方から声が押し寄せる。針で刺すような視線。嘲笑、憐憫、そして優越感。
レオンはその視線の先を追った。
高台の上、父カッセルリック・セレストームは静かに座っていた。表情は平静だが、眉間には深い皺が刻まれている。怒りはない。叱責もない。ただ、深い失望だけが滲んでいた。その失望は、怒号よりも息を詰まらせる。
――七年前のあの日と、同じだ。
五歳のあの年、彼はまだ家で最も輝かしい存在だった。五歳で魔力感知に成功し、「百年に一度の天才」と讃えられ、誰もが彼は将来力場系を覚醒し、侯爵位を継ぐだろうと断言していた。父は夕食時に頭を撫でながら、『レオン、お前はセレストーム家の誇りだ』と言ってくれた。
七歳の誕生日を迎えた翌週、何の前触れもなく、魔力の成長が止まった。病気でも怪我でも呪いでもない。ただ、止まった。魔法使い、錬金術師、果ては神殿の大神官まで診察に訪れたが、誰一人として原因を突き止められなかった。
魔力値3のまま、どんなに修練しても、1ポイントも上がらない。原因不明。それが七年間の診断結果だった。
あの日から、父の目が変わった。期待も誇りも消え、残ったのはため息だけ。
◇
父の傍らには、長兄ティモシーが複雑な表情でこちらを見ている。エイドリアン兄とオースティン兄は、露骨に嘲笑うような笑みを浮かべ、何やら囁き合っている。
「力場系とか元素系ならともかく、錬金系って……」
「死霊系や幻術系の方がまだマシだよな。少なくともあっちは戦場で使える」
「ああ、あの五歳で魔力感知した天才坊やが、ねえ……七歳で突然止まって、七年間ずっと魔力値3のまま」
「原因不明の成長停止? 神殿の大神官まで調べたけど、何も見つからなかったらしいぜ」
周囲の嘲笑と囁きが途切れることなく、蠅の羽音のように耳障りだ。
レオンは平静な顔で、ゆっくりと身体を回し、静かに列の最後尾へと戻った。
一歩、二歩、三歩。
足取りは安定しているが、本人だけが知っている。脚が震えていることを。
孤独な背中は周囲の世界から浮いて見える。まるで絵画から消された部分のように、空白だけが残る。
七年だ。
七年の時間は、全ての人々に彼のかつての輝きを忘れさせるのに十分だった。今の彼は、ただの十四歳の「元天才」、魔力成長が止まった落ちこぼれ。
「次、ソフィア・セレストーム!」
検査官の声が響き、一人の少女が人々の中から歩み出た。侯爵家の分家の令嬢、レオンの従姉だ。
少女はレオンの傍を通り過ぎる際、足を止め、口角を微妙に上げた。抑えきれない得意げな笑み。
繊細な手が水晶柱に触れ、しばらくして――柱の内部を鮮やかな橙色の光が駆け上がり、中程をやや超えた辺りで安定した。
「魔力値87。属性は元素系、ランクはB」
「うわ! 87! しかも元素系!」
「さっすが侯爵家の血筋。あの落ちこぼれとは大違いだな」
ソフィアはわざとらしくレオンに視線を送り、目に軽蔑と優越感を浮かべた。
かつて家族の集まりのたび、父にこう言われた。『レオンを見てみろ。お前を見てみろ。同じセレストーム家の血なのに、どうしてこんなに差があるんだ?』と。
今こそ立場が逆転した。この元天才に何が残っているか。
「次、エヴィル・セレストーム!」
人々が突然静まり返った。さっきまで囁いていた貴族たちも口を閉ざす。
紫のローブを纏った少女が優雅に立っている。清楚で凛とした雰囲気。彼女はセレストーム家の傍系出身、レオンの従妹であり、今日の鑑定儀式で最も注目される存在。
そしてさらに重要なのは――彼女は、レオンが唯一心を許せる家族だった。
七年前、全ての人が冷たい視線を向けた時、彼女だけは変わらずレオンを慕ってくれた。『レオン兄様、きっと良くなりますよ』と。
だがレオンは知っている。彼女は天才で、俺は落ちこぼれ。いずれ、彼女も俺から離れていくのだろう。
繊細な手が水晶柱に触れる。光が底辺から一気に駆け上がり、淡い青から濃い紫へと色を変えながら柱を満たしていく。頂点を超えてなお勢いは止まらず、水晶柱そのものが眩い星光を放ち始めた。
「魔力値……測定不能! 属性は……星相系……! ランクは、SSS……!?」
全場が静寂に包まれた。一秒、二秒、三秒。
そして、広間全体が爆発した。
「測定不能だと……!?」
「星相系!? しかもSSSランク!?」
「エルシア大陸全土で、百年に何人の星相系が生まれた? 前の星相系魔導師って二百年前じゃなかったか!?」
高台の侯爵カッセルリックでさえ表情を変え、失望の色が和らぎ、目に安堵の色すら浮かんだ。
星相系。十一大魔法系統の中で最も神秘的で、最も稀少な存在。運命を予知し、星辰の力を操る。歴史上、星相系の魔導師は全て時代を変える存在だった。
検査官の手が震え、興奮で声が上ずる。
「エヴィル様……! この才能なら、いずれ大陸屈指の――」
「ありがとうございます」
エヴィルは淡々と賛辞を遮り、身を翻した。
しかし彼女は本家の列には戻らなかった。侯爵カッセルリックが満面の笑みで手招きし、周囲の貴族たちも道を開けて待っている。
彼女はそれを無視し、人々を掻き分け、まっすぐあの孤独な影へと向かった。
「レオン兄様」
少女はレオンの前で止まり、温和な笑みを浮かべる。
全場が再び騒然となった。
「エヴィル様が、どうして……」
「星相系の天才が、よりにもよって錬金系のFランクの従兄に……?」
エヴィルは意に介さず、紫の瞳で静かに目の前の少年を見つめる。
レオンは苦笑し、二人だけに聞こえる声で言った。
「エヴィル、俺は今こんな状態なんだ。もう無理に気にかけなくていい」
「レオン兄様」
エヴィルが彼の言葉を遮り、真剣な表情で言った。紫の瞳には確固たる光が宿っている。
「兄様は以前、こう仰いましたよね。『真の強者とは才能の高低ではなく、その力をどう使うかだ』って。私はずっと覚えています」
七年前。レオンがまだ意気揚々としていた最後の日々。エヴィルは制御を誤って母の薔薇を焼いてしまい、泣きじゃくっていた。
彼は胸を張ってこう言った。『エヴィル、泣かないで。本当の強者は、自分の力をどう使うか知ってる人なんだよ』
彼女は、七年経っても、まだ覚えていた。
「あれは……子供の戯言だ」
レオンは目を伏せた。あの時の自分は、力場系の天才になり、大陸の頂点に立つと思っていた。だからあんなことが言えたんだ。
「いいえ」
少女は首を横に振った。紫の瞳に異様な光が宿る。夜空の星のような。
「私は信じています。兄様はきっと、ご自分の道を見つけられると」
レオンは黙った。『慰めか』と言いたかったが、少女の真剣な表情を見て、言葉が喉に詰まった。
その時、高台から平静な呼び声が響いた。
「レオン、こちらに来なさい」
レオンは深く息を吸い、エヴィルに軽く頷いた。別れの挨拶として。そして一人、高台へと歩いて行く。
◇
侯爵家、執務室。
カッセルリックは静かに主座に座り、指先で肘掛けを規則正しく叩いている。コツ、コツ、コツ。
レオンは広間の中央に立ち、頭を下げ、裁きを待つ。
「レオン。七年の時間があれば、お前の魔力も多少は回復するだろうと思っていた。かつてのレベルに戻らずとも、せめてまともな数値には届くだろうと」
「だが、結果は3だ。錬金系、魔力値3」
溜息。その溜息は深い失望を帯び、怒りよりも耐え難い。
「お前を責めるつもりはない。原因不明の成長停止、お前がコントロールできることではない。だが、家には家の規則がある」
「セレストーム家の規定により、適切な魔力を覚醒できなかった者は、継承権争いに参加できず、家の産業管理に配置される」
産業管理。聞こえはいいが、実際は権力の中心からの追放だ。
「北の辺境に封地がある。オルハイム王国とフェルディナント伯爵領の間に挟まれ、ヴォルフスブルク山脈に隣接した場所だ。小さな村と鉱山がある。そこへ行け。名目上は領主だが、実際は鉱山と村の管理を任せる」
「成人式までは屋敷にいることを許す。式については、形式上セレストーム家の子息として執り行う。家の体面がある。式が終わり次第、出発しろ」
父の声は事務的で、まるで普通の公務を手配しているかのよう。怒りもなく、叱責もなく、ただ冷淡さだけ。これは怒りよりも絶望的だ。
エイドリアン兄が嘲笑を抑えきれない。
「レオン、北の辺境なんて何もない場所だぞ。まあ、錬金系が鉱山管理ってのも、ある意味適材適所か? ははっ」
「あそこ魔獣だらけらしいな。気をつけろよ、お前魔力ないけど、足だけは速く走れるだろ?」
長兄ティモシーは眉をひそめ、何か言いかけたが、結局は黙った。
レオンは知っている。これが父にできる最大の譲歩だと。家の規則に従えば、本来なら姓を剥奪され、家から追い出されるべきだった。封地を与え、名目上の領主身分を与えた。これで十分慈悲深い。
「はい、父上」
レオンは頭を下げて応じた。声は恐ろしいほど平静だ。十四歳の彼は、既に感情を隠すことを学んでいた。七年の時間は、一人の子供に「現実」とは何かを理解させるのに十分だった。
「下がれ」
カッセルリックは手を振り、まるで無関係な召使いを追い払うように。
レオンは身を翻して去った。扉の外の廊下は暗く、まばらな魔法灯が瞬いている。
彼はゆっくりと歩いた。この最後の時間を使って、この屋敷の隅々を記憶に刻むかのように。
背後の執務室から、エイドリアン兄の笑い声が聞こえてくる。耳障りで尖っている。