作品タイトル不明
親猫のお迎え
騎士寮では相変わらず、私と騎士様達の攻防が繰り広げられていた。
「君ね……これまでの行動を顧みてごらん? 『ただの民間人』は無理があるだろう」
「親猫様、もとい保護者の教育が良かったもので」
「いや、だからってねぇ……!」
「後は元からの性格ですかね? 遣られっ放しでいる気はありませんよ。せめてもの抵抗として、報復の一手を打ちます」
「……。その報復、そのまま致命傷になってない?」
「軟弱ですよね。殺るか、殺られるかの階級なのに。そもそも、仕掛けておいて返り討ちにされるなんて、恥ずかしい!」
「……」
黙るでない、騎士様よ。私は嘘など言っていないだろう?
そもそも、私に処罰する権限などなく、地位もない。だからこそ、『相手から仕掛けてくるのを待って、そこを逆手に取り報復』となるだけだ。
そう、仕掛けてきたのは『相手の方』!
私は泣き寝入りをしなかっただけなのだよ……!
……。
まあ、相手が予想以上に貧弱かつ無能だったので、こちらが圧勝する結果になってしまったものばかりなのだけど。
でも、私はこう主張したいんだ……『結果が出せなきゃ、親猫様の所に帰れねぇんだよっ!』と!
遣られたまま帰ってくるなんて、騎士寮面子は許してくれまい。『そんな弱い子に教育した覚えはない!』とばかりに、リベンジのために送り返されそう。
魔王様は心配してくれるかもしれないが……多分、騎士寮面子とは別の意味で尋問が待っているだろう。
……『本当に何もしていないだろうね!?』という、時限爆弾もどきの仕込みをしていないかという心配。
魔王様は私が泣き寝入りする子だなんて欠片も思っていないので、『逃げてきた』のではなく、『仕込みが済んだから帰ってきた』としか思うまい。
安定の信頼のなさです。いや、ある意味では信頼されてるけどな。
私が『貴方の身近な恐怖・魔導師さん』という最高のエンターテイナーを自称しているからこそ、魔王様の心配はこちらに傾くのだ。
そういった意味では、騎士寮面子の方が『まだ』私をまともな人間扱いしていると言えるのかもしれない。
少なくとも、魔王様は『絶対に』、私が泣き寝入りをすると思っていないもの。
多分、この騎士様達も方向性としては騎士寮面子寄りなのだと思う。ただし、私が色々とやらかす前の、『警戒心 + 心配』といった状態の騎士寮面子。
多分、ゼブレストの一件が終わる前あたりまでは、彼らもこういった考えだったはず。
……そんな時もあったんだよ。今となっては誰も信じてくれないだろうけど。
今では頼れる仲間扱いだけど、騎士寮面子も以前は真面目にお仕事――異世界人の魔導師への監視と警戒――していたのです。
当初から保護者としての姿を貫き続けているのは魔王様だけである。今も、昔も、変わらぬ保護者、親猫様。
――そして、私と騎士様達の時間は唐突に終わりを告げた。
「やあ、『うちの子』がお世話になったようだね?」
アルとクラウスを引き連れた魔王様の、そんな言葉によって。
見た目だけなら、魔王様もそれなりに機嫌が良さそうではあった。ただし、あくまでも『見た目だけ』。
事実、笑みを浮かべた表情の中で、目だけが笑っていないもの。はっきり言って、魔王様はお怒りです。
「あ~……その、唐突な招待は申し訳なく思っておりますが……」
「いや、構わない。どうせ、父上が焚きつけたのだろう」
「う……」
「兄上とて、これまでミヅキと関わってこなかったのに、先日のハーヴィスの一件があったんだ。君達を含め、ミヅキを警戒対象にしても不思議はない」
表情に反し、随分と理解あることを言っている魔王様。その言葉に、魔王様達がすぐに動かなかった理由を知った。
なるほど、今回の黒幕はイルフェナ王だった模様。次代の王たる魔王様の兄上様は私と関わったことがないから、これを機に、多少の関りを持たせたかったのだろう。
ただし。
その代償というか、当然の結果として、魔王様を怒らせたようだったが。
ま、まあね、魔王様は『過保護な親猫』とか言われているし、自分が知らない所で事を進められたのが癪に障るのだろう。
と言うか、この様子を見る限り、魔王様の所に何の情報ももたらされていなかった可能性がある。
そりゃ、怒りますね! いくら何でも、一言くらいは必要だろう。
自称とは言え、勝手に配下を拉致されたようなものだもん。
「だけどねぇ……」
そう言うなり、魔王様は意図的に威圧を強めた。
「せめて、一言くらいあってもいいとは思わなかったのかな? 私はミヅキの後見人なのだから」
「ええと、はい、ごもっともです……」
「そう、もっともだとは思うんだ? だけど、行動が伴っていないのはどうしてか、聞いてもいいかい?」
にこにこにこにこにこ。
そんな音が付きそうなくらい、魔王様は楽しそうだ。ただし、纏う雰囲気はブリザードが吹き荒れている。
騎士様達もそれは感じ取っているらしく、上手い言い訳が思いつかないのだろう。
と、言うか。
魔王様の言い分が至極真っ当なので、言い返せないだけとも言う。
『今回の黒幕がイルフェナ王だってことには気付いているよ!』
『そうした理由も納得できるし、仕方がないとも思っているよ!』
『だけど、【許す】とは言っていないよね……?』
魔王様の言い分を纏めると、こんな感じだろう。明らかに怒っている。
せめて一言あれば違ったのだろうけど、それすらなく、魔王様は完全に蚊帳の外。そりゃ、怒るか。
現に、アル達は魔王様の怒りを素知らぬ顔でスルー中。
彼らからしても、主を無視されたのは面白くないらしく、助ける気はない模様。そんな彼らの姿に、私は内心、大笑い。
ざまぁ! 私のことはともかく、魔王様を蔑ろにされて、騎士寮面子が怒らないはずなかろうが。
そもそも、騎士様達が一番気を使わなければならないのは魔王様、次点で騎士寮面子。
私は保護されている立場なので、保護者と監視要員の許可が必要なのは当然です。
それを怠れば当然、良い印象は抱かれまい。『魔導師』や『異世界人』だからと言って、私のことばかりに気を取られているから、こうなるのだ。
……まあ、それでもこの状態が長く続くのは良いことではないので。
「魔王様ー、用がないなら帰りましょうよ」
くいくい、と服の裾を引くと、魔王様の眉が僅かに上がる。
「まだ彼らから言葉を貰っていないのだけど?」
「意味あります? それ。魔王様達に一言の説明もしなかったのは彼らの落ち度ですけど、黒幕……じゃなかった、仕掛け人はイルフェナ王陛下でしょう?」
「……」
「……」
「……で、本音は?」
「退屈だから帰りたい」
「本当に、この子は……っ!」
魔王様は深々と溜息を吐くと、ぺしりと私の頭を叩いた。
何だよー、本当のことじゃないかー!
ジトっとした目で見つめると、更に追い打ちでもう一発。……反論を許す気はないようだ。心が狭いぞ、親猫様。
ふと気づくと、騎士様達が呆気にとられた表情で私達の遣り取りを眺めている。
ほぼ全員が『信じられないものを見た』と言わんばかりの表情で、混乱に陥っているようだった。
「殿下がそのような態度を取るなんて……」
「……? 割と毎回、こんな感じですけど」
「え゛」
「だから余計に、『親猫』って言われてるんですよ。前足で叩いて、躾けているように見えるらしくて。次点で飼い主」
騎士様達は固まっているが、嘘ではない。騎士寮面子から見ても,これは平常運転なのだ。
そんな騎士様達の様子を一瞥し、魔王様は一つ溜息を吐くと、私を促した。
「はあ……今回のことは不問にしよう。父上が絡んでいるようだし、こちらにも多少の落ち度があったようだからね。ほら、ミヅキ。帰るよ」
その『落ち度』は言うまでもなく、私の言動あれこれを隠していたことだろう。
表向きの報告書だろうとも、隠していたことは事実――そうしなければならない理由があったとしても――なので、これで手打ちにしようということなのか。
騎士様達も顔を見合わせるだけで、反論は上がらなかった。彼らも私を拉致した事実があるため、魔王様の提案を蹴る気はないらしい。
……でも、私はちょっとばかり気に食わないので。
「あ、言い忘れていましたけど、今日、シャル姉様と約束があったんですよ。お茶菓子をお持ちしますって」
『え゛』
「今からでは無理ですから、『正直に!』理由をお話しして、謝罪しておきますね。多分、事実確認に来ると思いますが、宜しく」
騎士様達の顔が判りやすく引き攣った。ちなみにこれ、嘘ではない。シャル姉様も仕事人間なので、時々、お茶菓子を持参し、強制的に休憩に入ってもらっているのだ。
当たり前だけど、魔王様公認です。なお、旦那様のクラレンスさんからはとても喜ばれた。
「そうですね、義兄上も残念がっておられましたよ」
アルの追い打ちに、騎士様達の顔色が益々悪くなる。年齢的に騎士様達はクラレンスさんと同期っぽいし、その性格も当然、知っているのだろう。
……勿論、クラレンスさんが愛妻家ということも含めて。
でも、私は今回悪くない。悪いのは拉致した騎士様達。
クラレンスさん、文句は心置きなく彼らにどうぞ!
そして、私達は騎士様達の元から無事に帰還した。
その後、事情を知ったクラレンスさん……だけではなく、シャル姉様からも文句を言われたらしく、騎士様達は非常に居心地の悪い思い(意訳)をした模様。
なお、それらの暴露は、当事者であるクラレンスさん達からであ~る。
『先日の後日談を聞きたくありませんか? ああ、シャルリーヌも居ますよ』というお誘いに、お茶菓子持参で嬉々として向かったのは私だけどね。