軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな幸せで、過去の上書きを

――バラクシン教会にて

教会の憂いも無事に祓い、王城ではシャル姉様によるお説教――要は『イルフェナ嘗めないでね☆』という脅し――が行われている頃。

私は教会でアグノス達と調理に勤しんでいた。

勿論、お子様達に危険なことはさせられない。アグノスを始めとした教会の子供達に頼むのは、使う予定の野菜の運搬と洗浄である。

「ねぇ、ミヅキ。随分と沢山の南瓜を使っているけど、何を作っているの?」

イルフェナでは多少、調理のお手伝いをしていたせいか、漂う香りにアグノスは興味津々だ。それは他の子供達も同じらしく、ちらちらとこちらを窺う視線を感じている。

……さっきまで、野菜の収穫をしてくれていたものね。何を作っているのか、お子様達は知らないのか。

「一つは南瓜のパイだよ」

「今日使っている南瓜って、皆が作って、先日収穫したやつよね?」

「そう。教会産の安心・安全な南瓜です♪」

私の答えに、周囲の大人達が僅かに顔を顰めた。そんな彼らの様子に、私も少しの安堵を覚える。

――この教会の人達にきちんと、警戒心が備わっていると気付いて。

『安心・安全』なんて言葉を普通は使わない。だが、教会派貴族と揉めた挙句、現在はフェリクス在住となっている以上、最低限の警戒は必要なのだ。

勿論、それは最低限。敬虔な信者であり、善良な彼らにそれ以上を求めるのは酷だろう。

だが、平和ボケしまくるだけでは、守りたい人達すら守れない。利用しようとする存在が居ると判っている以上、大人達に守りを担ってもらうしかないのだ。

『教会の大人達には正直に、現在、教会が置かれている状況を伝えてある』

『勿論、私が矢面に立つつもりではいる。だが、それだけでは不十分なのだ』

『【子供達を守るため】、そして【信仰を汚さぬため】にも、我々も現実と向き合わなければならない』

以上、聖人様の言葉である。

教会が誰にでも開かれる場所である以上、そこに住まう人々にも警戒心は必要だ。

言い方は悪いが、彼らの善良さに付け込んで内部に入り込み、内部を牛耳ろうとする輩が出てもおかしくはない。

『敵対が拙いならば、味方として内部に入り込んで、教会ごと取り込めばいい』

……こんな風に考える貴族が出ると思うんですよねぇ。

そこで『そんなことはあり得ない!』と否定できないのが辛いところ。聖人様も苦い顔をしていたし。

と、いうわけで。

ありとあらゆる取り込みパターンと対策をレクチャーしてみましたー!

と言うか、元は聖人様からの相談だった。人に任せるのではなく、自分達で何とかしようとする彼らの姿勢は好ましい。

そういうことならば……と、今回、遠征ついでにそちらの講義も行っていたりする。

ただし、相談に乗ったのが私、アル、クラレンスさん、シャル姉様という面子。

死角はねぇ! とばかりに、ありとあらゆるパターンが想定され、その対策と共に、緊急連絡先(=騎士寮)まで追加されていた。

なお、緊急連絡先が追加されたのは、魔法によるどうしようもない事態を想定してのことだそうな。薬物による被害なんかも、これに該当する。

この場合は事件として扱うことにするらしい。私が派遣されるのは勿論だが、『偶然、アグノスを訪ねた魔導師がそこに居合わせた』ということにする模様。

他国の所属である私が暴れれば、必然的に、王家も動くだろうからね。そこで事情を暴露し、王家に介入してもらう予定らしい。

あらゆる悪意を向けられた挙句にそれを利用し、返り討ちにしている魔導師。

魔王殿下直属の騎士として、悪意を向けてくる輩を黙らせてきた騎士。

頼りになるブレイン、『近衛の鬼畜』と同じ騎士からさえも恐れられる近衛副騎士団長。

綺麗なバラには棘があるとばかりに、言葉による毒が標準装備の『猛毒令嬢』。

修羅場に慣れまくった、頼もし過ぎる面子です。被害を被るどころか、返り討ちにする気満々ですぞ。

あまりの気合の入れっぷりに聖人様が引いていたことなんて、些細なことさ。

教会の平穏を守るためであることは事実なので、結局、誰も文句を言わなかったしね。

「アグノス、教会の成り立ちは聞いた? 信者が劇的に増えた理由は知ってる?」

「え? ええと……食料が乏しい時代に、ある王族が宗教を立ち上げ、救済の一つとして食料を分け与えた……ってことだったと思う」

軽く首を傾げながら答えるアグノス。「正解」と言いながら頭を軽く撫でてやると、嬉しそうに笑った。

……。

うん、正しく幼女だな。子供達からも『アグノスちゃん』と呼ばれ、色々と面倒を見てもらっているようだ。

子供達も『アグノスちゃんは一番下の子だから、面倒を見てあげなきゃ!』的な意識が強いらしく、子供達がしっかりしてきたと大人達が褒めていた。

「人は恩を忘れない。特に、苦しい時……飢えた時に貴重な食料を与えられ、命を救ってもらったりした場合には。勿論、善意で行なってくれた人もいるでしょう。だけど、教会を利用しようとする人達は、その感謝の気持ちを利用した」

「目的があったってこと?」

「どちらかと言えば、『下心があった』と言うべきかもね。民が集う所に国が成るように、民の多くを信者にできれば、王家でさえ無視できない勢力になるから」

現実的なことを言えば、アグノスは不満げに頬を膨らませた。

「教会にそんな悪い人は居ないわ」

「『今』はね。だけど、少し前には居たんだよ。聖人様や皆が頑張って追い出したの」

……実際には、『魔導師プロデュース・聖人様爆誕』という流れだったけど。

ま、まあ、敬虔な信者達にとっては、まさに信仰の勝利だったのだから、細かいことは言うまい。

「……それと今、ミヅキがしていることは関係があるの?」

手元をじっと見ていたアグノスが、不意に問いかける。そんな彼女に、私はにこりと笑って肯定を。

「正解! いい、アグノス。いつの時代でも『誰かからの好意』や『お裾分け』って嬉しいものなんだよ」

「う、うん? それは判るけど」

「教会は今後、王家と手を取り合っていく。その記念として、『教会で育てた野菜』と『王家から提供された食材』を使って、料理を作ってるんだ。それを教会で暮らす人以外にもお裾分けしてるんだよ」

バターや砂糖といった高価なものは王家――王族達の個人資産から。税金ではない――に提供してもらい、教会はそれ以外を担当する。

教会は元々、野菜を育てているし、調理だって日頃から大人数の分を作っているから、簡単なものなら問題なし。

今回は『パンプキンパイ』と『ポトフ』をセレクト。勿論、魔導師提供の異世界レシピということも売りの一つ。

『教会で採れた野菜と、王家から提供されたバターなどを使った料理です。長い間の蟠りがなくなった記念ですし、皆様へと幸せのお裾分けです』

こんな風に言いながら、人々に配ればいいと思うんだ。あくまでも『お裾分け』なので量は少ないし、受け取った人からすれば、『ちょっとした幸運』程度のものだろう。

……が、そこに『記念』『特別』『王家から提供』『異世界レシピ』という単語が含まれると、人々の認識は変わってくる。

噂を聞くだけでなく、貴族や王族――国王ご一家は全員、訪問予定です――と同じ物を食べる機会ともなれば、嫌でも注目を集めるってものですよ!

飢えを満たした恩が教会派の成り立ちなら、美味い物を食わせて上書きすればいい。

人は過去よりも、自分が美味い物を食える『現在』を選ぶものさ。

その『現在』が王家と教会が手を取り合うことなのだから、人々は勝手にそれが良いことだと認識していくだろう。

自分にとって都合がいいことを選ぶのは、人の性。そもそも、王家と対立するための勢力に教会を含むことがおかしいのだから、正常な形になるだけじゃないか。

なお、『宜しければ寄付をお願いします』という形にしているので、部外者が堂々と寄付できる機会を得るためにも有効だと付け加えておく。

幸せのお裾分けだけを貰って、知らん顔……なんて真似はしませんよ! 私はアグノスの所有者であり、常識のある大人ですからね……!

「判った! 私もここで幸せに暮らせているし、教会で暮らしている人達以外にも、幸せのお裾分けをするのね? それが今、皆で作っているお料理なんでしょう?」

「そうだよー」

そう、アグノスやお子様達はそういう認識で良い。善良な人々もそう思ってくれて構わない。

黒いお話は王家や聖人様、そして一部の大人達が担えばいいんだ。基本的に、『幸せのお裾分けをするイベント』でいいんだからさ。

そんなことを話しているうちに、良い香りが漂ってくる。思わずそちらに顔を向ければ、楽しそうな笑顔のシスターがパイを皿に移していた。

「さあ、新しいパイが焼けましたよ。まだまだ焼いていきますから、外で配ってくれている人に教えてあげてくれるかしら?」

「うん!」

元気よくお返事すると、アグノスは駆け出していく。そんな彼女の背を見送る大人達の目はとても優しい。

「貴女達も食べてね?」

「勿論ですわ、魔導師様。私どもは夕食に頂こうと思いますの。やはり、食事は皆で頂きたいですし、皆と美味しい物を食べる幸せを分かち合いたいですもの」

「そっか」

一切れのパイと一皿のスープでも、『皆と分け合ったもの』ならば、格別の味になるだろう。

今日は全員が忙しく働いているから、それゆえの空腹も相まって、特別な味として記憶に残りそうだ。

……アグノスはもう大丈夫だろう。彼女が恐れるとしたら、この賑やかさから離されること――孤独ではあるまいか。

「健やかにお育ち、アグノス」

私が所有者でいる限り、あの国にアグノスが戻ることはない。

それに。

もしも、彼女の母親や乳母がアグノスの幸せを願っていてくれたのならば、この状況を壊すようなことは望まないだろう。

万が一の時は、それを逆手に取り、ハーヴィスの者達を退けよう。なに、『アグノスが幸せに暮らしている』という事実がある以上、血縁上の父親が相手だろうと負けはしない。

「……あ。ティルシア達にも近況報告をしてやろっかな」

サロヴァーラの王女達もアグノスを案じてくれていた。だから、きっと安堵したような笑みを見せてくれることだろう。