作品タイトル不明
第十七話 悩むシモーヌと男子生徒と女子生徒
それから二週間ほどが過ぎて、ようやく暑さが和らいだ。本来なら勉強に運動に読書にと精が出る季節。それにも拘わらず、友人作りが難航しているシモーヌは窓の外を空虚な目で眺めていた。
「おい、シモーヌはどうしたんだ? 様子がおかしいぞ」
朝から一言も話さないシモーヌに異変を感じたジャンが、フランシスとビクターに囁いた。
「ついこの間まで、シモーヌにしては積極的に動いていたのにな」
ビクターも寝ぐせのついた頭を掻きながら言う。
「え? そう?」
何やら調べ物をしていたフランシスが、意外そうな表情をした。
フランシスは、例のジャムがラザノ商会で取り扱えることになり、その販路について兄から相談された。初めての大仕事に夢中で、シモーヌの変化には気づいていなかったのだ。
「友人がいのない奴だなぁ。よし、情報収集だ」
フランシスはジャンとビクターに両腕を掴まれ、教室から連れ出された。連れて行かれた先は、三人が滅多に行かないカフェテリア。ここは男子生徒よりも女子生徒の利用が多いので、女子が苦手な三人からすると鬼門だ。
「こんなところ、場違いじゃ……」
カフェテリアのほぼ中央にある四人掛けのテーブル席に座らされたフランシスは、向かい側に並ぶジャンとビクターに小声で話し掛けた。
が、よく見ると二人も赤い顔をして居心地悪そうに下を向いている。やっぱりジャンたちも怖いんじゃないかと思ったが、そこまでシモーヌを心配している二人を思うと我慢することにした。
「やっぱりシモーヌさんって変わっているわよねぇ」
突然、ジャンとビクターの後ろからシモーヌの名前が聞こえ、三人はビクッと体を揺らす。
「二学期になって挨拶するようになったと思ったら、毎日毎日、お天気の話だもの」
フランシスがちらりと目だけ動かして、声のする方を見る。ジャンとビクターも気になっているようだが、振り返って確認する訳にはいかない。そこには大きなテーブル席に六人の女子がいた。顔まではよく見えないが、きっと同じクラスの女子だろう。
「毎日暑いですね、晴れていますねって言われても返事に困ります」
「もしかすると、天気を予想するお仕事でもなさるのかしら?」
まさか、と女子たちは笑う。
「それが続いたと思ったら、今度は毎日制服を褒めて下さって」
「褒められても、皆同じ制服ですしね」
「もしかすると、将来は制服を作るお仕事に?」
女子たちはさらに大きな声で笑い出す。
少し失礼では? イラッとしたフランシスが女子たちに声を掛けようとした時、
「次、行くぞ」
と、ビクターが低い声で二人を促した。ジャンも怒っているのか無言でビクターについていく。フランシスはまだ笑っている女子たちを睨みつけてカフェテリアを後にした。
「でもね、私が想像していたシモーヌさんとは違っていて、可愛いって思っちゃいました」
三人が出ていった後も、女子たちの話は続く。
「私たちになんて興味ないだろうなって決めつけていたわ」
「私も。それに殿下の婚約者候補で、筆頭侯爵家のご令嬢でしょう? 気軽に話し掛けると失礼に当たると思っていたわ」
うんうん、と女子たちは頷き合う。
「レニー様が、シモーヌさんは意外と面白いわよって仰っていて。確かに教室にあるシモーヌさんの本、面白いのよ。少し血が多いけど、私は結構好きなジャンルかも」
一人の女子がそう言うと、血という単語に反応してキャーと悲鳴が上がった。
「私、明日にでも話し掛けてみようかしら」
「話題はどうするの?」
「やっぱり、お天気かしら?」
キャッキャと盛り上がる女子たちは、後ろに三人の男子生徒がいたことにはまったく気がついていなかった。
「なんだよ、さっきの。シモーヌは頑張ってるのに」
怒りが治まらないフランシスが次に連れて行かれたのは、男子生徒専用の休憩室だった。休憩だけでなく更衣室としても使うため、ここは三人にも馴染みのある場所だ。
「なんでここ……」
休憩室の端っこにあるソファーに座らされたフランシスは、向かい側に並んで座ったジャンとビクターを無言で見る。声を出そうとした時、四、五人の男子が休憩室に入って来て奥のソファーにドカッと座った。
「シモーヌ嬢、最近どうしたんだ?」
男子生徒の一人が暑い暑いとシャツのボタンを外しながら言う。
「最近、挨拶してくれるようになったけど、挨拶の続きが毎回天気の話なんだよ」
顔ははっきりと見えなかったが、きっと奴らも同じクラスなのだろう。
「毎日暑いですね、晴れていますねって言われてもね」
「お天気お姉さんだな」
ゲラゲラと男子たちは笑う。
「この間、僕が髪を切ったことに気づいたみたいで褒めてくれたよ」
「えっ! それって脈ありってこと?」
「馬鹿言え! きっと、シモーヌ嬢のファッションチェックだよ」
さらに大きな声で笑い出す男子に、今度は三人同時に席を立った。三人は無言で休憩室を後にした。
「でもな、シモーヌ嬢、話している時に少し震えているんだ」
男子の一人がポツリと言う。
「体が弱くて社交ができなかったんだろう? アラン様の妹は病弱って有名だぜ」
「殿下の婚約者候補だったからなぁ。殿下が正式に婚約発表するまでは、候補者になんて気軽に話し掛けられないからな。気軽に話してるのはあの三人ぐらいだぜ。くそっ、羨ましい」
うんうん、と男子たちは頷き合う。
「俺、休み前に本を借りたんだ。世界の珍事件が書かれた本。衝撃的過ぎて返却する時にお礼しか言えなかったよ。続きがあったら絶対読みたいのに」
本当か! 読んでみたいと、笑い声が上がる。
「俺、明日天気が良かったら、話し掛けてみようかな」
「じゃあ、僕は雨が降ったら話し掛ける!」
「お前は雪が降るまで話し掛けるな!」
ワイワイと盛り上がる男子たちは、そっと出て行った三人にはまったく気がついてはいなかった。
「シモーヌ、皆と話したくて頑張ってるのだけなのにな」
帰り道。いつもは賑やかに歩く三人が、今日はそれぞれが何かを考えているように黙っていた。もうすぐ学生寮に着くというところで、ジャンが悔しそうに言った。
「そうだな。話題のきっかけって難しいよ。天気の話ばっかりでもいいのに」
フランシスも皆のシモーヌに対する反応がショックだったようだ。
「俺たちがジョルジュたちと話すようになったのは、シモーヌがアラン様の話をしてくれたからだよな。でも、俺たちは女子とシモーヌの会話のきっかけなんて作ってやれないし」
ビクターも項垂れる。するとジャンが大きな声で言った。
「いいじゃん。シモーヌのことは俺たちだけがわかっていれば。シモーヌのこと、他の奴らになんて教えてやんなーい!」
「そうだ。明日、僕たちがいっぱいシモーヌに話し掛けよう。わかる人だけにわかればいいんだよ、シモーヌの良さは」
「そうだな。逆に俺たちだけが知っているって、なんか格好いいな!」
フランシスもビクターも、まるで自分に言い聞かせるように大きな声で言い切った。そうだ、そうだと叫ぶ三人は、シモーヌの良さを知っているのは自分たちだけだと信じて疑わなかった。
「ねぇ、これ何?」
翌朝。シモーヌに沢山話し掛けようと誓ったはずの三人は、教室の端っこにあるフランシスの席……ではなく、そこからさらに端の壁際に佇んでいた。
シモーヌの席には二,三人連れの女子が入れ替わり立ち替わりやってくる。そして、後ろにあるフランシスの席もその女子たちが陣取っていた。
フランシスには女子たちに退いていただく勇気がないため、こうやって壁の花になっているしかなかったのだ。
一体何を話しているのか。一緒になって壁際に立つジャン、ビクターと共に耳を澄ます。聞こえてくる内容はほとんどが今日の天気についてだ。どの女子も今日の天気予想を質問する。シモーヌは毎回ご丁寧に、「鳥が低く飛んでいるから午後は雨かもしれません」と返している。
「もう、いいよ。真面目かっ」
ジャンは呆れるが、顔を赤らめながらも嬉しそうに答えるシモーヌの顔を見ると、三人とも何も言えなくなった。
「ま、俺たちにしか知らないシモーヌもいるし」
悔しそうに言うジャンに、フランシスもビクターも力強く頷いた。悔しいが、シモーヌの頑張りが報われたようで、三人は少しだけ嬉しかったのだ。
しばらくすると、満足したのか女子たちは去っていた。やっと席に着ける、とフランシスが動こうとした時。まるで女子たちが去るのを待っていたかのように、数名の男子たちがシモーヌの元へと近づいた。
「そこは僕の席だっ!」
急に大きな声を出して、シモーヌとの間に立ちはだかったフランシスに、男子たちはもちろん、ジャンとビクター、そしてシモーヌまでもが驚いた。
「……も、もうじき授業が始まるから」
「あ、あぁ。そうだな」
バツが悪いのか小さな声で言うフランシスに、出端をくじかれた男子たちはすごすごと退散する。
「フランシスの奴、どうしたんだ?」
「まぁ、女子は怖いし強く言えないけどな」
ジャンとビクターはフランシスの行動に首を傾げながら自分の席へと戻る。
やっと自分の席に着いた当のフランシスも、咄嗟に出た自分の行動に首を傾げていた。