軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第100話 あなたを1人にさせない

俺(おれ) は 裏庭(うらにわ) の 古(ふる) い 石(いし) のベンチに 腰(こし) を 下(お) ろし、ミユウの 手(て) を 握(にぎ) っていた。

陽(ひ) が 傾(かたむ) き 始(はじ) めた 午後(ごご) の 光(ひかり) が、木々(きぎ)の 葉(は) を 透(す) かして 柔(やわ) らかく 地面(じめん) に 落(お) ちる。 風(かぜ) がそよぐたび、 草(くさ) の 匂(にお) いと 土(つち) の 匂(にお) いが 鼻腔(びこう) をくすぐった。

アインとジュリアは 少(すこ) し 離(はな) れたところで、 落(お) ち 葉(ば) を 積(つ) み 上(あ) げては 崩(くず) し、 笑(わら) い 声(ごえ) を 上(あ) げている。

まだ 五歳(ごさい) の 二人(ふたり) は、 今日(きょう) という 日(ひ) が 永遠(えいえん) に 続(つづ) くと 思(おも) っているような、 無邪気(むじゃき) な 顔(かお) をしていた。

そこへ、 神官(しんかん) たちがやってきた。

白銀(はくぎん) のローブをまとった 三人(さんにん) の 老(ろう) 神官(しんかん) は、まるでこの 庭(にわ) の 空気(くうき) そのものに 溶(と) け 込(こ) むように 静(しず) かに 歩(あゆ) みを 進(すす) めてくる。

足音(あしおと) すらほとんど 立(た) てず、ただローブの 裾(すそ) が 草(くさ) を 撫(な) でるかすかな 音(おと) だけが 聞(き) こえた。

「 龍夜(りゅうや) 殿(どの) 。ミユウ 殿(どの) 。お 時間(じかん) をいただきたく 存(ぞん) じます」

最年長(さいねんちょう) と 思(おも) しき 神官(しんかん) が、 深(ふか) く 頭(あたま) を 下(さ) げた。

声(こえ) は 低(ひく) く、 枯(か) れ 木(き) のような 響(ひび) きを 帯(お) びている。

俺(おれ) はミユウの 手(て) を 離(はな) さず、ゆっくり 立(た) ち 上(あ) がった。

「…… 何(なん) の 用(よう) だ」

言葉(ことば) に 棘(とげ) が 混(ま) じるのを 抑(おさ) えきれなかった。

十年前(じゅうねんまえ) 、あの 戦(たたか) いが 終(お) わってからというもの、 俺(おれ) はこの 家(いえ) に、 家族(かぞく) に、 静(しず) かに 根(ね) を 下(お) ろしてきた。

もう 剣(けん) を 握(にぎ) るつもりなどなかった。なのに 今更(いまさら) 、 神官(しんかん) たちが 訪(おとず) ねてくる 理由(りゆう) が、 嫌(いや) な 予感(よかん) しかしない。

神官(しんかん) の 一人(ひとり) が、 懐(ふところ) から 古(ふる) びた 羊皮紙(ようひし) の 巻物(まきもの) を 広(ひろ) げた。

そこには 色褪(いろあ) せた 墨(すみ) で、 複雑(ふくざつ) な 紋様(もんよう) と 七(なな) つの 光点(こうてん) が 描(えが) かれている。

「 七(なな) つの 宝玉(ほうぎょく) の 伝説(でんせつ) ……ご 存(ぞん) じでしょうか」

俺(おれ) は 眉(まゆ) を 寄(よ) せた。

アストリアの 大地(だいち) を 支(ささ) え、 魔(ま) を 封(ふう) じる 七(なな) つの 聖(せい) なる 宝玉(ほうぎょく) 。

「 十年前(じゅうねんまえ) 、 俺(おれ) が 魔王(まおう) を 倒(たお) したとき、あの 悪魔(あくま) どもはすべて 消(き) えたはずだ。なぜ 今更(いまさら) 、そんな 話(はなし) が出てくる」

声(こえ) が 低(ひく) く 掠(かす) れた。

ミユウが 俺(おれ) の 袖(そで) をそっと 握(にぎ) りしめる。その 小(ちい) さな 力(ちから) が、 俺(おれ) の 胸(むね) の 奥(おく) でざわつくものを 少(すこ) しだけ 抑(おさ) えてくれた。

最年長(さいねんちょう) の 神官(しんかん) が、ゆっくりと 目(め) を 伏(ふ) せた。

「 龍夜(りゅうや) 殿(どの) が 命(いのち) を 賭(と) して 討(う) ち 果(は) たしたのは、 確(たし) かに 魔王(まおう) シャインの 肉体(にくたい) でした。ですが…… 宝玉(ほうぎょく) に 封(ふう) じ 込(こ) められていたシャインの 魂(たましい) は、 完全(かんぜん) に 滅(めっ) んではいなかったのです」

「…… 何(なに) ?」

「 七(なな) つの 宝玉(ほうぎょく) は、 古来(こらい) よりアストリアの 秩序(ちつじょ) を 司(つかさど) る 柱(はしら) でした。 魔王軍(まおうぐん) も、 悪魔族(あくまぞく) の 王(おう) たるシャインも、その 力(ちから) の 源(みなもと) を 宝玉(ほうぎょく) に 封(ふう) じ 込(こ) められていた。あなたが 魔王(まおう) を 倒(たお) した 瞬間(しゅんかん) 、 封印(ふういん) は 一時的(いちじてき) に 強固(きょうこ) になったものの、シャインの 最後(さいご) の 咆哮(ほうこう) が 宝玉(ほうぎょく) を 砕(くだ) き、 世界中(せかいじゅう) に 七(なな) つに 散(ち) らばらせてしまったのです」

俺(おれ) の 喉(のど) が 鳴(な) った。

散(ち) らばった?

「 今(いま) 、 各地(かくち) で 異変(いへん) が 起(お) きています。 闇(やみ) の 瘴気(しょうき) が 湧(わ) き、 魔物(まもの) が 再(ふたた) び 姿(すがた) を 現(あらわ) し 始(はじ) めた。 宝玉(ほうぎょく) が一つ(ひとつ)でも 魔(ま) の 手(て) に 入(はい) れば、シャインは 完全復活(かんぜんふっかつ) を 果(は) たすでしょう。……そして 今度(こんど) は、 誰(だれ) にも 止(と) められません」

風(かぜ) が 急(きゅう) に 冷(つめ) たくなった 気(き) がした。

木々(きぎ)の 葉(は) がざわめき、アインとジュリアの 笑(わら) い 声(ごえ) が 遠(とお) くに 聞(き) こえる。 俺(おれ) は 無意識(むいしき) に、ミユウの 手(て) を 強(つよ) く 握(にぎ) り 返(かえ) していた。

「だから、 俺(おれ) に 何(なに) をしろと?」

神官(しんかん) は 静(しず) かに 俺(おれ) を 見上(みあ) げた。

「 七(なな) つの 宝玉(ほうぎょく) を、すべて 回収(かいしゅう) していただきたい。あなた 以外(いがい) に、その 力(ちから) と 経験(けいけん) を 持(も) つ 者(もの) はおりません」

俺(おれ) は 息(いき) を 吐(は) いた。

吐(は) き 出(だ) した 空気(くうき) が 白(しろ) く 震(ふる) えた。まだ 春(はる) の 終(お) わりだというのに。

「…… 冗談(じょうだん) じゃない」

俺(おれ) は 家族(かぞく) のほうを 見(み) た。

アインがジュリアに 何(なに) か 言(い) いながら、 葉(は) っぱの 冠(かんむり) を 作(つく) っている。

ジュリアがキャッキャと 笑(わら) って、それを 頭(あたま) に 乗(の) せようとしている。あの 笑顔(えがお) を、 俺(おれ) は 二度(にど) と 失(うしな) いたくなかった。

「 俺(おれ) はもう、 戦(たたか) わないと 決(き) めた。 家族(かぞく) を、 守(まも) るためにここにいるんだ」

神官(しんかん) は 目(め) を 伏(ふ) せたまま、 静(しず) かに 言(い) った。

「だからこそです。 宝玉(ほうぎょく) がすべて 集(あつ) まる 前(まえ) に、シャインが 復活(ふっかつ) すれば……この 家(いえ) も、この 庭(にわ) も、 子供(こども) たちの 笑顔(えがお) も、すべて 失(うしな) われます」

胸(むね) の 奥(おく) が、ぎゅっと 締(し) めつけられた。

十年前(じゅうねんまえ) の 戦場(せんじょう) で 嗅(か) いだ 血(ち) と 焦(こ) げた 肉(にく) の 匂(にお) いが、ふと 蘇(よみがえ) る。

あのとき 俺(おれ) は、 世界(せかい) を 救(すく) うつもりなんてなかった。ただ、 目(め) の 前(まえ) にいるたった一人の 少女(しょうじょ) ――ミユウを、 守(まも) りたかった。それだけだった。

なのに 今(いま) 、また 同(おな) じ 選択(せんたく) を 迫(せま) られている。

俺(おれ) はゆっくりと 息(いき) を 吸(す) い、 吐(は) いた。

「……わかった。 一人(ひとり) で 行(い) く」

言葉(ことば) が 出(で) た 瞬間(しゅんかん) 、 背後(はいご) で 小(ちい) さな 足音(あしおと) がした。

「あなた……?」

ミユウの 声(こえ) が 震(ふる) えていた。

振(ふ) り 返(かえ) ると、 彼女(かのじょ) は 両手(りょうて) でスカートの 裾(すそ) を 握(にぎ) りしめ、 瞳(ひとみ) を 潤(うる) ませて 俺(おれ) を 見上(みあ) げている。

「 一人(ひとり) で、なんて……」

「ミユウ。お 前(まえ) たちはここにいろ。 俺(おれ) が 全部片付(かたづ) けてくる。 危険(きけん) な 目(め) に 合(あ) わせるわけにはいかない」

「 嫌(いや) です」

ミユウの 声(こえ) は、いつもよりずっと 小(ちい) さかった。でも、その 中(なか) に 宿(やど) る 意志(いし) は、 揺(ゆ) るぎなかった。

「あなたが 一人(ひとり) で 戦(たたか) うなら、 私(わたし) も 行(い) きます。アインも、ジュリアも……みんなで」

俺(おれ) は 首(くび) を 振(ふ) った。

「 無理(むり) だ。 子供(こども) たちだって、まだ 五歳(ごさい) だぞ。 旅(たび) なんて――」

そのとき、アインが 駆(か) け 寄(よ) ってきた。

小(ちい) さな 手(て) で 俺(おれ) のズボンの 裾(すそ) を 掴(つか) み、 顔(かお) を 上(あ) げてくる。

「パパ、どこ 行(い) くの?」

ジュリアも 遅(おく) れてやってきて、 兄(あに) の 隣(となり) に 並(なら) んだ。

二(ふた) りの 瞳(ひとみ) は、 純粋(じゅんすい) で、 俺(おれ) を 信(しん) じきっている。

俺(おれ) は 言葉(ことば) に 詰(つ) まった。

どう 説明(せつめい) すればいい? 世界(せかい) がまた 壊(こわ) れかけていること、 俺(おれ) がまた 剣(けん) を 握(にぎ) らなければならないこと、でもお 前(まえ) たちを 危険(きけん) な 目(め) に 合(あ) わせたくないこと――。

ミユウが、ゆっくりと 俺(おれ) の 前(まえ) に 進(すす) み 出(で) た。

「あなた。 私(わたし) 、 決(き) めたの」

彼女(かのじょ) は 俺(おれ) の 両手(りょうて) を 両手(りょうて) で 包(つつ) み 込(こ) み、 静(しず) かに、でもはっきりと 続(つづ) けた。

「あなたが 世界(せかい) を 救(すく) うつもりはなくても、 私(わたし) たちはあなたを 一人(ひとり) になんてさせない。アインもジュリアも、 私(わたし) も……みんな、あなたと 一緒(いっしょ) にいる。それが、 私(わたし) たちの 家族(かぞく) だから」

アインが、こくりと 頷(うなず) いた。

「 僕(ぼく) も 行(い) く! パパを 守(まも) るんだから!」

ジュリアが 小(ちい) さな 拳(こぶし) を 握(にぎ) って、 続(つづ) く。

「ジュリアも! パパと 一緒(いっしょ) がいいもん!」

俺(おれ) の 視界(しかい) が、 滲(にじ) んだ。

何(なん) だこれは。 情(なさ) けない。こんなときに 泣(な) くなんて。

でも、 胸(むね) の 奥(おく) で、 何(なに) かが 決定的(けっていてき) に 砕(くだ) けた。

「…… 馬鹿(ばか) どもが」

俺(おれ) は 笑(わら) って、しゃがみ 込(こ) んだ。

アインとジュリアの 頭(あたま) を 両手(りょうて) でぐしゃぐしゃと 撫(な) でる。ミユウの 腰(こし) を 引(ひ) き 寄(よ) せて、 額(ひたい) をくっつけた。

「わかった。みんなで、 行(い) く」

ミユウの 瞳(ひとみ) から、ぽろりと 涙(なみだ) が 落(お) ちた。

でもその 顔(かお) は、 笑(わら) っていた。

「ありがとう、あなた」

俺(おれ) は 立(た) ち 上(あ) がり、 神官(しんかん) たちに 向(む) き 直(なお) った。

「 最初(さいしょ) に 向(む) かうのは、どこだ」

最年長(さいねんちょう) の 神官(しんかん) が、 静(しず) かに 答(こた) えた。

「 大陸(たいりく) アシュラ。 七(なな) つの 宝玉(ほうぎょく) のうち、一つ(ひとつ)が 眠(ねむ) る 古(いにしえ) の 神殿(しんでん) がございます。 港町(みなとまち) まで 馬車(ばしゃ) を 用意(ようい) いたしました。 船(ふね) は、 明朝(みょうちょう) に 出航(しゅっこう) いたします」

俺(おれ) は 頷(うなず) いた。

「なら、 準備(じゅんび) する。…… 今夜(こんや) は、 家族(かぞく) と 過(す) ごす」

神官(しんかん) たちは 深(ふか) く 頭(あたま) を 下(さ) げ、 静(しず) かに 去(さ) っていった。

ローブの 裾(すそ) が 草(くさ) を 撫(な) でる 音(おと) が 遠(とお) ざかるまで、 俺(おれ) たちは 誰(だれ) も 動(うご) かなかった。

夕陽(ゆうひ) が 沈(しず) み、 庭(にわ) に 長(なが) い 影(かげ) が 伸(の) びる。

アインとジュリアが 俺(おれ) の 足(あし) にしがみつき、ミユウが 俺(おれ) の 胸(むね) に 顔(かお) を 埋(うず) める。

俺(おれ) はそっと、 三人(さんにん) を 抱(だ) きしめた。

世界(せかい) を 救(すく) うつもりなんて、これっぽっちもなかった。

でも、この 温(ぬく) もりだけは、 絶対(ぜったい) に 手放(てばな) さない。

だから――

明日(あした) から、 俺(おれ) たちは 旅(たび) に 出(で) る。

魔王(まおう) を 倒(たお) し、ミユウと 結婚(けっこん) したら、 憧(あこが) れのスローライフが 待(ま) っている。しかし、その 期待(きたい) は 脆(もろ) くも 崩(くず) れ 去(さ) った。

魔王の 完全復活(かんぜんふっかつ) を 阻止(そし) するため、いつ 終(お) わるとも知れない 冒険(ぼうけん) と 戦(たたか) いが 始(はじ) まるとは、 俺(おれ) はこれっぽっちも思(思)っていなかった。

世界(せかい) を 救(すく) うつもりはなかった、なんて言っていられない。 俺(おれ) はもう、 真(しん) の 勇者(ゆうしゃ) として 覚醒(かくせい) しなければならなかった。 全(すべ) てはこの子たちの 未来(みらい) のために。