軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三、専門教育

時機(チャンス) は意外と早く回ってきた。

「おーい、 猫猫(マオマオ) 」

猫猫は老医官から呼び出される。

「なんでしょうか?」

「しばらく別の部署にいってもらえんかね?」

「わかりました。どこへ向かえばよろしいですか?」

「 劉(リュウ) 医官のところにだよ」

(劉医官!)

猫猫にとってまたとない話だ。劉医官は皇帝の主治医でもある。皇帝が今どんな様子か調べることもできよう。

しかし劉医官のところで人手不足なのはどうしてだろうか。

「劉医官の元には他に優秀な医官がいそうですけど」

「雑用だとは言っていたね。薬の棚卸でもしたいんじゃないのかねえ」

「そうですか」

(本当にそうだろうか?)

猫猫は疑問に思いつつも素直に従うことにした。

劉医官がいる医務室は、宮廷の中心部にある。外廷に位置するが、皇帝の寝所に近い場所だ。つまり内廷、後宮とも近い。近いがまさかの人物が目の前にいて猫猫はぽかんとした。

「おやじ」

「おやじじゃないだろう。ここでは、そうだねえ、漢医官とでも呼んでおくれ」

羅門(ルォメン) がいた。猫猫の養父で現在は後宮医官として働いているはずだった。

「劉さんが薬くらい作れるだろうって呼んだんだ」

「得意だろう? 外科をやるには実戦から離れているから心もとないが、そっちは衰えたとは言わせないぞ」

劉医官と羅門は昔馴染みだ。

「外科はねえ。長時間立つことができないからやめておいた方がいいだろうねえ」

羅門は膝を叩く。

「こやつの介護はおまえが妥当だろう」

劉医官の言葉で猫猫が呼ばれた理由がわかった。羅門は膝の骨を抜かれて、動きが悪い。その補助をしろと言いたいらしい。

「しばらく羅門には、こちらに通ってもらう」

劉医官はそれだけ言うと、あとは羅門に任せたと手を振って去っていく。

「おやじ」

「違う」

「漢医官」

猫猫は言い直す。

「なんだい?」

羅門は杖を突きながら、薬の保管庫へと向かう。他の医官たちもついていく。

「劉医官は何の意図があって、こうして人を集めたんでしょうか?」

猫猫は丁寧な口調でおやじに聞いた。

「昔からよくあることだよ。医官たちが慣れてきたころに、適性に合わせて専門分野に分ける。なんでもできる医官が大勢いてもいいけど、分業したほうがより効率が良いからね」

「そうですか」

猫猫は納得がいかないもののこれ以上追及はしなかった。

保管庫にはずらりと薬棚が並んでいる。猫猫は一日一回回る場所だが、いつ何度来ても落ち着く場所だ。

「具体的に何をやるんでしょうか?」

医官の一人が聞いた。

「そうだね。悪いけどいくつかの薬をそれぞれ作ってもらえないかい?」

「わかりました」

猫猫以外についてきた医官は三人。二人は中堅で、一人は 天祐(ティンユウ) と同期だ。

三人とも勤勉で猫猫が薬の管理に携わることも文句を言わなかった。大人しい性格だからというより、三人とも少なからず猫猫と同じ空気を持っているからだろう。

猫猫はいつも通り名前を覚えない。

(長先輩。短先輩。中同輩)

身長の高い中堅医官、身長の低い中堅医官、中くらいの同輩の医官。

黙々と作業をしたり、薬の効能を確認したり、より効率がいい作り方を探索するのが楽しい人たちだ。つまり自分の邪魔をしなければ、誰がいようとどうでもいい。

「患者は二十歳の女性。胃炎のためか睡眠不足が続いていると夫からの相談。とりあえずどんな薬を処方する?」

最初に動いたのは中同輩だ。同輩は薬箱をいくつか開けて必要な薬の材料を集めている。

( 竜眼(リュウガン) に 当帰(トウキ) 、 甘草(カンゾウ) 、 山梔子(サンシシ) ……、 加味帰脾湯(カミキヒトウ) あたりかな?)

猫猫は横目で卓に置かれた生薬を確認する。

「おまえさんたちは動かないのかい?」

羅門が聞いた。

「他に症状はありませんか?」

短先輩は目を細めている。

「症状と言われてもね」

「つわりなどはありませんか?」

猫猫も念を押すように聞いた。

二十歳の女性、夫からの相談。ここで、妊娠の可能性も考えておかねばいけない。不眠症の薬はたくさんあるが、妊婦にとって悪いものも多い。

中堅医官二人は猫猫と同じくその可能性を示唆していた。

「そうだね。吐き気もあるようなので、その可能性は考えておいたほうがいい」

猫猫たち三人は動き出す。三人とも同じような生薬を手にし、同じような薬を作る。細かい作り方は違うが、大体似たような薬ができあがる。

「はい、三人正解。これはちょっと駄目だね」

案の定、中同輩だけは駄目だった。同輩はがっかりしながらも、駄目だった点を確認して納得している。

「さて次のお題を行くよ」

羅門はこうして猫猫たちにいくつも薬を作らせる。

調合書を渡して作らせるだけで終わらせないのが羅門だ。

(よく引っかけを入れるんだよなあ)

意地が悪いといえばそうだが、患者も自分の症状を上手く説明できない場合も多い。相手の言葉を疑ってかかるくらいがちょうどいいというのが、羅門の教えだ。

(これくらい金に対しても細かかったらいいのに)

さすがに医官として雇われていて、給料が上前をはねられていることはあるまいと思いたいが、一応今度確認しておこう。

(通りすがりの困った人に全財産をやってしまう可能性はある)

宮廷から一歩も出ないなら問題ないと思いたい。

数日、そのような繰り返しが続く。

羅門は薬の知識を確認するとともに、作業工程も観察していた。

「じゃあ、次は制限時間内に大量に作ってみようか? ここに書いてある組み合わせでお願いするよ」

羅門は難易度を上げていく。

猫猫は処方を確認する。

「はい」

猫猫が手をあげる。

「なんだい?」

「この薬をこれ以上作っても無駄になると思われます。使い切れません」

「私も同様です」

「武官たちがよく使う切り傷の薬ではだめですか?」

他の医官たちも猫猫に同意する。

「無駄にはならないよ。これから作る薬は市井の患者たちに配るんだよ」

「……どういうことでしょうか?」

中同輩が訊ねる。

「新たに作る薬の効用を調べるためさ。比較しやすいように同じ症状の患者を集めてもらっている」

猫猫が自分の左手を使ってやっている実験を、より正確にやるために集めたのだろう。

「……」

猫猫は処方が書かれた紙をもう一度確認する。 冬瓜子(トウガシ) 、 大黄(ダイオウ)

牡丹皮(ボタンピ) など。

(循環器系の薬か?)

どんな患者たちが集められたか。

それは、皇帝と同じ症状の患者が集められたと考えていいだろうか。

猫猫は疑問に思いつつ、書かれた生薬を集め始めた。