軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一、休暇

「うーん、疲れたー」

大きく伸びをするのは 姚(ヤオ) だ。彼女の手には雑巾が握られている。

「こんなものでしょうか?」

燕燕(エンエン) も雑巾を洗って絞る。

「いいんじゃないですか?」

猫猫は引きだしを元に戻す。数日かけて医局の掃除をしていた。大掃除が終わればこれにて仕事納めだ。

年末年始、官女たちは休みを貰う。医官たちは交代で宮廷にいるのだが、猫猫たちまでいる必要はないらしい。

話によると、官女にはしっかり休みを与えないと親元がうるさいと言う。

(本来、花嫁修業で仕事に来ているようなもんだからな)

もしくは、婿探しか。

しかし、姚も燕燕も仕事は仕事として働きに来ているので、休暇を実家で過ごすことはなかろう。姚は父親が死に、実家の実権は叔父が持っているといい、その叔父と言えば姚に結婚をさせようとする。

お嬢さま命の燕燕にとっては、姚の叔父は敵でしかないだろう。

「ねえ、猫猫は休みの間どうするの?」

姚が雑巾を干して、手を洗いながらたずねた。

「むしろ、私のほうはかき入れ時になりますね」

「かき入れ時?」

「懐の膨らんだ殿方が必ず家に帰るとは限らないのですよ」

姚は首を傾げるが、燕燕は意味がわかったらしく猫猫を睨む。情報通の彼女は猫猫の実家が何をやっているのか知っている。

「猫猫、あまり下世話なことはお嬢さまに聞かせないでください」

(下世話というか事実なのだが)

わかりやすく言えば、給金をたんまり貰った男たちは、夜の蝶を買いに来るというわけだ。医者も休む時期なので、やり手婆にはいつも薬屋はあけておくようにと言われている。おやじが帰れるかわからない以上、猫猫が見なければならない。何より、まだまだ薬屋としては素人に近い 左膳(サゼン) が上手くやっているのか気になる。

( 克用(コクヨウ) に頼んでいるから大丈夫だと信じたいが)

顔に疱瘡の傷がある陽気な男を思い出す。薬師の腕は信頼できるが、あのちゃらんぽらんな性格を考えると、不安が残る。

「貧乏暇なしなので、休みはないんですよ」

薬屋だけでなく畑も見なくてはならない。やり手婆のことだから、何かにつけて用事を押し付けるに決まっている。

掃除道具を片付け終えて顔を上げると、姚が口をもごもごさせていた。何か言いたそうな顔をしている。

「どうかしました?」

「……ええっと、猫猫の実家って薬屋だったわよね」

「そうですけど」

今度はうずうずしている。

猫猫が首を傾げていると、ようやく決心がついたようで口を開いた。

「べ、勉強のために休みの間に、猫猫の家に行っていいかしら?」

「お、お嬢さま」

驚いたのは燕燕だ。姚が言い出したことに、不満があるようだ。

(場所が場所だからねえ)

猫猫を見て、何か言い訳をつけて断るように訴えかける。

「治安が悪いので、やめておいてください。何より、そこらの武官たちよりも臭くてきつい殿方がうじゃうじゃいるんですよ。姚さんにとって危ない場所なので」

「……でも、猫猫はそんな場所に住んでいるじゃない?」

ひるむかと思いきや、言い返してくる。

「私は生まれてからずっと住んでいます。慣れている私と一緒にするのはおかしいかと」

ごく当たり前のことを言ったつもりが、姚の負けず嫌いな心を呼び起こしてしまったらしい。

「なら、慣れればいいんでしょう!」

「お、お嬢さま。危ないですよ、大人しく休みの間は家でゆっくりしましょう」

「家にいたら、あの男がやってくるでしょう」

『あの男』とは誰ぞや、と言わなくても猫猫には予想がついた。例の叔父だろう。

(つまり避難所として使いたいわけか)

家に見合い相手を連れ込まれたらたまらない。

「昼間なら来てもかまいませんけど、夜はどうするんですか?」

夜だと客の出入りはあるし、何より猫猫の家はぼろのあばら家だ。今は左膳と 趙迂(チョウウ) が住んでいるし、さすがに泊めるわけにはいかない。

「猫猫の家は正直、人が住める場所ではないのでお嬢さまに無理だと思いますよ」

「なんで燕燕が知っているの?」

(私、住んでたんだけど)

家の様子もしっかり調べられていた。抜かりはない使用人だ。

「他に知り合いはいないんですか? 誰か泊めてもらえる友人など」

猫猫の質問はいけなかったらしい。

姚が顔を真っ青にしていた。ちょっと泣きそうな顔にも見えなくない。

燕燕が姚の肩を持って「謝ってください」と訴えかけていた。

(あっ……)

察した。友だちがいないのだろう。

これは気付けなかった猫猫が悪かった。うまく言い返さねば。

「どこの家も親戚が集まりますから、断りますから仕方なかったですね」

「そうです。仕事がある猫猫の元なら大丈夫だと思ったんですよね。お嬢さま?」

燕燕が「よし」と親指を立てる。しかしいいのだろうか。それでは、姚を花街に呼ぶ羽目になってしまう。

(緑青館の部屋を借りるか)

駄目だ。客の出入りが多いから部屋の空きがない。あったとしてもやり手婆に吹っ掛けられるし、払ったとしても一晩中喘ぎ声が聞こえる部屋で姚が正気でいられるかわからない。途中、燕燕が声の主たちを襲いかねない。

他の店も似たようなものだし、都でどこかいい宿はなかったかと考える。

「……普通の宿じゃないほうがいいんですよね?」

「そうですね」

燕燕が姚のかわりに答える。

「前にあまりに煩いので、違う家に引っ越したら、翌日ばれましたので」

(その叔父さん、何者なのだろう?)

燕燕の諜報活動が上手いのは姚の叔父に鍛えられたためだろうか。

「私の家でもすぐ見つかるのでは?」

「いえ、おそらく猫猫の周辺なら大丈夫です」

どういう意味だろうか。

(あっ……)

察しがついた。

ついでに、今姚と燕燕が求める理想の宿が頭に浮かんだ。

治安が良く、なおかつ身内に見つからない、見つかっても手出しできない場所。

あるにはあるが、猫猫の口からは言いにくい。

「猫猫、心当たりがあるようですね?」

燕燕がずいっと顔を近づけてくる。

「あるのでしたら、言ってくれないでしょうか?」

鼻と鼻が一寸の距離まで近づいた。これでは、目もそらせない。

「燕燕、近すぎるわよ」

姚が止めてくれたのでほっと息を吐く。

「で、どこなの?」

姚も姚で追及してきた。

猫猫は仕方なく両手を上げる。

「お二人が知っている人の家ですよ。私は絶対口利きはしませんので、やるなら二人が頼んでください」

元々は名家らしいので部屋くらい余っているだろう。

「あのもじゃ眼鏡に頼んでみてはいかがでしょうか」

羅半(ラハン) のことである。