軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十六、簪盗人 後編

謎が解けたと言ったら、語弊があるかもしれないが、簪がどうやってなくなったのか目星がついた。

しかし――。

(これはこれで問題がある)

桜花から聞いた情報と、猫猫の予測を照らし合わせると、どうにもきな臭い方向にしか動かない。

玉葉后を安心させたいが、事実を口にすべきだろうか。

考えているうちに朝になってしまった。

眠い目をこすりつつ、猫猫は簪を眺める。

桜花にあれこれ聞いた以上、話すしかないだろう。

「猫猫、朝餉を食べよっ」

早速、桜花がやってくる。

お言葉に甘えると、朝食の場には 貴園(グイエン) と 愛藍(アイラン) もいた。貴園は以前と変わらずふんわりした雰囲気で、ちょっとふくよかになっている。愛藍は少し背が伸びたのだろうか、視線が前より高い。背が低い猫猫は長身の愛藍が羨ましい。

懐かしい組み合わせに猫猫も少しだけ顔が綻ぶ。

「朝餉、贅沢して干し鮑入りよ!」

『おおっ!』

思わず猫猫も拍手してしまう。玉葉后の夜食の材料から失敬したのだろうか。

しっかりした出汁に塩がほんのりとついているだけの簡単なものだが、素材が素材だけに美味しい。米も一級品で、さすがに后付きともなれば、侍女の食事の階級も上がるのだとわかる。

猫猫は四人で雑談をしながら、周りを見る。

「どうしたの?」

落ち着きがない猫猫に、貴園が話しかける。

「いえ、他のかたの朝餉は良いのですか?」

白羽(ハクウ) 他二名に、皇后になった際に何人か侍女が増えたはずだ。

「ああ、白羽さんたちは別のところで食べてるの。他の侍女は、ここでは食事しないし」

「うん、もっと仲良くしたいんだけどね。三人とも真面目だから」

(この三人が緩いだけだと思う)

だから付き合いやすいのだが。

桜花たちのほうが、侍女として玉葉后とともに後宮にいた時間は長い。だが、元々、白羽たちは玉葉后と面識があるので、敬称を付けているのだろう。

紅娘が侍女頭として上に立っているが、なんとなく立場的に白羽のほうが桜花たちよりも上に立っている気がしてならない。

「ねえ、猫猫。犯人はまだわからない?」

桜花が聞いてくる。

「――難しいところですね」

猫猫は曖昧に答える。

三人娘の顔がしゅんと落ち込む。

「わからないんだったら、猫猫、またここに戻ってきてよ。薬の調合とか、難しいかもしれないけど、何かしら理由つけて許可とるからさ」

「そうそう。翡翠宮よりずっと部屋多いもの。竈だってたくさんあるよ」

「渡来品の薬も手に入ると思うわ」

(渡来品!)

思わず食いつきそうになった。いけない、いけない。

猫猫は茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。

「今は、養父や他の医官のかたがたから、仕事を教えてもらっています。他の同僚にも迷惑がかかりますし、簡単に仕事を変えるわけにはいきません」

玉葉后のもとでの仕事も魅力的なのはわかる。だが、ここで后のもとに向かうと違う意味でいろんな調整がきかなくなる。

(あの変人とか)

片眼鏡軍師が后のところへやってくるかもしれない。あの男にとっては、ただ猫猫に会いにきただけだが、周りの視線は違ってくる。

玉葉后が今更、猫猫と変人軍師の関係を知らないわけではなかろう。

(本人が思っているだけで、赤の他人です)

猫猫は正直、実は種違いでどこか別の客の男の子どもではないかと思っている。思っていたい。可能性は低いが。

玉葉后がただ猫猫のことを駒として見てくれていたら楽なのだが、彼女は猫猫の能力を評価している。

(無下にはできない)

さらに、桜花たちの視線も痛い。

どう切り抜けようか考えていると、赤い髪紐を付けた女がやってきた。白羽によく似ているが、顔がいくらか幼い。

「どうしたの、 赤羽(セキウ) ?」

確か年齢は猫猫と同い年だったはずだ。白羽の妹で、三姉妹の末っ子である。白羽と違い、赤羽にはため口のようだ。

「玉葉后が、猫猫を呼んでます」

淡泊な答えに、猫猫は食べ終わった器を持つ。

「あー、片付けておくから置いてて」

貴園の言葉に甘えて、そのままにする。

「いい返事待っているよー」

手を振る三人に一礼して、猫猫は玉葉后のもとへと向かった。

后の部屋には、紅娘と白羽、それから公主と東宮がいた。

公主は、はいはいをする東宮の周りで玩具を見せている。あやしているつもりだろうか。

猫猫が来たことに気がつくと、白羽が東宮を抱き上げる。

「赤羽、公主さまを」

「わかりました」

猫猫を案内してきた赤羽が 鈴麗(リンリー) 公主の手をつなぐ。

「もっとあそぶ」

数えで三歳だったろうか。ちゃんと言葉が話せるらしい。だが、猫猫のことは覚えていないらしく、見慣れぬ顔を観察してくる。

ちょっと寂しいと思いつつ、仕方ないか、と軽く手を振る。

白羽も赤子を抱いて部屋を出ようとした。猫猫は思わず袖を掴む。

「なんですか?」

面識はあるもののほとんど接点がない人だ。ぶしつけな態度に、ややかたい表情を見せる。

「残っていただけますか?」

「どうしてです?」

「お話を一緒に聞いてもらいたいかと思いまして」

白羽の表情は変わらない。

紅娘が廊下に出て、近くにやってきた愛藍を呼び止める。

「見ていてちょうだい」

東宮を白羽の手から愛藍にうつす。東宮は笑いながら、愛藍の髪を引っ張るので、苦笑いしながら連れていかれた。

「猫猫、お話というのは?」

玉葉后と紅娘は白羽を残したことについて言及はしなかった。話をすすめたほうが早いと思ったらしい。

「これについてです」

猫猫は預かっていた簪を出す。

「犯人がわかったのかしら?」

「わかりませんが、何故、黒くなったのか。中の石が無くなったのか。その二つについてはご説明できるかと思います」

「本当に?」

「はい」

猫猫は昨晩桜花に書いてもらった見取り図を出す。

「玉葉后は衣装直しのために、宮へと向かいましたね。そして、着替えるときに簪がないのに気が付いたと」

「そうよ、時間がなかったから探すより先に着替えを優先したけど」

(やっぱり)

簪が無くなった時点では騒ぎにならなかった。

「落としたと思ったんでしょうか?」

「ええ、急いでいたから。途中、頭を木の枝に引っかけてしまって、落としたのかしらと思ったのよ」

「……もしかして、この辺りでしょうか?」

猫猫は見取り図を指で示す。

「ええ、そうよ。脇に荷台があって、避けていたら木の枝に触れたの」

荷台、つまり鍋が置いてあったところだろうか。

猫猫はちらりと白羽を見る。白羽の表情は変わらない。

(違うかな)

でも、彼女にいてもらったほうが説明が早い。

「単刀直入に言えば、この簪は盗まれたのではなく、落とされたものじゃないかと思います」

「……どういうこと?」

「そのままの意味です。玉葉后がこうも不安になっているのは、『簪が知らずに盗まれて、なおかつ脅しのように返却された』からでしょう?」

簪が黒くくすんで、中の石が無くなっている。まるで、持ち主も同じようにすると脅しているみたいだ。銀がくすむのは毒を連想させる。

「簪が黒ずんでいるのも、石が無くなっているのも、故意でないとすれば、いくらか玉葉后の気持ちは休まりませんか?」

「……それは」

「あと、玉葉后は、石が消えた理由に心当たりがあるのでは?」

玉葉后は髪の毛を指先に巻き付けていた。目が泳いでいる。

「もう説明に入ってちょうだい。どうして、簪の中の石が無くなったのか」

「玉葉后。まだ、石は残っていますか?」

「……説明しないとだめか」

観念したように、后が立ち上がる。部屋の奥から小さな箱を持ってくると、透明な六角形の結晶を持ってくる。

「使っていいですか?」

「元々、猫猫がくれたものだもの」

猫猫は石を手にすると、水差しを手にする。

「器を貸していただけますか?」

白羽が茶碗を持ってくる。猫猫は茶碗の中に石を入れると水をそそいだ。

「……溶けてる?」

「塩ですから」

「塩⁉」

やはり紅娘は知らなかった。でなければ、園遊会に付けていく簪の材料になどしなかっただろう。

「ぎょ、玉葉さま。どういうことでしょうか?」

「ふ、ふふふ。だって、綺麗だったし、誰も気づかなかったでしょ?」

このいたずらっぽい顔をするのがまさに玉葉后である。

「岩塩でもこんなに綺麗な形ではないと思いますが」

溶けていく塩を眺める白羽。

「はい、上手く結晶化させて綺麗なものだけを選びましたので」

「……猫猫、もしかしてあなたこんなものまで翡翠宮で作っていたの?」

「……」

今更、言われたところで時効だ。

「じゃあ、石は水に溶けてなくなったってことね。じゃあ、この黒ずみは?」

「銀を曇らせる原因は、たくさんあります。例えば――」

猫猫は見取り図の端っこに楕円を書き足す。

「卵ですね」

「たまご?」

三人は不思議そうな顔をする。

「はい、卵です。卵が腐った時の匂いを知っていますか?」

三人とも首を横に振る。基本、生ごみを出すのは下女の仕事なので、腐敗臭など嗅いだことがないのかもしれない。

説明が難しいな、と思いつつ別のたとえを探す。

「ゆで卵の匂いならわかりますね」

「それなら」

「独特な匂いですが、実は温泉地でも同じような匂いがするところもあるんです」

「温泉、ああ、そういえば」

玉葉后は温泉に入ったことがあるらしい。西の地から都へ向かう旅路に温泉地の一つ二つあったのかもしれない。

「温泉の中には硫黄が含まれている物があります。実はゆで卵にも含まれており、銀製品で食べると黒く腐食することがあります」

「そうだったわね」

紅娘は「なんで気づかなかった」といわんばかりの顔をしていた。

園遊会の食事を知っている彼女なら、どうして簪が黒ずんだのか予想がついただろう。

「簪はなんらかの理由で、ゆで卵が入った鍋に落ちてしまった。中の塩の結晶は溶けて、銀は卵によって黒ずんでしまったというわけです」

李白(リハク) が言っていた「やたらしょっぱい汁」は、塩の結晶が原因だろう。

「じゃあ、鍋に簪が入ったのはどうして?」

「わかりません。玉葉后が簪を落としたときに偶然入ったのか、それとも誰かが入れたのか」

「誰かが入れるって、何が目的で?」

白羽は目を細める。

「料理を準備していた者がいたとして、簪を見つけます。そこへ『簪が落ちてないか』探しにきた侍女が現れたとしたらどうします?」

すぐさま、「これですか?」と差し出すか。

もしくは、しらばっくれるか。

または――。

「驚いて慌ててどこかに隠そうとするか」

「目の前の鍋に思わず入れてしまった、と?」

「はい」

曖昧な内容に、猫猫は少し罪悪感を持ちながら続ける。

「結局、鍋に入れたところでいつか取り出さなくてはいけない。簪が偶然落ちたにせよ、一時的に隠そうと入れたにせよ。でも、出したところで簪は黒ずんでおり、中の石はない」

黙って返却することはできないだろう。

「ちょっと待って。もし給仕係が簪を見つけたとして、返すのは難しいんじゃないかしら?」

「ええ、そうですね」

そこからどうして簪が玉葉后の元に戻って来たのか。

「給仕係が后の貢物の中に簪を忍ばせて返すのは難しい。誰か他の人の手を借りたとしか思えません」

そして、ただ失くしただけで済ませられた簪の紛失が脅迫めいたものになったのは、返却が原因だ。

確信はない、だが、いくらか憶測があった。

白羽にとどまってもらったのはそのためだ。

しかし、彼女を見る限り、変な態度は出ていない。面の皮が厚いのかもしれないし、本当にただ知らないのかもしれない。

宮の近くにいた誰か玉葉后付の侍女が見たらどうするだろうか。侍女ならそっと貢物の中に簪を加えることも簡単だろう。

ぼろぼろになった簪をそのまま返したら、どう反応するかわかっていただろうに。

紅娘ならちゃんと報告するだろう。玉葉后の性格がわかっているだけに、何かしら罰を与えるわけがない。

桜花など三人娘ならどうだろうか。

塩の結晶のことは、三人とも知っている。ちゃんと説明できるだろうし、隠し立てする理由もない。

なら、白羽たちならどうだろうか。

性格的には正直に報告するように思える。ある一点をのぞけば――。

「不器用なかたもいらっしゃるものですね。ちゃんと返してしまえば、何事もなくすんだというのに。これなら、誰かが毒を盛ると脅しているように思えます」

そして、玉葉后にとって政敵に当たる相手は誰だろうか。同い年の皇子を産んだ 梨花(リファ) 妃か。それとも――。

元東宮であり、主上の弟である壬氏か。

白羽たちが玉葉后に対して忠誠心がないとは言わない。だが、古参の侍女たちと明らかに違う点がある。

「白羽さまに一つ質問ですが、簪を盗み送り返した方は、壬氏さまと思いませんでしたか?」

「……普通に考えればそうでないのかしら?」

「白羽、それはないと言っているでしょ」

玉葉后が苦笑いを浮かべる。玉葉后は知っている。壬氏は皇位継承権などいらぬものだということを。

紅娘や桜花たちも、壬氏に対しては親しみを覚えており、彼がなにかちょっかいを出すようには考えないはずだ。

猫猫も壬氏が何よりも自分の立場というものが面倒くさいことをよくわかっている。

だからあえて白羽に歩み寄った発言をしてみることにした。

「玉葉さまがこの様子では、身の回りにいつのまにか変な人が入ってくることもありえそうですね」

「申し訳ありませんが、その通りです」

なぜか白羽は猫猫を見る。紅娘が「はっ」とした顔をする。

(なんだ、この反応)

猫猫は少し居心地が悪くなる。

「玉葉さまはもっと周りに敵が多いことを理解すべきです」

「わかっているわ。でも、敵でない人にまで牙をむく必要はないわ。……ねえ、白羽。それはお父さまからの伝言かしら?」

「……違います。私個人の見解です」

「じゃあ、これはあなたがやったことではないのね?」

「何を言っているんですか!」

少し声を荒立てる白羽。

紅娘が白羽を見る。

「では、 玉鶯(ギョクオウ) さまでもないと?」

(玉鶯?)

初めて聞いた名だ。

「兄さまの入れ知恵で何かやっているわけではないのね?」

確認するように玉葉后が言う。

(兄か)

玉葉后には兄がいて、今父親のかわりに西の地を統治していると聞いた。その補佐として、変人軍師の副官だった 陸孫(リクソン) が行っているはずだ。

「違います」

白羽の表情が変わった。

「私は――」

その一言ですとんと誰がやったのかあらかた想像がついた。

あと二人の侍女は、 黒羽(コクウ) と 赤羽(セキウ) 。白羽の妹たちだ。

玉葉后と紅娘の複雑な顔。

玉葉后陣営も一枚岩ではない。目的は同じでも方法はいくつもある。

(玉葉后に危機感を持たせる時点では成功している)

ただ、猫猫は玉鶯という名について引っかかった。

玉葉后はその色彩から異国の血を引いている。父である玉袁が高齢であることもあり、兄というのは腹違いの可能性が高いだろう。

わざわざ陸孫を西の地に派遣したのも、何か考えがあってのことだろうか。

(さっぱりわからん)

ただ、白羽が妹たちを呼びに行き、猫猫は手持無沙汰に簪をいじっていた。

今日のところはこれで帰ることができそうだが、今後どうなるであろうか。

それより、もうすぐ出勤時間だと気づくとやや憂鬱になった。