軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一、帰路

それから二日後、 猫猫(マオマオ) たちはようやく都へ帰ることになった。

先に 卯柳(ウリュウ) が帰るのを見送ったが、なぜだが最初見たときより覇気がない気がした。

猫猫には関係がない話なので、その後特に気にせずに街を回った。 羅半(ラハン) からぶんどった小遣いでこちらでしか手に入りにくいものを買いこんだ。

帰りもまた馬車に揺られるのか、と猫猫は辟易していたが、どうやら帰路は道をかえるらしい。行きとは違う道を通っていた。そして、ついたのは河の近くだった。

「帰りは船で帰ろうと思う」

羅半が言うには、この季節は上流が雨季で水嵩が増しているので、普段より大きな船で航行できるそうだ。ただ、乾季になると逆に水がなくなることもあるという。

距離としては、馬を使うより遠回りになるが、下流へと下っていくため、馬のように乗りかえることも休むこともなく、ずっと移動し続けられる。季節風も重なってけっこう速度が出るらしい。

逆に、行きは遠いうえ、上流へとのぼらなくてはいけないのと、風向きが逆風なので馬車で移動したほうが早いのだという。

(船ねえ)

羅半は船賃を払い、船へと上がる。少しいかついおっさんたちばかり乗っているが、力仕事が基本なので当たり前だろう。こちらにも護衛がついているので、さすがに身ぐるみはいで川底に沈めるなんて無体はしないと信じたい。

猫猫の目を見て、隣にいた陸孫が笑う。

「こちらの船は羅半さまの商いの相手のものですよ」

「……」

つまり、怪しくないから安心して乗れということか。

猫猫は、しかたなく船へと乗った。

「おい、酔い止め持ってないか?」

桶を抱えて青白い顔をしているのは羅半である。

それから少し距離をとって、同じく青い顔をしている陸孫がいる。

場所は、小さな船室だ。この船には二つしかないので、他に乗合の客たちがそれぞれ青い顔をしている。

「さっき吐いたので終わりだけど」

せっかく渡したのに、もう吐いてしまった。薬が効くまでもたなかった。

馬車の移動を考えて、一応酔い止めを用意しておいたのだが、まさかここで使うとは思わなかった。

ずっと移動できるから早く着くといったものの、それすなわちずっと揺られ続けるということである。

馬車では平気だったのに、船は駄目だとは。

(わからなくもない)

猫猫は船の揺れとともに身体を斜めにした。

急激に水嵩が増える川では鉄砲水が起こることも少なくない。つまり、荒れているということだ。

「うおおおおっ」

猫猫は、今度は反対側に身体をそらす。船室は正直嘔吐物の臭いが充満していて気持ち悪くなる。船室を出たいところだが、勝手に出ると甲板で揺られて川に落ちかねないので出るなと言われている。そういう危険もあるのだ。

「なんでお前は酔わないんだ?」

恨めしそうに羅半が言った。

「酒にも酔わないからじゃないか?」

顔色が変わらない猫猫を羅半は悔しそうに睨む。この男は、どちらかといえば酒は強くない。

船は下流へ行き、川幅が広くなるともう一段階大きな船に乗る。そうやって進むうちに大河へと流れ着くのだ。帰りつくまでに何度かそれを繰り返す。

「船はもう乗らん!」とぐったりした顔でいう羅半だが、途中でちょうどいい馬車を手に入れることはできずそのまま船を乗り換える羽目になる。

こうして三つ目の船にのろうとしたときだった。

どさっと、大きな音がした。

何事かと、思いきや船着き場に人が倒れていた。

船員がいぶかしみながら倒れた者を起こす。ぐったりしているのは使い古された外套を着た男だった。

「おい、にいちゃん、大丈夫か?」

そうして顔を仰向けにさせたところで、船員が「うっ」と呻くような声を上げた。

元は美しい顔立ちだっただろう。くっきりした鼻梁に柳のような眉からうかがえる。だが、その半分はあばたに覆われている。輪郭を円とするならば、あばたと滑らかな肌で陰陽魚を作っていた。

船員は男を投げ捨てる。

男はよろよろと立ちあがった。

「すみませーん、船に乗せてもらえませんか?」

男は醜い顔に笑顔を作った。差し出した手には、金が詰った袋が見える。まだ、若い。二十代なかばくらいの青年だ。

「おっ、おまえ! 変な病気じゃないか?」

抱き起した船員は、男に触れた部分をこすり落とす仕草をする。

男は笑ったまま、その醜い顔に触れた。

「ああ」

納得して頷くとしゃがみ込んだ。倒れ込んだ際、落としたのだろうか。足元に 巾(スカーフ) が落ちている。男はそれを拾うと、半分に折って三角にした。それで顔半分を覆い隠す。一見、眼帯のようである。

「知っているぞ。 疱瘡(ほうそう) だろ! それは!」

疱瘡、全身に膿疱を作る恐ろしい病だ。感染症で国さえ滅ぼすと言われるものだ。非常に感染力が強く、病のものの咳やくしゃみでうつることもあるという。

男は締まりのない顔で笑い、ぽりぽりと顔を掻いた。

「はは、大丈夫ですよー。これは痕です。一度かかりましたが、こうして今はぴんぴんしています、ほらほら!」

「何言ってる! さっき倒れていたじゃないか! こっちに来るんじゃない!」

船員の言葉に周りにいた者たちも男から距離を置く。

猫猫は目を細める。

「どうしたのですか?」

先に船に乗っていた 陸孫(リクソン) がたずねてきた。荷物を運んでいたらしい。本当にまめだ。 高順(ガオシュン) 二号と勝手に呼ぼう。

「あの眼帯男が船に乗りたいらしいが、病気のやつは乗せられないと船員が断っているところです」

端的に答えると、陸孫は「ふーん」と青年を見る。あばたさえ隠していれば、本当になかなかの色男である。あと、口調がけっこう軽い。

「なにか不都合でも? 無賃乗船なのですか?」

「金はあるようですが、顔にあばたがあり、それで病気ではないかと船員が疑っています」

陸孫は目を細める。

「本当に病気なのですか?」

「うーん」

遠目からではよくわからない。ただ、あばたは見えるが、そこに膿は持っていない。多分、青年の言っていることは本当だろう。病にかかったとしてももうずいぶん時が経っていると思われる。

なら、それをどうして船員に教えてやらないのかといえば。

(関わると面倒くさい)

それだけだ。

ただ、男は船に乗るのを諦める様子はなく、船員にすがりついていた。

「お願いですよー。のせてくださいよー。ひどいじゃないですかー」

「離せ! やめろ、おまえのあばたがうつるだろ!」

「ひどい、差別だ! 僕はこのとおりぴんぴんしているぞ!」

普通、顔の傷痕などある美形の男といえば影があるものだが、こいつには当てはまらないらしい。船員のごつい足にからみついて離さない。

周りの船員たちも仲間を助けてやりたいが、変な病気がうつっては敵わないと遠巻きに見ている。

このままでは、船が出なくなる。

猫猫の表情を読み取ったのか陸孫がにこりと笑いかける。

「早く船を出したいですね」

「……」

甲板を見ると、羅半が青い空を見ながら桶をかついで待っていた。この船着き場でも馬が手に入らなかったらしい。

猫猫は面倒そうに船を降りると、鼻水たらしながらすがりつく眼帯男とものすごく迷惑そうな船員の前に立つ。

「失礼します」

「はい?」

猫猫は肯定ともいえない返事を聞くと、男の巾を取った。

醜いあばたは、もう何年も前にできたものだとみてわかった。あばたがある方の目を見ると、焦点が合っていないようだ。瞳の大きさが左右で違う。片目を失明しているのかもしれない。

「この人は病ではありませんよ。その痕は残っていますけど、他人にうつすことはないでしょう」

少なくとも疱瘡については。

他に何か持っているなら知らない。

「……」

船員は心底嫌な顔をしながら、男が落とした金袋を指先でつまんだ。それを逆さにすると、銭がちゃりんと落ちてくる。

「どこまで行くんだ?」

「都まで行きたい! 都、都!」

おのぼりさん丸出しといった雰囲気だ、両手で拳を作ってぶんぶん振っている。

「そんでもっていろんな薬を作るんだ!」

「薬?」

男の言葉に反応したのは、猫猫だった。

「ああ、僕はこう見えてすごいんだぞ!」

そういって、汚い外套の中から大きな袋を取り出した。その口を広げるとぷぅんと独特の臭いが漂ってくる。

猫猫がその中で陶器を手に取る。蓋を開けると、中に軟膏が入っていた。

効き目はどうか知らないが、その作り方は非常に丁寧だった。まんべんなく薬草がすりつぶされていて、練り具合もちょうどいいかたさだ。薬草の組み合わせはもとより、そういう丁寧な作り方をするということは品質が安定するということだ。

猫猫は改めて男を見る。

男はへらへら笑いながら、目の前の船員に「この薬はいかがー? 船酔いにきくよー」とすすめている。船員はもちろん、そんなものを買うわけがない。

「けちー。買ってもいいじゃないか」

男は金を船員に渡すと、ようやく船に乗れるようだ。

そして、猫猫を見てにっこり笑う。

「ありがと、助かった助かった? 酔い止めお礼にあげるねー」

とても幼い喋りなので、どうにも中身と外側がちぐはぐだ。

「いや、船酔いしないからいらない」

「そうなのー。それは残念」

男が薬をしまおうとすると、背後から「待った!!」と大きな声が聞こえた。

そして、船からすごい勢いで羅半が走ってきた。

「酔い止めを、……く、くれ」

羅半は息を切らしながら、言った。

(よく聞こえたな)

猫猫はそんなことを考えながら、船へと戻った。