軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十七、父と娘

「どのようなご用件でしょうか?」

卯柳(ウリュウ) は設けられた席に不満を交えて言った。

長い卓に並んでいるのは、卯柳とその部下が二人、反対側に 羅半(ラハン) 、 陸孫(リクソン) 、 猫猫(マオマオ) だ。

ただでさえ格下の年下の男に呼び出されたことと、食事の席にいる猫猫が気に入らないようだ。そうだろう、普通はこういう場合女は引っ込んでいろというのが一般的な考え方だ。昨日のような男女同伴の宴のほうが変わっている。

卓の上には、あらかじめ頼んでいた料理が並んでいる。昨日の残り物なんてけちなことはしていない。

「はは、こいつが気になりますか?」

羅半が猫猫を見て言った。

「いや、珍しいなと思いまして。羅半殿はあまり浮いた話を聞かないではありませんか」

卯柳が差しさわりのない返事をする。浮いた話がないことで、怒ったりするような性格を踏まえての返しだろう。

「こいつは妹ですよ」

「ほう、妹? 初耳ですが?」

卯柳はぴくりと眉を動かした。それはそうだ、羅半の義父は本来伯父である 羅漢(ラカン) のはずだ。羅漢が家督を奪うために実父と異母弟を追い出したという話は誰もがしっている。

では、ここで言う妹というとどうなるか。

いつもなら、羅半のつま先をすりつぶして軟膏でも塗りつけてやろうという気持ちだが、我慢しておこう。

おかげで、不機嫌だった卯柳の興味を引けたようだ。

「ええ、義父も一応男でして。妓女に産ませた娘です」

間違いではない。猫猫は黙ってただその様子を窺う。

あからさまに驚いてみせたのは、卯柳の部下たちだ。珍しいものでも見るように猫猫を窺う。

「一応、後宮には入内したものの、この通りの容姿でして。そのまま里帰りしたというわけですよ」

それもまた間違いではない。だが、なんか腹立たしい。

「いや、しかし羅漢殿の娘であれば妾腹とはいえもっと大事にされてもおかしくないのでは?」

ふむ、容姿については否定しないがもっともなことをいう。大体、あのおっさんが後宮に送り込んだわけではないのだが、そこのところは説明する必要はなかろう。ちょっと特殊でややこしい。

「はは、父は『見る目の無いものには娘はやらん』というでしょうね。そのうち自慢でも始めますよ」

言わないこともないと思うが、言うとしたらもっと過激な言葉だろう。

さて、興味を引いたところで羅半は話を進める。

「ところで、話の本題に移りましょうか?」

羅半は懐から羊皮紙を取り出すと、それを卯柳に見せる。

ぴくりと卯柳の眉が動いた。

「これは?」

「ええ、今後、拓けそうな商いの話ですよ」

眼鏡をきらりと光らせて笑う羅半。卯柳は元々商才がある人物だと聞く。猫猫の話から始めてこちらを本題として切り出すのは興味を引く手としては悪くない。少なくとも、羅半の立場であれば……。

(この野郎)

猫猫が誰の娘だとかそういう話が洩れたら面倒くさいのだが、こいつにとっては関係ないのだろう。むしろ、駆け引きの一つに使えるとでも思っているはずだ。

だが、羅半に頼んだのは猫猫のほうだ。ここでぎゃあぎゃあ言うわけにいかない。

(あとでいろいろ考えよう)

今、やることはもっと別のことだ。

羅半は楽しそうに新しい商売を始める。あの 愛凛(アイリーン) とか言う女から仕入れた情報を十分に活用しているみたいだ。

あの女の話が本当なら、今後、 砂欧(シャオウ) が北亜連につきかねない。そうでなくとも、食糧不足で苦しむ可能性は高い。

前者なら戦の前の特需が発生する。今のうちに、それに必要なものを買いしめておけば、今後格段に値上がりする。

後者なら新たな輸出品が増える。北に代わり、穀物を持って行けば買ってくれるだろう。食料品は輸送に時間がかかり本来利益を出せないのが今の地理条件らしい。ただ、今より高く買ってくれれば、余った米や小麦を船で運ぶ手もある。

(うちの国の食糧が余ればね)

こちらも蝗害の被害があれば、外に回すこともなかろう。それでも外交手段としては、ありかもしれないが。

そこのところは猫猫にはわからない。

ただ、羅半がとても悪い顔をしているのだけはわかる。猫猫が頼んだことだが、その席を無駄にするつもりはないらしい。

会食というが、料理そっちのけなので冷めてもったいない。食べていいかなと、猫猫はちらちら見るとそっとよそった皿が目の前に置かれた。柔和な顔で、陸孫が用意してくれた。

ふむ、外見は全然違うがこのまめなところは、 高順(ガオシュン) を思い出す。あの小父さんは元気だろうか、どうせ壬氏の相手をしていなくても、苦労しているのだろう。

猫猫の目から見たら卯柳は器の小さい男にしか見えないが、こうして羅半と話している姿を見ると、やはり商才というものがあるのだろう。ただ、相手の話を鵜呑みにせず、どこか探りながらも、それでも利益が見込めるか考えながら話している。もっとも、猫猫と陸孫がいるそばでこれより踏み込んだ話はなかろう。

少し機嫌が良くなったのか、顔色が良い卯柳を確かめたところで猫猫はそっと羅半を卓の下からつついた。

羅半は、ちらりと猫猫を見ると、何事もなかったかのように卯柳を見た。

「料理も少し冷めてしまいましたね。新しいものを用意させましょう」

陸孫はごく自然な動きで入口を開く。すると待ち構えていたかのように給仕が料理を運んできた。

しかし、給仕たちの表情は少し暗い。その理由を猫猫はよくわかっていた。

ほくほくと湯気を立てた魚料理が並べられていく。それを見て、上機嫌だったはずの卯柳の表情が変わる。それを読み取ってか、給仕たちがびくっと震える。

先日、卯柳に魚料理をすすめた給仕が罰せられたばかりだ。それなのに、持ってきたものはすべて魚なのでさすがに顔色も変わるだろう。

もちろん、それを指示したのは猫猫である。

「内陸の割に、ここの魚は美味ですな」

羅半は魚料理を気に入っていたからいいだろうが、卯柳の顔色は悪い。立場的に断ることはできよう。ただ、その理由を口にするのをためらっているようだった。

猫猫は、そこでようやく口を開く。

「一昨年でしたか、園遊会での毒殺騒ぎを覚えているでしょうか?」

卯柳は猫猫が話しだしたことに、ぴくりと眉を動かしたがそれだけだった。

「ああ。 玉葉(ギョクヨウ) 后(・・・) が狙われた事件ですな」

表向きはそうなっているだろう。しかし、卯柳はその本当の狙いについて知っているのか、知らないのかどうだろうか。

どちらでもいい。猫猫はただ、そのときのことを話すだけだ。

「 里樹(リーシュ) 妃はそのとき、全身に蕁麻疹がでておりました」

「……そうですか?」

それが何の関係があると、言いたげな雰囲気だ。

「園遊会で出された料理に、食べられないものがあったようですね。なんでしたか、ああ、魚のなますでしたね」

「……」

卯柳の眼つきが変わった。

じっと猫猫を見る。

「当時、私も後宮にいましたので、その場に居合わせておりました」

里樹妃は臆病なのは昔からだ。それでも虚勢を張るくらいはがんばっていた。だから、ちゃんと食べられないとわかりつつ、なますを食べたのだろう。

なますは魚や肉を生のまま調理したものだ。しかし、食材を生で使うとなれば、そこに毒が潜むこともある。青魚の場合、寄生虫がいるので悪くなったものは生食には向かない。それを食らうとその毒にあたる。

しかし、宮廷料理でしかも皇帝が口にするものだ。そんな悪いものをだすわけがなかった。それに、毒にあたるとしたら他の妃や毒見役もあたるはずだろう。それがないことから、里樹妃の体質によるものではと思った。

そして、そういう体質は親から引き継ぐものが多いと猫猫は知っている。

「里樹妃の周りにはあまり良い侍女がいなかったようで。食べられない食材があっても、好き嫌いだと扱っていたようです。発疹の出来た肌では、皇帝の御目通りもできないでしょうに」

商才の長けた男がここまで言ってわからない愚鈍なわけがない。それでもごり押しと猫猫は続ける。

「ちなみにあの園遊会に出された料理は、すべて主上のお好きなものでしたよ」

意外に健康志向な髭のおっさまだ。あれが夜の元気につながるのかもしれない。

猫猫は魚料理と卯柳を交互に見る。

「どうやら、魚料理はあまりお好みではないようです。違う料理も準備してもらってはいかがでしょうか?」

猫猫は、声色は丁寧に、羅半にだけ見える表情は「早く準備しろよ」と命令しながら言った。

陸孫がまた気を利かせて、部屋の外で待っている給仕に話しに行く。変人軍師の部下だからこそ、本当によく気がきく。

猫猫は何ごともなかったかのように、魚料理を見る。食べていいかなとちらちら見ていると、卯柳がじっと猫猫を見ていた。

少し待て、と羅半が見ている。

猫猫は、違う肉料理が運ばれるまで、少しだけ待つことにした。

その後、会食は半時ほど続いたが、卯柳は静かなものだった。なにか考えているようで、でもどこか確信が持てないようだ。

ただ、猫猫が想像した反応とは違っていた。

(娘を盗賊に襲わせようとしたんじゃないのか?)

現に、里樹妃は街中で襲われていた。

そのことを後悔して、今放心しているのだろうか。

それとも……。

(浅はかすぎるよな)

感情にとらわれて里樹妃を襲うのは賢い選択ではない。もし、やっているとすればもっと早くやっていただろう。

(……)

「すまないが……」

猫猫が唸りながら、部屋に戻ろうとすると卯柳に声をかけられた。

「どこかで見たことがあるがもしかして、あのとき、毒見をしていたのは」

「……」

猫猫は曖昧な笑みを浮かべると、そっと頭を下げた。

「なぜ私が毒見を?」

「いや、気のせいだったようだ」

猫猫がいけしゃあしゃあと言ってのけると、引き下がってくれた。はりつけた笑みが震えないようにするので精いっぱいだった。

(覚えていたか)

いけない、全身にどっとぬるい汗をかいた。

あの園遊会のとき、お偉いさんなら大体来ていたはずである。そういうものにさぼり癖のある変人をのぞいて。

多少、化粧の種類を変えておいてよかった。一昨年のことだし、まさか覚えているとは思っていなかったのに。実際、食事会のときは誰も気にしなかったのに。

さすがに、笑いながら毒見をしていた侍女と同一人物だとばれるのは困るだろう。