軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十三、西の商人たち 前編

里樹妃の件について、進展を見せたのは壬氏が来てから十日後のことだった。何が引き金かといえば、意外な人物の申し出からである。

「何の用?」

「つれない言い方だなあ、義兄に向かって」

「はて? 私には兄弟なんておりませぬが」

猫猫の目の前には、小柄な男が立っていた。狐目に丸い眼鏡をかけたくせ毛の男で、それ以外、これといった特徴がない顔をしている。

いつもなら薬屋に入れるところだが、今日は調合途中の薬がたくさんあるため、まだ店を開けていない緑青館の 玄関(エントランス) を借りている。

そして、そんな目立つところにいたら、生意気な糞餓鬼がうろうろとやってくるものだ。

「……」

「なんだ?」

猫猫は子猫の首根っこでも掴むように、 趙迂(チョウウ) の襟を持った。趙迂は趙迂で、両手に猫の 毛毛(マオマオ) を持っている。なんだかんだでとても気に入らない名前のその猫は、あの後そのまま住みついている。妓女たちが気に入った手前、捨てにもいけない。どちらも実に憎たらしい。

「この兄ちゃん、そばかすの兄ちゃんか?」

「なんで?」

いま、違うと言ったばかりだろうに。聞いていなかったのか。

「そばかすによく似てるぞ」

「……」

猫猫は目を細める。そのまま、趙迂を運んで入口で番をしていた男衆頭の 右叫(ウキョウ) に引き渡す。右叫は右叫で、朝番がつらいらしく、欠伸をしながらそのまま男衆見習いの 左膳(サゼン) に渡す。

左膳はわかりやすく面倒くさそうな顔をしたが、元々、趙迂に対して特別な思いがあるらしく大人しく子守をすることにしたようだ。今のところ、趙迂が昔のことについて思い出す様子はないので、問題なかろうとの判断である。この男、思ったより小器用で、散歩のついでに薬草を持ってきてくれるので助かる。そのうち、薬の作り方でも教えようと思う。

腹立たしいことに、この男、 羅半(ラハン) と猫猫はよく似ていた。この男の狐目をもう少し緩やかにして、眼鏡を取り、性別を変えたら猫猫とうり二つだったろう。

実に腹立たしい。

「それで何の用?」

話を戻す。羅半は、時折、あの変人にくっついて緑青館にやってきていた。猫猫としては、不愉快なものの付属物という認識しかない。

これといって問題がないなら、この場で立ち話でも大丈夫なはずだ。

「薬屋は空いてないのか?」

「今、特別な薬の調合中で、下手に他人を入れるわけにはいきません」

嘘である。片付けるのが面倒なだけだ。

羅半はちょっと渋りつつ、懐から金袋を取り出した。そして、銭を猫猫の手のひらにのせる。

「こんな端金じゃ、ここの婆は軒下すら貸さないよ」

「とんだ守銭奴だな」

(お前が言うか)

ここのやり手婆に次ぐ倹約家だと猫猫は知っている。とんでもない身内がいるせいで、官としての賃金だけでは追いつかず、いろいろ手広くやっているのだ。

仕方なく銭を追加するが、猫猫は首を振る。最初の金額の三倍をのせたところで、ようやく頷くと、近くにいた 禿(かむろ) を呼んで、やり手婆を呼ぶように伝える。

禿はそそくさと店の奥に消えると、すぐにしわがれた枯れ枝みたいな婆がやってきた。

「婆、部屋借りるよ」

「この額なら、 半時(いちじかん) きっかりだよ」

煙管をくわえてやり手婆が言った。火種に線香をつけて灰に突き刺す。

「随分、高いな」

「なら、使わなくてけっこうだよ。但し、店の外に連れていくんなら、その御代をいただくよ」

別に猫猫は、緑青館の所有物ではないので、勝手に外に行こうとやり手婆になにか言われる筋合いはない。だが、正直、羅半の相手は面倒なのでそのまま黙っておいた。もとより、薬屋の中を片付けてまで入れる筋合いはない。

禿に案内された部屋は、中級妓女が客をとるときに使う部屋だ。今はそこを使う者はいないので、がらんと何もない板張りに申し訳ばかりの筵が敷いてあるだけだ。

そのまま直に座るのは痛そうなので、猫猫は薬屋から座布団を持ってくると、そこに二つ置いた。座布団くらいは接待してやるが、茶までいれるつもりはない。

緑青館の部屋は、基本的にしっかりした作りをしている。

夜伽の声が漏れ聞こえぬように、壁が厚くなっている。声が漏れるのを嫌う客がいるのもあるが、時に密談の場として貸すこともあるからだ。

「こいつについて、わかるか?」

戸を閉め切ったと同時に、羅半が懐から紙を取り出した。

そこには細い筆で人相書きが描かれてある。

「これは……」

女の絵だった。まだ年若い娘といっていいもので、端正な顔をしている。それだけならわからないが、注釈に『赤い目、白い髪、白い肌』とある。そうなると、思いつく人物なら確実に一人いる。

「 白娘々(パイニャンニャン) なら、私以外にもたくさん知ってるよ」

「だろうね」

だけど、ともう一枚、紙を見せる。

「誰?」

今度は男の人相書きだ。しかし、絵と実物は違うし、なにより猫猫は興味がない人間の顔はあまり覚えようとしない。

つまりわからない。

羅半は、二枚の人相書きを横に並べる。

(ん?)

なんだろう、思い出せそうで思い出せない。もしかして見たことがある人物だろうか。

「先日、この男がとある会合に現れた。もちろん、本人はそのつもりはなかっただろうし、目立たない裏方をしていたようだ」

だけど、ほんの一瞬、表に出てしまったのが悪かった。そして、それを見られた相手も悪かった。

「義父上の部下に一人、一度顔を見たら忘れない者がいる」

「そう」

他人の顔をまったく判別できないあの変人軍師の部下なら、そんな特技を持っていて損はないだろう。

「噂好きのあの人は、その白娘々の舞台を見てるからね。話のねたにくらいにはなったようだよ。それでもって、その部下を借りてちょっと僕が行った先でね、見かけたわけだよ」

この男、官でありながら、いろいろな商売に手をつけている。その手の会合だろう。

「いつのこと?」

「二日ほど前さ」

一日は、一応変人軍師にお伺いを立てたのだろう。それで人相書きを作り、なおかつそれを回すところに回していってようやく回ってきたのが今ということか。

「それで、こっちまで来るのは? 普通は関係ないだろ」

「その時の取引の相手が、 砂欧(シャオウ) の商人なんだよな」

砂欧、この国の西の砂漠地帯をこえた先にある国だ。南部に山地があるほかは、三方をより大きな国に睨まれた立地となっている。一見、肩身が狭そうな気がするが、それを逆手にとって交易の要として成り立っている。

猫猫の顔が曇る。

「……それ、まずくない?」

「普通に考えるとまずいだろうな」

都でいろいろやらかしていた輩が、今、他国の中に混じっている。

政治に疎い猫猫でも、他国がそんな相手を囲っているとあらば、まずいことくらいわかる。

「しかも、砂欧は、そのお国柄、不可侵な場所としてある」

つまり、罪人として捕まえようとしても、こちらが勝手に動くわけにはいかない。

「普通、手を出したら駄目だろうに」

この国までわざわざやってくる商人なら、それが国とは別に動いているとは考えづらい。

「それがなんとも言えないから困っている」

所詮、証言したのはその物覚えがいい部下一人だ。たとえ本人がそう発言しても、見たのが一人だけというなら見間違いもあると、周りはいうだろう。

そして、その結果、猫猫にまわってきたらしい。

「それで?」

「毒見としてついてきてほしい」

つまり大切な商談、その例の男が本物かはさておき、それを理由には断ることはできない。でも自分の身は守りたい。

もしその男が本物なら、あの白娘々も一緒だろうか。そうなれば、錬金術で作られる未知の毒を盛られる可能性もある。

「気になるだろう? 珍しい毒にあえるかもしれないぞ」

なんという卑怯な手を。

そう言って猫猫を引っ張るというのか。

しかし、一つ懸念がある。

「あの男は?」

「安心しろ、これにはついてこないし、お前が来ることも話さない」

あの男とは言わずと知れた変人のことだ。

だが、ここでそのまま返事をするのも腹立たしい。

「うちのおやじがいるんじゃないか?」

ここでいうおやじとは羅門のことだ、間違っても変人ではない。

意地悪な笑みを浮かべていってみる。

猫猫に比べて、西方の毒薬について詳しいはずだ。

「医局に毎度、義父上がいるのにかい?」

大体、そこいらの薬屋ならともかく、宮廷の医官を勝手に持ち出そうなんてできるわけがない。

というわけで、そこいらの薬屋を持って行こうとやってきたわけだ。

「銭は払う」

「守銭奴の言う事は信じられないね」

「西方の薬が見れるぞ」

「仕方ない」

と、いうわけで、猫猫も同行することになったのだが。

「……」

ぼんやりと眺める。

そこには中肉中背の中年の男が立っていた。

羅半と一緒に話している。

「というわけで、 卯柳(ウリュウ) さま」

なにか聞き覚えがある名前を聞いた気がする。

猫猫は聞かなかったことにしたかったが、何度も名前が聞こえる。どうやら、今回の場を任されているようだ。

どいつもこいつも、本業おろそかにして、と思ったが、商人だけで話が進むものでもあるまい。

(毒にあたって倒れちまえばいいのに)

毒見にあるまじきことを考えながら、猫猫はため息をついた。