軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49回目 野望の果てに

クレインが、時が停まったような錯覚を覚えたのは一瞬のことだ。

『北侯、ラグナ侯爵家の傘下に入る』

それは過去に一度だけ考えて、そしてすぐに打ち消した案だった。

ラグナ侯爵家の悪辣なやり方を見れば、服従したとしても使い潰されて終わる。

だからクレインは、その手を悪手だと思っていた。

しかし、図らずも。

今ここに、その是非を決断する時が来たのだ。

「どうかな、アースガルド子爵。私は君の手腕を、高く評価しているのだが」

爽やかで、穏やかな笑みを浮かべるラグナ侯爵。

クレインからすると、その囁きは悪魔の 睦言(むつごと) とも感じられた。

手を組むとは言え、侯爵家と子爵家が関係を結ぶなら、それは従属的なものになるだろう。

そう予測はついた。

しかし怨敵からの施し――というのとは、また少し違う。

過去とは状況が違うのだ。

「……何故、私にそのようなお話を?」

「決まっている。君が欲しいからだ」

これは第一王子の時と同じだ。

一介の子爵が庇護下に入りたいと申し出ても、扱いは最底辺になるだろう。

だが、向こうから打診してきたのなら話が変わる。

話はクレインからのお願いではなく、ラグナ侯爵家からの要請に変わったのだ。

侯爵が、自らスカウトに来た。

ならば 外様(とざま) とは言え、一定の地位を保ったまま勢力下に入れるだろう。

「ふむ……」

「今の王国を見た時、優れた人材は非常に少ない。それがたまたま目の前に現れたのだから、いい機会かと思ってね」

失敗を全て、無かったことにしてきたのだ。

実行した政策の全てで極大の成果を叩き出してきたことは、誰もが認めている。

だが、侯爵が急遽面会の機会を希望し。何の牽制も前準備もなく、直々に勧誘するには少し足りないとクレインは思っていた。

「……それだけの理由で、勧誘されたのですか?」

確かに類稀な内政手腕で零細領地を飛躍させた。

だが、そのほとんどは学者たちの献策を元に進めてきたものだ。

同じアイデアを出せる人間がいる以上、似た成果を上げられる人間なら探せば見つかるだろう。

軍事方面でも優れた結果は出した。

しかし戦争の作戦立案はともかく、戦闘は配下の武勇に頼るところが大きい。

どこに落とし穴があるか分かったものではないと。クレインは誉め言葉にも、まずは疑ってかかる。

するとラグナは、やはり余裕の笑みで返した。

「謙遜を捨てて。より大きな視点で、客観的に自分を評価してみるといい。例えば君が育てた領地。そこに集った人間。先代の頃と今を比べて、違う点を考えるだけでも分かると思うが」

クレインが領地を引き継いだ当初は、どこもただの田舎街や、ただの農村だった。

交通の要所として栄えた時期もあったが、少年時代の彼が見てきたのは斜陽になって先細る領地の姿だけだ。

比べて、今はどうか。

いくつもの商会を傘下に置いていることで、資金や流通面も盤石。

商人のネットワークや自前の諜報部隊を使えるため、情報戦にも強い。

鉱山資源はもちろん誰から見ても魅力的だし、集まった武官の質はかなり高い水準になっている。

そもそも人口が爆発的に増加しており、領地としての力は数倍に跳ね上がっていた。

「つまり勧誘するのは、私という個人ではなく。アースガルド領そのものというわけでしょうか」

「その通り。君と誼を通じることで、疎遠な家と話ができることを期待してもいるがね」

「……なるほど」

ラグナ侯爵家と言えど、王都を挟んだ反対側への交渉チャンネルは少ない。

そういう意味では、クレインが南側の中心勢力となっている、ヨトゥン伯爵家と縁を結んでいることも大きい。

クレインが己の現状を振り返れば、確かに優良物件だ。

それは間違いないが、どうにも怪しさは残る。

だから未だに納得していない様子のクレインを見て、ラグナは重ねて言う。

「中央、東、南。アースガルド領はどこへ行くにも要所となり得る。そして私の支配圏と隣接しているからね。……領地そのものの重要性も、理解しているつもりだよ」

この言葉には、クレインも得心がいった。

今までで一番納得できる答えだ。

アースガルド領は王都から見て東側の全域と、南側を繋ぐ中継地点となり。ラグナ侯爵家の影響下にある貴族家とも隣接している。

北へ領地を拡大した結果、軍事的にも重要地点になったのだ。

ラグナ侯爵家としては気にしておきたいエリアだろう。

クレイン個人を見ても、領地の経済状況や地理を見ても。敵に回すよりは、味方に付けようとするのが当然の流れだ。

周囲の状況を考えたクレインも、そう思うようになった。

「……重要。ええ、そうかもしれませんね」

「そうだろう? ここを囲い込みたいと思うのは当然じゃないかな」

地政学的に見て、アースガルド領が要所にある。

それは誰の目から見ても明らかだが、特に、ラグナ侯爵家にとっては。

現時点の(・・・・) ラグナ侯爵家にとっては、最重要地点だ。

まだ彼らは東方に飛び地を抱えていない。

それどころか昨年新規に切り取った、西や北西の領地が安定していない時期だ。

この時期に、わざわざ東進する意味が無かった。

むしろ領地が不安定なうちに、他家から攻め込まれる方が怖くすらある。

「……アースガルド家が味方に加われば、南は安泰。ですか」

クレインはラグナ侯爵家の事情をよく知らないが。単純に勢力図を見た時、北侯への対抗馬は誰かを考えてみた。

まず北伯、西候、西伯などの大勢力。

ここが脅威になるのは間違いない。

そしてアースガルド家を始めとする中小勢力だ。

ラグナ侯爵の領地は、東伯の息がかかった家とも隣接している。

ここでラグナ侯爵家がクレインを――アースガルド家を味方に付けたい理由があるとすれば。

「なるほど、それは当然ですね。――当面の仮想敵を、西侯とするならば」

「ふふ、やはりだ。すぐにそこへ至るとは……どうしても君を手に入れたくなったよ」

北伯と西伯は外国との小競り合いが絶えず、よほどのことが無い限りは戦争の道を選ばないだろう。

フットワークの軽い東伯は敗戦の直後で、暫くは建て直しの時が要る。

ならば消去法で、北侯の仮想敵はもう西侯しかいない。

本来の未来でも激突していたので、特別なことが無ければ西方の鎮圧に向かうのは確定事項だろう。

それを元に推測を口にすれば、それは正しかったらしい。

「そして周辺の諸勢力……特に、規模が小さい領地には三つの選択肢がある」

「傍観するか。北侯に付くか。西侯に付くか……ですか」

「それで正解だ。そこまで言えば分かるだろう」

周囲の家がこの三択を選ぶ時。

北侯から見れば、アースガルド家が西侯側に付くのが最悪のケースとなる。

王国最強の騎馬隊を寡兵で打ち破るような勢力と、名門大貴族の西侯に挟まれることになれば、かなり厄介な局面を迎えるからだ。

そのリスクを考えるならば、ここは是が非でも味方にしておきたいところだろう。

「位置関係。軍団の実力。縁故も含めた勢力」

アースガルド家が対北侯の包囲網に回るならば、南伯と――仲のいい南侯まで後方支援に回るかもしれないのだ。

その三家を同時に相手取るには、北侯の兵力を半分は割かなければいけない。

そうなれば、西侯との争いはどう転ぶか分からないだろう。

そこまでの試算を終わらせた時。

意外と北侯にも余裕は無いのかと、クレインは推測する。

「諸々を考えれば確かに優良物件ですね、当家は」

そう締めくくりながらも、疑念は募っていた。

今までの情報を統合したとしても。クレインが北侯の立場にいたならば、クレインには声をかけないからだ。

「ですが私は、殿下の寵臣ですよ?」

第一王子を通して、今日まで水面下で敵対していた相手だ。

いつ寝首を掻かれるか分からないので、どこまで信頼していいか迷うだろう。

その前提があるからこそ、クレインはこの勧誘を何かの罠ではないかと思っていた。

しかしその疑念すらも、ラグナは軽く笑い飛ばしていく。

「果たして、君は亡き殿下へ義理立てするような性格かな? 見たところ、領地のことを第一に考える人間だと思うのだが」

「……そうかもしれませんね」

ラグナ侯爵の指摘は、あながち外れているわけでもない。

それはこの部屋に来る直前まで考えていたことだ。

『領地が助かる未来を捨ててまで、王子たちを助けるのか?』

そう考えた時、クレインの判断は領地を守ることに寄っていた。

生かしておくだけ暗殺の可能性が高まるので、むしろ見捨てる方が利益になる。

そんな結論に達したからこそ、己が薄情だと自嘲したのだ。

本来の歴史で中央政界がどうなっていたのかを知らないクレインだが。王子が暗殺されていないとすれば、対北侯同盟のようなものは残っていたはずだ。

それが解散して、本来よりも余裕があるとすれば。

尚且つクレインが敵対せず。

本来の歴史よりも、味方が増えるとすれば。

「侯爵。一つお聞きしたい」

「ああ、どうぞ」

全てを勘案すると、一つの可能性が出てくる。

それは奇しくも2回目の人生で、ラグナ侯爵家の傘下に入る考えを打ち消す直前に言った一言。

「貴方は、王になりたいと思いますか?」

ラグナ侯爵家の王国制覇。

クレインが味方に付くだけで、それがもう現実のものとなる。

西侯を打倒して得た侯爵家二つ分の領地に、飲み込んだ中小貴族たちの領地。

それらを合わせれば、どうなるか。

王家の直轄地を全部足しても、遠く及ばない規模にまで膨れ上がる。

それこそ現王家を滅ぼし、新たな王家が開けるほどに。

「正当な理由があるなら、拡大路線が悪いこととは言いません。……ただ、その先へ何を見ているのかだけは知りたい。――いえ、知らなければなりません」

覇道を歩む侯爵家。

その野望の果てはどこにあるのか。

ここまで踏み込んだならば真剣に答えるだろう。

そんな思惑を浮かべながら、クレインは返答を待つ。