軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十話 探検遊び

避難訓練をするから、こっそりと屋敷を抜け出すように。

そう告げられたマリーは護衛の小隊を連れて、別の出口からやってきたアストリと合流しつつ、領地の北西部にある隠れ家にまで辿り着いた。

「あら? ここ、意外と豪華じゃないですか?」

緊急避難先とは、ひっそりと身を潜めて、危険をやり過ごすための場所だ。だから陰気な場所を想像していたマリーは、居間に視線を一周させてから呟く。

「なるほど。見た目はオンボロでしたけど、中まで不便にすることはないですよね」

外観はボロで、玄関口も狭い。整えられた庭が無いどころか、敷地と森の境目すら曖昧な――どう見ても、うち捨てられた建物だった。

だがそれは見た目だけの話だ。実際には広めの居住空間があり、天窓から十分に採光もされているため、狭さや暗さは感じない作りになっている。

飾られている調度品とて、素人目に見ても高級品だ。

キッチンや浴室が完備されているなど、設備も充実している。

言うなればここは貴人用に作られた、避難所という名の別荘だ。

「なんだ、これなら快適に過ごせそうじゃないですか」

「ええ、まあ……」

一方でアストリは浮かない顔をしていた。クレインだけが来ない理由を、既に察していたからだ。

そんな彼女にマリーは続ける。

「旅行は久しぶりなんですけど、アスティはどうです?」

「最後の遠出と言えば、嫁入りまでの道程ですね」

「ああ、そう言えばそうでした。……さて、じゃあ荷物は一旦、ここに置くとして」

マリーは居間の脇に荷物を置くと、居間のソファーに寝転んで伸びをした。

そして、柔和な笑顔でアストリに言う。

「まあ、大丈夫ですよ」

「……えっ?」

「 何か(・・) はあるんでしょうけど、クレイン様って……あれで用意周到ですから」

マリーから見てもアストリから見ても、私人としてのクレインには、少しばかり抜けたところがある。

だが、何らかの問題解決が起きた際には、その問題が起きる数ヶ月か――下手をすれば数年前という規模で、事前に備えてあることがほとんどだ。

「だから、大丈夫です。何があっても」

紛争から自然災害まで、何らかの対策が必要な場面で、後手に回ったことはない。

少なくとも彼女たちを含めた、周りの目にはそう映っていた。

ここ数年での変化とは言え、マリーはそれを間近で見てきたのだ。

だから彼女は、不安も気負いも無い顔で気楽に笑いながら、ソファーの上でだらけた姿勢を取った。

「……少し、 羨(うらや) ましいです」

「何がです?」

「築いてきた信頼関係が……いえ、私がいない時間を共有してきたことが、ですね」

つまりはマリーとて、これがただの訓練ではなくて、自分たちを危険から遠ざけるための処置であることは理解している。

理解した上で、クレインを信頼しているからこそ、何も言わずに従っているのだ。

アストリとて信じてはいるが、長年の積み重ねによる信頼関係にはまだ及ばない。

だからこそ、自分が思い出の中にいない、空白の時間を羨んでいた。

「そんなものは、これから埋めればいいんですよ。私だってただの使用人でしたから、お付き合いするまでの接点だって、そこまで多くは――」

そこまで言って、マリーは気づく。

アストリとの間で、こんな話をしたことが無かったなと。

そこからもう少し話を広げてみれば、同世代の友人とこなしてきたような遊びも、アストリとはしていない。

精々が日々の食事と、たまの買い物くらいだろうか。

関係こそ良好だが、何かを一緒に楽しむ時間は足りていなかった印象だ。

「まあ、こういう話をしたり、遊びにいく時間が取れなかったりしたのは、当のクレイン様が仕事人間だったせいですが……逆にいい機会ですね」

「親睦を深めるには、ですか?」

「ええ、ちょうどいい秘密基地もあったことですし」

マリーは近所の友だちと、秘密基地を運営したことがある。農家が使っていた廃墟の小屋を掃除して、綺麗にしたものだった。

建物は数年もしないうちに取り壊されたが、10年が経った今でもいい思い出だ。

久しぶりにあった友人とも、子どもの頃の話になると話題に上る。

要は、童心に返って羽目を外せば、もう少し気心が知れるかもしれない。昔の友人たちとは関係値が違っても、もっと仲良くなる余地はあるだろう。

マリーの考えはそんなところだった。

「クレイン様がのけ者になっていますけど、それは仕事ばかりしているから――ということで」

「それは……仕方がありませんね」

マリーの言葉には裏が無いため、意図も理由も難しくない。

素直に受け取ったアストリは、いくらか明るくなった表情で同意した。

「今回は我々だけで、楽しませていただきましょうか」

何を言っても始まらないのだから、せめて非日常を謳歌しよう。

そう方針が決まったところで、マリーは手を叩く。

「よし、じゃあまずは探検ですね」

「探検ですか?」

「地下室があるみたいだから、秘密の部屋だってありそうじゃないです?」

連れてきた護衛が、使用人の役目も兼ねているのだ。食事や世話をする人間はいるのだから、部屋や設備を見て回ることに、特段の意味は無い。

しかし、大人になってからは探検など、なかなかできない。しようという発想すら浮かばないだろう。

深窓の令嬢だったアストリなら、尚更のことだ。

まあ、細かいことはさておき――そう言わんばかりに手を取って、マリーはアストリを連れ回すことにした。

「さ、行きましょ」

道すがらでの会話は、領主の妻や貴族という立場が無ければ、日常的に交わされるはずのものだ。

だが、 和気藹々(わきあいあい) と部屋を見て回ること。アストリにとってはそれだけでも、未体験の特別な行為だった。

「ちょっと頑張れば、 かくれんぼ(・・・・・) ができる部屋数ですね」

「あ、聞いたことがあります。遊びの一種ですよね?」

「なるほどなるほど。今、とってもカルチャーギャップを感じています」

「そう……ですか?」

さりとてここは隠れ家なのだから、もちろん特別な発見はほとんど無い。

特徴と言えば地下の食糧貯蔵庫に、脱出用の避難通路が掘られていたくらいだ。

しかしそれでも構わない。何かを見つけることが目的ではないので、とりとめもない会話をしながら、彼女たちは気晴らしに興じる。

その後30分ほどをかけて、それぞれの部屋や浴室なども順番に見て回り――その遊びが一段落した頃、玄関先から来訪者の音がした。

「……あ、もしかして、いらっしゃいましたか?」

「ではこの辺りにして、お出迎えに参りましょう」

アースガルド邸から伸びた避難通路は、全て出口が離れている。うち一本は特に遠かったため、そこを通るアレスは最初から、遅れての合流を予定していた。

これは日程通りのため、二人は連れだって玄関に向かう。

もちろん潜伏中なので仰々しい挨拶は省略するが、身分を考えれば出迎えと挨拶は必要だった。

「お待ちしておりました、アレス殿下」

先頭で言葉を交わし、やり取りをするのはアストリだ。

マリーはその後ろで動きを真似しながら、やり取りを見守る役となる。

「う……む」

一方のアレスはここに来るまで、どう挨拶するかを何通りもシミュレーションしていた。

その中で、自分に足りないのは気軽さ、気安さ、親しみやすさ。その辺りという結論に至っている。

確かにこれでは、家臣からしても取っつきにくいだろう。

由緒ある貴族ですらそうなのだから、元が平民のマリーからすれば尚更だ。

だからアレスは、クレインからの「妻に愛想をよくしてくれ」というオーダーをこなすために。

そして今後、民心を得る練習のためと思いながら、ゆっくりと手を挙げた。

「……やあ」

片手を上げて、庶民にも通用しそうな軽い挨拶をする。そこまではいいだろう。

だが、表情がとにかくぎこちない。声も非常に硬質だ。

目の前に鏡があれば、そこには妙な顔が写っていたことだろう。

特に口元の動きは、 錆(さ) びついた 蝶番(ちょうつがい) のようだった。

言葉を発した直後で既に、これは違うなと、彼の中でも確信に至っている。

もしも時渡りの力を持っていれば、自害を図っていたに違いない。

そんな考えを浮かべたアレスを見て、アストリは 相好(そうごう) を崩す。

「ふふ、独特な挨拶ですね。ご機嫌麗しく何よりです」

「……まあ、数日は滞在する予定だ。その間はよろしく頼む」

バツが悪そうにするアレスとは対照的に、アストリはにこやかなままだ。

王子と伯爵令嬢の挨拶は、 これが普通(・・・・・) なのだろうか。

マリーは戸惑っていたが、そこにアレスの視線が向く。

「私の笑顔が、そんなにおかしいか?」

「い、いえ、そんなことは……」

マリーは苦笑いで誤魔化そうとしたが、帝王学を学んできたアレスなのだから、気を遣われていることなどすぐに分かった。

初手を間違えたが、どう軌道修正するか。

次善策に考えを巡らせている間に、アストリが冗談めかして言う。

「一時期の殿下よりも、親しみやすくなったかと存じます」

「……夫婦揃って、遠慮が無いな」

マリーがしたかった冒険とは、精々が秘密基地の探索だ。王子をからかうという、命を懸けた大冒険がしたかったわけではない。

はらはらしながら見ていたが、アストリは何でもないように続けた。

「夫は殿下の友人で、私は 縁戚(えんせき) ですから」

「……そう言えば、結婚前はクレインの遠縁でもあったか」

この共通点から話題が広がるかと言えば、そうでもない。

だが気まずい方向に転がらないように、マリーは敢えて言及した。

「お二人は、ご親戚なんですか?」

「 臣籍降嫁(しんせきこうか) など、さほど珍しくもないからな」

マリーが二人を見比べると、確かに髪の色がほとんど同じだった。

しかしそれ以外に似通った要素は無く、交互に顔を見比べても、雰囲気がまるで違う。だから「髪色だけで気づくのは無理」という結論に落ち着いた。

そんな考えを大筋で察したアレスは、咳払いをしてから居間を指す。

「玄関先で立ち話も何だろう。ブリュンヒルデ、茶を用意しろ」

「承知いたしました」

普段のアレスであれば、さっさと部屋に籠もって本を読むか、何らかの策謀を思索していたはずだ。

だが今日の彼は、護衛に就いていたブリュンヒルデに給仕を任せて、世間話に入ろうとしていた。

「さて、それで……だが」

「何かございましたか?」

「いや、特に、話という話は無いのだが……」

三人ともに関係が深い、クレインはこの場にいないのだ。

何か話題は無いかと、マリーが頭を回してみると――彼女は初対面での会話に思い至った。

「そう言えば、殿下」

「どうした?」

「 何でも頼って(・・・・・・) いいんですよね?」

面会までの流れが変わったとは言え、周囲との会話は変わらない。

だからアレスは確かに言った。困ったことがあれば私に言えと。

「できる範囲であれば、構わぬ」

「でしたら屋敷に戻ったときに、一つお願いがあるんですけど」

「……まあ、まずは聞こう」

常識的に考えればお世辞や、リップサービスの範囲内での話だ。王子が気安くしろと言ったところで、本当に気安くする人間は珍しい。

マリーもそれは分かっているが、屋敷では何かが起きていて、クレインは今後、当面の間は処理に追われることになると思っていた。

であれば、今のうちにやっておきたい――やっておかねばならないことがある。

彼女が頼んだのは、その手伝いだ。

10分ほどかけて、マリーが何をしたいのかを聞いたアレスとアストリは、揃って頷く。

「確かに、それがよさそうですね」

「……ふむ、なるほどな」

アレスとて、アースガルド家には それ専門(・・・・) ――に近い役職もあるのに、クレインが利用していないことは知っていた。

しかしアレスが何をせずとも、マリーとアストリだけで何とかなる話でもある。

頼む意図が何かと言えば、クレインの邪魔にならない形で実現するためだろう。

そう察しながら、彼は首を縦に振る。

「よかろう、そう難しくはない」

クレインを動かせる人材が、ちょうどアースガルド家に滞在している。

アレスからしても、多少働くだけに過ぎないので、すぐに承諾できた。

とは言え、一昨年までのアレスならば、個人的な請願など切って捨てていただろう。

だからアストリは、目を丸くして言う。

「本当に変わられましたね、殿下」

「付き合う人間が変わったから……だろうな」

「そこに該当するのは、私の夫くらいでは?」

アストリに煽る意図は無いが、アレスにとっては痛いところを突かれた感覚だ。

というのも、王家に忠誠を誓う人間とは関係を改善したが、依然として彼の個人的な付き合いなど、無きに等しいからだ。

「放っておけ。……それよりも、話の続きだ」

いつもの仏頂面になったアレスは、早々に話を戻す。

そして、屋敷に帰ってからの動きを検討した後、二人に向けて詳細を提案した。