軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百話 歴史よりの抹消

「よく連れ帰ってくれた」

「いえいえ、大した手間ではございませんでした」

戦後処理が一息ついた頃、数名の供を率いたクレインは屋敷の一角に向かっていた。

目的地は滅多に人が寄り付かず、アースガルド家の歴史の中でも数回しか使われていない地下牢だ。

「ようやく会えたな、ヘイムダル」

「何だここは! このような場所に何日も閉じ込めるとは、どういう了見だ!」

前回ここを使ったのは小貴族たちを尋問した時だが、今回も用途は変わらない。

ブリュンヒルデが作戦行動中で不在のため、マリウス隊が取り調べを担当するはずだったが、クレインは同席を選んだ。

「いくつか聞きたいことがあるんだ」

むしろ彼が主体となって取り調べをすると聞き、マリウスは難色を示した。

しかし本人の強い希望により、取り調べ室での対談が実現している。

「素直に答えてもらえると助かるが」

「アースガルド子爵! 捕虜にこんな扱いをして、どうなるか分かって――」

ヘイムダルはジメジメとした地下牢の、劣悪な環境に留め置かれたまま放置されていたのだ。

あまりの待遇の悪さに抗議しようとしたが、その声は最後まで続かなかった。

クレインと目を合わせた瞬間に、その瞳が――ヘイムダルの中でトラウマとなった――ピーターと同種だと気付いたからだ。

厳密に言えばピーターは人の命に重きを置いておらず、クレインはヘイムダル個人に対して、命を尊重するつもりがない。

実情がどうであれ、ヘイムダルにとっては同じ穴の 狢(むじな) だ。

彼はここにきて初めて、自分が未だ死地にあると自覚した。

「協力しないのなら、お前の命はここまでだ」

クレインからは次の瞬間にでも 縊(くび) り殺してきそうな、本気の殺意が発されている。

言いがかりで領地を壊滅させられそうになったのだから、苛烈な怒りも当然か。

ヘイムダルはそう思っているが、しかし原因は全く別な場所にあった。

冷徹に告げたクレインには、忘れられない怒りがある。

今となっては遥か遠い出来事だが、彼の中では鮮明に焼き直された記憶だ。

「もう一度言う。洗いざらい吐け」

「え、いや……」

一度全てを諦めたクレインは、ラグナ侯爵家の傘下に入ることで破滅を回避しようとした。

北への逃避行の末にマリーと恋仲になり、他の人生では考えられないような幸せな家庭を築き、子を授かるまでにもなった。

だが最後はヘイムダルの手引きにより、マリーだけに留まらず、彼女に宿った子まで殺害されている。

更にはノルベルトやハンス、バルガスといった、領地が滅びても付き従った忠臣たちまで、儀式のために皆殺しにされていた。

「まあ、素直に吐くかは分からないし、これが一番早いな。始めるとしよう」

「ま、待て、まずは落ち着いて話し合おうじゃないか」

過日の借りを全て返す。

その一念だけを胸に進み、クレインはここまで辿り着いた。

月日を経ても執念は衰えず、手温い処置で終わらせるつもりなど微塵もなかった。

「私が知っていることなら、話せる範囲で」

「マリウス」

ヘイムダルの言葉を遮り、クレインはナイフを受け取る。

それは錆び付いて切れ味の悪い、ノコギリのような刃をしていた。

ただ切り刻まれただけならば、いずれ傷は治るだろう。

しかし錆だらけの刃物で刺せば傷口が 膿(う) み、手足が腐る可能性が高い。

「これなら一思いに致命傷を与えることもない。道具選びは最適だな」

「恐れ入ります」

「や、やめろ! やめてくれぇ!」

得物をクレインに渡したマリウスは、そのままヘイムダルの背後に回ると、後頭部を鷲掴みにして机に叩きつけた。

「見苦しいですよ、ヘイムダル殿」

「ひっ!?」

更にピーターが右手を押さえつけると、身じろぎすら満足にできなくなった。

「こう見えて尋問は得意なんだ。動かなければ致命傷にはならないさ」

「待ってくれ、拷問など要らない! 話を聞いてくれ!」

クレインは言い訳や命乞いを聞くこともなく、大きく振りかぶる。

勢いをつけてテーブルに振り下ろされたナイフは、人差し指と中指の間に深々と突き立てられた。

「さ、刺さらな、かった?」

指の欠損を覚悟して息を飲んだヘイムダルは、傷を負わなかった安堵感で、大きく息を吐き出した。

そして続く言葉に、また戦慄する。

「怒りで手元が狂ったか。意外と難しいが、次は当たるかな」

クレインは脅しのために傷を付けなかったのではなく、手の甲を串刺しにしようとしたが、勢い余って失敗しただけだ。

そうと察したヘイムダルは声を張り上げた。

「東伯に協力したことは謝罪する! せ、戦後交渉もあるだろう。手荒な真似はやめてくれ!」

「ドミニク・サーガを知っているか?」

唐突な質問に、ヘイムダルは思わず頷く。

それはジャン・ヘルメスが使い捨てにした、ヴァナルガンド伯爵家の元御用商だ。

「奴がヘルメスから使い捨てにされた時、助けは来なかった」

「あっ」

後方支援に回っている時はヘイムダルも高見の見物をしていたが、今は状況が違う。

今回は自分が切り捨てられる番だ。

そんな予感が過ったヘイムダルは、考えを打ち消すように頭を振った。

「い、いや、あれはヘルメスの仕業と聞いている」

「東伯は違うと?」

「配下を決して見捨てないお方だ」

ヴァナルガンド伯爵はヘルメスと違い、そう易々と部下を切り捨てたりはしない男だ。

協力者として捕らえられたこともあるので、下手を打たなければ、救出の見込みは大いにある。

それにそもそも、東伯が起こした 諍(いさか) いに義理で手を貸しただけだ。

強弁すれば幾らか罪が軽くなると思い、ヘイムダルは計算を始めた。

「東伯直属の精鋭部隊も捕虜にしているが、身代金の交渉をすることもなく領地に引き揚げたぞ」

「すぐに使者が来るはずだ。私が話を付けるから、て、丁重に扱ってくれ」

アースガルド家からすれば、東の雄と遺恨を抱えた状況は好ましくないだろう。

ならば寄親が一旦の手打ちを持ち出した際に、便乗すれば良いはずだと、彼は自分の取るべき選択肢を選んだ。

しかしクレインは平坦な口調で、事実だけを告げる。

「連合していたどこの家にも動きは無く、軍備再編に移っていると報告がきたところだ。このまま次の戦いに移行するなら、使者は来ないだろうな」

初期のサーガと同じようなことを言う。

ヘイムダルの主張を聞いたクレインの感想は、それくらいだ。

「手塩にかけて育てた精鋭にも、部隊長を務めていた貴族の子弟にも返還交渉はきていないんだ。子飼いですらそれなのに、木っ端のお前をわざわざ助けると思うか?」

事実として、ヴァナルガンド伯爵家からの使者が来訪することはない。

交渉など一度も行われないと、クレインは既に知っている。

この言葉に嘘は無いと察して、ヘイムダルは力なく項垂れた。

「まさか、そんなことが」

「自分だけは安全圏にいると思っていたのか? だとすれば考えが甘いな」

クレインとて、目の前の男は報復対象の中で、群を抜いた小物と分かってはいた。

だが威圧感の欠片もない、こんな小さな男が相手だったのかと肩透かしを食らっている。

そしてその失望もまた、怒りに上乗せされた。

「こんな奴がマリーを。皆を……」

衝動的に殺してしまいそうなほどの殺意を抱いたが、時期は事前に決めてある。

安易に憂さ晴らしをせず、最良の時期を待つことで復讐を完遂するのも、一つの道だ。

「……ヘイムダル。お前たちはヘルメス商会を通じて、前々から軍需物資を備蓄していたな」

ここはあくまで前哨戦とも決めていた。

だからクレインは数秒の沈黙の後、先々のための情報収集を始める。

「俺たちが焼き払った物資だけでは、長期対陣になった場合には足りない。速攻で終わればいいが、あの東伯が運任せの計画を立てるとも考えられない」

これだけ大掛かりな戦いを展開しようとして、全ての物資を領内の一カ所に集めるのは不自然だ。

前線基地であるヘイムダル男爵領だけに集積させ、他の領地が空という事態も考えにくい。

領内と領外のどちらにも、未発見の集積地があると見てクレインは詰めた。

「領都にあった分が全てではないはずだ。残りはどこにある」

「それは、その」

クレインが指摘すると、ヘイムダルの目が泳ぐ。

その反応から、隠し物資の存在を確信した上での尋問が開始された。

脅してばかりでは話が進まないので、これ以後の聞き取りは平和なものだ。

ヘイムダルは一見して素直に吐き、領外にも3つの大規模集積地があること。領内にも3つの街に分散して、予備の物資を保管していることを告げた。

「男爵領の割り当て分は、領都から見て北西、南、東の街にあるか」

「……そうだ。主にはヘルメス商会の支店で保管してある」

怯えの色が強く、まさか虚言を弄するとは思えない態度だ。

しかし嘘でないだけで、本当ではない可能性もある。

「で、でだ、ここまで正確に伝えたのだから、私の身の安全は」

「考慮すると思うか?」

ヘイムダルは司法取引と思っているが、クレインに減刑の意思は無い。

そして自白した情報が正しい保証も無い。

だからクレインは死んだ。

15分前から再開と念じて毒薬を煽り、あっさりと絶命する。

「お前のところにも、まだあるだろう」

そして尋問の始まりから再開するが、狙いは単純だ。

「領内の北西、南、東の街に保管された分は把握しているが、 残りは(・・・) どこにある」

「な、何故それを!?」

「調査方法はどうでもいいだろう。この返答は、間違わないことをお勧めするよ」

自己申告したものが全てではないはずだ。

そう睨み、背後関係を把握している素振りを見せてみれば、これは当たりだった。

「……街道を南東に進んだところに、小高い山がある。そこに一部を隠した」

「そうか、やはりこれは有効な戦法だったか」

図らずもクレインが取った食糧避難策と、似通った作戦が採択されていた。

あの東伯が採用するくらいだから、自分の作戦は間違いなく有効打だ。

お墨付きをもらったかのような気分になったクレインは、気を取り直して調べを続ける。

「他は?」

「も、もう無い。これだけだ」

「それならもう一度確認してみよう」

クレインはヘイムダルを追い詰めるために、何度も、何度も執拗に死ぬ。

少しでも気がかりな点があれば死ぬ。

そして始めからやり直し、逃げ道を順番に潰して、隠し事を残らず暴き通した。

裏事情をほぼ把握していると告げて、どこまでも追い詰めていく。

牢に持ち込んだ地図には、自害する毎に新情報と印が書き加えられていった。

「馬の飼料はこの村とこの街、武具はここ、食糧はヘイムダル男爵領内だと……大体この辺りか」

「な、何故それを!?」

ヘイムダルとしては、アースガルド家が把握している以上の情報を出さなければ、拷問による責め苦が待っていると考えていた。

しかし素直に知っていることを吐き切れば、東からは裏切り者として見られ、利用価値が無くなったとしてアースガルド家からも処分されかねない。

そのため素直に吐いているようで、要所要所で出し渋りがあった。

「こちらが収集した情報は正しかったようだが、これ以上の何かをお前は持っているのか?」

「え、ええと……いや、その」

だがヘイムダルが持つ情報には限りがあるため、頭打ちの時は早々に訪れる。都合9回の取り調べを繰り返し、小出しにされた情報は全て吸い上げられた。

これ以上が望めないと見たクレインは、マリウスへ手短に命じる。

「物資が動いていないか見張るために、この地図をもとに密偵を出してくれ。今ならヘイムダル領は無法地帯だから、警戒もそれほど厳しくはないはずだ」

「承知しました。すぐに送り出します」

マリウスが地図を受け取り、クレインも席を立った。

尋問は終わりとなったが、今回の人生におけるヘイムダルは何一つ有益な情報を渡すことなく、ただ驚き、唸るだけで終わりを迎えている。

「何の役にも立たなかったが、没交渉で身代金を受け取りにも行けないなら……どう処理をするか」

「待ってくれ! まだ、まだ何かあるはずなんだ!」

アースガルド家への再侵攻は、すぐには無理だ。

即座に東伯軍が動けない今、賠償金が欲しければ自分で奪い取りに行き、手間を掛けられた腹いせにヘイムダルを殺す手もある。

寄親からの介入が無く、有益な取引材料も提示できなかった自分の未来はどうなるのか。

絶望しかけたヘイムダルに向けて、クレインは念を押した。

「こちらの調査結果を全て追認してくれたまではいいが、不確実な部分も多々あるんだ。仮に虚偽があれば、どうなるかは分かるな?」

「どれも正しいものだ! この保証は有益になるはずだろう!」

プラスの材料を捻出しようと、最後まで粘りは見せる。

しかしそれは無駄な足掻きだった。

「なるはずがない。こちらが調べるまでは真実だという確証が無く、調べが付けばお前の保証に何の価値も無いからな」

クレインは取り調べを始める前から――もっと言えば、王国暦500年4月1日の時点で――許すつもりも、手加減するつもりもなかった。

だから彼は当初に立てていた目標の通りに、これからのプランを伝える。

「言い忘れていたが、反乱の全容は殿下もご承知おきでね。近いうちに討伐軍が組織される予定なんだ」

それは本来、ラグナ侯爵家を倒すべく組織しようとしていたもので、今では東部の勢力と戦うために結集させようとしている。

各勢力の動きや思惑は刻刻と変化しているが、クレインはここで最初の歴史に立ち返った。

振り返るのは本来の歴史で、ヘイムダル男爵家はどうなっていたのかという点だ。

「そちらが戦いの備えをしていたように、こちらも用意は整えているんだよ」

決戦前の段階で既に、ヘイムダル男爵家の取り潰しは決定していた。

また、アースガルド領がラグナ侯爵軍に攻め滅ぼされた表向きの理由は、 東に(・・) 飛び地を抱えた侯爵家が、通行権狙いで攻め寄せたというものだ。

「そしてお前はこれから……いや、既に王家からも反逆者と認定されている」

「た、助けてくれ。私はもう謀反などしない!」

接収には至っていないものの、公式にはヘイムダル男爵領が、ラグナ侯爵領に編入されていた。

クレインには内偵調査がどこまで進んでいるか伺い知れないが、現時点で既に、内内には離反者の一味と見られている時期でもおかしくはない。

「助ける義理は無いし、助かる道も残されてはいないんだ。国家反逆罪が適用されたらどうなるか、少し考えれば分かるだろ?」

地方にいるヘイムダル本人は処刑されずに済んだが、裏切り者の炙り出しによる事変も起きており、領地を代官に任せて中央にいた東部の貴族は何名かが処刑された。

要するにこれから、開戦前に処刑される貴族が一人増えるというだけだ。

「今からでも王家に絶対の忠義を尽くすと、子爵から殿下に執り成しを――」

「無論、断る」

前哨戦のついでに捕らえた小物ならば、小物らしい使い方がある。

クレインは自分が思うヘイムダル男爵の用途を、端的に告げた。

「お前はただの 楽器(・・) だ。派手に鳴らして、開戦の雰囲気を高揚させる……それ以外の使い道が見当たらないな」

討伐隊の士気を向上させるため、衆人環視の場で斬首されること。それがヘイムダルに見出した唯一の役割であり、それは従軍する音楽隊のラッパと何ら変わらない。

これ以上の利益を望めなくなった搾りかすだ。

だからこそ、望める役割は一つしかなかった。

「生贄として死ぬことで、最後の責務を果たしてもらおうか」

民衆の前で公開処刑されるのか、出陣式に参列した貴族たちの前で処刑されるのか。本来の人生で領外に目を向けなかったクレインには、詳しいことは分からない。

現状で一つだけ分かることがあるとすれば、ヘイムダルが昇爵を望んでいたことだ。

功名心か名誉欲か、それすらも判然としないが、最早聞くまでもない。

「歴史書にはこう書かれるだろう。謀反の計画が発覚して捕らえられ、味方から切り捨てられた挙句、戦うことなく死んだ間抜けと」

名誉や栄達が欲しいのならば、その正反対こそがヘイムダルの最も嫌う末路だ。

晒す(・・) という罰が最も効果的となる。

公開処刑される貴族の中に並べてやると宣言すれば、年甲斐もなく、泣きそうな顔でヘイムダルは手を伸ばした。

「待ってくれ、心を入れ替えるから。身分を落とされても構わないから、頼む!」

「その程度の処罰で済むと思っているなら、随分と幸せな思考をしているな。……その言葉は 最初(・・) に聞きたかったよ」

地下牢を出るクレインが、振り返ることはなかった。

取り残されたヘイムダルは手を虚空に突き出して、人生の終焉が訪れたと自覚することしかできずに、椅子からずり落ちる。

「馬鹿な。そんな、馬鹿な……」

処刑されるその日が来るまで、牢から出られることはないのだろう。

王都へ護送するために、鉄格子付きの馬車から外が見られれば、それが今後の人生に待っている最良の出来事だ。

そんな最期の瞬間が、ありありと彼の脳裏に浮かぶ。

「やれやれ。命を諦めた方が幸せと、再三お伝えしたのですがね」

呆れを含んだ視線を投げかけられて、牢の扉は閉ざされた。

光の無い地獄にある、狭苦しい独房に放り込まれたことで、彼の全ては終わったのだ。

死を迎える瞬間まで拘束され続けることが決まり、最期は衆目に晒されて、名誉が地に落ちる。

史書に残る記述とて、「反乱に加担した貴族が処刑された」という文言のみだ。

彼個人の名など、どこにも残りはしない。

勝ち馬に便乗して出世を企てた小物は、国史の転換点となる戦いの火種になる役目だけを残し、この日をもって歴史から抹消された。

「こんな、こんなはずでは……」

地の底で死を待つ男には自害すら叶わず、やがて来る 解放(・・) の時を待ち望むことしか許されない。

早々に死ぬことが最も幸せな道だったと後悔しつつも、一切の望みを絶たれた男の、失意の人生はまだ続く。