軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十六話 ようやく揃った大駒たち

「ああ、クソ。頭が痛ぇ」

「でも根性を見せたから、侮られるようなことはないだろ?」

「そうだな。確かに、あれなら負けて仕方ないって空気はあった」

野営で一晩を明かしたクレインは、山から下りてくるグレアム一行を武装解除して出迎えた。

ハンスが人外だっただけで、グレアムも凄い。

そんな評価が下されたので、相対的に見れば彼の評判は上がったくらいだった。

「というかよ……。宴会開いた時点で、丸く収まりそうな気がしたんだが?」

「けじめは必要だよ」

「……甘くねぇなぁ」

上下関係をきっちりと叩きこまれたことまで計算ずくなら、いよいよクレインには逆らわない方がいいだろうというのがグレアムの正直な感想だ。

「でも、随分すんなり下りてきてくれたな。もう少し疑われるかと思ったけど」

「騙し討ちをするような奴なら、本人が直接乗り込みはしねぇだろ」

「違いない」

意表を突くためにクレイン本人が赴いたのだが、グレアムたちからすれば子爵家側が誠意を見せたという判断に至っている。

その点については、信頼関係構築のためには良手だったと言えるだろう。

そして山の周囲に他の軍勢は見当たらず、クレイン一行は非戦闘員を合わせても五十名ほどだ。

山賊の方が数は多いし、領地で待ち構えていてもクレインを人質にできる。

つまり警戒するとすれば、道中でクレインが逃亡することだけだった。

「まあ、アンタの人徳ってやつかね。何も考えてねぇようなツラしてるから、疑う奴も少なかった」

「一応誉め言葉として受け取っておくよ」

クレインは元々温厚な性格だし、外見も田舎の好青年といったところだ。

考えが読めないところはあっても、人畜無害な雰囲気は出ている。

そんなところも決断のポイントだったと言いつつ、グレアムは拳を差し出した。

「じゃあまあ、なんだ。よろしくな」

「ああ。よろしく」

堅苦しい調印など要らない。クレインは雇う、グレアムは雇われる。

その合意だけがあればよく、それは互いの拳をぶつけるだけで済むことだった。

貧乏暮らしから脱出することがそもそもの目的だったので、子分たちもいい酒が飲めて美味いものが食えるならと、特に文句は出ていない。

突発的に始まった逃亡劇は、ようやく終わったのだ。

散逸してしまった武官の再集合は、これで終わりを迎えたことになる。

「じゃあ当分はハンス預かりで。教育が終わったら、将として好きにやってくれ」

「規律は叩きこんでやるからな」

「……へいへい。お手柔らかに頼むぜ」

戦闘力では敵うはずもないが、一分野でも完全に、完璧に勝てない部分がある。

その点で引け目を感じているグレアムは、過去に見たことがないほど素直だった。

「円滑な人間関係が築けたようで何よりだ」

「円滑……かねぇ?」

「まあ、いいじゃないか。ハンスの指導は確かだし、やり過ぎることはないだろうから」

過去に出てきたグレアムからの要望は、好きにやらせて腹いっぱいに食わせろ。

それだけだ。

だからある程度の常識や上に立つ者の品位は学ばせる予定でも、クレインとしてはそこまで厳しくやらせるつもりはない。

自由にやらせてストレスを溜めない環境が、一番力を発揮できると知っているからだ。

「では、敬語を教えるところから始めようか」

「勘弁してくれ、それくらいは知ってますよっと」

上役のハンスが及び腰になることも減るだろうし、別な利点もできた。

ヨトゥン伯爵家すら困らせた大盗賊を、衛兵隊長が一騎打ちで撃破。

状況だけを見ればそういうことになるからだ。

「さて、マリウス」

「承知しております」

「結構」

その評判があれば、ハンスが上司ということに不満を持つ武官の数は減るはずだ。

なのでクレインはこの顛末を、少し脚色して領内へ流布するつもりだった。

グレアムの様子次第ではあったものの、その作戦については昨夜のうちにマリウスとの打ち合わせを済ませてある。

グレアムのメンツを立たせなければいけないが、そこは手ごろな武官に模擬戦をさせて、蹴散らせば存在感を表せると踏んでいた。

つまり単純に人間関係の改善と、ハンスの指導力向上というオマケが付いてきたことになる。

ここに関する話は一段落したと見ていいだろう。

そう判断したクレインは次に、随行員として連れてきたエメットの方を見る。

「ここからが難しいだろうけど、交渉はエメットに任せるよ」

「お任せください。南伯へは上手く取りなしてご覧にいれます」

「頼もしいな」

諜報部はマリウスの再獲得により再建された。

情報収集能力は十分な水準となったので、ここでクレインは、かねてからの懸念を片づけようと試みた。

すなわち外交部の設立だ。

グレアムが暴れた件を丸く収めるため、エメットを外交部の長としてヨトゥン伯爵家に派遣すると決めていた。

密偵の長として働いた事実は無かったことになっており、今回の外交がエメットの初仕事になる。

「まずは情報が欲しいところです。グレアムさん以外にも、当時の状況を聞き取りしてから向かいますね」

「そうしてくれ。追加で必要なものがあれば用意するから」

伯爵家へ喧嘩を売った山賊を召し抱えることになったのだから、筋を通さねばならない。

アースガルド家の家臣となった平民の武官が、過去に伯爵家の家臣である貴族を殴った挙句、誘拐した件について謝罪をする。

いや、むしろそんな問題児を引き入れたことに対する釈明をしに行く。

今からエメットは、そんな話し合いに赴くのだ。

もちろん難易度は高いが、クレインが出世の約束とセットで依頼してみたところ、彼からはすんなりと了承が得られていた。

「用意された贈答品は一級品ですので、不足はありません。被害に遭ったのも準男爵の家系とのことですから……穏便に収められると思います」

爽やかに笑うエメットだが、彼としても勝算があって引き受けている。

地方の巡察に回される準男爵家の人間など、小役人もいいところだ。

大した立場にはいないと推測された。

片やアースガルド領は確実にヨトゥン伯爵領の輸出額第一位となる領地で、しかも領主であるクレインが主導して仲裁に乗り出している。

この二つ――体面と実益――を天秤にかけたなら、関係悪化を避ける公算が高い。

だから彼は有耶無耶にできる可能性が高いと判断していた。

「むしろ、恩まで売れるのではないかと」

「そこまでいけたら最高だけど、無理はしないようにな」

そして見方を変えれば、今回の事件は伯爵家側の失点だ。領内の人間が山賊化したものを、クレインが代わりに討伐したような状況になる。

領主のいない空白地帯へ逃げ込まれ、影響を懸念した取引相手がそれを排除したのだ。

つまりクレインの処理方法に 多少の(・・・) 問題があっただけで、やっていることはヨトゥン伯爵家の後始末ということになる。

その論調で、むしろ貸しを作るところまで進められる場面ではあった。

「初仕事ですので、十分な成果を持ち帰りたいところです」

「……まあ、実際には結構な恩義があるから、向こうからの借りといくらか相殺かな」

「それでよろしいのですか?」

脱走する前のグレアムはヨトゥン伯爵領の民だったのだから、彼らへの対処は間違い無く貸しだ。

クレイン以外はそう思っているし、エメットから見ても欲の無い人だという感想になっている――が、当のクレインは微妙な罪悪感を覚えていた。

「元はと言えば、な」

「元……ですか」

「ああ、いや、人手不足を聞きつけたグレアムが、移民した結果だから」

慌てて適当な言い分を口に出したクレインだが、今までの歴史ではヨトゥン伯爵領で大規模盗賊団など発生していない。

クレインが歴史を変えたから出てきたのだ。

大規模な取引を頼んだせいでグレアムが移民した。

そして暴発した結果の山賊化だ。

本来発生し得なかった事件の原因を手繰れば、クレインの選択が原因となる。

そこを抜きにした場合。グレアムが移民する理由を作ったという面だけはエメットにも理解できたが、しかし彼は首を横に振る。

「クレイン様がそこまで考慮する必要はありませんよ」

「そうかもしれないが、まあ、今回取り立てることでもないさ」

グレアムが移民を決心したことも、その後に問題が起きたことも、クレインに予想できたはずがない。

だからそれは結果論で、避けられたはずもない――と、クレイン以外は思うだろう。

状況的には、グレアムが山賊になったのはヨトゥン伯爵家の落ち度だ。

それを解決したのがクレインとなる。

しかし本来あり得ないグレアムの移住が起きたのは、ヨトゥン伯爵家の農業政策が変わったからだ。

それを依頼したのもクレインである。

そしてグレアムたちが山賊になるのは――防ごうと思えば防げたという点。

多少強引でも権力を使った引き抜きをしていれば、未然に防げはしたのだ。

以上を統合した上でクレインの主観に立つと、ややこしいことになっている。

街道の治安維持を簡単にできるからと、敢えて盗賊のままの彼らを雇用しにきたのだから――自分で事件を起こして自分で解決する――マッチポンプとも言えた。

「南伯とは今後も友好な関係を築いていきたい。いい落としどころを探ってくれ」

「なるほど……承知致しました」

今回の事件については目先の貸しよりも、これを足掛かりにして長期的な関係を築いた方が得策。

エメットはそう理解したが、ここでも真意は違う。

今までの人生で、ヨトゥン伯爵家はクレインの無茶を散々叶えてくれた存在だ。

今回の歴史でも拡大する人口を支えるだけの食料を確保するため、去年までの取引が皆無だったところへ数万人分の食料輸入依頼を捻じ込んでいる。

それにアストリとの結婚式などで対面しても、一族揃って善人しかいなかった。

そこへ被害を与えた上に、つけ込んで利益を得るのは外道過ぎる。

内心ではそんな考えに至っていた。

「言っても仕方の無いことだけど……いや、いいや。全部任せるから」

「では、早速動きます。ハンスさん、グレアムさんをお借りしますね」

エメットは準男爵家の三男ということで、身分が低めな割りに有能だ。

ビクトールが推薦する人間を考えたときに、真っ先に名前が挙がるような人材でもある。

マリウスの捜索中に、試用評価と適性検査も済ませてあった。

だからクレインに不安は無い。

しかしエメットからすれば仕えてから日が浅く、大した功も無いところでの大抜擢だ。

大舞台に上げられたということは期待されているということで、それなら期待に応えてみようか。

という、ここでもマリウスと似た理由で忠誠心が向上しつつあった。

「あとは南伯の機嫌がいいことでも祈っておくか」

処理はまだ残っているが、これで失われた主力は全て回収できた。

過去に活躍していた人材を集める作戦は成功に終わったのだ。

そしてエメットもそうだが、過去にはいなかった人材も戦力へ組み込み始めている。

領地の力を見ても人材層の厚さを見ても、過去一で強化されていると言えた。

「ここから先は過去の経験を活かしながら、政策を回していく段階だな」

領地の人口は増加傾向で、兵数はより増えるだろう。

今の領内では消費し切れないほど、山のように食料を蓄えているところでもある。

戦力の増強は順調に進んでいた、

「それなら次は あいつら(・・・・) か……。まあいい、叩き潰すだけだ」

そして今までの出来事を考えれば、次の障害は小貴族連合となるだろう。

しかし何人かの当主が討ち死にしていたため事情聴取もできず、戦前に各家でどのようなやり取りがあり、どの程度の温度感でいたのかは不明な点も多い。

今までよりも強くなったアースガルド領に対して、なお戦争を仕掛けるか。

それとも別なやり口で攻めてくるか。

それは現時点ではまだ分からないことだ。

「今後の戦略を考えても、現地で苦しむ領民のことを考えても、排除は必須だ。対処法は今のうちに考えておこうか」

今回の武官散逸騒動もそうだが、歴史は大きく変わり始めているのだ。

油断なく進めていくことを誓いながら、クレインは領地へ引き揚げていった。