軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話 再獲得と副産物

「はい、勝負あり」

「う、ぐ、おお……ああ……うっ」

「なんだ、だらしがないな」

子分たちの手前では退くこともできず、グレアムは三杯の小樽を空けるハメになった。

本来ならショットグラスで飲むものなので、それ換算なら三十杯ほどの量をだ。

これで死なれても困るクレインは、グレアムへの酒を気持ち少な目に注いでいたが――それでも立っていられなくなるほど酔いが回っている。

「ぐぇぇえええ……」

「おえっ、うっぷ……」

そして、そんなに強い酒なのかと度胸試しで飲んでみた山賊たちは、小樽の半分も飲み切れずに次々とぶっ倒れていった。

そんな中でもまだ、ハンスは平然と飲み続けている。

「酒精が強いのに風味がある、いい酒です。お代わりは品切れですか?」

「空みたいだ。……というか、もう挑戦者がいないな」

ハンス一人で小樽を五回飲み干しているので、盗賊側が七人がかりで飲んだ分よりもハンスが空けた量の方が多い。

普通なら命に関わるほど飲んだというのに、彼の顔色は変わらなかった。

この時点で荒くれ者たちは、ハンスに一目置き始めていたが――しかし話はまだ終わらない。

「ううむ、少し消化不良ですね」

「じゃあそこら辺から適当に選んで飲んでいいよ。護衛はもう要らないだろうし」

「職務中ですが……。では、ありがたく」

飲み勝負に使った酒樽が空になったところを見て、追加の酒を要求する始末だ。

周囲の山賊たちは死屍累々の中でまだ飲み続けようとするハンスに、畏怖の視線を送っていた。

「すげぇ……」

「ば、化け物だ……」

大酒飲みのハンスは酒代を抑えるために、普段は安く酔える酒を嗜んでいる。だから接待用に持ち込まれたそれなりにいい酒を前にして、小躍りしそうなほど上機嫌だった。

しかし場の状況から一人だけ浮いているので、それが余計に恐怖を煽る。

「流石トレック殿だ。選定が渋い。お、これもいい酒だな」

改めて確認するが、常人が一口で酔っぱらう酒を三杯も飲み干したグレアムは大物だ。

そんな共通認識が生まれた結果、グレアムの株は下がらなかった。

何故なら、後から悪乗りしてやって来た者たちは一口や二口でダウンしているので、相対的に考えれば凄い男だからだ。

クレインが少なめに酒を注いでいたというのは周囲から見えていないので、下っ端の十倍は飲んでいるように見えていただろうか。

グレアムは尋常ではない根性を見せつけており、彼は彼で大酒呑みという評価になる。

「このクラスの酒は滅多に飲めないし、少し飲み溜めしておこうか……。お、これは」

「ハンス殿、あの、お身体はご無事か」

「もう、止した方が……」

しかしそれを五樽ほど平らげてもまるで酔った様子を見せないどころか、今まさに強めの酒を物色しているハンスは怪物か何かか。

幼い頃から宴席に参加し、ハンスのザルぶりを見てきたクレイン以外の人間は、化け物を見る目をしている。

普段は豪胆なランドルフとマリウスまでもが衝撃を受けており、ただただ戸惑っていた。

そしてグレアムが倒れた段階から、周囲は異様な雰囲気になっている。

「なあ、どうする?」

「どうするったって、親分があんな状態じゃあよ……」

これからどうすればいいのかと、誰もが落ち着かない様子を見せていた。

しかし仕官を承諾するという言質は取れていたので、クレインはグレアムの子分たちへ軽々と告げる。

「じゃあ俺たちは麓の野営地に戻るから、残りは好きにやってくれ。明日の朝は山の麓で集合だ」

「え……ああ、伝えとくわ」

「お、おう」

順調に話がついて笑顔のクレインと、お土産の高級酒を抱えてご満悦のハンス。

この二人だけが上機嫌な中で、下層民の流儀に合わせた交渉は終わった。

グレアムたちとは明日合流する約束をして、山を降りる道中。

上機嫌なハンスの後ろを歩く、残る護衛の二人は言葉少なくポツリと零す。

「……あれは酒というより、なぁ」

「……ええ、消毒液と言った方が良いような気もします」

この分だと怪我の治療に使う消毒液を、平気な顔で飲み干しそう。

それがランドルフとマリウスの両名から、ハンスに贈られた評価だ。

ある程度打ち解けている二人からですら、ハンスに対してそんな評定が下されてはいるが、ある意味ではハンスの格が上がった事件となる。

大盗賊団の長と他数名を、飲み比べで一網打尽にしたのだから武勇伝ではあった。

「これでグレアムが加入するし、部下も多分元通りだ。引き込んだ盗賊たちは気になるけど……街道の治安は良くなるから、細かいことはいいか」

それにグレアムは近隣の盗賊を受け入れるなり叩き潰すなりで、まとめて傘下にしている。辺り一帯の山賊が合流していたのだから、南方面の賊はこれで壊滅だ。

ヨトゥン伯爵領から運ぶ物資などいくらでもあるので、これは経済、流通、食料事情。どの分野を取ってもプラスに働く。

「今回の件で、少なくともアースガルド領とヨトゥン領を繋ぐ街道はしばらく平和になるか。そう考えたら予想よりもいい結果になったな」

更に副産物として、ハンスがグレアム隊の面々から一目置かれることになり、謎の上下関係が形成されることになった。

武官たちのパワーバランスが微妙なところもあったので、ここも改善された点だ。

生意気なことを言う下っ端はグレアムが実力行使で統率するし、グレアムはハンスがシメる。

それで統制は問題無く回るだろう。

「人事の方はまあ、俺が頑張る分野だ。そこはあまり変えなくても問題はないだろうから、あとはやっぱり外交か」

貴族出身の者たちへの統制は難しくなったが、そちらは出世させて名声を満たしてやればある程度のコントロールが利く。

いずれにせよ大部隊を率いるほどの能力がある流民は珍しいので、下士官と将校で棲み分けができればそれでいいと、クレインは断じた。

「南伯を穏便に説得すれば作戦は終わりだな。ここが一番難易度高そうだけど、そっちは俺の管轄じゃないし」

残る懸念は、伯爵家に喧嘩を売った山賊を雇うこと。これに対し先方がどういう反応を示すかだけだ。

しかしその点については事前に対策済みなので、野営地に帰ってから処理をすれば済む。

最後は何とも締まらない結果ではあるが、当初の目的は完璧に果たされたのだ。

紆余曲折を経て、副次的な収穫も得て。

子爵領の勢力は更に拡大することとなる。

そんな展望を胸に、クレインは意気揚々と帰路についた。

しかしクレインは一連のやり取りの中で、今考えていた以上に大きな副産物を手に入れている。

アースガルド領の滅亡を回避するための――たった一つの手段。

現段階からそれが実行可能になったと彼が気づくのは、1年以上先の話だった。