軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話 秘書官と商人

時期は初夏に入り、新規の鉱山がようやく本格稼働してきていた。

アースガルド領の中心地、領都は王国中央と東部を繋ぐ交通の要所、宿場町として発展してきた街だ。

しかし近辺の民には、鉱山の街として知られるようになってきている。

「これまでの人生で、見たことがない店も結構あるな」

春先から順調に出稼ぎの炭鉱夫や移民が増えているため、人口の増加に伴い、各種の店も次々と開店しているところだ。

街の拡大の速度が変わったからか、その街並みにも多少の変化が見られる。

クレインはテラスでお茶を飲みながら、これまでの人生と比べて大きな賑わいを見せ始めた、街の通りを眺めて頷く。

「先に建物を増やしておいてよかったな。これなら受け入れは間に合いそうだ」

過去にはこの時期から建築ラッシュを始めて、かなり慌ただしかった。

しかしハンスの指揮で先に家屋などを作っておいたので、それほどの混乱は起きていない。

ひとまずは安泰か。そう実感した直後、馬車が屋敷の前に乗り付けてきた。

「お、来たなトレック」

「お久しぶりです、クレイン様」

線の細い優男の商会長は、今回の人生でも真っ先にアースガルド領へ乗り込んできた。

既に気安い関係を築いているものの、彼らが会うのはこれが二度目だ。

少なくともトレックの中ではそうなっていた。

「で、今回は何をどれくらい売ってくれるんだ?」

「品物の目録はこちらです、お納めください」

過去のクレインは、ここでリストに載っている品物の多さに驚いた。

しかし今は、それよりも更に上積みして物品を購入している。

「資材と鉱山関係の品。食料品も全部買い取る。民間の方は適当にやってくれ」

「相変わらず、豪気ですねぇ」

トレックのことを最初からフリーパスに近い形で通し、特に優遇している。

彼の推薦で懇意になった、ブラギ商会やヘルモーズ商会もだ。

後々味方になりそうなところには、早い段階で儲けさせる体制を作り、かと言って他の商会を冷遇するわけでもない、微妙なバランスを取っているところだった。

「特に食料は蓄えておきたい。この調子で頼むぞ」

「はは、お任せを」

挨拶代わりの商談を終えると、トレックは続いて目録を差し出す。

「それと今回は、アースガルド領への移民希望者と出稼ぎ希望者。王宮から出向された方々も同行されています」

「リストはあるか?」

「はい、こちらに」

ビクトール本人はまだ来ていないが、彼が育てた門下生たちは順次アースガルド領に到着し始めている。

十名の文官を加えて、まだ数が増えそうな気配があるのだ。

内政面ではそれほど苦労をしないようになったものの、戦力はいくらあってもいい。

そんな思いで、クレインはリストをめくった。

「移民と出稼ぎ組で分けて、王宮からの出向組にも何か仕事を振らないとな」

「そうですね、予定よりも数が増えたみたいですし」

移民と出向してきた役人たちの名簿。そこに加えて、建築資材や衣料品などの物資が目録にまとまっている。

それらを一通り確認したクレインは、トレックに笑顔を向けた。

「移民の募集と物資の搬入については、これからも頼むぞ」

「ええ、もちろんです。儲けさせてもらいますよ」

領内にはあらゆる物資が不足気味なので、子爵家の財産が枯渇する勢いで集めている。

鍛冶屋での生産物を農具に振り切ったため、特に鉱山で使うツルハシや衣服などは、他所から大量に運び込む必要があった。

トレックも景気のいい話に関われて大助かりしているところだ。

だが、その量が膨大過ぎて、子爵家の財政が逆に心配になるレベルだった。

「アースガルド家は贅沢をせずに貯め込んでいると噂でしたが、全財産を吐き出すことになりませんか?」

「そこは銀山からの収益を上げて、何とかするさ」

既に稼働している銀山からの利益も上がり始めてはいるが、支出に追い付かず大赤字の状態ではある。

外から見たトレックですら心配になるくらいには、財政破綻への道を進んでいた。

事実として、このままでは二か月ほどで資金が底を着く。

「まあ心配せずに、どんどん商売してくれ。支店を出すなら一等地を融通するから」

破産が目前だというのに、クレインにはさして気にした素振りを見せていないのだ。

これにはトレックも、胆の太さに呆れて首を振った。

「有難いことですが、ウチもまだ、貸せる資金は少ないですよ?」

「問題ない、アテはあるさ」

財政破綻ごときでクレインは止まらない。

解決策はあるとばかりに、追加の物資はあればあるだけ買おうとしていた。

しかし顧客のためを思って動くのはトレックらしいと思いつつ、クレインは王宮から紹介された者たちの名簿にも目を通していく。

「移民や物資が増えたのはいいとして、出向組はかなり増えたな」

「はい、第一王子殿下からのご推薦があったそうです」

王都から出向してくる知識人たちの名簿を見ていくと、声をかけた覚えがない人間も何人か増えていた。

しかし大多数は前回までの人生と変わらない人員で、本当に見覚えが無いのは数名だ。

「ふーん」

支援の一環として、王子の周りを固める人材を何人か放出して、アースガルド領内で働いてもらう密約を交わしている。

これは今まで通りだが、やはり細部は異なっていた。

「どれだけ働いてもらえるか、楽しみではあるな」

「殿下直々のご推薦なので、下手な人材は送らないと思いますが」

「そこは見てのお楽しみだ」

実際のところがどうかと言えば、増員された人間は怪しい者ばかりだ。

むしろ東側と通じていそうな人間から優先して招いてある。

これは間者の炙り出しを行うためであり、いざとなれば一網打尽にする予定で動いている。

「ブリュンヒルデも、今回の便で来るか」

「クレイン様には補佐官がいないので、代わりが育つまでは貸し出すとの言伝が」

そして、彼女とは王宮でろくに会話をしていない。

今日が初対面のようなものだ。

だが初めて出会った時のインパクトが大きいこともあり、クレインはこの時期に何をしていたか、どんなやり取りがあったかは大筋で覚えていた。

「処理が追い付かない面はあるから、そろそろ彼女の力も必要だ。着任と同時に働いてもらおう」

雪崩れ込むように人、物、金が入り込んできているのだ。

いくら人を増やしても、彼が直接行わざるを得ない作業は出てくる。

ここのところ、クレインが忙殺されるような毎日を送っていたのも事実。

彼女が補佐を担当するなら、いくらか楽ができるという思いはあった。

「……今回は暗殺の心配もいらないしな」

小声で呟くクレインは、ふとアレス王子のことを思い浮かべた。

彼の様子を見る限り、唯一の味方で、盟友くらいの扱いは受けられたと見ていい。

生涯唯一の友人となったクレインに向けて、暗殺を命じるわけもない。

だから今回からは、ブリュンヒルデも純粋な戦力として数えることができるという算段だ。

「ん? 何かありましたか?」

「いや、これで一安心かなと。補佐官見習いを誰にするかは後ほど考えるとしても、俺の仕事が分担されるだけで御の字だ」

「相変わらず、大変そうですねぇ」

そんな話をしていれば、通りの奥から馬車の集団が見えてきた。

追加の物資を運ぶ馬車と、追加の人員を運ぶ馬車。

それは今までの人生よりも規模が大きく、国外へ向かうキャラバンさながらの様相を呈している。

「噂をすれば後続も到着したようです」

「そうだな、軽く挨拶でもしておくか」

トレックから少し遅れて到着した馬車からは、追加人員が続々と降りてきた。

この状況に陥った当時は恐慌状態に陥っていたクレインだが、既に恐怖は振り切っている。

むしろ懐かしい気持ちを抱き、初対面の者たちに自己紹介を求めた。

「一人ずつ、簡単な来歴を述べてくれ。出身と得意分野くらいでいいから」

「では、私から」

中にはクレインと同じ子爵の身分を持つ者もいたが、一役人となるためか、きちんと領主を立てようとしていた。

しかしクレインの中では、その文官のあだ名は「裏切り者一号」である。

「よろしく頼むよ」

「ええ、お任せください!」

いい笑顔を浮かべる文官や、プライドの高そうな騎士など。王宮から送られた人員28名のうち、東側と通じていそうな者は7名。

中でも確実に裏切りそうな者が3名だ。

彼らは重要な情報に一切触れさせない環境で、馬車馬のように使い倒す。その上で怪しい動きがないか、行動を逐一監視する体制を構築する。

受け入れ後の基本方針はそう定まっていた。

過去で怪しい発言をした人間には特に注意を払いながら、順番に挨拶を終わらせていく。

「さて、あとは……」

そして、名簿順に挨拶を続けて、ブリュンヒルデの番が来た時。

金髪を風になびかせて、一人の女性が進み出てきた。

「ブリュンヒルデ・フォン・シグルーンです。よろしくお願いします、閣下」

「ああ、よろしく頼む」

第一王子の護衛騎士にして、死因の10回ほどを占めるクレインの天敵。

クレイン・フォン・アースガルドを殺害した回数で、世界記録を持っていた女性。

それがブリュンヒルデ・フォン・シグルーンだ。

しかし今や東伯がダントツの回数を誇っており、暗殺の脅威が無ければただの秘書でしかない。

「存分に働いてもらうから、よろしくな」

「ええ、お任せを」

むしろ開き直ったクレインは、微笑み騎士と呼んでいた頃の動きをさせる予定だ。

彼女をマリウスと組ませて、本職の裏方分野でも使おうと思っていた。

「しかし変われば変わるものか」

「……?」

「こっちの話だよ」

見目麗しい女性騎士は、何を考えているのか分からない優しい瞳を向けながら、領主のフランクな態度を不思議そうに見ていた。

しかし何を言う場面でもないので、素直に握手に応じて列に戻っていく。

彼女はクレインの護衛兼、秘書官兼、密偵として活用する。

死ぬ未来など全く見えないし、死ぬ可能性が出てくるなら原因を排除するだけだ。

そう決めて、クレインは手を挙げた。

「よし、それでは当家の使用人から宿舎に案内させる。細かい分担はまた後ほど」

何はともあれアースガルド領は順調に成長を続けている。

内政を回せる有能な人材が集まり、発展の下地も既にできている。

現状では、全ての物事がいい方向に転がっていた。