軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77.意図せぬ同棲

暗殺者との凄絶な遭遇後のこと。

ギルバートはまず、軍に報告の電話を入れた。

報告を受け、帝都のホテルに滞在していた三大賢者が血相を変えて現場へと急行してきた。

空間が歪み、転移魔法によっていち早く姿を現したのは老爺のガンダールヴルである。それに続くように、ファフニールとラーズスヴィズの二人が屋根伝いに跳躍し、夜の闇を切り裂いてドスンと石畳に降り立った。

(軍部の人間より先に、どうして賢者が来るんだろうか。盗聴でもしてるのか)

あらわれた三賢者を前にして、ギルバートは素朴な疑問を抱く。

「おお、可哀想に。怖かっただろう、我が弟子っ」

「怪我はないかいっ。痛いところはないねっ」

ファフニールと老婆のラーズスヴィズが、ソフィアの姿を見るなり駆け寄り、小さな体を左右から撫で回して猫可愛がりを始めた。

ガンダールヴルも心配そうにソフィアの顔を覗き込んでいる。

「だ、大丈夫です。ギルさんが守ってくれましたから」

ソフィアが安心させるように微笑むと、賢者たちはホッと胸を撫で下ろした。

しかし次の瞬間、彼らの眼差しに恐ろしい殺意が宿る。

「で、うちの可愛い弟子に手ェ出しやがったクソボケはどこだ」

「今すぐ帝都の地下ごと吹き飛ばして、木っ端微塵に炙り出してやるわい」

周囲の空間を焼き尽くさんばかりの膨大な魔力を練り上げ始める老魔導士たち。

本気で帝都の街区を消し飛ばしかねない暴走を、ギルバートが大慌てで宥めに入った。

「お待ちください、お二人とも。すでに敵は転移して逃げ去りました。街を破壊しても意味がありません」

必死の説得により、なんとか賢者たちは杖を下ろした。

「ギルさん、賢者の皆さんも……すみません……」

自分のせいで、騒動を起こしてしまったと思ったのだろう。ソフィアは幻の犬耳をペタンと伏せて、申し訳なさそうに頭を下げる。

しかしそれがまた、老賢者、特に老婆二人に油を注ぐことになった。

「矢張り消すか」

「ここら一帯を塵に還すか……」

「や、やめてくださいぃー……」

一方、ガンダールヴルが、忌々しげに周囲の空間の痕跡を調べ始める。

「ふむ」

ガンダールヴルは鋭い眼光で虚空を睨み、ふとソフィアの方へ振り返った。

「ソフィア嬢。この隔離結界の中で、お主を助けたのはどんな特徴の奴じゃ」

(えっ)

ソフィアは内心で小さく首を傾げた。

先ほど、私を守り抜いたのはギルさんだと報告したはずだ。それなのに、どうして現場を見ただけで第三者がいたことに気がついたのだろうか。

気になりつつも、ソフィアは素直に口を開く。

「奇術師のような格好をした、ジョーカーさんです。受験者の一人でした」

「ジョーカーじゃと?」

その名を聞いた途端、ラーズスヴィズが険しい表情で眉をひそめた。

「あの闇に生きる暗殺者が、人助けなどするものか」

ラーズスヴィズの呟きに、ソフィアは目を見張る。

どうやらジョーカーは、裏社会に属する危険な存在として賢者たちにも認知されているらしい。

「ガンダールヴル様。なぜ、彼が乱入したとわかったのですか」

ソフィアが尋ねると、ガンダールヴルは空中に残る魔力の残滓を杖の先で示唆した。

「敵の空間隔離を外から強引に破って、結界に『抜け穴』を作った痕跡が残っておる。その魔法が、極めて純度の高い『光の魔法』じゃったからじゃ」

「光の魔法……」

闇に生きるはずの不気味な暗殺者が、聖なる光の魔法を操る。

そのちぐはぐな事実に、ガンダールヴルの脳裏には、かつて光の魔法を極めた愛息子『リヒト』の面影がちらついていた。

(リヒト……まさかおぬしが……? いや、あり得ぬ……。あの子が暗殺者など……)

翌日。

皇城の奥深くにある、厳重に警備された会議室。

重厚な円卓には、三大賢者とギルバートだけでなく、皇太子ラインハルトと皇女メルティアまでもが同席していた。

帝都の中心で起きた次期賢者候補への襲撃は、国家を揺るがす大事件として扱われていたのだ。

(なんだか、大ごとになってしまって申し訳ないな……)

錚々たる顔ぶれに囲まれ、ソフィアはいたたまれずに身を小さくしていた。

会議は、襲撃者の正体についての考察へと進んでいく。

「魔導士の育成を阻もうとする目的。そして、現場に残された禍々しい魔力の痕跡から推測するに、下手人は『魔族』である可能性が高い」

ガンダールヴルの重々しい発言に、会議室の空気が張り詰めた。

「校長先生……」

メルティアが静かに手を挙げる。

「魔族って……あの……魔族ですか?」

「うむ。世界を脅かした魔王の部下たちである」

膨大な量の魔力を持ち、凄まじい魔法の力を行使した、魔の一族。それが、魔族である。

メルティアも学校で習ったことだった。

「でも校長先生。魔族など、帝国の初代皇帝ノア・カーターが、とうの昔に滅ぼし封印したと聞いておりますが……」

メルティアが冷静に疑問を呈する。

(本当に、どこにでも出てくる、ノア・カーター)

偉大すぎる初代様の伝説がまた一つ増え、ソフィアは呆れ半分に内心でツッコミを入れた。

「公式の記録には残っておらんが、魔族は完全に滅ぼされたのではない。残党が幾ばくか残っておったのじゃ」

魔族はまだ生きている。となれば、人々に不要な心配を抱かせることになる。ゆえに、魔族残党の件は歴史の闇に葬られていたようだ。

すっ、とギルバートが手を挙げる。

「しかし師匠」

ガンダールヴルに、ギルバートが尋ねる。

「ここ数十年、魔族が目撃されたという報告など一件も上がっておりませんでした。それがなぜ、今の時代になって急に姿を現したのでしょうか」

「さぁのぅ」

ガンダールヴルは言葉を濁した。だが、ソフィアの魔力ゼロ、虚無の魔眼には、ガンダールヴルの苦悩が色濃く見えていた。

ガンダールヴルは魔族の件について、意図的に事実を伏せている。それはこの場に居る、おそらくソフィアやメルティアを含むか弱き乙女達を、不必要に怖がらせたくないという意図があるのだ。

(ガンダールヴル様が語らないのであれば、突くのはマナー違反ね)

ソフィアはそれ以上の言及をしないことにした。他のメンツも同様である。そんなことより重要な懸案事項があるからだ。

「なんにせよ、ソフィア殿が何者かに命を狙われているのは紛れもない事実だ」

皇太子ラインハルトが威厳のある声で場をまとめる。

(そうだ……フィーを守るのが国として、そして……俺にとっても最優先事項だ。敵の正体なんて二の次で良い)

ギルバートは隣に座るソフィアの手を、優しく、しかし力強く握りしめる。

(俺がフィーを守るのだ)

細く柔らかい手を握り、ギルバートは静かに覚悟を固めた。たとえ相手が伝説の魔族であろうと、自分の命に代えてもこの少女だけは守り抜く。その氷炎の瞳には、騎士としての揺るぎない決意と凄みが宿っていた。

そしてラインハルトは、傍らに控えるギルバートへと鋭い視線を向けた。

「ギルバート大佐。本日より、二十四時間体制でソフィア殿のそばにつき、徹底した護衛を命ずる」

「「はっ?」」

ソフィア、そしてギルバートが揃って目を丸くする。

二十四時間体制。

「に、二十四時間って……あ、あの。王太子殿下……。そ、それって……ギルさんと……」

「ああ。ずっと、片時も離れずに行動するということだ」

(そそそそ、そんな破廉恥なことをっ)

「ええええっ」

実質的な同棲、あるいは四六時中のお泊まりを意味する勅命に、ソフィアは顔を真っ赤にして悲鳴のような声を上げた。

戸惑うソフィアの視線の先で、ラインハルトの背後に座るメルティアがこっそりとウインクをしている。

(護衛もできて、仲も深まる。一石二鳥ですね、お兄様)

親友であるメルティアの表情が、そう雄弁に物語っていた。どうやら皇太子にこの策を吹き込んだのは彼女らしい。

「で、でもでもっ。いくらなんでも二十四時間だなんて」

恥ずかしさのあまり両手で熱い頬を覆うソフィアだが、ソフィアを溺愛するラーズスヴィズたちがすぐに同調する。

「それがいいっ。ギルバート、うちのソフィアを絶対に守り抜くのじゃぞ」

「あ」

「あ?」

歴戦の剣鬼である老婆から、空間そのものを凍てつかせるような凄絶な剣気が放たれた。その圧倒的な威圧感には、死線を潜り抜けてきた帝国軍の大佐でさえも、思わず背筋を凍らせて息を呑む。

「ぎょ、御意っ」

ギルバートが軍人らしく力強く受諾し、ソフィアの逃げ場は完全に断たれてしまった。

外堀を埋められたソフィアは、「ううーっ」と照れ悶えることしかできないのだった。