軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58.杖職人、集う

マデューカス帝国にある、帝国立魔法学園の大会議室。

ここには、各大陸から選りすぐられた優秀なベテラン杖職人たちが集められていた。

彼らの前に立つのは、今回の試験の公式杖職人であるソフィアと、その補佐についたジュリアンだ。

職人たちは怪訝な顔でざわついている。

「銀鳳商会のギルドマスターでもあるジュリアン殿が選ばれるのは分かる。だが、あのリーダーの小娘は一体誰なんだ」

「どこの馬の骨とも知れん小娘の下につくなど、我々のプライドが許さんぞ」

職人たちの中から、神経質そうな眼鏡をかけた若い女がソフィアに話しかけてきた。

「初めまして、セシル・グランですわ。せいぜい、お手並み拝見といきますわ」

ソフィアに向かって、鼻で笑うように嫌味な態度をとる。

その名を聞き、周囲の職人たちがどよめいた。

「グランだと。まさか、あの杖の魔女マダム・グランの」

「ええ、娘ですわ」

誇らしげに胸を張るセシル。

自分こそがエリートであり、本来ならば自分がリーダーにふさわしいのだと、不満を隠そうともしない。

(マダムの娘さんっ。きっとすごい人だわ。そんな人と仕事できるなんて、とっても光栄)

店を譲ってもらった恩人の娘という好意的なフィルターが、セシルの魔力から発せられる嫌悪の波動を完全に覆い隠してしまっていた。

ソフィアに感情を読む魔力視があったとしても、彼女自身の解釈によって正しく伝わらないこともある。今回がまさにそのいい例であった。

さて。そんなギスギスした雰囲気を、即座に感じ取ったジュリアン。

こうなることは予想できていたため、補佐としての仕事を淡々と遂行する。

「皆様、遠くから御足労誠にありがとうございます。会議の前に、少し一息つきませんか」

ジュリアンが涼やかに通る声で告げ、パチンと指を鳴らした。

すると、虚空からふわりと甘い香りが漂い、美しい陶器に乗ったケーキと紅茶のセットが転送されてくる。

「っ。転送魔法を、しかも無詠唱でだと」

「やはりジュリアン・クラフト、見事な魔力操作だ」

職人たちは恐る恐るケーキを頬張り、芳醇なバターと果実の甘みにほうと感嘆の吐息を漏らす。

あまりの美味さに、ピリついていた空気がふわりと緩んだ。

「こちらは『緋色の妖精』と呼ばれる、最近開店したばかりのケーキ屋の品です。極上の味わいであり、いずれ必ず大成すると見込み、我が商会が出資させてもらっています」

「ええっ」

ソフィアが思わず素っ頓狂な声を張り上げてしまう。

幻の尻尾がピンと逆立つように、驚きで目を丸くした。

「ん。どうしたんだいフィア」

「あ、えと。もう転職していたんだって、驚いてしまって」

その場の職人たちが、どういうことだと首を傾げる。

それを待っていたとばかりに、ジュリアンが優雅な動作で説明を始めた。

「『緋色の妖精』の店主は、こうおっしゃっていました。自分の隠れた才能を見出してくださったのは、ある素晴らしい杖職人のおかげなのだと。ゆえに、店名は恩人である彼女の髪色から取らせてもらいました、とね」

「まさか」

職人の一人が、ソフィアの燃えるような緋色の髪を見て息を呑む。

機は熟したとばかりに、ジュリアンが高らかに告げた。

「そう。緋色の妖精こそ、我らがリーダーとなる公式杖職人、ソフィア・クラフト。五代目にして牙の賢者より見出され、八宝斎の冠を受け継いだ、あの英雄ヴィル・クラフトの孫娘です」

おおっ、と会議室に大きなどよめきと歓声があがる。

ジュリアンの完璧なプレゼンテーションにより、職人たちのソフィアを見る目の色が一変した。

先ほどまでは、素性も知れぬ小娘であった。

しかし今は、偉人たちが認め、商会のトップが出資するほどの慧眼を持った凄腕の天才職人として、皆の尊敬を集めている。

(ありがとう、お兄ちゃんっ)

ソフィアは胸の前で両手を握り、頼もしい兄弟子に感謝した。

不穏な空気を察したジュリアンが、見事なカリスマ性と手回しで、場を完全に掌握してくれたのだ。

「ふん」

ただ一人、セシルだけは、なおも不満そうに鼻を鳴らしていた。

「さて、まずは最初の議題だ。試験で受験生に使わせる杖をどうするか」

ジュリアンの問題提起に対して、若い杖職人が首を傾げる。

「自分のを使うのでは」

「あ、その」

ソフィアが答える前に、セシルが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「まったく、お馬鹿さんが紛れているようですわね」

「なんだと」

「一級試験は真の実力を測る場ですわ。個人の杖の持ち込みを許可すれば、性能の差がそのまま結果に直結し、不公平になってしまう」

「ぐっ。た、確かに……」

若き杖職人が沈黙する。

ソフィアはセシルの発言に目を輝かせた。

(すごいわ、セシルさん。私が言う前に、それに気づくなんてっ)

さすが凄腕だと、ソフィアは純粋に感動する。

すると、セシルが仕切り出し、自信満々に提案した。

「でしたら、スキルによって量産した全く同じ杖を使わせればよろしいですわ」

これなら性能は完全に統一される。

セシルはどうです、とばかりに勝ち誇った顔を見せた。

(え……それだと……)

今度の提案については、職人として承服しかねた。

ソフィアが控えめに手を挙げる。

「あ、あの」

「何かしら。私の完璧な提案に文句でも」

「あのその、スキルで量産したものは、どうしても生成した本人の魔力が干渉してしまいます。一級クラスの繊細な魔力操作を測るテストでは、そのわずかな魔力干渉がノイズになって、本来の実力が測れません」

ベテラン職人たちがハッとして唸り声を上げる。

誰もがその通りだと深く頷き、納得の表情を浮かべた。

絶対の自信があった提案をあっさり論破され、セシルは顔を真っ赤にする。

「ぐっ。な、ならどうすればいいんですの」

鋭く詰め寄られ、口下手のソフィアはビクッと肩を揺らして萎縮してしまう。

「えと、その」

「落ち着いて、フィア。君の考えを皆に聞かせてあげてくれ」

すかさずジュリアンが助け舟を出した。

彼の優しいエスコートにより、ソフィアは小さく息を吐いて自身の案を語り始める。

「魔力量と出力率の、均一化を図るのはどうでしょう。持っている魔力量を揃え、それをどう運用するのかで統一するんです」

「っ。その方法が……し、しかしっ。具体的にどうするんですの。同一の木材を使っても、出力に個体差は出ますわよ」

セシルがもっともな疑問を口にする。

ソフィアは不思議そうに小首を傾げた。

「え、簡単ですよ」

「簡単?」

「出力を司る魔力回路、つまり木材の年輪を同じ形に揃えればいいんです」

「はっ」

セシルと職人たちの声が見事に重なった。

木材の年輪を物理的、あるいは魔力的にいじって全て同じ形にする。

それは杖作りの常識を根底から覆す、神業レベルの暴論であった。

「素材が同じなら回路も似ているので、年輪の形をミクロ単位でいじって全く同じにするのはさほど難しくありません」

「なっ」

「あと、芯材は性差が出ないよう鳥幻獣の羽毛がいいですね。その一本一本を回路に丁寧に接続すれば、ほら。ね、簡単でしょう?」

あまりにも次元が違いすぎる変態的技巧を、さも当然のように言ってのける。

エリートたちの頭脳は完全にショートし、言葉を失ってフリーズした。

「……たしかに、その方法なら、純粋に魔力操作、つまり魔法使いの努力と技量のみを図ることができますわね」

セシルが呆然と呟くと、ソフィアはパァッと顔を輝かせる。

幻の尻尾をちぎれんばかりに振って、身を乗り出した。

「すごいっ。今の説明だけでそこまで深く理解していただけるなんて」

「ええ、まあ」

「杖作りへの理解がここまで高い方とお仕事できるのが光栄ですっ」

キラキラと尊敬の眼差しを向けられ、セシルはピクリと頬を引きつらせた。

「あ、ええと」

圧倒的な天才の無自覚な一撃を浴び、エリート眼鏡のプライドは完全に粉砕された。

会議室が静まり返る中、ジュリアンだけがさすがフィアだと、誇らしげに微笑んでいる。

「人数分それを用意するとなりますと、かなり時間がかかるのではありませんの?」

「ええ、ですので、すぐに作業に取り掛かります」

ソフィアは、それは自分にしかできないことだと思っている。

それに、周りの職人たちも、そんな神業を自分たちができるわけがないと絶望顔で悟っていた。

「よし、では杖作成はフィアに一任しよう。サポートはセシル嬢にお願いしたい」

「……わたくしに、恥をかけと?」

ぎろり、とセシルがジュリアンを睨みつける。彼は苦笑した。

「まさか。君しか、フィアのレベルについていけない。僕がそう判断したまでだよ。君の目と知識はすごいものだからね」

「そ、そう。わかりましたわ。仕方ないですわね」

自尊心を満たされたのか、セシルはふんと胸を張る。

ジュリアンはその他に必要となるタスクを列挙し、職人のレベルに合わせて的確に仕事を振っていった。

「では、今決めたとおりに仕事を進めていこう。困ったことや、フィアに判断を仰ぐときは、フィアではなく僕に連絡して欲しい」

ソフィアの作業が間違いなく過酷で、途方もない時間がかかることは、この場の誰もが承知していることだった。

ジュリアンはソフィアの負担を最大限減らすよう、完璧な立ち回りをしている。

「ありがとう、お兄ちゃん。ごめんね、私がリーダーなのに」

「フィア。謝らなくていい。君は最高の杖を作る。それが君のやるべきこと。僕らはそのサポート。各々、やるべきことをやっているだけさ」

ジュリアンはソフィアの綺麗な緋色の髪を優しく撫でる。

「こんなところで無駄話をしている暇はないのだろう? さ、早く工房へ」

「うんっ。ありがとうーっ」

ソフィアはセシルを連れて、パタパタと小走りでその場を後にする。

残された若き職人たちは、去り行く背中を見送ってこう思った。

(兄妹揃って、すげぇ)

ジュリアンはそんな彼らに向かって、涼やかに微笑む。

「さ、仕事にかかろう」