軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05.杖の対価

ソフィアが提示した「銀貨5枚」という金額に、ギルバートはしばし言葉を失っていた。

やがて、彼は重い口を開いた。

「君は……この素晴らしい杖が、たった……いいや、たかが銀貨5枚の価値しかない。そう思っているのか?」

ともすれば、相手を問い詰めるような言葉。

しかし、彼は決して声を荒らげることはなかった。

ただ、静かで、それでいて真剣な瞳でソフィアを見つめた。

ソフィアはそれを、自分が彼の不興を買ったのだと解釈した。

自分の相棒を「5000円の価値しかない」と言われたら、怒って当然かもしれない。

「ご不快にさせてしまったら……すみません……」

「……すまない。ソフィア殿。君を責めているのではない。ただ、純粋に知りたいんだ。なぜ、この杖に銀貨5枚なんて値をつけた?」

その声色は、怒りというよりも、悲痛な響きを帯びていた。

(怒ってるわけじゃあない……?)

ソフィアは少しだけ身を縮こまらせたが、前の婚約者デリックのように頭ごなしに怒鳴られる気配がないことに気づき、小さく息を吐いた。

「えっと……まず、計算してみたんです」

ソフィアは指を折って説明を始めた。

「まず、材料費です。主軸に使った『炎龍樹』や『火蜥蜴の髭』は、前の店主さんが倉庫に残してくれたものなので、仕入れ値はゼロです」

「……ゼロ」

「はい。続いて、経費です。仕上げに使った魔力ニスや、磨くための特殊なオイル……これが実費で、だいたい銀貨2枚分ほど使いました」

「ふむ。……残りの3枚は?」

「はい。前の取引先である『ザフール商会』との取り決めで、杖一本の加工賃は一律、銀貨3枚と決まっていたので」

ソフィアは当然のことのように言った。

「どんなに難しい杖でも、3枚でした。だから、今回もその基準で計算させていただきました」

「…………」

ギルバートの眉間の皺が深くなる。

きちんと説明した。だが、彼の表情が晴れないのはどうしてだろう。杖にかかった費用は答えた。疑問は解消されたはずだ。

(なのに……どうしてまだ……ううん、もっと険しい顔してるんだろう……。でも……やっぱりデリックさんとは違うな。あの人なら、すぐ怒鳴りつけてきたし……)

しばしの沈黙の後、彼は口を開いた。

「……材料費と消耗品、それに元請けへの上納分はわかった。だが……君の労働に対する対価が含まれていない。【徹夜】で、あれだけの魔力制御を行い、命を削って仕上げた『技術料』と『人件費』が入っていない」

……一瞬、妙なことを、彼が言ったように思えた。徹夜……? 気のせいか。徹夜で作業なんて、してないのだから。

ソフィアはきょとんとして首を傾げた。

「えっと、この店には私しかいないので……人件費はないので、ゼロかと」

その言葉を聞いた瞬間、ギルバートが拳を握りしめる音が、ミシッ……と静かな店内に響いた。

(この 女性(ひと) は……自分自身の価値を、自分の時間を、タダだと思わされているのか……!)

ギルバートは、限界ギリギリで怒りを耐えていた。

だが、その怒りは目の前の少女に向けられたものではない。彼女の無知につけ込み、その才能を搾取し続けてきた「誰か」への激しい憤りだった。

……ソフィアの目は、そんな彼の魔力を、見ていた。

(なんて……激しい魔力の奔流……。彼、本気で怒ってる……)

骨髄から作られる血と違い、魔力は精神というあやふやな、形のないものから作られる。

精神、簡単に言えば「ココロ」というやつだ。

ココロのチカラ、それが魔力。悲しい時は悲しい音が、嬉しい時は弾むような旋律が流れる。

魔力ゼロのソフィアには、人の持つ魔力の流れ、そしてそれが奏でる音楽が聞こえる。

それを聞けば、相手の本心がわかる、わかってしまうのだ。

魔力ゼロを呪いだと周りは言うが、ヴィルが言うにはそれは祝福でもあるらしい。

人の嘘偽りない感情が読める、それは天が与えたギフトでもあるのだから。

ゆえに、ソフィアは昔から人の気持ちを理解できた。

デリックが常に自分を見下し、愛していないのもわかっていた。

反対に祖父は自分を一人の杖職人として尊敬し、ずっと自分を愛してくれていた。

嘘を魔力で見抜けるからこそ、彼女は昔から、純粋な人の持つ気持ちを理解できた。

……そんな彼女だからこそ、今、困惑していた。

(ギルバートさん、怒ってる……でも、私にその怒りをぶつけてこない……。一体何に怒ってるのだろう……)

感情が魔力を通してわかっても、思考そのものが覗けるわけではない。

ギルバートは数度、呼吸をして、落ち着いた声音で言った。

「……そうか。そう教え込まれてきたんだな」

ギルバートは短く吐き捨てると、懐から小切手帳を取り出した。

さらさらとペンを走らせ、切り取った一枚をカウンターに置く。

「これが、俺が支払う適正価格だ」

「ありがとうございま……え?」

受け取った紙片に書かれた数字を見て、ソフィアの思考は停止した。

金貨300枚。

日本円にして、およそ300万円。

(ええっ!?)

「そ、そんなにもらえません!」

確かに、最高の杖を作った。

彼にぴったりの、最高の相棒だ。その仕事の出来に、杖の完成度に、ソフィアは満足している。

自信を持って、これは素晴らしい杖だと、言える。

……でも。

それはあくまで、【自分が思う】最高にすぎない。

祖父(しょくにん) は、ソフィアの杖を褒めてくれた。

でも、 元婚約者(しょうにん) は、違う。

杖の出来を一度だって褒めてくれたことはない。

それはつまり、商人から見たら、ソフィアの作る杖に商業的な価値はない。

そういうことなんだろうと、思っていた。

「銀貨3枚、それが、私の労働への対価。それ以上をもらうのは、ぼったくりになってしまいます!」

しかし、彼は言う。

「いや、適正価格だ。これでも安いくらいだ」

「!?」

(嘘……言ってない……)

魔力ゼロのこの目は、彼の内包する魔力から、彼のココロを見通してしまう。

彼の魔力は、一切揺らいでいない。春の日の海のように穏やかだ。

彼は300万円が、適正価格だと、本気でそう言っているのだ。

「身に余る光栄です……でも、それでもやっぱり……」

金貨300枚は、高すぎる。

小切手を押し返そうとするソフィアの手を、ギルバートが制した。

「……君は自分の価値を知らなすぎる。ついて来い」

「え?」

「現実を見せてやる」

ギルバートはソフィアの手を取ると、有無を言わせぬ迫力で店のエスコートを開始した。

……男の 人(デリック) に、無理やり引っ張られることはあった。

あの力強さに、怯えたこともある。

でも……。

……不思議と、ギルバートのそれは……嫌ではなかった。

彼の怒りの対象が、自分に向いていなかったからだろうか。

ギルバートに連れられてやってきたのは、帝都の大通りに面した立派な魔導具店だった。

煌びやかなショーウィンドウには、様々な杖や魔導具が並んでいる。

その一角に、見覚えのある杖が飾られていた。

「あ……あれは!」

ソフィアが以前の店で作り、納品した杖だ。

一つ一つ丁寧に魔力回路を組んだ、愛着のある品だ。

「どうした?」

「あれ……私が作った杖です。デリックさん……ザフール商会に卸した杖……」

「! そうか」

ギルバートは無言で、その値札を指差した。

「見たまえ、その値段を」

「……っ!?」

ソフィアは息を呑んだ。

そこには、『金貨100枚』という値札が掲げられていたのだ。

「う、嘘……き、金貨……100枚……」

自分が、銀貨3枚で作らされていた杖だ。

それが、ここでは300倍以上の値段で売られている。

あまりの衝撃に、ソフィアは立ちすくんだ。

その時だった。

一人の冒険者風の男が店に入り、躊躇なくその杖を指名した。

店主らしき男が、冒険者に何かを言っている。

「どうやらあの冒険者は、君の杖を買うそうだな」

「ええ!? 金貨100枚ですよ?」

そんな……ありえない……。

ギルバートはソフィアの手を引いて、店の中に入る。

すると、さっきの冒険者と店主の会話が、耳に入ってきた。

「こちらの杖は、ザフール商会の最高品質の杖で、お値段が少々高く……金貨100枚になりますが」

「構わねぇよ。高い買い物だが、コイツの杖は魔力の通りが段違いだからな。背に腹は代えられねえ」

男は、背負っていた年季の入った革の 背嚢(はいのう) から、重そうな金貨袋を取り出し、カウンターに置いた。

「ダンジョンじゃ、杖の性能が生死を分ける。これで命が助かるなら安いもんだ」

男は笑って言う。

……無論、ソフィアの目には、冒険者の魔力が見えていた。

その流れから伝わってくる……本気で、ソフィアの杖を欲しがっていると。

100万円もする杖を、本気で。

そしてそんな大金を差し出すことに、何の後悔も覚えていないようだ。

この買い物に、杖の出来に、大変満足している。

それが、ソフィアにはわかった。

冒険者は杖を受け取り、店を出て行った。

その背中を見送りながら、ソフィアは呆然と立ち尽くしていた。

横に立つギルバートが、押し殺した声で言う。

「見たか。これが現実だ。奴らは君を騙し、暴利を貪っていたんだ。……許せない」

ギルバートの声には、明確な殺気が混じっていた。

だが、ソフィアは……小さく安堵の息をついた。

「……よかった」

「え?」

「私の杖、ちゃんと価値があったんですね。誰かの命を救う役に立っているなら……よかったです」

ソフィアは、ふわりと微笑んだ。

自分が搾取されていた怒りよりも、自分の作った「我が子」が愛され、役に立っていることへの喜びが勝っていたのだ。

そのあまりに無欲で、聖女のような微笑みを見て、ギルバートは背筋が凍るような思いがした。

(……なんて、危ういんだ)

この子は、自分の損得を勘定に入れない。

他人が喜ぶなら、自分はボロボロになっても構わないと思っているように見えた。

このままでは、彼女は一生、悪い大人たちに食い物にされ、使い潰されてしまうだろう。

(俺が守らなければ)

ギルバートの胸の奥で、熱い使命感が燃え上がった。

彼はソフィアの方を向き、その両肩を強く掴んだ。

「俺の金、受け取ってくれるな?」

「は、はい……あの、なんで肩を掴んでるんでしょう……」

「これからは杖を売る時は俺に相談してくれ。絶対にだ」

「え?」

「料金は請求書払いにし、俺が紹介する専門家に正当な評価をさせる。……君は、お金のことなんて気にせず、ただ杖を作ることだけに集中すればいい」

「え、でも、そんな……」

「俺がそうしたいんだ。頼む」

真剣な眼差しで見つめられ、ソフィアは頬を赤らめて頷いた。

「……はい。ありがとうございます、ギルバート様」

花が咲くような満面の笑み。

それを見た瞬間、ギルバートは心臓を撃ち抜かれたように言葉を失い、慌てて顔を背けた。

(……くそ。なんて顔で笑うんだ)

張り詰めていた空気が緩んだ、その時だった。

くぅ……。

二人の間に、小さく、けれど可愛らしい音が響いた。

ソフィアが、真っ赤になってお腹を押さえる。

「す、すみません……!」

「……そういえば、君は二日何も食べてなかったな」

「へ……? ふ、二日……?」

……なぜ本気で驚いているのだろうか。

「なんで、二日……?」

「君の店を俺が訪れたのは二日前だ。君は丸一日作業をし、終わった後に泥のように寝た」

さぁ……とソフィアの顔から血の気が引いていく。

「すみません! 私、集中すると時間がわからなくなってしまうんです……丸二日、水しか飲んでなくて……」

申し訳なさそうなソフィアに、ギルバートは頭を抱えた。

自分の依頼のせいで、この華奢な体にそこまでの無理をさせていたとは。

罪悪感と、どうしようもない愛おしさが胸を満たす。

「……責任を取らせてくれ。最高の朝食をご馳走する」

ギルバートは紳士的に手を差し出した。

「えっ、悪いです! お客様にそんな……」

「俺の気が済まないんだ。……付き合ってくれるな?」

甘く、低い声での誘い。

ソフィアはおずおずとその大きな手を取った。

「……はい。お願いします」

朝の光の中、二人は並んでカフェへと歩き出したのだった。