軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39.宝物庫の裏切り者

「……申し訳ない。私の管理不足だ」

帝城の謁見の間。

無事に戻ってきた神杖リスタルテを前に、皇太子ラインハルトは深く溜息をついた。

その顔色は優れず、自責の念に押し潰されそうになっている。

「よもや、あの厳重な結界が破られ、白昼堂々と宝物が持ち出されるとは。次期皇帝としての資質が、私には欠けているのかもしれない」

「殿下、ご自身を責めないでください」

ソフィアが励ますが、ラインハルトの表情は晴れない。

無理もない。国宝の盗難など、国家の威信に関わる大失態だ。

その時、ラインハルトの側近である財務大臣兼、宝物管理官のゼオス伯爵が口を開いた。

「全くだ。警備兵の不手際とはいえ、なんと恐ろしい。これは早急に、宝物庫の予算と人員を増やさねばなりませんな」

恰幅の良いゼオス伯爵は、ハンカチで額の汗を拭いながら、白々しく心配してみせた。

(あの人……嘘ついてる?)

魔力ゼロのソフィアは、他者の魔力から心の動きを読み取ることができる。

こんな非常事態が起きているというのに、ラインハルトと違って、この伯爵の魔力の波長は非常に穏やかだ。

あり得ない。国宝が盗まれたのに、この落ち着きようは。

ソフィアは、今回の件がただの事故ではないと直感した。

(でも、証拠もなしにあの人が怪しいと言ってもダメ。だから)

「……殿下。宝物庫を見せていただけませんか」

ソフィアが突然、そう切り出した。

「宝物庫を? 構わないが……」

「結界がどう破られたのか、気になります」

ソフィア・クラフトにかかっていた呪い。自分が役立たずの人間だから、人を助けないと価値がないという思い込み。その呪いはすでに解けている。

だが、だからと言って、ソフィアの中に宿る正義感の火が消えるわけではないのだ。

許可を得て、一行は地下の宝物庫へと向かった。

厳重な扉の奥にある、杖が安置されていた台座。

ソフィアはそこに近づき、じっと魔力の流れを観察した。

(……おかしいわ)

ソフィアの瞳には、真実が映し出されていた。

「結界が壊された形跡がありません」

「なんだと?」

ラインハルトが驚く。

「外部からの侵入なら、扉や結界に傷がつくはずです。しかし、この結界は正規の手順で解除された痕跡があります。それに……」

ソフィアは台座の裏側を指差した。

「警報装置の魔力回路が、意図的に切断されています。これは外部の犯行ではありません。内部の事情に精通した人間による犯行です」

場が凍りついた。

つまり、犯人は城の中にいるということだ。

「な、何を馬鹿なことを! 平民風情が、知ったような口を!」

ゼオス伯爵が顔を真っ赤にして怒鳴った。

「大体、証拠はあるのか! 誰がやったと言うんだ!」

「……貴方です、ゼオス伯爵」

ソフィアは静かに、しかし力強く断言した。

「なっ……」

「台座に残っている細工をした魔力の残滓と、貴方から漂う魔力の波長が完全に一致します。貴方が警報を切り、結界を解除して、あのジャグラーに杖を渡したのですね?」

ソフィアの言葉に、ゼオス伯爵は狼狽した。

だが、すぐに開き直り、唾を飛ばして激昂した。

「無礼者ぉぉぉッ! この私を愚弄するか! 波長だと? そんなもの、お前の主観でしかないだろう! 誰が証明できる! 殿下、この娘を不敬罪で処罰してください!」

ゼオス伯爵の剣幕に、ラインハルトは迷った。

彼はソフィアを信じたい。だが、貴族を断罪するには、魔力視という個人の感覚だけでは証拠として弱いのだ。

「……ソフィア嬢、何か他に証拠は……」

ラインハルトが苦渋の表情で尋ねようとした、その時だ。

「証拠なら、ここにあるぞ」

重厚な扉が開き、凛とした声が響き渡った。

「「!!」」

全員が振り返る。

そこに立っていたのは――先ほどまで朝食会場にいた、あの上品な老夫婦だった。

ただし、その身に纏う覇気は、朝とは別物だ。

「ぜ、前皇帝陛下!? それに、前皇妃陛下まで……」

ゼオス伯爵が腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。

ラインハルトも目を見開き、最敬礼をとる。

「お祖父様、お祖母様……! 隠居されたはずでは……」

「お忍びで祭りに来ていたのだがな。騒がしいから来てみれば……」

前皇帝は鋭い眼光でゼオスを一瞥した後、ソフィアに向かって穏やかに頷いた。

「そこの娘の言う通りだ。 我(われ) が保証する」

「へ……?」

きょとんとするソフィアに、隣の前皇妃が微笑みかける。

「朝はありがとうね、ソフィアさん。……この子の目は本物よ。私が保証するわ」

「えっ、あ、どういたしまして……?」

前皇帝が、重々しく告げる。

「この娘は、我が妻が持つ認識阻害魔法が施された杖の不具合を、一目で見抜いた。それどころか、分解もせずに一撃で修理してみせた稀代の職人だ。……その目が魔力の残滓ごときを見誤るはずがあるまい」

その言葉は、何よりも重い審判だった。

この国の最高権力者であった二人が、ソフィアの能力を全面的に肯定したのだ。

もはや、疑う余地などどこにもない。

「あ……あわ……あわわ……」

ゼオス伯爵は顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。

逃げ場を失った彼に、最後の一撃を加える男が一歩前に出た。

「……よくも」

ギルバートだ。

その美貌には、絶対零度の怒りが張り付いている。

周囲の空気が一瞬で凍りついたかのような錯覚を覚えるほどの殺気。

「俺のソフィアを嘘つき呼ばわりしてくれたな」

ギルバートはゼオスの胸倉を掴み上げると、氷のように冷たい瞳で射抜いた。

「ひっ、ヴォルグ大佐……」

「さあ、吐け。全てを。……さもなくば、貴様を氷像に変えて、城門の前に飾ってやる」

ドス黒いオーラを纏ったギルバートによる、容赦ない精神感応魔法(尋問)。

ゼオス伯爵に、それに耐えうる精神力など残っているはずもなかった。

「い、言います! 全部言いますぅ! 借金の返済に困って、裏組織に杖を流そうとしたんですぅぅぅ!!」

見事なまでの即落ちだった。

ゼオス伯爵は憲兵に引き渡され、事件は幕を閉じた。

謁見の間には、再び穏やかな空気が戻っていた。

「ありがとう、ソフィア嬢。また君に救われてしまったな」

ラインハルトが、憑き物が落ちたような顔で頭を下げる。

自分の管理不足ではなく、悪意ある裏切り者が原因だったと判明し、彼もようやく前を向けたようだ。

「ふふ、やっぱりメルティの言った通り、素敵な子ね」

前皇妃が、ソフィアの手を取って微笑む。

「い、いえ! 私はただ、壊れているものがあったら直したい性分なだけで……!」

「それが貴女の才能よ。……これからも、どうかそのままでいてね」

「は、はいっ!」

恐縮しまくるソフィアを見て、ギルバートは誇らしげに微笑んでいた。

彼の愛する女性が、こうして正当に評価され、国を守る英雄として認められたのだ。

これほど嬉しいことはない。

(それにしても……)

ギルバートは苦笑する。

朝食の時の修理が、まさかこんな形で役に立つとは。

やはり、ソフィア・クラフトという女性の周りでは、全ての出来事が奇跡のように噛み合っていくらしい。